朝から夏らしい陽射し。山道の木陰にほっとして窓を開けた。 陽と陰が交差するように目前に広がる光景もまたよいものだ。
稲穂がずいぶんと実る。もう黄金色になり頭をたれ始めた。 とてもきらきらと輝く。まるで田の神様が宿っているようだ。
そんな山里の道で久しく出会えずにいた歩き遍路さんを追い越す。 顔が見えないほどタオルで日除けをしていて。道中の辛さを思う。 それでもこの夏と決め旅に出たのだろう。頭が下がるばかりだった。
例のごとくで声のひとつもかけられず。後ろ髪をひかれる思いだった。
職場は開店休業の事態に相成る。母は親戚に不幸があり出掛ける。 同僚は体調が優れず病院へ行く。とりあえずの留守番に私が残る。 閑古鳥のさえずりが聴こえるものの。とても静かな一日になった。
どんな日もあるものだけれど。ふっと心細さを感じてしまった。 会社という名のちっぽけな船がこのまま沈没するのではないか。 今までずっと覚悟はしていたけれど。今がその時ではないかと。
午後。同僚が出勤してくる。少しして母も帰ってきてくれたから。 悪い夢から醒めたような気持ちになった。いつもの笑顔になれる。
かと言って急くほどの仕事もなく。みなのんびりと午後を過ごす。 同僚はいちにち休ませてあげたかった。とてもしんどそうに見えた。 いつも一人で頑張っているのだ。責任感も強く荷が重いことだろう。
私は申し訳なく早目に帰宅。今日も逃げるように帰ってしまった。 本屋さんに寄り。宝くじ売場にも寄り。福本さんに久しぶりに会う。 「どうか当たりますように」福本さんはいつもそう言ってくれるのだ。
三億円なんて考えられない。一億円あれば会社を救えるのになと思う。 一千万なら家のローンを完済して残りでクルマを買おうと思うのだった。
ああ駄目ダメ。そう思った時点でそれが当たらないことがもうみえみえ。
けれども夢を買った。福本さんありがとう。今日は貴女に会えて良かった。
大気が不安定なのだという。午後から通り雨。そうしてまた青空。 夕陽がとてもまぶしかった。光がまっすぐに身も心も貫くように。
太陽は知っている。そんな戸惑いさえ感じる。なにかすべてのこと。 たとえば私が何を思って。何を求めて。何に疑問を感じているのか。
口に出しては言えないことがそこに満ちそうになるのを宥めてくれる。
日々が夏になりそうして重なる。太陽の栞はそうして色褪せていくのだ。
だいじょうぶ。いまのわたしには苦と呼べるようなものはない。 たとえあったとしてもあまりにも些細なことでそれも流れていく。 不器用な手で笹舟を作るようなものだ。そっと水に流せばいい。
壊れる。沈む。その行く手を不安がる必要もない。それは流れる。
あとに残るのは穏やかな水面。夕陽を鏡のように映してそれが満ちる。
太陽の栞を失くさないことだ。きょうのひとつを確かめてそれを閉じる。
| 2009年07月14日(火) |
眠りの島に辿り着きたい。いま。 |
今日も真夏日。朝から蝉の鳴く声が聴こえる。 午後には入道雲も。やはり夏なのだなと思う。
母は検査のため病院へ行く。血圧のこと心臓のこと。 そのうえ夏風邪も引いていて下痢もしているらしかった。 本人は相変わらずあっけらかんとしているのだけれど。 心臓はやはり心配でならなかった。朝からずっと病院で。 やっと電話があった時にはもう午後も3時を過ぎていた。
命に別状はなしだと言い。電話口でへらへらと笑っている。 ふっと私が心配性だからわざとそうしているように感じる。
30分後に顔を見た。いつもと変わらない元気な母がそこにいる。 けれども無理をさせてはいけないなとつくづく思ったことだった。
労わりあいつつ気遣いあいつつこの先を切り抜けていきなさいよと。 神さまがおしえてくれたように思う。心してそう受け止めている。
