ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2010年02月10日(水) つくしのぼうや

早朝には降っていた雨もすぐにあがり。
うす陽が射し始めると汗ばむほどの陽気になる。

最高気温が23度。とても二月とは思えない暖かさだった。
そんな暖かさに誘われたように土手には土筆の坊やが顔を出す。

その頭はまだ土の色。むくむくっと土を起こすように生まれてきた。
えらいなとおもう。坊やよくがんばったねとその頭を撫でてあげたい。

すくすくと伸びることだろう。空に向かって。
大地を踏みしめるように。力強く真っ直ぐに。


わたしはとても嬉しかった。うきうきとこころはずませ。
春の歌をうたいたくなった。わーい春だよと叫びたかった。



2010年02月09日(火) ほんわか

曇り日。気温が一気に上昇しまるで春のようだった。
ほわんほわんとした暖かさに身も心もまったりとする。

川仕事を終え午後はまたうとうとと寝入ってしまう。
それほど疲れてもいないはずなのにとても怠けている。
家事も疎かになり。文庫本を開くこともなくなってしまった。

無意味な怠惰さ。それもまた良しとしようと自分を宥めている。



寝起きの気だるさを背負うようにして散歩に出掛ける。
土手であんずのお友達のランちゃんに会うことが出来た。
ふたり鼻をこすりあわせるようにしてキスの真似事をする。
なんとも微笑ましい光景でこころがとてもなごむのだった。

