土曜日の朝には積雪がありずっと寒い日が続いている。 風がとても冷たい。時折りの冬の陽射しをありがたく思う。
忘年会があったり。年賀状を書いたり。今年も残り少なくなった。 気忙しくもあるけれどどこかのんびりと構えているふうでもある。 とんとんとんと日々が過ぎていくことが心地よくも思えるのだった。
とにかくすすんでいる。そうして何かが変わるわけでもないけれど。 あたらしさというものが私は好きだ。はじまるということが好きだ。
ふるいものを捨て去るのではなく。それはささやかな思い出になる。 だから嬉しかったことも悲しかったこともみんな大切に憶えておきたい。
それはすべてありがたいことなのだと思う。それが悲しみであっても。 ほんの少し傷ついたのかもしれない心も今はこんなに温かでいられる。
きっとそれには意味があった。そう確信できる今を大切に生きたいものだ。
いつもの散歩道。冷たい川風に立ち向かうように歩きながら。 少女の頃におぼえた『365歩のマーチ』をつい口ずさんでいた。
いちにちいっぽみっかでさんぽ。さんぽすすんでにほさがる。
じんせいはわんつーぱんち。あせかきべそかきあるこうよ。
ってとこが好き!
365歩のマーチ
久しぶりの峠道。山々は薄っすらと雪化粧だった。
この冬いちばんの冷え込みだということ。 晴れたり曇ったりで時々みぞれのような雨が降る。
職場は思ったほど忙しくなくむしろ閑古鳥が鳴いていた。 いちばんの稼ぎ時だというのに不景気風には勝てないようだ。 母も同僚ものんびりな様子。私もそこそこに仕事をこなす。
母も笑顔だった。同僚も笑顔だった。おかげで私も笑顔になれる。 昨夜の憂鬱などもう忘れていた。うまくスイッチがオンになったよう。
午後ちょっとしたトラブル。パソコンが壊れてしまったらしい。 作業の途中で画面がブルーになりとうとう真っ暗になってしまう。 サポート会社に電話をしてあれこれと試してみるが起動しなくなった。 明日見に来てくれるということで。なんとかなると良いのだけれど・・。
帰宅するがあまりの寒さにいつも通りの散歩はとりやめる。 あんずがおしっこを我慢している様子で。土手まで走った。 「今日はおしっこだけだよ」私の言葉がわかるのだろうか。 彼女はそれを済ますとそれ以上は走ることもなく踵を返す。
駄々をこねないでいてくれる。何もかも承知しているという顔。 犬ってほんとうに不思議だ。意思が伝わる事がありがたく思う。
お風呂。入浴剤は『道後温泉』まったりと心地よく湯船に浸かる。 ストーブにかけてあったお湯も沸きお布団に湯たんぽを入れた。
焼酎のお湯割をおかわりしながら。あとはぬくぬくと眠るだけだ。
| 2009年12月16日(水) |
何事もなかったように |
天狗高原には初雪が降ったらしい。 風がとても冷たかった。もう真冬だと知る。
午前中は例のごとくで川仕事だった。 やっと海苔網を張る作業が終りほっとする。 あとは順調に生育することを祈るばかりだ。 それは寒いほど良い。あとは冬の陽射しと。 清らかな水。汽水域ならではの潮かげんだ。
明日からはまた山里の職場に行かなければいけない。 なんだかとても憂鬱。うまくスイッチが切り替わらない。 大好きな峠道のことなど思い浮かべながら気を宥めている。
思い起こせばこのいちねん。その葛藤に悩まされてきた。 いろんなことを受け止めてきたのだと思う。母のことも。 今はもう嫌いではなかった。親孝行だと割り切ってきた。
笑顔で行けばきっと笑顔に会えるだろうと信じていよう。
ぐるぐるとおなじところをまわれない。これもまた一歩だ。
昼間ちょっと大きな揺れの地震があったのだけれど。 家に独りきりだったのでよけいに怖くてびびってしまう。 南海大地震なみの地震が必ず来るのだといつも言われている。 だからもしかしたらと一瞬思った。実際にはただうろたえる。 揺れが治まるまではどうしようも出来ないのだと今日は学んだ。
