いちにち雨が降ったりやんだり。時折りどしゃ降りの雨。 やまない雨はないのだもの。受け止めるように時を過ごす。
午前6時12分。朝の窓辺から昨日のお遍路さんの姿を見送る。 土手の道の高さと私の部屋の窓の高さはちょうど同じくらい。 だからとても真っ直ぐにその姿が見える。よく眠れただろうか。 早起きして今日も頑張るのだな。雨あんまり降らないといいな。 あれこれと願うように思いながら。そっとその姿に手を合わせた。
午前8時12分。出勤途中のとても長いトンネルを抜けたその時。 電話ボックスの横の木陰で再びその姿を見つける。ひと休み中。 美味しそうに煙草を吸っているその横顔がまた魅力的に見える。
ぽろぽろと小粒の雨が降り始めた。なんと情け容赦ない事だろう。 こころが締め付けられるように痛くなる。涙まで出そうになった。
けれども歩いていくのだな。雨に打たれてもそれが試練のように。
今日はいちにちその人のことを想った。なにも伝えられないけれど。 その人は勇気と希望をあたえてくれたのだなと思う。ありがたい人。
一期一会を思うとき。ささやかな出会いはいつもかけがえのないものだ。
夕方になっても雨はやまず。仕方なくお散歩を諦めてしまった。 お大師堂に置いてあるノートのことがとても気になっていたけれど。 もしかしたら何か書き残してくれているかもしれないと思ったのだ。
明日がある。うん明日があるからと宥めながら一日が暮れていった。
かの人は無事に足摺岬に着いただろうか。明日は晴れるといいな空。
| 2009年08月05日(水) |
るんるんらんらんの日 |
お昼前から雨。しばらく降り続きまた梅雨の頃のようになる。 またからりと晴れる日もあるだろう。好きだよっと空に伝言。
とんとんとんと今日も流れいく。水たまりがあればぴょんと。 飛び越え。石ころに躓きそうになればおっとっとと苦笑いを。
どんな日もあるからそれを楽しむような生き方をしたいと思う。
帰り道にはいつも晩御飯のおかずを考えながら帰る。 今日はハンバーグにしようかなってそう思っていたら。 合挽き肉が特売だった。やった〜ってラッキーって喜ぶ。 エノキ茸も特売だった。三杯酢の和え物にすることにした。
鼻歌を歌いながら夕食の支度。るんるんらんらんを心がける。 そうするとちっぽけな憂鬱も胡椒のようなくしゃみになるのだ。
雨やむといいな。そう思っていたら夕食後にはやんでくれた。 また降り出しそうな空。急いで行くよとふたり散歩に出掛ける。
川辺の道でふたりづれの笑顔に出会う。犬がとても好きそうな人。 おいでおいでとあんずに声をかけてくれたのだった。それなのに。 警戒心の強いあんずは尻込みをして動こうとしない。笑ってくれて。 それでもまだ諦めずに向こうからあんずのところに近寄ってくれる。 あんずが靴の匂いを嗅いだりするのを喜んでくれて私も嬉しかった。 じゃあねって言って土手に停めてあったクルマに乗って帰って行く。
ネクタイ姿のふたり。出張か何かで遠くから来たのかな。四万十川が。 雨の後でも濁ってなくて。穏やかな流れでいてくれて良かったなと思う。
お大師堂にはお遍路さんの荷物があったけれど。姿が見えなかった。 夕食の買出しに行ったのかなと思い。そっと忍び込むようにお参り。 外へ出るとちょうど帰って来たところで。ほんの少しお話しをする。
若くてすごいイケメンのお遍路さんだったので。ドキドキしてしまった。 すっかり緊張してしまいあたふたと一言三言。おやすみなさいって言って。 後ろ髪を引かれるように家路に着く。ほんとに笑顔が素敵なひとだったな。
やっぱり今日はるんるんらんの日。ありがたい一日がそうして暮れていく。
太平洋高気圧が頑張った日。とても眩しいほどの真夏日になった。 蝉の声も元気に聴こえる。ああ夏だなあと思う。心地の良い一日。
朝の道で三人のお遍路さんを追い越す。最初はかっこいい自転車。 競輪選手のようなヘルメットを被りサングラスをかけてびゅんと。 風を切りながら白装束をなびかせていた。とても颯爽とした姿だ。
二人目は60歳くらいの男性。静かに黙々とひたすら前へ進む足取り。 三人目は20代に見える若者。短パンに日焼けした足。膝が痛いのか。 右膝にサポーターをしているのが気になる。とても重そうな荷物だ。
それぞれ頑張っているのがすごく伝わってくる。遣り遂げるという事。 目標を決めてなんとしても行くぞという勇気。その姿に元気を授かる。
私にはそんな勇気のかけらもなくて。ただ行くあてもなく彷徨うような。 平穏だけを頼りに背中を押されるように。日々を流れていくだけだった。