ランちゃんは人間だと20代の青年といったところ。
あんずは70代のおばあちゃんだからそれも愉快に思える。

気の合う犬とそうでない犬があって人間と同じかもしれない。
人間も年を重ねると若者に魅かれるようになるのと似ている。



綿毛だった蒲公英のそばにはまた若い蒲公英が咲き始めた。
昨夜の雨のしずくをそのままにその花はきらきらと光っていた。

ほんわかとするきもち。こころに陽だまりができたようなきもち。


さらさらさら。川は静かにちんもくの水を満たしゆったりと海へ流れる。



2010年02月08日(月) 母をたずねて

お天気は下り坂。少しだけ陽が射したまま。
あたりが灰色に染まり始めて。雨がにおう。

ぽつりぽつりとつぶやくような雨は。
春のはじめにふる雨のように思えた。

まだまだ寒い日がめぐってくるだろうけれど。
ひと雨ごとに春の足音が近づいてくる気がする。



彼の眼科通院日のため川仕事はお休みになった。
かといって家でのんびりと寛ぐわけにもいかず。
駆けつけるようにして山里の職場へと向かった。

指折り数えてみると10日ぶり。母が喜んでくれて。
私もご機嫌よろしくたまった仕事をやっつけていく。

目まぐるしさも心地よい。ああ好きだなと思った。
次はいつになるのか未定だけれどまた頑張りたい。

何よりも母が喜んでくれるのが嬉しくてならなかった。



先日。従兄弟の葬儀のため向かった海辺の町で。
弟とふたり。かつての我が家をさがしてみたのだった。

母がパート勤めをしていた町の魚屋さんを見つける。
たしかその横の路地を奥へ入ったところ。行ってみよう!
ふたりどきどきしながらその狭い路地を進んで行った。

どんなに古びていてもいい。その家の面影を胸に抱きつつ。
あの頃と同じ波の音を聴きながら。かえれない我が家を思った。


けれども。そこにははかりしれないほどの歳月が流れていた。
弟とふたり息をのむ。モウスンダコトオワッタコトなのだと知る。


母はここからながいながい旅に出たのだろう。

そうしてわたしたちもあとをおうように旅に出たのだとおもう。



2010年02月06日(土) おとうさん

立春を過ぎたとはいえ。まだまだ冷たい風が吹くけれど。

あちらこちらに梅の花や。もう菜の花も咲き始めて心がなごむ。
そろそろ鶯の初音も聴こえるかもしれないと耳を澄ましている。


例のごとくで今日も川仕事。
海苔の生育が思うようにはすすまなくて。
ふっと不安がつのり始めた。大丈夫だよ。
彼の言葉にほっとしながら手を動かしていた。

ほんとうに自然まかせ。それが自然の恵みでもある。
欲を言えばきりがないのだと戒めるようにおもった。

彼が勤め人だった頃はそれなりに安定していた暮らし。
今は家業の海苔の収穫だけが頼りだった。保障もなく。
すがるような気持ちで日々を乗り越えていくしかない。

せめて年金をもらえる年になるまで頑張ろうな。
そんなことを語り合う年にふたりなってしまった。

そうしてそんな年だからこそお互いを思い遣れる。


このところまともな夕食を作ってあげられなかったから。
今夜はお魚のすり身をコロッケ風にしてみた。
こんがりと揚がったのをはふはふしながらふたり頬張る。
お醤油よりソースがいいなとか言いながら日本酒をのむ。


そうしてまったりと夜が更けていく。

あしたもがんばろうねおとうさん。



2010年02月04日(木) 立春

立春。もう雪割り桜が咲いているらしい。
高知新聞の一面はその桜とメジロの写真だった。

寒い朝だけれどこころはほっこりと春を想う。
ゆっくりと向かう先には何が待っているのだろう。
行ってみなければわからない。すくっと前を向き。



夕暮れちかくいつもの散歩。
あんずは土手の若草が気に入っていて。
まるで牛かなにかのように草を食む。
むしゃむしゃとそれは美味しそうに食べるのだった。


お大師堂には今日も泊まりのお遍路さんの靴がある。
今日で四日連続。歩き遍路さんが多くなったのだろう。
山里の峠道が目に浮かぶ。白装束の颯爽とした後姿を。

会ってみたいなと思ったけれど閉ざされた扉を押し開く
勇気がなくて。おもてから手を合わせて踵をかえした。

会えるひとには会える。ほんとうに偶然のようにして。
巡り会うことが出来る。それが縁というものだと思う。


帰り道。いつかの蒲公英はもう綿毛になっていた。

その種も旅をするのだろう。今はまだ冷たい風も。

やがては優しい春風となって。種はふんわりと微笑む。



2010年02月03日(水) 鬼はそと福はうち

節分。毎年かかさずサチコと豆まきをしていた。
今年は豆も買わなくて。なんだかしょんぼりと淋しい。

子供の頃からずっとしていたことをやめるのって。
後ろめたいような心苦しいような気がしてならない。

豆を買ってくればよかったと夜になって後悔している。

こころのなかで豆をまく。鬼はそと福はうちと呪文みたいに呟く。



このところ立て続けにサチコの夢や息子くんの夢を見た。
おとなのこどもではなくって子供のままのふたりだった。

よほど会いたいのだろうと思う。恋しがっているのだろうと。
サチコは夢の中でウサギみたいに飛び跳ねて楽しそうだった。
息子くんはおしっこを我慢できなくてズボンを濡らしてしまった。

懐かしいふたり。今夜もこどもになって母に会いに来てくれたらいいな。

鬼はそと福はうちって母さんと一緒に豆をまこうよ。






2010年02月02日(火) メール

ふつか続いた雨もあがり穏やかな晴天。
やわらかな陽射しがありがたくてならない。

作業場の庭に海苔をたくさん干した。
緑の海苔がきらきらと光っているのが嬉しい。

彼とふたり今日も頑張る。黙々とはいっても。
実はいろんなことを考えている。それは秘密。

夢のようなこと。決してありえないようなこと。
妄想というのかもしれない。考えるのが楽しい。

そうしているとあっという間に収穫が終わるのだ。
お腹空いたなあとかしんどいなあとか思う暇がない。

夢見るおばさんっていいよ。うんいっぱい夢見ようよ。



帰宅したら母からメールが届いていた。
てっきり仕事の事だろうと思ってそれをひらく。

「寒くないですか?収穫はどうですか?」

ほろほろと涙がこぼれそうなほど胸が熱くなった。
気遣ってくれている。母の優しさが身に沁みてきた。

職場をほったらかしにしなくてはならなくて。
母ひとりでどんなにか忙しくしていることだろう。
私も母を気遣う。「無理をしないでねお母さん」


ふたり顔をつき合わすとついついぶつかってしまうことがある。
電話だと声を荒げてしまう事もある。苛立つ事だってたまにある。

メールってなんてありがたいものなのだろう。


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