ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2009年07月27日(月) またあした

昨日から雨がたくさん降った。やまない雨はないけれど。
ふっと不安になるくらいの雨。そんな夜は心細くもなる。

今朝の静けさにほっとして窓から空を仰ぐ。青空が嬉しい。
けれども月曜日だと思うとにわかに憂鬱の風が吹き始めた。

さあネジはどこだろう。そこらへんに転がっているはずの。
ネジを捜す。めんどくさいなあってすごく思いながらいて。
それがないとぎくしゃくとしてうまく動き出せそうにない。

よかった見つかった。ここらへんかなとそれを取り付ける。
のらりくらりでも良いじゃないか。転んでも良いじゃないか。


山里へと動き出す。もうすっかり黄金色になった稲穂を見ながら。
民家の朝顔の花を見ながら。道路わきの水たまりを蹴散らしては。

「おはよう」の笑顔を交し合うと。ちょっとだけ清々しくなった。


ぜいたくだなと自分を思う。過酷な労働でもなく厳しい上司もいない。
営業もなければノルマもない。それなのにいったい何が不服なのだろう。
自然豊かな山里でいちにち机に向かって来客を待つ。電話のベルを待つ。
ただそれだけではないのか。こんなに楽な仕事がほかにあるのだろうか。

月曜日が憂鬱だなんて言ったりしたらバチが当たる。ありがたい職場だ。
特にトラブルもなく平穏ないちにち。この上ない事だとつくづく思った。

きっとものすごく怠け者になってしまったのだろう。ただそれだけの事。


そのくせ帰宅するととてもほっとする。肩の荷が下りたように楽になる。
なんだか一日中船に揺られていて。やっと岸に戻って来たような気持ち。


夕食後いつもの散歩。川面は思いのほか清らかでひたひたと静かな流れ。
はっと驚いたのはその岸辺に里芋の葉が見え随分と大きくなっていた事。
誰かが植えたとは思えず。上流から種芋が流れてきて根付いたのだろうか。
ほんとに不思議な里芋だった。台風が来なければ良いなあと見守っていたい。

お大師堂にはひとの気配はなく。そのかわり沢山の沢蟹がざわざわと動く。
近づくと一斉に逃げ出して行くのだけれど。その音がなんとも愉快だった。

お賽銭を忘れてしまい謝りながらしばし語り合う。最近独り言が癖になった。
今日はねこんな風でね。ああでねこうだったよなんて独りしゃべっている。

おお、そうかそうか。そんな声が聴こえるような気がしてならないのだった。

「ありがとうございました」深々と頭をさげて手を合わして。またあした。



2009年07月25日(土) 山鳩がしきりに鳴いた日

薄日が射しているようで小粒の雨が降ったりやんだり。
不安定な空模様のなか。山鳩がしきりに鳴く声がする。

くっくうぽうくっくうぽう。鳩時計のように規則正しく。
それがお昼だったり三時だったりするのも楽しくおもう。


日がな一日。例のごとくと言うべきだろうか怠惰に過ごす。
まるでどこかのネジが外れそこらへんに転がっているよう。
家事もそこそこ。買物にも行かない。動くのがめんどくさい。

ぼんやりとしたあたまで暇つぶしのような妄想に耽っていた。
たとえば宝くじに当たったらとか。欲深さにあきれてみたり。

たとえばもういちど20歳に戻れたらというのが自分的に好き。
バドミントンを始めるのだ。そうしてバド仲間に恋をしよう。
そのひとはすごくバドが上手で鼻高々と彼女にしてもらって。
バド婚というのをして。ふたりで色んな大会に遠征して行く。
子供にもバドを教えて家族みんなでバドな人生を送りたいな。

どうしてバドかというと一気に現実にかえってしまうのだけれど。
昨夜も練習をしながら。つくづくと体力の限界を感じてしまった。
蒸し暑さのせいもあるけれどすぐに息があがる。駄目だなと休む。
若い仲間達の頑張っている姿がとても眩しい。ああ戻りたいなと。
すごくすごく思った。なんだかどうしようもない穴のような場所。
そこに自分が引っ張り込まれているような感覚をおぼえてしまう。

