| 2009年05月12日(火) |
待っていてくれたのだろうか |
連日の夏日のせいだろうか。 土手にはもう姫女苑の花が咲き始める。 チガヤの白い穂と寄り添うように咲き。 夕陽に染まり風に揺れる姿が可愛くてならない。
近所の畑には南瓜の実がなる。つい先日までの花が。 林檎くらいの大きさの南瓜に姿を変えているのだった。
毎日は行けない散歩も。行くたびに新鮮さを見出す。 何かが待っていてくれるようで行けないと気掛かり。
待っているのは自分で。見つけたいのが自分なのだろう。
今日はいちにち山里の職場だった。完全復帰ではないけれど。 川仕事がお休みになったので連絡もせずに出掛けてみたのだ。 12日ぶりだったせいか山道が新緑が愛しいほどに懐かしかった。
行ってみないとわからなくて少し身構えてしまったけれど。 行けば笑顔や。思いのほか穏やかな雰囲気に救われる思い。 複雑に思い悩む事もあるけれど。やはりここに帰ろうと思う。
どのような葛藤も。待っていてくれるひとがいてくれるだけで。 救われることだろう。無報酬が何だ。これが親孝行ではないのか。
職場の庭には『雪ノ下』が咲き始めていた。私の大好きな花だった。
夜風を心地よく窓辺でぼんやり佇んでいると。 ふと秋ではないかと思う虫の声が聴こえてくる。
ちいさな命がそこにある。そっと耳を傾けながら。 歌にはなれない吐息をもらす。ふふっるるふふっ。
そんなふうに微笑む吐息。ああ今日も幸せなのか。
おもいっきり短くした髪の毛を風にまかせながら。 とりとめもなくここにこうして記しているけれど。 あまりにもちっぽけなせいでなにも伝えられない。
けれども今日が暮れていくから。行かなくちゃと。 どこに向かうのかもわからず。ただ身を任せている。
さがすのも確かめるのもよそうと決めていたけれど。 きっと何かを失くしてしまったのだろう。ワカラナイ。
だからといって痛まないこころがすこしもどかしいのだ。
ふふっるるふふっ。ふふっるるふふっ。ふふっるるふふっ。
そのとき風がそっとなにかをささやいたような気がした。
耳を澄ますほどのウサギの耳をもたないわたしに。
風はなにを伝えたくてその息のありかをおしえるのだろう。
一瞬の刹那に佇むことをえらぶ。いまはまだ動き出せない。
そっと静かに月明かりを待っている。 サンダル履きでとび出して行こうか。 土手の石段を息をきらし駆け上がろうか。
誰にも見つからないように。 独りぼっちでそこに在りたい。
そうして泣きじゃくれたらどんなにいいだろう。 わけもなくくるったように肩を震わせてみたい。
欠けていることを確かめるのはもうやめにしよう。
| 2009年05月07日(木) |
胸をはっていてほしい |
散歩をしていると黒いさやのような植物を見つける。 今まで気にも留めずにいたけれど。あちらこちらに。
それが『からすのえんどう』の実であることに気づくと。 つい先日までの桃色の小さな花が嘘のように思えるのだった。
こんなふうに変わる花もある。その存在感にはっとしながら。 なんともいえない愛しさを感じる。若き緑萌える川辺の小道。
これがわたしです。わたしの実ですと。胸をはっていてほしい。
じぶんはどうだろうとじぶんについてふとかんがえる。 この世に生まれて実が香ると名付けられたありがたさ。
その実にほこりをもっているのだろうか。 その実をしっかりと抱いているだろうか。
ながいこと生かせてもらいながらいまだにたしかめられない。
| 2009年05月06日(水) |
どこにいこう。どこにもいけない。 |
はっとするほど紅い太陽が沈むのを見た。 なんだか胸騒ぎがする。これはなんだろう。
満ち足りているようで何かが足りない気がする。 そんなふうに求めたくはないのだと自分を叱る。
駆け出して行ったのだ。むかしの自分を思い出す。 情熱と呼べるようなものが欠乏してしまったのかもしれない。
それでいい。ないものは仕方ない。ふっと吐息が流れていく。
平穏を絵に描いたようないちにちだった。 相変わらずの川仕事。午後はのんびり過ごす。 音楽三昧をしていてとても懐かしい曲を聴く。 アリスの『紫陽花』これはとても好きだった。
ふとないものねだりをするように目を閉じる。 一瞬のせつなさは跡形もなく遠ざかっていく。
どこにいこう。どこにもいけない・・・。
ツバメの巣からちいさな頭がふたつ見えるようになった。 まだ生まれたばかりでか弱く。親鳥がいない間はじっと。 うずくまっているのだろう。餌を貰う時だけその姿が見える。 声もか細い。それでも精一杯にちいさな口をあけて食べている。
先日の一羽は生まれてすぐに死んでしまったのだろうと思う。 今は二羽しか確認できないけれど。きっと他にも生まれている。 そう信じてしばらくはそっと見守っていたいものだ。やがて声が。 元気な声が。ちちちちちっと賑やかに聞こえる時がくるだろう。
朝のうちは小雨。午後は少し晴れ間が見えたけれどまた曇り空。 日暮れて遠雷が聞こえる。窓からしっとりとした夜風が忍びこむ。
ゆうがたお大師堂で出会ったお遍路さんは。川風に吹かれながら。 「ここ好きなんですよ」と言ってくれる。足摺岬まで歩いて行って。 再び来た道を戻って来たのだそうだ。次の札所までずいぶんと遠回り。 それでもここが好きだからと。その言葉がとてもとても嬉しかった。
あした雨になりませんように。どうか無事にと川辺の道で別れを告げた。
私もここ好きなんですよ。大好きなんですよって。言えなかったけれど。
おなじもの。それはとてもささやかなことだけれどふれあえた気がした。
散歩中に時々見かける二羽の水鳥は 野生の鴨ではなくアヒルだと言う事 どうやら川向の観光所で飼われているらしかった。
今日も川面を気持ち良さそうにすいすいと 二羽が仲良く並んで泳いでいるのを見つけた。 ひとに慣れているのだろうすぐ近くまでやって来る。
可愛らしいものだ。しばし川岸に腰をおろして おいでおいでと声をかけてみたりして呼んでみる。 とても澄ました顔をしているのがまた可愛いのだ。
どんな一日だったのだろう。このふたりにとって。 それは何事でもなくごく自然に暮れていくものか。
ゆったりと何も思い煩う事もないそんないちにちを思う。
今度は観光船が二隻やって来る。船外機の音があたりに響き 川面の静寂を破るようでいて。それも風情ある光景に思える。 観光客が一斉に同じ方向を見ながら手を振っているのが見えた。
まさか私とあんずではない。もしそうなら私も手を振るだろう。 照れくさいけれどそういうのが好きだった。あれは嬉しいものだ。
はて?とその方向を見ると。なんとお大師堂に居るお遍路さんが。 千切れんばかりに手を振っている姿が見えた。白装束の若者だった。 なんと微笑ましい光景だろう。心に花が咲いたように嬉しくなった。
いい日だったねとあんずに語りかけながら野バラの道をてくてく帰る。
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