とつぜん息子くんが帰って来る。 もう夕食後の後片付けをしていた頃で。 炊飯ジャーのなかは空っぽだった。
「めし!」「風呂!」と言うのを。 先にお風呂に入らせておいてから。 急いでコンビニに買物に行って来る。
辛味噌のせチャーハンを温めてもらい。 とにかく野菜を食べさせなくてはと。 ほうれん草のゴマ和えを大急ぎで作った。
ラーメンも食べたいというのでそれも。 大急ぎで作って生卵入れてさあどうぞ。
うはうはずるずるしながら美味いと言う。 母はほっとして向かいの席に腰を下ろす。
仕事がとても忙しかったのだそうだ。 いつもより遅くなり自炊も面倒だったらしい。 そうして何よりもたっぷりのお湯に浸かりたい。 今日はとても寒かったからうんうんと母は頷く。
それもつかの間。食べ終えるとすぐに帰ると言う。
ほんとうに嵐のような子。あらあらという間に。
うちの中がしんと静まりかえる。ちょっとさびしい。
晴れたり曇ったりそうして時雨れたり。 このところのすっきりとしないお天気は。 冬と春が空で闘っているのだと彼が言う。
北風さんが手裏剣をしゅぱしゅぱと放つ。 春風さんは身をかわしながら回し蹴りか。
さあてどちらが勝つのかな。それも楽しみ。
今日は叔母の一周忌で朝から出掛けていた。 もう一年なのか。月日の経つのがほんとうに早い。
けれどもそんな月日のおかげで寂しさも薄れてくれる。 残された従姉妹はちいさな犬を飼いはじめていた。 名を「さくら」と言う。まるで我が子のように可愛がっている。
そんな微笑ましさもあり一周忌の法要も無事に終わった。
嫁がずにいる従姉妹も私達と同じスピードで老いていく事だろう。 思い遣りながら助け合いながらこれからもともに生きていきたい。
高台にあるお墓に行く途中。いちめんの菜の花畑が見えた。
ここは春だ。冬と喧嘩なんかしなくてもいい。しっかりと春だ。
細かな雨が降ったりやんだり。 このところふつかと晴天が続かなくて。 これも春に向かう儀式のようなものかと。 鉛色の空を受け止めるように仰いでいた。
留守中に友人が訪ねて来てくれたらしい。 ポストに入っていたのは彼女が書いた随筆。 それはとても知的で文学的な文章であった。
彼女らしいなと微笑まずにいられないのは。 素直で真っ直ぐなところ。これが私だから。 そう言って押し付けるのでは決してなくて。 照れくさそうにそっと差し出す仕草だった。
読み終えてすぐに彼女と話したいなと思った。 そうしたらそれが通じたように電話のベルが。
「わたし書くよ。今年こそ書くから」弾んだ声。 こころで思ったことをそのままにしておけない。 ちゃんと文章にしてそれを書き残しておきたい。
「だから読んでね。これからも読んでね」
それは私もおなじだった。書かずにはいられない。 些細なこともありふれた日常も平凡な暮らしだって。 それを書き残すことがたとえ無意味な事であっても。
わたしいるよ。ここにいるよ。ちゃんと生きているよ。
わたしたちはそうして老いる。けれどもそうして存在する。
気温も平年並みにもどりまた冬らしい一日となる。 久しぶりの青空だった。冷たい風も心地よく思う。
午前中に川仕事を終え午後から買物に出掛けたのだけれど。 歩道を歩くお遍路さんの姿に見覚えがありはっとする。 笠を被っていて顔がよく見えなかったけれど似ている。 もしそうだとすると必ずお大師堂に泊まるはずだった。
帰宅後すこし早目に散歩に出掛けた。気が急いてならない。 ああやはり靴が脱ぎ揃えてある。確信を持って扉を開いた。
思った通りだった。先月の始めに再会を果たしたばかりで。 これで四度目の再会となる修行僧のお遍路さんがそこに居た。
なんと言葉にすればよいのか。不思議な巡り合わせだと思う。 まさに会える人には会える。縁なくしては叶わないことだった。
小一時間ほど差し向かってありがたい法話を聴かせていただく。 まだまだ修行中だと謙遜されていたけれど心が救われるようだった。
私には辛いことも苦しみもない。そんな今にとても感謝している。 ただ不安はある。それはどうしても拭いきれない澱のようなもの。
けれども無事に終えられた一日に「ありがとうございました」と。 これからもずっと手を合わせ続けていきたいとこころから思った。
午後から雨になる。時折りはげしくて。 春雷と呼ぶには早すぎるだろうけれど。 その音が空を転がるように鳴り響いていた。
手紙を書いた。語りかけるように書いた。 目の前にいてうんうんと頷くような顔が。 ちょっと照れくさくてでもとても嬉しくて。
それがいったい何になるのだろうと思う。 そんな不安を打ち消すように微笑みながら。
手紙を書いた。どうかきみに届きますように。
そうしてきみもたくさん微笑んでくれますように。
早朝には降っていた雨もすぐにあがり。 うす陽が射し始めると汗ばむほどの陽気になる。
最高気温が23度。とても二月とは思えない暖かさだった。 そんな暖かさに誘われたように土手には土筆の坊やが顔を出す。
その頭はまだ土の色。むくむくっと土を起こすように生まれてきた。 えらいなとおもう。坊やよくがんばったねとその頭を撫でてあげたい。
すくすくと伸びることだろう。空に向かって。 大地を踏みしめるように。力強く真っ直ぐに。
わたしはとても嬉しかった。うきうきとこころはずませ。 春の歌をうたいたくなった。わーい春だよと叫びたかった。
曇り日。気温が一気に上昇しまるで春のようだった。 ほわんほわんとした暖かさに身も心もまったりとする。
川仕事を終え午後はまたうとうとと寝入ってしまう。 それほど疲れてもいないはずなのにとても怠けている。 家事も疎かになり。文庫本を開くこともなくなってしまった。
無意味な怠惰さ。それもまた良しとしようと自分を宥めている。
寝起きの気だるさを背負うようにして散歩に出掛ける。 土手であんずのお友達のランちゃんに会うことが出来た。 ふたり鼻をこすりあわせるようにしてキスの真似事をする。 なんとも微笑ましい光景でこころがとてもなごむのだった。
ランちゃんは人間だと20代の青年といったところ。 あんずは70代のおばあちゃんだからそれも愉快に思える。
気の合う犬とそうでない犬があって人間と同じかもしれない。 人間も年を重ねると若者に魅かれるようになるのと似ている。
綿毛だった蒲公英のそばにはまた若い蒲公英が咲き始めた。 昨夜の雨のしずくをそのままにその花はきらきらと光っていた。
ほんわかとするきもち。こころに陽だまりができたようなきもち。
さらさらさら。川は静かにちんもくの水を満たしゆったりと海へ流れる。
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