| 2009年10月26日(月) |
終わればまた始まる季節へ |
くもり時々雨の日が三日続く。金木犀の花が散り始めて。 その上に降る雨は水彩絵の具のように路地を染めている。
なんと鮮やかな蜜柑色。はっとしながら胸をせつなくする。
この雨があがればまたいちだんと秋深くなることだろう。 そうしてひとつが終わる。終わればまた始まる季節が来る。
一昨日は。祖父の49日の法要があり母の生まれ故郷へ行っていた。 祖母のお墓参りからほぼ一年。祖父の住んでいた家は二年ぶりか。 家の中は老人ホームへ入居する前をそのままに残してあるおかげで。 あちらこちらに祖父の匂いを感じた。懐かしさが込み上げてくる家。
そしてもうひとつもっと昔に住んでいた山の家にも行くことが出来た。 去年行った時にはもの凄い荒れようでとても悲しかった事を覚えている。 けれども今年は親戚の叔父さんが手入れをしてくれたそうで見違える程。 庭の松の木も枯れもせず。物置には祖父の使っていた農機具まであった。
土間から今にも祖母の声が聴こえてきそう。祖父の笑顔が見えてきそう。 ここはたいせつなふるさとなのだと思う。忘れる事の出来ない記憶の家。
無事に法要を終え長い道中を帰路に着く。また来年もきっと帰って来よう。
さて我が家ではやはりサチコ一色の日々。巣立ちは来月の中旬と決まった。 あれこれと準備をと急いていたけれど。まだ新居に荷物を運ぶ事が出来ない。 この分ではいよいよとなるまで息をつめるように待ちわびるしかないようだ。
サチコは少しずつ衣類の整理などを始めている。母は少し手持ち無沙汰でいる。
「お母さんこの服あげるね」そっと置いてあったTシャツに涙ぐんだりしている。
| 2009年10月22日(木) |
すくっと前を向くしかない |
今朝はきりりっと身が引き締まるような寒さだった。 明日はもう二十四節気のひとつ『霜降』だということ。
晩秋はつかの間のことですぐにでも冬になってしまいそうだ。
なんだかとてつもないちからで押し流されているような日々。 振り向いてはいけないのだろうか。すくっと前を向くしかない。
お休みだったサチコと一緒に和風ハンバーグを作った。 いつもは適当なサチコも真剣な眼差しで手伝ってくれる。
母の味などたいした事はないけれど覚えてくれるのが嬉しい。 「私がいなくなったらもう作らないかもね」と言ったりして。 父親を苦笑いさせてみたり。うん、めんどくさいよねと私も笑う。
あと少しの日々。サチコの好きな物をたくさん作ってあげたいと思う。
ふっとふたりきりの暮らしをおもう。しばらくは寂しいことだろう。 けれども巣立ったふたりのこどものことを思いながら肩を寄せ合い。 互いを労わりあいながらともに老いていく。そんな夫婦になるだろう。
思い起こせばながい道のりを。やっとここまで辿り着いたのかと思う。
27歳だった彼。22歳だったわたし。若き日が走馬灯のように映る。
| 2009年10月21日(水) |
そわそわの肝っ玉母さん |
いちだんと肌寒い朝。陽が昇るのを待ちかねて洗濯物を干す。 そんな陽が日中は思いがけないほど暖かくなり少し日向ぼっこ。
職場の廃車置場の古タイヤに腰をおろして真っ青な空を仰いだ。 光が降り注いでいる。空の手のひらであるかのように私を包む。
ああいるんだなと思う。そんなぽつねんとした在りかが好きだ。
去年の今頃はとても体調が悪く。ついつい不安にかられていたっけ。 明日死ぬかもしれないと本気で思った。崖っぷちに立っているような。
あの場所から踵を返したのだろうか。ゆっくりと後ずさりしたのだろうか。
だとするとここはどこだろう。ここまでどうやって歩んできたのだろうか。
いまは肝っ玉母さん。ぐじぐじと不安がっている場合ではなかった。 寝ても覚めてもサチコのことを考えていられるなんて幸せなことだ。
食料品を買いに行っていても。真っ先に家庭用品を見に行ってしまう。 包丁を見たり台所の水切りを見たり挙句にはお風呂の蓋まで見ている。 そうしながら独り言をつぶやき。まだ今日はいいかさていつ買おうか。
サチコがお休みの日が待ち遠しくてならない。一緒に買物をしようね。
相変わらずそわそわと落ち着きの無い母だけれど。心はとても弾んでいる。
昨日より今日と朝の肌寒さが増しているようだ。 秋が深まっていく。立ち止まれずにふかく深く。
山里へ向かう道の銀杏の木がほんの少し色づく。 毎朝仰ぎ見ることだろう。それを楽しみに思う。
今日サチコたちの新居がやっと本決まりになった。 ほっとしたのもつかの間。あれこれと準備があり。 またそわそわと落ちつかない母親になってしまう。
