ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2009年05月25日(月) 緑が目に沁みる

風が心地よくさわやかな夏日。けれどもやがて梅雨の頃。
それを知っているのか紫陽花がところどころに咲き始める。

山里の田んぼのあぜ道に。風になびく稲の緑によく映える。
日に日に色とりどりの花を咲かせてくれることがうれしい。

気がつけば栴檀の薄紫の花も。散り急いでしまっていたり。
ふっと忘れてしまった時にそれが終わっている時がよくある。
毎日のこと。もっとしっかりと見届けなくてはと思うのだった。



月曜日。相変わらずの葛藤に途惑いつつもそれなりに仕事。
母とメールを交わしながらいた数ヶ月の事が懐かしく思う。
少しでいい『距離』がほしい。私の身勝手な言い分だろうか。

うまく割り切れない難題のように。ついつい拘ってしまうのだ。
小数点以下は切り捨てれば良いのに。無い事にしてしまえない。
だからいつまでたっても正解にならない。ほんに困ったものだ。

せめて早目に帰宅をと願い。逃げるように職場をあとにした。
来た道を帰りたかった。山道を峠道を一気に下りたいと思う。

「緑が目に沁みるよ」思いがけずに母がそっと声をかけてくれる。

とてもとても心に堪えた。母はわたしの葛藤にキヅイテイルのか。


まだ日の高い山道は木陰の風がいちだんと爽やかで。ほっと息をつく。

たしかに緑が目に沁みる。この大好きな道を明日も通うことだろう・・。



2009年05月23日(土) 穏やかな夜に

晴れのちくもり。夕陽を仰ぎ見ることもなく日が暮れる。
あたりが薄暗くなってもツバメが帰らず。少しさびしい。

もうここは駄目だと去らないでいてほしいものだ。
けれども伝える術がない。とにかく待っていよう。



窓の外を気にしながらも朝のうちはゆったりと過ごす。
午後。彼が川船の手入れをすると言い手伝いに行った。
お仲間さんたちの手も借り船を陸に上げひっくり返す。
あとはヘラや束子を使いながら船底の汚れを落とした。
小さな牡蠣や水苔がすごくて汗を流しながら頑張った。

晩御飯は本場物の讃岐うどん。丸亀の友人から届いたもの。
生卵を入れてぶっかけうどんにして食べる。なんとも美味。

一度も会った事のない友人。先日は初めて声を聴く事が出来た。
ずっと昔からの友のように感じて。親近感でいっぱいになった。
ネットのありがたさを思う。出会えてほんとうに良かったと思う。


すこし蒸し暑く夜が更けていく。夜風はもう眠ったように静かだ。
聴こえるのは虫の声ばかり。夏の虫もそうして存在を知らせてくれる。


穏やかな夜のこと。これが何になるのかもわからないまま。
これを記す。ただ存在だ・・・と思えば気も楽になるだろう。

ここにいます。わたしがいます。ただそれだけの理由かもしれない。






2009年05月21日(木) あめ雨ふれふれ

いまかすかに雨が降り始めた。暮れ始めた空に雨雲。
影絵のように鷺だろうか群れをなして横切っていく。

ツバメがしきりに鳴いているのが嘆くように聴こえる。
ちいさなヒナ達が忽然と姿を消してしまったのだ・・。

今朝からずっと巣の様子を伺っていたのだけれど。
にぎやかにさえずっていたヒナ達の声が聴こえず。
親鳥は鳴くばかりで。餌ではなくて藁を運んでいる。

我が家の玄関先でそんなことがあってなるものかと。
心を痛めているが自然界の厳しさを思い知るほかない。

いつかの初夏にもそうだった。けれども親鳥はめげずに。
すぐに二番子達が生まれてくれたことを思い出してみた。
今度こそ無事にと願いつつ。また見守る日々が待っている。



もうすっかり暮れてしまった。雨音が心地よいほど響きわたる。
このままどしゃ降りになりそうな気配に胸が震えそうになった。

潤いたいと思う。この澱みを流しきるような雨に私はアイタイ。



2009年05月20日(水) いっそどしゃぶりの雨になればいい

晴れのち曇り。雨が近いのだろう蒸し暑い夜になった。
夕陽を仰げないまま暗くなるとほんの少し心細くなる。

行かないつもりだったお散歩もあんずの甘え声に負け。
とぼとぼといつもの道を歩いた。風が静止している道。
チガヤの白い穂が千切れた綿のように土手にただよう。

ふっと横たわってみたくなった。あんずから手を離して。
倒れこむようにその綿に包まってみたい衝動に駆られる。

やわらかな息。何も思い煩う事などないはずなのだけれど。
求めないふりをしながらささやかな欲望のようにそれを思う。



仕事は山里だった。今日も穏やかな波ばかり見ていた気がする。
息苦しさは気のせいだろうか。どうしてそうなのかよく解らない。
この葛藤は何だろう。明日はどうすれば良いのだろうと気に病む。
あまりに遠ざかっていたせいかもしれない。キットチカスギルノダ。

