空気が澄みわたっているのだろう。 空の明るさにはっと夜空を見上げた。
まだ満月ではないというのにとても綺麗な月だ。 そのかたわらにきらきらと輝く星がひとつ見える。
なんだか久しぶりに夜空を見上げたように思う。 「おなじひとつの空だよ」と誰かに伝えたくなる。
平穏ないちにちがそうして今日も暮れていく。 二人きりの生活にも少し慣れてきたのかもしれない。 夕食の支度がとても楽だ。酒の肴さえあれば良くって。 大相撲を見ながら一緒に日本酒を飲んだりもしている。
食後は気が抜けたようになる。もう誰も帰って来ない。 今日の家事はこれで終わりなんだなと一気に脱力する。
あんずに晩御飯をあげに行くと。ああ家族なんだなあと。 ついつい優しい言葉をかけてみたりもする。老犬とはいえ。 彼女はいつまでも我が家の末娘なのだ。よしよしと頭を撫でる。
ふたりきりではなかったのだとあらためて思ったことだった。
みんなみんなおなじひとつの空の下にいる。
サチコは彼の待っているアパートへ「ただいま」って帰るだろう。 独り暮らしの息子君はちゃんと晩御飯を食べてそろそろお風呂かな。
あのひとも元気でいるだろう。お疲れさまって空に向かって声をかけたい。
ずっと寒い日が続いていたものだから 今日の小春日和がなんと嬉しかったことか。
お布団を干す。窓を開け広げてお掃除をする。 サチコが居なくなった部屋で少しぼんやりとする。
「じゃあね。またね」とあっけなく巣立って行った。 昨日はとても名残惜しかったけれど待っていた日だ。 ぷつんと何かが切れるのではなく新しい何かが始まる。
その何かをこれから育てていくのだろうと漠然と思った。
28年間。私は娘に育ててもらったのだと思う。 いつも明るい陽射しを降り注いでくれたサチコ。 おかげで芽吹くように母の道を歩む事ができた。
授かったものはかけがえのないもの。このあたたかさを。 ずっと胸に抱きしめて大切にしながら母は老いていきたい。
覚悟はしていたけれどやはりどうしても寂しさが訪れる。 それを確かめるようにがらんどうの部屋を何度ものぞく。
置き去りにしてある夏服。ぬいぐるみ。ヘアピンまでも愛しい。
気がつけば土手のススキも老いて輝き。 せいたかあわだち草はむくむくの綿毛。 栴檀の実は黄色くなり鈴生りになった。
このところこころが急いていたせいだろう。 いつもならはっとする植物の移り行く姿に。 気も留めずにいたことを悔いるように思う。
ゆっくりと歩いた。冷たい川風も心地よく。
サチコのお休みに合わせて今日も仕事を休む。 衣類や細々とした物などを新居に運び入れた。 後は日曜日に一気に済ませそうでほっとする。 じたばたと焦る事はもうないのだと自分に言う。
三人で食べる夕食もとうとう最後になってしまった。 焼肉の予定だったけれど寒いので『チャンコ鍋』にする。 大相撲を見ながらチャンコも良いねとビールで乾杯した。
いつも我が家の太陽でいてくれたサチコほんとにありがとう。 母は感極まる思いで家族団欒そのものを味わうような気持ち。
あした。あさって。また母はあなたの帰りを待っています。
| 2009年11月17日(火) |
きっとどうかしているのだろう |
今にもみぞれに変わりそうな冷たい雨だった。
12月中旬の気候だということ。一気に冬になってしまったようだ。
散り積もり始めた銀杏の葉にも滲みるように雨が降り注ぐ。 そんな山里の道を重そうな荷物を背負ったお遍路さんが進む。 深々と頭を下げずにいられない胸が熱くなるような朝だった。
木枯らしの吹く日もあれば冷たい雨の日もある。 けれども柔らかな陽射しに恵まれる日もきっとある。
職場に着きさあ仕事と。思うだけ思って少しも集中出来ない。 困ったものだと我ながら思う。なんだか切羽詰ったような気持。 昨日も早退。今日も早退を繰り返して逃げるように家に帰った。
今日は寄り道をしてサチコの勤めている雑貨屋さんに押しかける始末。 さすがにサチコも呆れたようで。困ったお母さんやねと苦笑いしていた。
きっとどうかしているのだろう。自分でも訳が分らない状態になっている。
あと5日になった。指折り数えてもどうしようもない日を数えるばかり。
