| 2009年09月17日(木) |
茜の空におやすみなさい |
真夜中。肌寒さに目が覚める。もう夏蒲団は限界かもしれない。 蓑虫みたいになったまま朝を迎える。身震いするほどの朝だった。
けれども朝の窓辺から仰ぐ空のなんと爽やかな澄んだ青だろう。 そのまま身も心も吸い込まれていってしまいそうな青空だった。
しじみのお味噌汁を作る。厚焼き卵を作る。台所はとても暖かい。 お弁当を詰めて。さあ今日は行かなくちゃと思う。憂鬱さもなく。 山ほど仕事が溜まっていると良いなと思う。忙しいほうが好きだ。
ほんのふつか行かなかっただけで職場のコスモスが随分と咲いた。 母が大事にしている小紫の実もまるで宝石のように朝の陽に輝く。
好きなものがたくさんある。また船に乗ろう。どんなに揺れても。
期待していた通り仕事がたくさんあった。コマネズミのように働く。 無報酬がなんだろうと思う。欲しがっている自分を恥ずかしく思う。
午後。常連のお客さんがイチジクの実をたくさん持ってきてくれた。 私はこれがけっこう好きなのだ。さっそく事務所でご馳走になった。 懐かしい味。子供の頃を思い出す。甘くてぷちぷち感が嬉しかった。
帰り際に今度は義父でもある社長から自家製の新米を一袋も貰った。 玄米で30キロ。精米しても我が家では三ヶ月は持つだろうと思う。
なんてありがたいことだろう。嬉しくて満面の笑顔になってしまった。
「おとっちゃん今日はお米を貰っただよ」ひょうきんな声で帰宅する。 「おお、それはでかしたのう」彼もまたそれに応えて微笑んでくれた。
幸せなんだわたしは。このありがたさをずっと忘れずにいたいなと思う。
夕暮れ間近の散歩。今日もあんずは嫌がらずお大師堂まで行ってくれた。 「ありがとうございました」を三回。白い萩と彼岸花を見て夕陽を仰いだ。
暮れていく空。今日もずっと見守ってくれいた空。茜の空におやすみなさい。
| 2009年09月16日(水) |
心呼吸をいっぱいする |
真っ青な空に刷毛で描いたような雲。秋晴れの一日となった。 空気がとても美味しく感じる。すくっと背筋を伸ばしたくなる。
むかし詩を書いていたころ。しんこきゅうを心呼吸と書いていた。 字が間違っていますよと指摘を受けたことがある。いや違うのだ。 私にはそうではなくてはいけないことがある。深く息をすることは。 こころが呼吸をすることなのだと決して譲らなかった。今でもそう。
心呼吸をする。澄んだ空をそのままこころに映し出すように息をする。
そうするともやもや虫もくよくよ虫も忽然と何処かへ消え去っていく。
今日も早朝から川仕事。大潮が近いせいかすっかり水の引いた川で。 ムツゴロウみたいになって精を出す。頑張ったかいがありほぼ終了。 明日の分まで済んでしまいふたり気が抜けたような達成感を味わう。 お昼に少しだけビール。よく頑張りました賞だねとか言いつつ飲む。 平日の昼間に飲むビールは格別に美味しい。とてもとても爽快だった。
午後例のごとくうたた寝。ケイタイが鳴り始めて急いで飛び起きた。 職場の母からだった。仕事のこと私にしかわからないことがあった。 夢心地だったのが一気に現実に戻る。明日は行く約束をして切った。
母なりに気を遣ってくれているのがわかる。やはり助けてあげなくては。
今日も早目に散歩。夕陽にはまだ早くなんとなく気が進まなかったけれど。 あんずはいつになくご機嫌で先へ先へと私を引っ張るように土手の道を行く。 いつもはお大師堂が近づくと駄々をこねて暴れるのだけれど。今日は違う。 いったいどうしたことだろうと首を傾げつつもそんなあんずが嬉しかった。
『あかめ道』というのがある。赤い目をした大きな魚が生息している場所。 その道から深い川面を眺めた。とても神秘的な場所だ。少しどきどきする。