やっと心から優しくなれるのかもしれない。そうでありたいものだ。
昨日よりも帰宅が遅くなり晩御飯はすっかり手抜きになってしまった。 それでも一品だけはと川海老の唐揚げをする。従兄弟が持ってきてくれた。 正真正銘の四万十川の海老だ。からりっと香ばしくとても美味しかった。
あとは温めるだけのカレーとレタスのサラダ。彼は文句ひとつ言わない。 どっと疲れを感じる夜にそれは救われるようにありがたいことだった。
おかげでのほほんと穏やかな夜になる。波が引いて寄せてこその海だもの。 暗い海に小船を漕ぎ出すように眠りの島に辿り着きたい気持ちでいるいま。
| 2009年07月13日(月) |
ワタシハキョウマデイキテミマシタ |
梅雨明けを思わすような晴天。気温も34℃と真夏日になった。
母がまたダウン。やはり先日から無理をしていたのだろうと思う。 ちゃんと病院へ行ってくれて。ゆっくり休んでくれたのでほっとする。
それでも何度も電話をしてくる。変わった事はないか?大丈夫か?と。 ひとつちょっとしたトラブルがあった。黙っていれば良かったと思う。 ついつい話してしまってよけいな心配をかけてしまったと反省をする。
親孝行などと口では言いながら。ちょっとした心遣いさえも出来ない。 困ったものだ。どこかで母に甘えているようなふしがあるとしか思えない。
そんなトラブルも午後にはまるく収まる。すぐに母に報せて安心してもらえた。
いつもより少し遅く帰宅。嬉しいのはツバメの子供達が巣立ってくれたこと。 今朝出がけに見た時に今にも飛び立ちそうだったから。もしやと思っていた。
どこにいるのだろう?あたりを見回す。集ってくれていた仲間達の姿もない。 嬉しいのとちょっと寂しいのが合わさり。けれどもやはり嬉しさが勝るのだ。
初めて飛ぶのってどんな気持ちなのだろう。ツバメもきっと嬉しいに違いない。
食後の散歩は夕涼みもかねて。川風がとても心地よく身も心も生き返るよう。 何も考えずにいたいなと思うのだけれど。やはり少しだけふっと考えてしまう。
まあいいか。うんいいよと風に吹かれていく。こだわらないって難しいなあ。 頭のなかが空っぽになると心も空っぽになるのかな。それって気楽だろうな。
けれども空っぽの心なんてなんだかムナシイ。なにかひとつこれだけはって。 大切なことがあるといいな。たとえばじぶん確かに生きてるなって感じるような。
今日までそして明日から(吉田拓郎)
| 2009年07月11日(土) |
明日のことより今日のことを |
うすい陽射し。洗濯物を干しながらツバメの声をたくさん聴く。
我が家の庭はあたりじゅうのツバメ達の集う場所になっているらしく。 今朝も10羽くらいはいたように思う。物干し竿にもとまったりしては。 交差するように低空飛行を繰り返す。それはそれはにぎやかな光景だ。
そのおかげもあるだろう。玄関先のひな鳥達も無事に育ってくれて。 日に日に大きくなり。もうすぐ巣立つのではないかと思われる程だ。
守ってあげなければと思案していたけれど。結局見守るだけの日々が続いた。 勝手な思い込みかもしれないがなんだか仲間達に守られている気がするのだ。
人間がそうするよりもずっと心強く感じて。ほっとしながら巣を仰いでいた。
午前中に買物を済ませ午後は例のごとく怠惰に過ごす。本も読まない。 春樹の新刊を読み終えてからすぐに『アンダーグラウンド』を読んだ。 読まなければいけないような気がしたのだけれど。それは確かだと思う。
深いいつながり。重い連鎖。記憶として留めておかなければと強く思った。
本は月曜日のお昼休みまで読まないかもしれない。明日の事など分らない。
晩御飯に麻婆豆腐を作った。豆板醤を多目にしたかいもありとても美味しい。 ご飯にのっけて麻婆丼みたいにして食べた。なんだかとても幸せな気分になる。
