一昨日からの寒気が少し緩みほっとする。 冬は必ず巡ってくるけれど晩秋が好きだ。
日に日に色づく銀杏や山裾のつわぶきの花。 その黄金色の葉や小さな向日葵のような花。
私はこの季節の峠道がとても好きでならない。
のどかな山里で仕事をする。来客はただ一人。 今日は電話も鳴らなかった。あくびをしつつ。 母と雑談をする。こんな日もあって良いだろう。
気のせいかもしれないけれど一気に穏やかになった母。 祖父が亡くなって気が抜けてしまったせいかもしれない。
ふっと優しい言葉をかけてくれることが多くなった。 おかげで私も笑顔になれる。母を労わる事も出来る。 ぶつかり合っていた日々が嘘のように平穏な日々だ。
もしかしたら私が変わったのかもしれないのだけれど。
早目に仕事を終えさせてもらい市内の大型店舗へ寄る。 寝具売場でサチコ達の布団を見ておきたいなと思った。 ダブルではなくてシングル二組が良いと言うものだから。 あれこれ品定めをする。寒くなるから毛布も要るだろう。 どれにするにも母ひとりでは決められない事ばかりだった。
なんだか母ひとり舞いあがっているようで可笑しいねサチコ。
帰宅するのを待ちかねてまくし立てるように話すのが日課になった。 母娘漫才の変わりに玄関で熱く抱擁する時もある。頬を寄せ合って。 抱きしめるサチコの細い肩が愛しい。温かくてぬくぬくなのが好き。
今朝はこの秋いちばんの冷え込みだったらしい。 もう初冬を思わすほどですこし途惑ってしまう。
けれども日中は風もなく陽だまりが暖かく嬉しく思う。 少しだけ畑仕事。後はのんびりと過ごす休日となった。
去年の今頃はたしか整理病にとり付かれていたようだ。 古い手紙を読み返してみたりまたそれを束ねてみたり。 他にも身辺整理のような事を沢山していたように思う。
こうして無事に一年を経て。あれは何だったのだろうと。 ふっと可笑しくも思う。不安や焦りも今は嘘のようだった。
ただただ進むしかない。後どのくらいだろうと歩むしかない。 悔いのひとつやふたつ。それを考えていたらきりがないと思う。
精一杯の日々。無理をせずぼちぼちと与えられた道を進もう。
晩御飯は彼とふたりきり。地場産市場で手打ちうどんを買ってくる。 香川出身の若者が隣町でうどん屋さんを開いていて。そこのおうどん。 コシがあってなめらかで煮込みうどんにしてみたらとても美味しかった。
サチコは彼氏と外食の予定だったけれど三人分作ってしまった。 明日の朝御飯に食べてくれるだろう。おうどんが好きな娘だもの。
温かいものを食べた夜はいつもに増してまったりとした気分になる。 ラベンダーのお香を焚きながら。芋焼酎のお湯割を飲みつつこれを記す。
| 2009年11月02日(月) |
そうしてまあるくなって |
北の大地ではもう初雪の知らせ。 南国高知も木枯らし一番が吹き荒れる一日となった。
ひゅるひゅるとうなるような風の音。 枯れ葉が踊り狂うように路地を舞う。
朝の道では7人のお遍路さんを追い越す。 ついつい荷物に目がいってしまうけれど。 皆さん野宿ではなさそうで少しほっとする。
一気に寒くなった。先日の彼女の事が気掛かりでならない。 あれからお風呂に入れただろうか。今夜は何処で眠るのだろう。
我が家は申し訳ないほどに平和だった。 お休みだったサチコと一緒に晩御飯を作る。 あれも教えようこれも教えようと気が逸る。 しばらくはサチコの好物ばかり作りそうだ。
父は少しばかり拗ねている。やはり寂しいのか。 おまけに彼氏がまだ挨拶にも来ないと文句を言う。
それはとても肝心な事なのかもしれないけれど。 私はむしろそんなシンプルさが好ましく思った。 そこが男親と女親のちがいなのかもしれない。
「まあ、お父さんそれはね」と宥めながら笑った。
そうしてまあるくなって今日もゆっくりと夜が更けていく。
小春日和というのだろうか。ぽかぽかと暖かい一日。
午前中に少しだけ畑仕事をする。雑草がいっぱいだった。 例の蟹にやられていたキャベツも葉がまるく巻き始めた。 もう駄目だろうとあきらめていた白菜も少し元気になる。 ほうれん草はわずか。数えたら10本あった。じゅうぶん。 大根はとても元気。間引き菜でお漬物を作ることにする。
それが初めての収穫。若い緑が愛しいくらい嬉しかった。
お昼下がり。思いがけず息子君がやって来る。腹減った! 残り物の大根と厚揚げの煮付け。どんぶりで猫まんまする。
子供の頃から猫まんまが大好きだった事を一気に思い出した。 父親の行きつけの喫茶店によく一緒に行っていたのだけれど。 お父さんは珈琲。しんくんは?と訊かれると「猫まんま!」 朝御飯を済ませていても別腹でそれを掻き込んでいたらしい。
あれこれと話したい事があるようなないような。風のように。 いつも彼は去って行く。嵐みたいな子だねと後になり笑った。
サチコは昨夜急に発熱。心配していたけれど今朝は熱が下がる。 仕事中にまた悪くなるのではないか。大丈夫だろうかと気掛かり。 子供の頃にはめったに風邪も引かないとても元気な子供だった。 おとなになってからよく熱が出る。微熱が何日も続く時もある。