これでいいのかと漠然と思う時もある。けれどもこれしか術がないのだ。 何かもっと真剣ななにか。それが何なのかさえわからないまま時が過ぎる。
笑顔の一日。ほっと寛ぐ夕べ。平和だった。思い煩う事がないということ。 ついそれが当たり前のように思えてしまうけれど。決して当たり前ではない。
ときどき怖くなる。どこかに深い落とし穴があり突然に突き落とされる。 その時に嘆き悲しむことだけはしたくない。ああこれだなこれなんだと。 受け止められるこころを育てていきたい。それが覚悟であるかのような。
ありがとうございました。今日もお参りに行き感謝の気持ちを伝える。 それが今の私に出来る精一杯のことだと思う。毎日がそうでありたい。
あんず。そんな私を待っていてくれてありがとう。繋がれたリードを。 そっと手から離してみた。えっ?いいの?何度も振り向きながら帰る。
家があるって嬉しいね。だってここがあるから仕合わせがあるのだもの。
| 2009年08月03日(月) |
贈り物をもらったような気持ち |
空はずっと不安定なまま。時折り夏らしい陽射しを垣間見る。 入道雲に蝉時雨。夏が好きになった私にはそんな夏が恋しい。
月曜日の朝はやはりどうしても憂鬱でならなかった。 駄々をこねるようにぐずぐずとしながら仕方なくも。 山里へとクルマを走らす。途中の田んぼの藁の匂い。 重そうな荷物を背負ったお遍路さん。ひとつひとつ。 気持ちを宥めてくれるようにそこで待っていてくれる。
おかげで職場に着いた頃にはすっかり清々しい気分だった。
身構えている時もある。とても緊張している朝もあるけれど。 それはやはり気の持ちようなのだろう。肩のちからを抜いて。 とにかく笑顔で始められる朝が嬉しかった。ほっとする自分。
とんとんと一日が流れる。今日は少し忙しくてあっという間。 母の機嫌もよく顔色を伺う事もなかった。「ありがとう」と。 帰る時に言ってくれる。それだけで救われるように嬉しかった。
それはいつだって思いがけない。自分は当たり前のことをしていて。 感謝して欲しいなどとこれっぽっちも思ったことなどないのだから。 贈り物をもらったような気持ちになる。また恩返ししたいなと思う。
いつものお散歩。今日はいつもより少し遅くなったけれど日課だから。 夕涼みにちょうど良い風が土手に川面にそれは心地よく吹いてくれた。 あんずは例のごとくぐんぐんと先を行く。そうしてお大師堂が近くなると。 暴れ始める。その暴れようは尋常ではなくいまだ理由はよくわからない。
仕方なく少し手前の石段の手すりにあんずを繋ぐのがもう慣わしになった。 最初のうちはそこできゅんきゅん喚いていたのが最近急におとなしくなる。 まるで忠犬ハチ公みたいにお座りをしてじっと待ってくれるようになった。
お参りを済ませその場所を眺める。私の姿をじっと見つめているのが分る。 「あ〜ん」とその名を呼びながら近づいていく。嬉しそうにはしゃいでいる。
ありがとうね。今日は言い忘れた言葉。明日から毎日彼女にそれを伝えたい。
昨日。やっと梅雨明けの報せがあったけれど。 夏らしい快晴とはいかず大気が不安定らしい。 時々どんよりと重くなる空にか細く蝉の鳴き声。
もう8月だというのにすこし心細さを感じてしまう。 それでもこのまま流されていくのだろう真夏の季節。
土曜日。例のごとくで怠惰に過ごしてしまった。 ごろごろと寝ころんでめったに見ないテレビや。 気がつけば眠り込んでいるというだらしなさだ。
今日は市民祭で街では踊りや提灯台が賑やかなことだろう。 人混みは苦手だけれど。やはりお祭りは好きだなと思う。 夕方になり出掛けてみたくなった。けれども動き出せず。 どんどん日が暮れていく。和太鼓の音を無性に聴きたい。
そういえばむかし。母に彼を紹介したのも市民祭の夜だった。 彼は法被を着て提灯台を担いでいた。ほらほらあのひとだよ。 26歳だった彼。お祭りの男の人ってとても眩しく見えたっけ。
ながいながい歳月が流れてしまった。つい昨日のように思い出す。 今はもう祭りの『ま』も口にせず。街に出掛けようともしなくなる。
人生ってながいようで短い。自分も母になってあらあらという間に。 子供たちはすっかりおとなになってしまった。急いでいるのだろう。 もっとゆっくりでいたいのにいろんなことが走馬灯のようにまわる。
灯りが消えたら何も見えなくなる。それはとてつもなく寂しいことだ。
いまはどこだろうとふと思うときがある。もう半分はとっくに過ぎた。 残りのことを考えるとすごく不安だった時があったけれど。今はもう。 授かれるだけだからと何もわからないまま日々を受け止めているだけ。