明日はあしたの風が吹くだろう。いっそどしゃ降りの雨になればいい。



夜は酒をのむ。どうしたわけかあまり酔わない。のでひたすらのむ。



2009年05月19日(火) 思えば遠くに来たものだ

曇りのち晴れ。初夏らしく南風の吹くいちにち。
海が近いせいだろうかふっと潮の香が匂ってくる。

そんな南風のことを『沖の風』と呼ぶ。
ここに嫁いできて初めて知った言葉だった。

少女時代を過ごした海辺の町では何と呼んでいたのだろう。
あまりにも近くにあった海は。海としか呼べず風としか呼べない。
多感だったあの頃。恋しい人のように思って潮風に吹かれていた。

思えば遠くに来たものだ。そんな言葉がいまはとてもふさわしい。



仕事。今日は山里の職場に行かなかった。
行くべきだったのだろうけれどそれをせずにいて。
夫である彼の手伝いをすることに決めていた。
ちょっとした力仕事。身体がとても喜ぶのを感じ。
やはり私には肉体労働がいちばんなのだと思った。
どんなに疲れてもそのほうがいい。我侭だろうか。
身勝手だろうか。明日もそんな仕事があればと願う。

姑さんが畑仕事をしてみないかと言う。考えている。
鍬ひとつ使えない私にそれが出来るのだろうか不安。
彼は反対している。お前に出来るはずがないと言う。
私は迷っている。ああどうすればいいのだろうか・・。



夕暮れ散歩。とても立派なカメラを持った人に出会う。
夕陽の写真ばかりを撮っているそうで少し語り合った。
真っ赤な夕陽の話をした。今日は無理。紅くはならない。
雨の匂いがする日でないとそんな夕陽には会えないのだ。

ああまた知ったかぶりな話をしてしまった。反省しつつも。
ちょっと鼻高になっている自分に酔った。ばかみたいな私。


わぁコスモス。とぼとぼと帰り道に早過ぎるコスモスを見つける。
もうそれは世界中に叫びたいほどびっくりとして嬉しくてならず。

川岸に続く石段の隙間からそれはまるで雑草のように咲いている。

たった独りで。この夏の初めにぽつねんと存在する一輪の花だった。






2009年05月18日(月) 思いのままに

五月晴れというのだろうか清々しい青空。
山道を行けばいちだんと緑濃く迫り来る。

ゆっくりと進みたくてならずそうしていると。
緑の糸を繰っているような辿っているような。
そんな気がした。真っ只中にいることを感じ。

それが喜びなのかよくわからないまま息をする。
風が匂う。山全体が芳香を放っているかのよう。


歩くひと。ひとりふたりそうして七人のお遍路さんに出会う。
声をかけることも出来ず追い越すばかりで心苦しくもあるが。
ともに歩くことは叶わず。ただただ頭が下がる思いで溢れる。


紫陽花の花が。毎年いち早く咲く場所があり今年も。
もしかしたらと思っていたら。やはり咲いていてくれた。
純白の紫陽花は民家からも遠く山肌から零れるように咲く。

ほっと嬉しかった。歩くひともきっと足を休めてくれるだろう。



職場は平穏。いつも身構えているのは自分。緊張するのも自分。
まるで海に飛び込むような気持ちになるのは気のせいだろうか。
泳げないからといってもがこうとする。そんなじぶんのせいか。

海はこんなに凪いでいる。波は静かに足元を濡らすばかりだった。

精一杯スイッチを切り替えるつもりだったけれど。どうしても。
『毎日』という日常がインプット出来ない。反抗ではないけれど。
先日ある方から頂いた言葉を思った。「無報酬だからこその自由」

しばらくはそんな自由を見つめなおしてみようかなと思っている。







2009年05月16日(土) きもちよく流れよう

曇り日のいちにちだったけれどほんのりと夕焼け。
暮れていく空をぼんやりと眺めながら窓辺にいる。

こんなひと時がとても好きだ。ゆったりと心が和む。


今期の川仕事も今日で終了。日々駆け抜けたような。
なんともいえない達成感で満たされた一日になった。
打ち上げと称して鰹で握り寿司を作り日本酒を少し。
とても美味しかった。好物の鶏の唐揚げもまた旨し。

明日は日曜日らしく過ごし。自分なりにスイッチを。
切り替えてみようと思う。壊れかけてはいるけれど。
山里の風景に助けられながらまた日々を送りたいものだ。

田んぼの稲を思う。道端の紫陽花を思う。皆の笑顔を思う。
動いてこそ気づくもの。出会えることがきっとあるのだもの。


今日もお散歩の帰り道。いつかの木に薄紫の花を見つけた。
あのオリーブ色の実のなる木は。栴檀の木だった事を知る。
秋の日にはまだ小さな木だったのが見上げるほどになった。

そんな発見が嬉しい。歩いてきて良かったなと思える一瞬。


ついつい負に向かいがちだったこの頃のこと。なにもかも。
行き詰ってしまったように思えたのは。気のせいだろうか。

こころが一箇所に留まっては澱み。さらさらと流れなかった。

きもちよく流れよう。そう思えばきっとこころも澄みわたるだろう。


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