好きなこと。いつかは諦めなければいけない時がくるのがこわい。
けれども行かなくてはならない。もう少しあと少しだけ燃えたい。

妄想は楽しい。現実はきびしい。受け止めつつ身を任せていよう。




夕食は昨夜たくさん作り過ぎたカレー。まだまだ明日もありそうだ。
むしょうにゴーヤを食べたくなり。ゴマ油で炒めて塩と黒胡椒で食す。
カレーの辛さよりもゴーヤのほろ苦さが口に残る。とてもいい感じだ。

食後。ちょうど雨がやんでいて散歩に行くことが出来た。湿った川風。
それも心地よく夏草に混じって羊歯が勢いよく伸びる土手の道を歩く。

お大師堂は5日ぶり。なんだか自分の部屋のような落ち着きを感じた。
手を合わせながら願うことは何もない。ただただ平穏に感謝するばかり。

行かなければいけないのなら行くしかない人生のその果てにむかって。

私の時計は鳴けない鳩のように時を刻み続けているのだろうと思った。



2009年07月23日(木) 夏色の南風のこと

二十四節気のひとつ大暑。いよいよ夏も本番になったらしい。
未だ梅雨は明けないけれど。今日の強い陽射しは夏そのもの。

もうすぐ一年が経つのか。ふっと去年の夏のことを思い出す。
今となっては奇蹟だったとしか思えないような出会いがあった。

親しさとはなんだろう。それがとても深い意味のある縁に思えた。
愛着が度を過ぎ執着になってしまったのかもしれない。今はもう。
その声を聴くことも出来ず。ひとつの悲しみを乗り越えてしまう。

けれども春の日のそのひとは。散り急ぐ桜よりも潔く美しかった。
その日のために出会ったひとだったのだろうと信じられるくらい。
悲しみがふっと癒されたまま季節が巡り。懐かしいほどの夏がくる。

わたしは夏が好きになった。夏色の南風のことが今も好きでならない。




日中はたんたんと過ぎる。仕事の段取りなど私が進んでしたせいか。
母の機嫌がすこぶる悪い。私もぷっつんとしそうになるのをぐっと。
我慢していたせいかどうにも居心地の悪い一日になってしまった。

逃げるように職場をあとにして「さらりっとさらさら」呪文を唱える。
この呪文はほんとうに良く効く。肩の力を抜いて声を出して唱えるのだ。
気の流れがスムーズになるのだろう。すっきりと心地よい気分になる。

笑顔で帰宅。元気にお炊事。大相撲を観て晩御飯をおいしくほうばる。


さあお散歩。今日こそはしっかりとお参りをと思いお大師堂へ向かった。
けれども断念。どうやらお遍路さんの夕食の時間と重なってしまったようだ。

あしたがあるから。いつもそう思って潔く踵を返すのが私流なのだと思う。
出会ってみたい気持ちもあるけれど。やはりそれは偶然であって欲しいのだ。

土手の草むらに誰が置いたのか。鉄製のイスが夕陽のなかに佇んでいる。
今日はなんとなくそこに腰をおろしてみたくなり。しばし夕風に吹かれていた。

夏色のことをおもう。南風のことをおもう。遠いひとのことをおもった。





2009年07月22日(水) もしや求めていたのかもしれないこと

雨のち晴れ。朝の雨はそれはそれは豪快などしゃ降りだった。
そんな雨もやがてやみ。日食の頃あたりが夕暮れ時のようになる。
太陽こそ見えなかったけれど。その薄暗さがとても神秘的に思えた。

