| 2009年05月14日(木) |
なんど振り返ったことだろう。 |
夕空に飛行機雲がいくつも見えた。 それは沈む太陽に向かう目印のようでもあり。 その直線をなぞるように夕陽が染めあげていく。
じぶんは立っているのだなと思う。そんな空のした。 佇むことが好きになった。動くことを忘れたように。
そうして沈んでいくもの。落ちていくものを見送る。 なんど振り返ったことだろう。まるで見納めのように。
今日は少女時代の親友の誕生日だった。 年に一度のメールは生存確認のようでもあり。 返事が届くととてもほっと胸を撫で下ろす。
なにも変わらないことがたくさんあるというのに。 私たちは年を重ね日ごとに老いへと向かっている。 いつまでも若々しくいようね。元気に頑張ろうね。 それが希望であり勇気になるように生きていきたい。
確かに失くした。このところそればかりに拘っている。 仕方のないこと。どうしようもないことなのだけれど。
生みたいと思う。生めるのではないかといまは思っている。
| 2009年05月12日(火) |
待っていてくれたのだろうか |
連日の夏日のせいだろうか。 土手にはもう姫女苑の花が咲き始める。 チガヤの白い穂と寄り添うように咲き。 夕陽に染まり風に揺れる姿が可愛くてならない。
近所の畑には南瓜の実がなる。つい先日までの花が。 林檎くらいの大きさの南瓜に姿を変えているのだった。
毎日は行けない散歩も。行くたびに新鮮さを見出す。 何かが待っていてくれるようで行けないと気掛かり。
待っているのは自分で。見つけたいのが自分なのだろう。
今日はいちにち山里の職場だった。完全復帰ではないけれど。 川仕事がお休みになったので連絡もせずに出掛けてみたのだ。 12日ぶりだったせいか山道が新緑が愛しいほどに懐かしかった。
行ってみないとわからなくて少し身構えてしまったけれど。 行けば笑顔や。思いのほか穏やかな雰囲気に救われる思い。 複雑に思い悩む事もあるけれど。やはりここに帰ろうと思う。
どのような葛藤も。待っていてくれるひとがいてくれるだけで。 救われることだろう。無報酬が何だ。これが親孝行ではないのか。
職場の庭には『雪ノ下』が咲き始めていた。私の大好きな花だった。
夜風を心地よく窓辺でぼんやり佇んでいると。 ふと秋ではないかと思う虫の声が聴こえてくる。
ちいさな命がそこにある。そっと耳を傾けながら。 歌にはなれない吐息をもらす。ふふっるるふふっ。
そんなふうに微笑む吐息。ああ今日も幸せなのか。
おもいっきり短くした髪の毛を風にまかせながら。 とりとめもなくここにこうして記しているけれど。 あまりにもちっぽけなせいでなにも伝えられない。
けれども今日が暮れていくから。行かなくちゃと。 どこに向かうのかもわからず。ただ身を任せている。
さがすのも確かめるのもよそうと決めていたけれど。 きっと何かを失くしてしまったのだろう。ワカラナイ。
だからといって痛まないこころがすこしもどかしいのだ。
ふふっるるふふっ。ふふっるるふふっ。ふふっるるふふっ。
そのとき風がそっとなにかをささやいたような気がした。
耳を澄ますほどのウサギの耳をもたないわたしに。
風はなにを伝えたくてその息のありかをおしえるのだろう。
一瞬の刹那に佇むことをえらぶ。いまはまだ動き出せない。
そっと静かに月明かりを待っている。 サンダル履きでとび出して行こうか。 土手の石段を息をきらし駆け上がろうか。
誰にも見つからないように。 独りぼっちでそこに在りたい。
そうして泣きじゃくれたらどんなにいいだろう。 わけもなくくるったように肩を震わせてみたい。
欠けていることを確かめるのはもうやめにしよう。
| 2009年05月07日(木) |
胸をはっていてほしい |
散歩をしていると黒いさやのような植物を見つける。 今まで気にも留めずにいたけれど。あちらこちらに。
それが『からすのえんどう』の実であることに気づくと。 つい先日までの桃色の小さな花が嘘のように思えるのだった。
こんなふうに変わる花もある。その存在感にはっとしながら。 なんともいえない愛しさを感じる。若き緑萌える川辺の小道。
これがわたしです。わたしの実ですと。胸をはっていてほしい。
じぶんはどうだろうとじぶんについてふとかんがえる。 この世に生まれて実が香ると名付けられたありがたさ。
その実にほこりをもっているのだろうか。 その実をしっかりと抱いているだろうか。
ながいこと生かせてもらいながらいまだにたしかめられない。
| 2009年05月06日(水) |
どこにいこう。どこにもいけない。 |
はっとするほど紅い太陽が沈むのを見た。 なんだか胸騒ぎがする。これはなんだろう。
満ち足りているようで何かが足りない気がする。 そんなふうに求めたくはないのだと自分を叱る。
駆け出して行ったのだ。むかしの自分を思い出す。 情熱と呼べるようなものが欠乏してしまったのかもしれない。
それでいい。ないものは仕方ない。ふっと吐息が流れていく。
平穏を絵に描いたようないちにちだった。 相変わらずの川仕事。午後はのんびり過ごす。 音楽三昧をしていてとても懐かしい曲を聴く。 アリスの『紫陽花』これはとても好きだった。
ふとないものねだりをするように目を閉じる。 一瞬のせつなさは跡形もなく遠ざかっていく。
どこにいこう。どこにもいけない・・・。
ツバメの巣からちいさな頭がふたつ見えるようになった。 まだ生まれたばかりでか弱く。親鳥がいない間はじっと。 うずくまっているのだろう。餌を貰う時だけその姿が見える。 声もか細い。それでも精一杯にちいさな口をあけて食べている。
先日の一羽は生まれてすぐに死んでしまったのだろうと思う。 今は二羽しか確認できないけれど。きっと他にも生まれている。 そう信じてしばらくはそっと見守っていたいものだ。やがて声が。 元気な声が。ちちちちちっと賑やかに聞こえる時がくるだろう。
朝のうちは小雨。午後は少し晴れ間が見えたけれどまた曇り空。 日暮れて遠雷が聞こえる。窓からしっとりとした夜風が忍びこむ。
ゆうがたお大師堂で出会ったお遍路さんは。川風に吹かれながら。 「ここ好きなんですよ」と言ってくれる。足摺岬まで歩いて行って。 再び来た道を戻って来たのだそうだ。次の札所までずいぶんと遠回り。 それでもここが好きだからと。その言葉がとてもとても嬉しかった。
あした雨になりませんように。どうか無事にと川辺の道で別れを告げた。
私もここ好きなんですよ。大好きなんですよって。言えなかったけれど。
おなじもの。それはとてもささやかなことだけれどふれあえた気がした。
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