近所に出掛けていた彼が急いで帰って来てくれた。そして笑う。 このひとはどんな時でも冷静なのだ。私とは違う人種なのだな。 「なんぼか怖かったろう!」とからかうように笑うばかりだった。
地震かみなり火事おやじ。このおやじを彼にしてあげようと思う。
平穏はすぐにかえってくる。何事もなかったように今日も暮れる。
大根を煮る。豚バラ肉と一緒に煮る。
初めての畑仕事だった。種を蒔いて。 緑の芽がたくさん出て来た時はすごく嬉しくて。
その大根がやっと食べられるようになった。 この感動はなんだろう。なんともいえない。 今まで食べた大根でいちばん美味しいと思う。
若いからなぴちぴちしているからだよと。 彼が笑いながら言う。とてもやわらかい。 包丁で切るときもすべすべっとしていた。
今はまだちいさな子供の足くらいの大根。 やがては私のふくらはぎくらいになるかな。
午前中は川仕事。もう一息になった。 寒さも気にならずこの仕事好きだなと思う。
お昼過ぎ思いがけずにサチコが帰って来る。 大きな白菜を貰ったのだそうだ。半分こしよう。 母の畑の白菜は失敗作になってしまったので。 喜んで分けてもらった。近いうちに鍋料理しよう。
日に日にサチコは主婦らしくなってきたようだ。 母は心配ばかりしているけれどもう大丈夫みたい。 だんだんと所帯じみてくるものだなと彼も笑った。
夕方まで待たずに早目にお散歩に行く事にする。 風が少し冷たいけれど陽射しが降り注ぐ午後だ。
お大師堂の大きな銀杏の木が散り始めていて。 黄金色の絨毯のように小道を埋め尽くしている。 そこにあんずを待たせているとなんだか絵のよう。 その絵はお座りをしてきゅいんきゅいんと鳴くのだ。
お待たせ。帰ろうかねと声をかけると一気にはしゃぎ出す。 ここにふたりで通うようになってもう一年が過ぎたのだと思う。
いろんな出会いがあった。あんずと遊んでくれたお遍路さんのこと。 臆病なあんずが尻込みをして困らせてしまったこともあったっけ。
晩秋から冬。そうして春が来て夏が来てまた秋が過ぎ冬になった。
ひとりひとりの顔を思い出す。ここにはささやかな縁があふれている。
寒気が南下しているようでまた寒くなる。 週末には雪の予報。日に日に冷え込んできそうだ。
月曜日の憂鬱はいずこへ。山里の職場をお休みして川仕事に励む。 からだが喜んでいるように活き活きとしてくる。ふぁいとな感じ。
水鳥が一羽。それはとても孤独そうに見えながら凛々しくて。 漁場の網の上に佇んでいるのだった。なんとうつくしい鳥か。
鳥になりたいなとふと思う。冬の空に北の風に羽ばたいてみたいものだ。
にんげん。おだやかなふりをしながら気はあくせくと何処かへ急ぐ。 師走のせいだろうと思うのだけれど。背中を押されているような日々。
午後ふと思い立ってクリスマスの飾り付けをしてみた。 今まではサチコが毎年してくれていたこと。思い出しながら。 やはりそれがないと寂しさが募る気がしてならないのだった。 ちいさなツリーを玄関に置く。きらきら星もたくさんつける。
昨日は息子君がやって来て「正月にはうまい酒を飲もうぜ」と。 ネットでもう注文してくれたのだそうだ。何かうまいもん食おう。 「おかあは何が食べたい?」と母にも訊いてくれる。ありがたい事だ。
例のごとく嵐のように去っていたっけれど。大晦日には帰って来てくれる。 元旦にはサチコ達も帰って来てくれるし賑やかに新年を迎えられそうだ。
このいちねんをふりかえるにはまだ少し早いかなと思っていたけれど。 あんなこともあったこんなこともあったとついつい思い出すようになる。
そこには道がありただひたすら歩き続けた道がぽっかりと見える。 その道が地図であったかのように指でなぞりながら現地点で止まる。