宇宙のなかのひとつの星で。こんなにもちっぽけな人間というもの。
その一人であることが不思議にさえ思える。ありんこのような人生。

些細な事にくよくよしてみたり。どうにもならないことを嘆いたり。
地球人なんだからしっかりしなくちゃとふっと自分を励ましてみる。



お昼にはもう青空が見えた。なんだか暗いトンネルから抜け出たような。
眩しさに目を細める。夏の輝きが一気に空から降り注いでくるようだった。

お昼休みに遠くの友に電話をしてみる。お誕生日でもありむしょうに声が。
聴きたくてならなかった。ゆったりとした穏やかな声にほっと心が癒される。

カタチではないと私は言うけれど。ささやかな繋がりがより縁を深める。
彼女はいつだって懐かしい。とてもとても強い縁を感じる存在だった。

この清々しさはなんだろう。電話を切ってからもしばらく余韻に浸っていた。
もしや求めていたのかもしれないこと。満たされたような不思議な心のありか。

救われたのだなと私は思った。それは言葉で言い尽くせないほどのありがたさ。



帰宅して例のごとく夕暮れのお散歩。夕陽に立ち向かうように歩く道が好きだ。
あんずがまた駄々をこねる。もうそれも慣れっこになってしまい仕方のない事。

お大師堂には今日も人の気配。脱ぎ揃えられた靴とラジオの音が聴こえる。
午前中の雨と午後の暑さを思うと。疲れた身体を横たえている頃かもしれない。

そんなお遍路さんに会ってみたい気持ちと遠慮する気持ちが交差しながら。
やはり閉ざされた扉を押し開く事は出来なかった。そっと手を合わして帰る。

あしたがあるあしたがあるあしたがあるさ〜と歌いながら来た道を歩いた。



2009年07月21日(火) 今日も穏やかに幕を閉じた

やはりまだ梅雨の頃。どんよりと重い雲が立ち込める。
午後少しだけ雨が降ったけれどすぐにやんだ。山口で。
豪雨のため酷い被害があった事を夕方のニュースで知る。
それは他人事ではない。いつだって明日は我が身だと思う。

ありがたいことに穏やかな一日だった。当たり前ではないこと。
日々心して受け止めていかねばならない。恵まれていたのだと。



三連休を頂いたあとの職場は。少しだけ後ろめたい気分の朝だった。
母の体調を気遣ったつもりの言葉も。けんもほろろに返されてしまう。
もっとあっけらかんとしていても良いのか。同僚には何も言えなかった。

来客が多くあらあらという間に時が経つ。世間話というものもけっこう。
どっと疲れてしまうものだ。お客様は神様だというのになんて事だろう。

空いた時間に庭に出て。満開のムクゲの花を仰ぎ見てほっとくつろぐ。
純白のその花は青空にも映えるけれど。曇り空には一段と風情がある。
空よりも白くあり際立つようにその存在を優しく知らせてくれるようだ。

深呼吸をいっぱいする。私もその花のように空に手を伸ばしたいと思う。




定時に帰宅。大相撲を観ながら夕食の支度。チンゲン菜の中華炒めなど。
5時半には彼が晩酌を始めるので。イカの燻製など差し出しそのまま夕食。

食後の後片付けを終えてからいつもの散歩に出かけた。しっとりと湿った道。
あんずは今日も少し元気がない。やはり日中の蒸し暑さが堪えるのだろう。
それでも私より少し先を歩きたがる。夏草が好きで牛のように草を食べる。

お大師堂には人の気配がする。もう電気も灯っていて窓から遍路笠が見えた。
扉が開いているかもしれないとそっと近づく。けれどもやはり閉ざされていた。

浜木綿の花陰から手を合わして帰る。私の日課は今日も穏やかに幕を閉じた。





2009年07月20日(月) ありのままはむつかしい

うす曇の空がどんどん重くなりやがて雷雨となった。
久しぶりに大粒の雨。雷の音もなんだか心地よく響く。

そんな月曜日がお休みというのもありがたく。いちにち。
羽根をだらしなく伸ばしきるようにのんびりとくつろぐ。

サチコは仕事に出掛ける。私はなんて贅沢な事だろうと思う。
おまけに暇で退屈などと言ったら怒られてしまいそうだった。

自室にボンボンベットを出してふんぞり返り本を読んでいた。
そのうちに眠くなり。例のごとく夕方近くまで寝入っていた。

本はとある詩人さんの日記。前回はあまりにも批判的文章が多く。
読みながら気が重くとても複雑な気持ちになった。好きだけれど。
なんだか好きではなくなるような不安が襲ってきて悲しくもあった。