この先。仕事も家事もこなさなければいけない。ふっと不安になった。 幸い彼氏が料理好きなので手助けをしてくれるはずなのだけれど・・。 不安なことを数えていたらきりがない。うん、なんとかなるだろう。
今日は楽天でシューズボックスを買った。包丁に継ぐ二番目の買物。 まだまだ買わなければいけない物がたくさんある。来月が楽しみだ。
ひとり巣立ち。ふたりめが巣立とうとしている我が家。さびしさは。 もうすこし後にとっておこう。彼とふたりぼっちになったその時に。
愛しい子供たちのことをたくさん話したい。たくさん思い出したい。
朝の肌寒さがゆっくりと緩み始める。やわらかな陽射しだった。 猫になりたいと思うほどそれは真綿のように身を包んでくれる。
朝の道。国道の長いトンネルの手前で昨日の彼女に追い着く。 街路樹の近くに荷を下ろしひと休みをしているところだった。
つかの間の語らい。やはりもう何日もお風呂に入っていないとのこと。 昨夜のことを正直に話す。結局何もしてあげられなかった事を詫びた。
若い女性の身で野宿はどんなにか辛い事だろう。今日は行ける所まで。 重い荷物を背負っての旅は計り知れなくて。寝場所を探すのも苦労だ。
でも歩いてみます。少し不安そうな顔をしながら微笑んでくれたのだった。
12月8日で26歳になるのだそうだ。それまでにはきっと結願をしたい。 そう決めて大阪から四国に渡ったのだと言う。大丈夫きっと叶うから。 苦しい時や辛い時がどんなにあっても。嬉しいこともきっとあるから。
そう言って励ますのが精一杯だった。ぼちぼちと行こうね無理をせずに。
朝陽が射し始めた街路樹の下で名残惜しく手を振ってふたり別れる。 胸に熱いものが込み上げてくるのを振り切るように私は駆けて行った。
なんだろうこれは。それは痛みでもなく感極まったのでもない気がする。
涙がとまらなくなった。胸が熱くてならない。どうしようもなく熱くて。
これも一期一会なのだろう。ありがたい縁なのだろうとつくづくと思った。
| 2009年10月28日(水) |
わたしになにができるのだろうか |
やわらかな陽射しを浴びてススキの穂が銀色に輝く。 老いたひとのようでありながらその姿が眩しかった。
すこしも誇らしげになくそっと控えめに歩む生き様。 そんなふうに私も生きたい。そんなふうに老いていきたい。
日暮れ間近。いつものようにあんずと川辺を散歩する。 お大師堂には人の気配がしていたのだけれど不思議と。 あんずが嫌がらず先へ先へと歩いて行ってくれたのだった。
そこにはお大師堂のお賽銭の管理をしている90歳のおばあちゃん。 そうしてその傍らにはとても若い女性のお遍路さんが佇んでいた。
しばし三人で語り合う。今夜はここで泊まるのだという彼女は25歳。 先月出会ったMさんと同じ年ということもあり親近感が湧いてくる。 そうしてあの時と同じように自分の娘のように思わずにいられない。
おばあちゃんもひ孫のように思うのだろう。とても嬉しそうだった。 私もたくさん話したかった。それなのになんて日暮れが早いのだろう。
帰宅してからも後ろ髪を引かれるような思いで彼に相談をしてみる。 お風呂に入れてあげたかったのだ。それはお節介かもしれないけれど。 若い女性の事。髪も洗いたいだろう。ゆっくり湯船に浸かりたいだろう。
けれども彼はうんと言わない。やはりそれはお節介だよと言うのだった。 彼にそう言われるともう何も言えない。なんだか悲しくなってしまった。
なにがよくてなにがいけないことか。わたしになにができるのだろうか。
そのあと自分は髪を洗った。ゆっくりと湯船に浸かりながら彼女を想った。
ただただ申し訳ない。これがあたりまえのことだなんてどうして思えよう。
すっきりと爽やかな秋晴れ。山里へ向かう道の銀杏の木が。 昨日よりも今日と色づいているのをはっと仰ぎ見る朝だった。
日中はとても暖かくなり。陽だまりに猫があくびをしていた。 「みぃよ、みぃよ」と勝手に名前をつけて呼んでみたりした。
のどかないちにち。仕事の手を休めてはぼんやりとするのがいい。
お昼休み。年に一度の行商の刃物屋さんが職場に訪れてくれた。 『土佐打刃物』と言って高知の伝統工芸でもあるらしいけれど。 そんじょそこらの包丁とは比べ物にならないほど立派な品だった。
20年くらい前だろうか私も母に買って貰い今も大切にしている。 その時の嬉しかったこと。私も娘に買ってあげる日が来るかな。 まだ幼かった娘の嫁ぐ日のことをふっと思い浮かべたことだった。
「一年が早いですね」そんな世間話を交わしながら私の目は輝く。 今がその時だと思った。サチコもきっと喜んでくれるだろうと思う。
包丁の種類はよくわからないけれど普通のとお魚用とを二丁買った。 ひとつはサチコ用。もうひとつは釣り名人の彼氏用にと奮発をした。
ふたりが肩を並べてお炊事をする姿が目に浮かぶ。母の勝手な妄想。 だとしてもなんと微笑ましいことだろう。すっかりその気の母だった。
包丁は一生もの。これほど暮らしの匂いがするものはないように思う。
暮らす。とうのふたりにはまだ実感もなければ不安なことも多いだろう。 始まってみなければわからないことがたくさんある。少なからず苦労も。
父も母もそんなふたりをいつまでもそっと見守っていきたい。
それが我が家の太陽だったサチコへの恩返しだと思う。
|