ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2010年01月14日(木) 夕陽

雪の朝。はらはらとこぼれ落ちるように雪が舞う。

朝陽を待ちわびていたけれどそれも叶わず。
薄暗い空のままお昼になり午後やっと雪がやむ。


さいわい市街地の道路は凍結していなかったけれど。
山里はかなり凍っているとのこと義父より連絡がある。
無理をして来ないようにと言われ仕事は休みになった。

ぽっかりと空いてしまった一日。自室の窓からずっと。
雪を眺めつつ時を過ごした。ミクシィのアプリ三昧だったり。
ネットサーフィンだったり。よくもまあ飽きないものだと感心する。


午後。少しだけ炬燵で丸くなる。そうして猫のように眠った。
三時頃だったろうか目覚めると窓の外がずいぶん明るくなっていた。

青空がとてもまぶしい。降り積もった雪がどんどんととけていく。
なんてはかない雪だろう。太陽はとても誇らしげに輝いていた。

夕陽の頃にはもうすっかり雪はとけ。いつもの散歩に出掛けてみる。
雪解けの風がとても冷たかったけれど。すくっと心地よく歩いた。



夕陽。落ちていくそのさきに

明日。まだ見えぬ時のあかし

夕陽。染めてこころはずます





2010年01月13日(水) 大雪

朝から雪が降ったりやんだり。
時々は陽射しもありほっとしていたところ。
午後から本格的な大雪になってしまった。

南国高知のこと雪道には慣れておらず。
ちょっと昔のスリップ事故を思い出したりして。
ハンドルを持つ手ががたがたと震えていた。

やっとの思いで帰宅してほっと一息もつかのま。
今度はふたりの子供達のことが気掛かりでならない。

まだ仕事中かもと思いながらも電話をしてみる。
よかった。サチコはお休みでアパートにいてくれた。
息子君も早目に帰宅できたようで大丈夫だよって言って。

母の心配性もそれでとりあえずおさまる。
雪は嫌いではないのだけれど雪がとても怖かった。


あっという間にいちめんの銀世界になる。
土手もお隣の屋根も庭の植木や花も綿帽子を被る。
勝手なものでそんな雪景色を眺めるのは好きだった。

雪国の暮らしを思う。どんなにか冷たいことだろう。
ながいながい冬。はやく春の足音を聞かせてあげたいものだ。


明日は晴れの天気予報。積もった雪もすぐにとけることだろう。
また陽だまりにあえるだろうか。タンポポの花にあえるだろうか。










2010年01月12日(火) 早弁

目が覚めるとひそやかに雨の音。
みぞれのように冷たい雨だった。

お味噌汁の味見を三回もして。
うんうんと独り言を言いつつ。
卵を三個割って卵焼きを作る。

冷凍の肉団子をチンしてお弁当。
ご飯にはごま塩をふりふりして。
姑さんから貰った沢庵を入れる。


いちにちが始まる。平穏に始まる。

のんびりの気持ちに時計の針だけが。

いそぐ。はやくはやくっていそぐ。



仕事。なんだかごちゃごちゃしてる。
そういうのみんなまあるくおさめて。
ふうって息してこっそり早弁をした。
沢庵の音かりこりごっくんと食べる。


いちにちが暮れる。平穏に暮れる。

お風呂で子供みたいに百かぞえる。

まったりとゆったりとふにゃっとなった。




2010年01月11日(月) 蒲公英

晴れのちくもり。陽射しがしぼむようにちいさくなる。
けれどもそのほこほこっとしたのが忘れものみたいに。
見つけてほしくって届けてほしくってぽつんとそこにある。


月曜日がお休みなのはすごくうれしい。
日曜日とはちがう解放感でいっぱいになる。

いつもの道をゆっくりのんびりと散歩した。
お大師堂に着いてあんずを繋ごうとしたら。
すぐそばの銀杏の木の下にタンポポを見つける。

それは昨日までは蕾だったのだろう。気づかなかった。
そうして今日咲いたばかりのように見えた。やわらかく。
なんてあたたかな花だろう。嬉しくて思わず歓声をあげた。


          たんぽぽ

        おひさまのこども

        おひさまのちから

        おひさまのこころ


        たんぽぽだいすき

        ぽぽたんぽぽっと

        ふんわりさいたよ

      

      