ありのままなのだろう。これこそが自然体なのだろうと受け止めて。
好きなひとがどんなことを感じて。それを読者に伝えてくれるのか。
そう思うとやはり私は共感せざるにはいられない。どんな事もすべて。
そのひとだからと受け止めるこころ。なんだかそれは試練にも似ている。

新作はいまのところ批判的文章が見当たらず。ほっとするべきところ。
少し心配になった。「思ったことをそのまま私は書きたい」とそこに。
書いてあったからだ。書けない状況なのだとしたら少なからず心苦しい。

だいじょうぶ。ちゃんと受け止めているよ。声をかけたくてならなくなる。

続きは明日。まだ読み始めたばかりだけれど私はもうとりこになっている。


思ったことをそのまま。嫌な事は嫌と言う。好きな事は好きと言う。
私の日常はどうなのだろうとふと思った。書くことをためらいながら。
嫌な事はそっとしておく。言い換えれば綺麗ごとばかりではないのか。
けれどもそうしながら気持ちよく流れていく。それが私流かもしれない。

ありのままはむつかしい。ありのままはそれじたいつかみきれないこと。




夕食後にはもう雨もあがり。雲の切れ間から夕陽が顔を出していた。
いつもより心持ち元気のないあんずを宥めながら散歩に出掛けてみる。
湿った夏草を除けながら土手の道を歩く。川風はそよともせず汗が出る。

お大師堂は4日ぶりだった。沢蟹がたくさんいてザワザワと音がする。
浜木綿の花もまだ枯れずにいてくれて。やはり人の姿のように見える。
お大師ノートには昨夕見かけたお遍路さんが言葉を残してくれていた。
今日の雷雨は厳しかったことだろう。足摺岬までの遠い道のりを思う。

蝋燭に火を灯し手を合わす。ありがとうございましたと家路についた。






2009年07月18日(土) こんな夏の夜が好きだ

いまだ梅雨明けとは言ってくれず。かと言って雨は降らない。
先日の通り雨の心地よさを思い出し。真夏日の青空をあおぐ。


山里の職場はお休みではないのだけれど。私だけ三連休を頂く。
母の体調はどうだろう。同僚は大丈夫だろうかと案じながらも。
どうしても行く気にはなれなかった。心苦しさこのうえない事。


朝のうちに近くの地場産市場へ行く。姑さんのスイカを出した。
小玉だけれどとても甘い。一個150円で店先に並べてもらった。
全部売れたら姑さんが大喜びするのだ。その笑顔が私も嬉しい。


午後。息子君が顔を見せてくれる。サチコもお休みだったので。
晩御飯は焼肉をすることにする。四人揃うのは久しぶりだった。
汗をかきながらお肉を焼いて飲み交わすビールは最高に美味しい。

ほのぼのと嬉しいひと時。家族とはほんにありがたいものだと思う。


夕暮れのお散歩には行けなかったけれど。あんずは晩御飯を喜ぶ。
薄暗くなった庭に出ると思いがけないほど涼しい風が吹いていた。
ひとりで川辺に行きたくなる。お大師堂も気掛かりになったけれど。
あしたがあるさと思いつつ今日を閉じるようにあきらめてしまった。


今夜は何処かから打ち上げ花火の音が聴こえている。もうそんな頃。
花火は見えないけれどその音がわくわくするようにつたわってくる。

こんな夏の夜が好きだ。窓辺にいて夜風とたわむれながら焼酎を飲む。


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