お大師堂のそばにも彼岸花が咲いていた。純白の萩の花にうもれるように。 血の色をした花に真っ白な雪が。なんだかとてもはっとするような光景だった。
川風にふかれながら心地よく帰る。心呼吸をいっぱいしながらすくっとなって帰る。
朝のうちほんの少しだけ雨が降る。澄みわたる青い空のことが。 もう恋しくなってしまったらしい。夏をあきらめたせいだろう。
未練がましく思うことなど今はない。去るものは追わずにいたい。 来るものは拒まない。すべてが巡りめぐってくるものなのだから。
山里の職場をお休みして今日はまた川仕事に精を出した。 祖父が亡くなった事もあり漁場の準備が少し遅れている。 明日明後日とあればなんとか終えられそうでもう一息だ。
やはり肉体労働が心地よい。へとへとになっても好きだなと思う。 体調もとても良い。よほど身体が動きたがっているのだろうと思う。
三日も続ければまた職場に戻るのが嫌になりそうだ。困ったものだ。 まあ考えてもしょうがない。あれやこれや考えるだけで気が重くなる。
根がわがままなのだろう。好きなことだけでは世の中渡っていけない。
午後。いつもより早目に散歩に出掛ける。土手はススキと野菊の道。 薄紫の花がとても好きだった。つい手折りたくなる手を叱りながら。 ススキと共に風に揺れるその姿を愛でた。清楚で可憐で少しせつない。
お大師堂で手を合わす。今日は遠きよき友のお父様の命日だった。
| 2009年09月14日(月) |
向かい風に立ち向かいながら |
曇り日。いちだんと涼しく風はほのかに雨の気配をつれてくる。 時折り射すやわらかな陽にほっとしながら空を仰いだ。温かい。
日中の薄暗さが心細い季節になってしまった。ぽつねんと佇み。 どこかとてつもない空間に引きずりこまれるような気持ちになる。
自転車で郵便局に行く途中。彼岸花が咲き始めているのを見つけた。 そこには毎年白い彼岸花が咲くのだった。また季節がめぐってきた。 紅いそれが血の色だとすると。それはまるで花嫁さんの姿のようだ。
向かい風に立ち向かいながら行く道でほっと心を和ませた一瞬のこと。
夏はいってしまう。どうしようもなくいってしまったのだと思った。
季節の変わり目を受け止めながらまた背中を押されるようにすすむ。
どこまでだろうそこは冬だろうか。春だろうか。もしや夏だろうか。
午後。母が何を思ったのか周辺の草むしりを始めた。見る見る間に。 それはちいさな小山になる。事務所で座っているのも落ち着かずに。 一輪車で運んであげることにした。けっこう重くてふらつきながら。 もう終わりかけた鶏頭の花のそばにそれを下ろす。近くにコスモス。 先日見つけた白い一輪のそばには薄桃色の花がもう咲いてくれていた。
日に日にそれは増えていく事だろう。なんだか少女のように嬉しくなる。 職場がコスモス畑になったら。私は蜜蜂になりそうな気がする。楽しい。 歌だって歌うかもしれない。スキップをしながらダンスだって踊れそう。
せつないことをかぞえればきりがない。ふあんなことだってたくさんある。
けれどもそれにおしつぶされることのないようにわたしは生きてみたかった。
うす曇。穏やかだった空がにわかに騒がしくなり小粒の雨が。 ぱらぱらと飛び散るように降った。そうして一気に涼しくなる。
うたた寝をしていた。彼が見ているテレビの音が聴こえるのに。 なかなか目が覚めてくれない。せえのっと掛け声をかけてみて。 起き上がったつもりが起きていなくてとても苦しい思いをした。
決して疲れてなどいないはずなのに。ときたまこんなときがある。 浅い眠りというのだろう。お昼寝もほどほどにしなければと思う。
買物にも行かず読書もせずにひたすらだらだらと過ごしてしまった。 いつもの散歩の時間にはすっかり薄暗くなってしまいそれも諦める。 あんずに詫びながら晩御飯を食べさせていると肌寒い風が吹き抜ける。