2010年01月09日(土) 手紙

寒気が緩みほっとするような陽だまりが嬉しかった。

土手を歩いていると蓬の緑がその新芽を香らせて。
あんずがそうするようにくんくんと匂いを嗅ぎたくなる。


お大師堂で手をあわす。ちいさなお堂には西陽が溢れ。
まるで誰かに背中を抱かれているような安堵を感じた。



きのうとても嬉しい手紙が届く。
音信不通が当たり前のようになって幾年を重ねた事だろう。
誕生日には必ず手紙を書いた。しっかりとその日に着くように。
そうして微笑んでくれたらそれだけでじゅうぶんだと思っていた。
ずっと一方通行。それを寂しいと思ったことはいちどもない。
そんなカタチにこだわるまでもなく私たちには深い絆があった。

こころのこもった手紙を読み終えると感極まり涙があふれる。
穏やかな文面にほっと心が救われ。元気でいてくれることが。
何よりも嬉しく。その手を握り締めて肩を抱きしめたいと思う。

そのひとこそが私が「会わない」でいるひとだった。
ひとめ会いたいと言う事は容易い。会おうと思えば。
駆けていくことも出来るのかもしれない。けれども。
「会わない」そう決めたのだった。時々夢をみる事もある。

そのひとはいつもぼんやりとした姿をしていて。
顔がない。目もなければ口もない。けれども声が。
その声だけははっきりと聴こえてくるのだった。

その声を愛しいと言ったら罪になるのだろうか。

もしそうだといわれても私は胸をはって言うだろう。

縁というものはかけがえのない天からの恵みにほかならない。



2010年01月07日(木) また会いましょう

北風がとても冷たい。立ち向かうようにいつもの散歩。

お大師堂で嬉しい三度目の再会があった。
初めて出会った時は去年の9月だったと記憶している。
その時に「また会いましょう」と別れたのだけれど。
その日が思いがけず早く訪れ11月の末に再会が叶った。

修行僧のお遍路さんでもうこれが最後の旅になるかもしれない。
そう言っていたけれどなんとなくまた会えるような気がしたのだった。

だからその時も「また会いましょう」と言って別れた。
それが今日また叶う。約束も何もないほんとうに偶然の事だった。

今回は札所にこだわらず自由気ままを心がけた旅なのだと言うこと。
歩く座禅というものだろうか。とにかく歩く事に意味があるようだ。

歩きながら色んな人と出会う。そうしてそれぞれの背負った因縁を感じる。
その因縁をあずがり浄化していくのが自分の使命なのだと語ってくれた。

つかの間ではあったけれど真っ直ぐに向き合って語り合うことが出来た。
私の背負っているものが見えると言い一気に頭を重くしてしまったらしい。

だいじょうぶ浄化します。その言葉にどんなにか勇気づけられた事だろう。


去年の秋から立て続けに三度も出会えるなんて。よほど縁深い人なのだと思う。

「また会いましょう」と今日も別れた。

この不思議な確信はいったいなんだろう。きっと会える気がしてならない。

今度は前世のふたりのことがわかりますよ。その人は微笑みながらそう言った。


いつもにもまして清々しい夕暮れとなる。

北風に白波をたてる川面がまるで水鳥の群れのように流れていた。





2010年01月06日(水) お母さんありがとう

山里では時折り小雪が舞う寒い一日だった。

今朝出勤すると机の上に紙袋が置いてあり。
中にはなんと暖かそうなレッグウォーマー。

冷え性の私にと母が買って来てくれたらしい。
さっそく履いてみる。その暖かさといったら。
なんだか嬉しくて目頭が熱くなるほどだった。

おかげで寒さも苦にならず仕事に精を出せた。
母の優しさ。ずっとずっと忘れていたように思う。
子供の頃を一気に思い出す。母はいつも優しかった。



もう40年も昔の事。寒い冬の夜に母は家を出て行った。
目が覚めた時もう母はいなくて弟とふたり途方に暮れ。
近くに住む親戚の家まで霜の降りた道を歩いて行った。
単身赴任をしていた父が駆けつけて来たのは夜だったか。
その日学校へ行ったのかさえ記憶にない。ただ母が消えた。
子供心にどんなにか不安でどんなにか傷ついたことだろう。

その日は私の誕生日でもあった。毎年まいとしその日を思い出す。
それは大人になっても変わらず。忘れてはあげられない事だった。

けれどもその大きな試練のおかげで今の私があるのだと思う。
母に再会することがなければ今の暮らしさえもなかったのだから。

いや、もっと大切なことは。母がいなければ私は命さえもなかった。
生んでくれたのだ。それが何よりもありがたいことではないだろうか。


ながいながい確執。ながいながい葛藤。もうすっかりと消えたのか。
今はまだその答えを出せない。けれども心から母に感謝する事は出来る。


やっとほんとうのおとなになれたのかもしれない。

やっとほんとうの母と娘になれたのかもしれない。


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