| 2009年11月14日(土) |
そこに行けば待っていること |
ここ数日の雨もやっとあがり久しぶりの青空になった。 今日の空のなんと眩しかったことだろう。仰ぎみては。 身も心も貫くような光を浴びた。ああ生きているなあ。
動き出したくてたまらない。むくむくと伸びるように。
けれども結局なにも出来ずに時をやり過ごしてしまった。 畑仕事も泥濘状態で手がつけられず諦めるほかなくって。
サチコの準備もほぼ整ってあとは巣立つ日を待つばかり。 今日はゆっくり休みなさいと言ってくれて仕事に出掛けた。 それなのに母は落ち着かない。何かしたくてたまらなかった。
すごく背中を押されているような気持ちだと言えば良いのか。 一気に走り抜けたいような止まったら倒れこんでしまいそうな。 うまく言葉に出来ないけれど。なんとも複雑な気持ちのようだ。
そこに行けば待っていることがある。怖いもの見たさかもしれない。
風の強い夕方。少しだけのんびりの気持ちになり川辺の道を歩いた。 かなり雨が降ったせいで川の水は濁って藻屑がたくさん流れている。 その流れを突っ切るように川船が一艘。目の前を横切って進んで行く。
そんな風景が胸に心地よい。なんだかすかっと気分が爽やかになる。
急な流れ。私もその流れに身を任せているのだとしたらこれでいい。
やがて川は澄むだろう。そうしてまたゆったりと流れていくことだろう。
| 2009年11月10日(火) |
いまはこんなにちかく |
どしゃ降りの雨。地面を叩き付けるように激しく降る。
サチコのお休みにあわせて私も仕事を休んだ。 暮らしに必要なものを少しでも買い揃えようと。 大雨の中をあちこちと走りまわったのだけれど。 まだまだ足りないものがたくさんあるようだった。
ゆっくりのんびりとはいかなくて気持ちは逸るばかり。 一日があっという間に過ぎ残りはまた次回にする事に。
ふたりで買物をするのはとても楽しいのだけれど。 家に帰り着くとなんだかどっと疲れが出てきたようだ。 サチコも同じらしく夕食の支度もそこそこに済ます。
三人でまあるくなりビールを飲んだ。焼肉が食べたいな。 父親の提案で最後の晩餐はそれが良いねとすぐに決める。
いつになるのだろう。サチコがお休みの日にしなくては。 それも来週のことだ。あらあらという間にその日も迫る。
あれこれと考えていると。寂しさは二の次になってしまって。 今はただ無事に送り出すこと。それがいちばんの思いになる。
どれほど寂しいのだろうと考えるのはよそう。
いまはこんなにちかくにいてくれるそれがいちばんありがたいことだ。
ぽかぽかと暖かい小春日和。
昨日から仕事を休ませてもらって。 サチコ達の新生活に向けて一気に忙しくなる。
昨日はネット環境を整えるための室内工事があった。 迷った末に結局ケーブルテレビの回線を利用することになった。
大家さんから部屋の鍵もいただき。もう家具類も入れて良くなる。 さっそく食器棚を買う。大安の今日それを運び入れてもらった。
窓にカーテンもつけるとなんだかとてもほっとした気分になる。 明日はお布団を買いに行く。母はやはり浮き立つような気分だ。
冷蔵庫など家電製品はあちらのご両親が揃えてくれるのだそうだ。 だからおまえはあまり出しゃばるなよと彼に釘を刺されてしまった。
けれども気になってしょうがない。その気持ちをぐぐっと押さえている。
今夜はサチコの彼氏が晩御飯を食べに来てくれた。 そうしてやっと父親の望んでいた「挨拶」らしきものを済ます。 男親というものはどうしてもそれにこだわるものらしくて。 傍で聞いているとはらはらするような威厳を振りまいていたけれど。
ふたりはこれでハードルを越えた。そんな感じの対面となり安堵する。
新生活のスタートは11月22日に決まる。「いい夫婦」の日でもあるらしい。
あと二週間。そう思うと残された日々がとても貴重に思えてならない。
母は相変わらず奔走するだろう。父は無口なまま静かに見守っているだろう。
サチコは立冬を過ぎても変わらず向日葵の花を咲かせることだろう。
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