どどんどんどん。和太鼓の音がいま遠くから響いた気がして耳を澄ましている。
| 2009年07月30日(木) |
けれども笑顔を絶やさずに |
山里へと向かう道。昨日はいちめん黄金色だった田んぼが。 今朝は雀色に変る。早いものでもう稲刈りが始まったようだ。
いまだ梅雨は明けないけれどもうすぐに8月。農家の人達は。 これからどんどん忙しくなることだろう。暑さに耐えながら。 あちらの田んぼこちらの田んぼと収穫に精を出す頃になった。
今日もとても蒸し暑かった。朝の峠道では三人のお遍路さんに会う。 どの人もすっかり日焼けしていて夏遍路の辛さをしみじみと感じる。 例のごとく声もかけられずクルマで追い越していかねばならなくて。 後ろ髪を引かれるようでもあり心苦しくもある。頭が下がる思いだ。
ひたすらに歩くということ。その姿にはいつも勇気と希望がみえて。 出会っただけでそれを授かったような気持ちになる。清々しい朝だ。
気持ちよく流れたいなとすごく思う。どんな日になるのかわからない。 けれども笑顔を絶やさずにすくっと素直に一日を送りたいものだと思う。
母が少し不機嫌だった。今思えば気づかないふりをしているべきだった。 駄目だなわたし。ついつい刺激するような言動や行動をしてしまうのだ。 案の定。大爆発が起こる。火山の噴火のようなものだ溶岩が流れてくる。
避難したい。とにかく離れたい。庭にとび出し純白のムクゲの花を仰ぐ。 いっぱい咲いたね。青空って気持ち良いね。あなたは何を思っているの?
私はね。ちょっと悲しいよ。ひとって人の感情って計り知れなくて辛いよ。
しばし時がひつよう。溶岩がすっかり冷えてそのまま道になるくらいの。 その道を歩き出すには怖気づいていてはいけない。勇気を出して行くの。
笑顔で行くの。そうしたら火山は。自分が火山だったことを忘れた山になる。
ふぅ・・どんな日もあるものだ。まぁいいか。さらりっとさらさらしよう。
家に帰るとやはりほっとする。「おかえり」と言ってくれる彼は草原のようだ。
だとすると私はウサギね。そこらじゅうをピョンピョンと跳ねたくなったわ。
| 2009年07月28日(火) |
ぶってしまってごめんなさい |
どんよりと梅雨空。せめて心は晴れやかにと思うのだった。
些細な事にこだわらないように。苛立ったりしないように。 いちにち船に揺られながら波間を漂う漂流物を目で追って。 それが何処から流れて来た物かそのいびつさも気になった。
我ながらイケナイ日だったと思う。たくさんの反省をする。
さらりっとさらさら。いつもの呪文を唱えながら家路を急いだ。 いつも寄るスーパーの店員さんはみんな顔見知りになっていて。 気軽く声を掛け合えるのが嬉しく思う。お米を買ってよっこらせ。 帰る時には「また明日ね」と手を振る。みんなが友達に見えてくる。
買物が楽しい。もうその頃には船の事などすっかり忘れているわたし。 明日は明日の風が吹くからとあっけらかんとしていられるのが嬉しい。
がんばって晩御飯を作る。春雨の酢の物や豚バラのもやし炒めなどなど。 決してご馳走ではないけれど支度が整うとほっと肩の荷がおりる気持ち。 さあ食べましょうと意気込んでいたところ。「奥さんもしや忘れてる?」 彼の一言で唖然としたのだった。「オレ今夜飲み会やけんね」おおのう!
作り過ぎてしまった。サチコと二人きりならパスタが食べたかったのに。 どうしてその事を今朝言ってくれなかったのかと。くどくど文句を言う。 まあそれも笑い話。昨夜聞いた事など私はすぐに忘れてしまうのだった。
テレビを相手に独りぼっちの夕食。釧路の動物園のトラの話題に感動する。 生まれつき後ろ足に障害があり、飼育員の手で大切に育てられたという二頭。 仮死状態だったのを必死で温めてその命を救った様子。ほろほろと涙ぐんだ。 エプロンで涙を拭いながら箸を持つ手も止まる。彼にも見せてあげたかった。
食後。例のごとくお散歩。今日はいつも以上にあんずが駄々をこねて困る。 とうとう仕方なくぶってしまった。どうしようもない時があるものだと思う。
お大師堂でそのことを報告しながら手を合わした。私は赦してもらえるのか。 愛しくないわけがない。それなのに手をあげた自分こそどうしようもなくて。
しょんぼりとしたあんずとふたり。とぼとぼと川辺の道を歩いて帰った。
いちにち苛立っていたのかもしれない。反省のうえにまた悔いを重ねる。
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