秋の気配はすこしせつない。こころに秋風が吹くというそれなのだろう。
お風呂で温まった。ずっとカラスの行水だったのが長いこと湯船に浸かる。 そうしてぼけっとしながらとりとめもないことをあれこれ考えてしまった。
どうでも良いようなこと。たとえば指はどうして5本あるのだろうとか。 手のひらを見ながら生命線や運命線やその続く先や曲がり具合などとか。
深刻に思い煩う事がない。そんな日暮れで良かったと思う。ありがたいこと。
焼酎ロックをお湯割りに替える。ほんのりとした温かさがもう恋しい頃になった。
空は秋。風は爽やかにほんのすこしやわらかな陽射し。
やっと祖父のもとに駆けつけることが出来て。 穏やかに優しく微笑むように眠る祖父に会えた。
遅くなってごめんなさいそんな言葉をのみ込みながら。 その優しさにつつまれるようにこころが鎮まっていく。
すべてを受け止めたひとはなんとうつくしいことだろう。 ながい人生に幕をおろし魂が光のように輝いているようだった。
たくさんの花に埋もれてかたわらには愛用の帽子を携えながら。 一張羅の背広を羽織り。祖父は待っているだろう祖母のもとへ。 それはそれは元気な足取りで手をあげて向かって行った事だろう。
身内だけのささやかなお葬式だったけれど。みながにぎやかに。 天寿を全うしたお祝いだよと言って。祖父を見送ってあげられた。
寂しさはどうしても拭えないけれど。きっとまた会える日が来る。 それは残された私たちに天からあたえられた約束のようなものだ。
ひ孫である姪っ子がケイタイでみんなの写真をたくさん撮ってくれた。 祖父も写真がとても好きだった事を思い出し。みんなが笑顔になった。 そんなにぎやかさをいちばん喜んでくれているのが祖父なのだと思う。
もう悲しんでなどいられない。みんなが元気でこれからの日々を送ろう。
| 2009年09月07日(月) |
おじいちゃんごめんなさい |
白いコスモスが一輪咲いた。それが合図であるかのように。 やがて薄桃色やたくさんのコスモスが咲き始めることだろう。
小高い山の上にあった祖父の家を思い出す。今は棲む人もなく。 どんなにか荒れ果てていることだろう。けれども塀の側にあった あのコスモスは今年も変わらずに花開く時を待っているのだと思う。
春には桜。夏には向日葵。秋にはコスモスや彼岸花がとても綺麗だった。 そうしてみかん畑。冬には美味しいみかんをいつも食べさせてくれたのだ。
おじいちゃん。お山のお家に帰りたかったね。すごくすごく恋しかったね。
去年の秋のお彼岸に背負ってでも連れて帰ってあげれば良かったのだと思う。 お墓参りに行く私達を老人ホームのエレベーターの所まで不自由な足のまま。 とても名残惜しそうに寂しそうにそれでも手を振って精一杯の笑顔のまま。 見送ってくれた。会うたびに覚悟はしていたけれどそれが今生の別れになった。
今日午前二時頃だったらしい。祖父は95歳の天寿を全うしこの世から旅立っていった。 苦しみもせずほんとうに眠るような最期だったそうだ。駆けつけもせずに。 手を握ってあげることも出来ず。孫としてこんなに不孝な事はないと思う。
距離のせいにしてはいけない。歳月のせいにしてはいけない。もっともっと。 会いに行ってあげれば良かったのだ。きっと後悔するだろうと思っていた。 それがわかっていながらそうしなかったことをどうやって懺悔すれば良いのか。
おじいちゃんごめんなさい。そればかりをこころで叫び続けた一日になった。
思い出すのは幼い頃の事ばかり。お山のお家が大好きだった子供の頃のことばかり。
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