いつだって明日のことはわからなかった。ここからさきは新しい地図。
てくてくと行こう。空を見上げながら行こう。風に吹かれながら行こう。
| 2009年12月12日(土) |
またねがあるのっていいな |
12月とは思えないほどの暖かさになる。
おかげで早朝からの川仕事も汗ばむほど。 寒さを覚悟している身体には少しつらい。 防寒着を脱ぎ捨て素手で作業をしたいくらい。
彼とふたりで頑張る。あと幾日かで一気に済ませたい。 そうして願いながら祈りながら収穫の時をじっと待とう。
午後。友人の写真展を観に公民館へ行った。 今年は去年の暮に亡くなった愛犬の写真だった。 15年間。どんなにか可愛がっていたことだろうか。 子犬の頃から亡くなる寸前までの姿が心に沁みる。 犬の一生は短い。その儚さに愛しさが込み上げてくる。
残念ながら友人には会えなかったけれど。 また来年もきっと招待状が届くことだろう。
公民館を出てお隣のショッピングセンターへ行く。 そこにはサチコの勤めている雑貨屋さんもある。 突然に行って驚かせてあげようとか思いながら。 もしかしたらお休みで居ないのかもしれないと。 買物を装いながら伺うように姿をさがしてみた。
その姿が見つからないと一気に心細くなるものだ。 なんともいえない寂しさ。ああアイタイアエナイ。
いてもたってもいられなくなりとにかく電話してみる。 てっきりお休みだと思った。「ハハ今お店にいるよ」
「私もいるよ」びっくりした。すぐ後ろにサチコがいた。 「久しぶりねえ、会いたかったね」それは私のセリフだ。
お昼休みだというサチコとしばし語らうことが出来た。 洗濯はしているか。晩御飯は作れているかそればかり。
「だいじょうぶ、それがやれば出来るんだよ」と笑顔。 母はよほど心配性なのだろう。その笑顔に救われる思い。
来週の土曜日がお休みらしい。一緒に買物に行く約束をした。 母に靴を買ってくれるのだそうだ。ちょっと遅れた誕生日の。 いや早めのクリスマスか。とにかく母は嬉しくてたまらない。
じゃあね。またねと今日も別れる。またねがあるのっていいな。
午後から雨の匂いがし始める。 やがてぽつんぽつんと小粒の雨になった。
そんな雨に熱い吐息を吹きかけてみたくなる。 私のなかに情熱と呼べるようなものがあるのなら。
いったいそれはどんなふうに失ってしまったのだろう。 どんなに温めようとしてもそのありかさえわからなくなった。
きっともう若くはない。わかりきったことを確かめるように。 髪を掻きあげてみても。見えるのはまだらな白髪だけだった。
ふむ・・なんだこれは。いったい何をほざいているのだろう。
まあいいか。しりめつれつを愉しもうじゃないか。 かっこつけてるばあいじゃないし。これが今だし。
今日はひいおばあちゃんの命日らしい。知らなかった。 母が暦に書き込んであるのを見つけた。昭和47年没と。
幼い頃一緒にお風呂に入った事があるのを思い出す。 石鹸ではなく米糠を布袋に入れたので洗ってくれた。 子供心になんて臭い物だろうと思った。白くなるよ。 べっぴんさんになるよと言いながら洗ってくれたのだ。
もうしわくちゃだったけれど抜けるように白い乳房だった。 そのぺろんと垂れ下がった乳房を引っ張るのが楽しかった。
「菊枝」ひいおばあちゃんの名前を今日まで忘れていた。 毎年あった命日を知らないまま37年も歳月が流れたのか。 なんて薄情なひ孫だろうと悔やみつつ心のなかで手を合わす。
死んだ人はやがて遠くなる。けれども思い出せばこんなにも近い。
12月9日。大切な友人の誕生日でもある。 同じ日だったんだなと胸に刻むように記した。
このさき一生。決して忘れることなどないだろう。
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