あとはいつもの散歩。お大師堂が近くなるとあんずが駄々をこねるけれど。 もうそれも慣れっこになって喧嘩する気にもならない。我が道を行く感じ。
あんずの日課とわたしの日課はぶつかり合いながらもともに過ごす時だった。
ふたりずっとそうで良いのだろうと思う。浜木綿の花が少しずつ枯れていく。
それはうなだれたひとの姿にも似ているけれど。根は強いとても強い人のようだ。
| 2009年07月09日(木) |
止まらない時のように流れる |
晴れのち曇り。朝の清々しい風もつかのま午後から一気に蒸し暑くなる。
母の体調を気掛かりに思い。少し早目に山里へと向かう。 田んぼの稲穂が日に日に実りつつあるのに目を留めながら。 もう木曜日。あらあらという間に毎日が急ぎ足で過ぎてゆく。
私の心配をよそに母はけろりっとした顔で出勤してきた。 「あら今日はえらく早いのね」と開口一番にそれだった。
風邪薬がよく効いたとのこと。とてもあっけらかんとしていて。 こちらの気が抜けるほど元気だった。ほっとしながらやれやれと思う。
あとはいつもと変わらない日常。トラブルもなく平和な一日になった。
昨夜思い詰めるように考えた尽くすという事がちらりと頭をよぎる。 もしかしたらいちばんが笑顔かもしれない。自然と笑みがこぼれる。 そんな雰囲気が常にあれば。母も同僚もみな笑顔でいてくれるのだ。
気楽にいこう。深く考え込まずに日々を気持ちよく流れていけばいい。
少し早目に帰宅。食事の支度までごろりと横になってしまったのだけれど。 不覚にもそのまま眠り込んでしまったらしかった。疲れているのだろうか。 たいした仕事もしていないのになんてことだろう。彼に起こしてもらって。 大急ぎで夕食の支度。ぼんやりしていたせいか砂糖の入物を床に落す始末。 蟻さんが大喜びしそうな有様になり。今度は拭き掃除をするはめになった。 そそっかしいのは今に始まった事ではないから。それも笑いに代えておく。
散歩の時間も遅くなり。それでも行かなくちゃと思い川辺の道に向かった。 あんずは空腹なのかご機嫌ななめ。それでもしぶしぶと共に歩いてくれる。
どんな日もあるさと薄暗い空を仰ぐ。川面はひたひたと静けさに満ちていた。
流れていたのだ今日も。そして今もそれは止まらない時のようにそこにある。
| 2009年07月08日(水) |
お疲れさま ありがとう |
雨は降りそうで降らなくて。どんよりとしたまま日が暮れる。
昼間。母の体調が少し悪く。早引きをして寝ているようにと。 何度かすすめてみたけれど。大丈夫の一点張りでそうしようとしない。 夏風邪だろうと本人は言うけれど。とてもしんどそうで気掛かりだった。
結局わたしが先に職場を出る。「お疲れさま ありがとう」の声を背に。
もう71歳の母。世の習いならもうとっくに引退していても良い年だと思う。 それなのにPC仕事以外ならなんでもこなし。未だ老眼鏡もかけずにいる。
ふっと後悔するように省みる時がある。私は母に甘え過ぎている。 もしかしたらこれっぽっちも尽くしてなどいないのかもしれない。
精一杯とはいったいどれほどのことを言うのだろう。足りない事。 これがそれですよと示される事などない。私はそれを知りたかった。
お疲れさま ありがとう それは私から母に言うべき言葉だと思う。
夕方。あたり一面が灰色に見えるなか夏草の緑を確かめるように歩く。 お大師堂に人影らしきものが見えて。一瞬とまどってしまったけれど。
それは浜木綿の花だった。白い百合の花束のようにそれは咲いていて。 遠くから見ると白い手ぬぐいを被った人の頭のように見えるのだった。
近づいて声をかける。昨日とはちがう声がそこから聴こえるように感じた。
|