けれどもそれも楽しみ。忙しいほどそれは嬉しい。
ちゃんと暮らしていけるように買い揃えてあげたい。 貧乏な親だけれど精一杯の事をしてあげたいと思う。
幼い頃からお菓子ひとつねだることをしなかった娘。 今も変わらなかった。だからこそしてあげたいのだ。
早ければ来月早々にも我が家を巣立っていくことになる。 一緒にお炊事をしたり台所でふざけあったりすることが。 とても貴重な時間に思える。なんだかしんみりとしそう。
かといって立ち止まれない。秋が深まるように前へ進むしかない。
| 2009年10月17日(土) |
サチコの帰りを待っている |
あたりがすっかり暗くなった頃。ぽつりぽつりと雨の音がした。 久しぶりの雨の匂いがなんだか心地よく感じる。胸のここらへん。 ざわざわとしていたのが潤い始めて水を与えられた植物のようだ。
窓を少しあけたままにしてサチコの帰りを待っている。 昨日はふたり気が重いまま不動産屋に行ったのだけれど。 部屋を見せてもらったとたん一気に目が星になったのだった。
もうここしかない。ここが好きここに決めようよとサチコが言う。 もちろん私も同感だった。窓からは息子君のマンションが見える。 親としてこんなに安心な場所はないと思う。なんと心強いことか。
気がつけば急がないという気持ちはどこへやら。また急ぎ始める。 今度はサチコも同じらしくさっそく彼氏に連絡をとることになった。
今日は彼氏とご両親が部屋を見に行っているはずだった。 きっと気に入ってくれると思う。そう信じて結果を待っている。
「お母さん決まったよ〜」とサチコの明るい声が聞きたくてならない。 ふたりいっぱい頭を悩ませたのだもの。やるだけの事をしたのだもの。
どうかどうか一歩の前進を。祈るような気持ちでサチコの帰りを待っている。
爽やかな秋晴れ。金木犀の香りがほのかに漂ってくると。 そのありかを確かめたくてならない。見つけると嬉しい。
オレンジ色の花が真っ青な空によく映える。なんだか風も。 喜んでいるように吹く。届けたくてならない贈物のように。
そうして過ごす山里でのいちにちは。時間がとまったようにのどか。 だというのに私のこころは逆らうようにそわそわといそがしかった。
急がなくても良い事と何度も言い聞かしているというのに気ばかりが。 先へ先へと向かってしまう。ため息をつきながら駆け出して行くよう。
明日。サチコがお休みなので私も休みをとったのだけれど。 たぶんすぐには決まらないと思う。決めてはいけないようにも思う。 気のせいかもしれないけれど。なんとなくそんな気がするのだった。
少し憂鬱でもあり苛立ちもある。それはサチコも同じようにみえる。 この気分も明日になれば晴れるのだろうか。そう信じてみたい気持ち。
動けばそれなりの収穫があるだろう。動かなければ何も始まらないのだし。
日が経つにつれて複雑な気分になる。これも親の試練のようなものだろうか。
朝は肌寒かったけれど日中はやわらかな秋の陽がふりそそぐ。 散り始めたコスモス。ひとひらふたひらとせつなさを感じる。
その種が希望のように風に揺れている。倒れずに空をみあげて。 陽の光をいっぱいにうけては。巡り来る季節の糧になるように。
早朝は少しだけ川仕事。終えるなりお弁当を作り山里へと向かう。 いつもの峠道が工事中のため西回りの国道から行かねばならない。 ラッシュ時はとうに過ぎていたけれど苦手な道だった。少し緊張。
やはり山道をくねくねとのんびり走るのが好きだ。風景を見ながら。 お遍路さんに会釈をしたり。清々しい気持ちで一日を始めたいものだ。
仕事は来客が多くけっこう忙しかったけれど。隙を見てはネットをする。 頭の中が不動産屋さんでいっぱいだった。あちらこちらと検索しまくる。 急がないと決めたのにやっぱり落ち着かない。ああほんとに困ったものだ。
晩御飯の時。彼と差し向かってサチコの幼い頃の思い出話をした。 保育園をオサボリした話。送り迎えをしていた彼が二日酔で起きられず。 「さっちゃんも一緒に寝る」と言って保育園へ行かなかったのだけれど。 明くる日にお迎えに行ったら先生が「お父さん二日酔は治りましたか?」 「俺、あの時のことが忘れられないよ」と笑いながらどうしようもなく。
ふたり目頭が熱くなった。私の寂しさ以上に父親である彼は寂しいと思う。
急いではいけない。もっとゆっくり。私のこころはどこに向かっているのだろう。
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