| 2009年04月23日(木) |
緑のトンネルを抜けて |
風さわやかにきもちよく晴れる。
10日ぶりに山里の職場に向かった。 なんと緑が若々しく萌えたことだろう。 いつかの銀杏も豊かな緑におおわれて。 山道はまるで緑のトンネルのようだった。
仕事の合間にすこし庭に出てはひと休み。 小手毬の花を手のひらにそっとのせてみる。 咲いたばかりの灯台躑躅は小さくて可愛い。
家を出る前の気の重さが嘘のように思った。 突然に行って喜ばせてあげようなどと思い。 行く気になっているのになぜか気が進まない。 たぶん環境の変化に気が向いていないのだろう。 その気になるというのはどんな気なのだろうと思う。
いつものことだけれど。それは行けばすぐに馴染む。 じぶんの機嫌というものはどうにも不可解なものだ。
あえてお昼休みをとらずにいたけれど。ほんのつかの間。 また庭に出て廃車置き場に転がっている古タイヤに座る。 そうして地面をながめていると。あちらこちらの雑草が。 またそれも可愛らしく小さな花を咲かせているのを見た。
ひとは生まれ変わってもまたひとに生まれるとは限らない。 つい最近読んだ本にそう書いてあったのをふと思い出した。
草もいいなと思う。花が咲かない緑の草でも生きていれば。
そんな命もありがたいなと思う。ひっそりと佇んでいられる。
迷いもない葛藤もないわだかまりも嘆きもない不安もない草。
雨のち晴れ。午後つよく吹きぬける西風が心地よかった。 吹かれたくてならなくなる。雨の残り香が漂う道を歩く。
川辺には野バラが満開になり。あちらこちらに群生している。 それはほのかに優しく匂い。立ち止まらずにはいられなかった。
自分がそこに佇んでいることをふと奇蹟のように思うことがある。 歩いてきたことを忘れて。そこに舞い降りてきたかのように思う。
蝶であるわけがなく鳥でもない。羽根らしきものは何ひとつない。 けれどもふわりとしたその感覚。それはどんな言葉でも言い表せない。
川岸に続く石段に腰をおろし。しばし放心していた。波立つ川面を。 ただぼんやりと見つめていると。何か灰汁のようなものがぽとりと。
落ちた。
| 2009年04月20日(月) |
まあいいんじゃないのこんなわたしで |
二十四節気の『穀雨』夕方から静かに雨が降り出す。 田んぼの稲も。畑の里芋も。息をするように潤うことだろう。
家のすぐ近所の畑には南瓜の花が咲き始め。農家のひとが来て。 忙しそうにビニールを剥がしていた。雨を待ち望んでいたようだ。
そんな雨が降り出す前にいつものお散歩に出掛ける。 今日のあんずはとても素直で助かる。歩調を合わせてくれる。 とてもほっとした気持ちでゆっくりと歩く事が出来て良かった。
きっと私が苛立っていたのだろう。ここ数日を振り返りながら。 もうあんずと歩きたくないとふっと思ったことさえあったから。
だとすると今日の私は穏やかなのだろうか・・よくわからない。 けれどもそれをおしえてくれているように思いありがたかった。
じぶんわからないな・・ありのままがいちばんだと思いながら。 無意識に無理をしているのかもしれない。何かに拘ってみたり。 どうしてもそれをしないと落ち着けなかったり。余裕を失くす。
ばかみたいって思う時がいっぱいあって。なんとかしたくなる。 ばかでいいのに。なにもできなくっていいのにと今はそう思う。
いまのきもち忘れないでいよう。何事もなるようになるのだもの。
晩御飯は赤魚とお豆腐の煮付け。とにかく生姜をたくさん入れた。 私はとにかく生姜が大好きだから。甘辛いのも甘酢漬けも大好き。 あとはシメジのバター炒め。冷凍のシューマイ。ほうれん草のゴマ和え。 まあこんなもんだろう。あまり手の込んだものは作れなくても良いかな。
晩御飯の時にはお酒は飲まない。去年の秋くらいからそれはやめた。 ほろ酔い状態でお風呂に入るのがとても怖くてならないからだ・・。
そのぶん寝酒を楽しむ。お風呂上りのビールが美味しい季節になった。 あとは焼酎。ずっと芋ばかりだったけれど最近はまた麦もなつかしい。
そんなわけで今夜も酔って候。まあいいんじゃないのこんなわたしで。
午前中で川仕事を終え。午後からバドの大会を観戦に行く。
みんなが頑張っている姿を見たかった。応援したかった。 活気あふれるその場所で。自分を少しだけ情けなく思ったり。 半分は諦め。あとの半分はやれば出来るかもしれない望み。
継続はチカラなのだとずっと信じていたけれど。不安には。 勝てそうにない。気力だけではどうしようもない現実がある。
波があり過ぎて。浮いたり沈んだり。この海は果てしない。 もがけばもがくほど浮上できないことをもう私は知っている。
そんな自分を傍観しながら。この先をやり過ごしていくべきか。
ああ駄目だめ。こんなことを書いていたらどんどん負になる。
たくさんの活気をさずかったありがたい日ではないか。もっと。 こころから感謝出来るようになりたい。大切なことがきっとある。
みんなの笑顔。励ましのことば。仲間なんだよと認めてくれること。
たくさんのプラスをぎゅっと抱きしめて決して忘れてはいけない。
きょうもまるで初夏のよう。午後から半袖で過ごす。 そうしてすこしぼんやり。気だるさを楽しんでいた。
無気力もよいものだ。急く事は何もなくそれなりに。 庭に出れば花を愛で。ツバメの巣を仰ぎ見るばかり。
母ツバメは身じろぎもせずにずっと卵を温めている。 父ツバメは時々帰ってきては。物干し竿でひと休み。
あんずは陽だまりでまるで死んだように眠っている。 路地を行き交うひともなく。安心しきっているらしい。
なんだか時間がとまっているような昼下がりだった。
午後四時には洗濯物を取り入れて。お風呂を洗った。 晩御飯はじゃが芋のキンピラ。胡瓜と鯵の酢のもの。 あと冷凍してあったホタルイカ。酢味噌でいただく。
日本海の春だというホタルイカ。先日富山から届いた。 例のお遍路さんの奥様からで。ありがたくてならない。 あれ以来すっかり仲良しになって時々電話もしてくれる。 意気投合と言うのだろう。私達はよく気が合うようだ。
ご主人は今頃どこを歩いているのだろうと気掛かりになる。 托鉢修行のこと。野宿のこと。日々耐え難いことだろうに。
奥様はとてもあっけらかんとしたひとで。なるようになる。 「泣きたかったら泣いたらいい」と告げているのだそうだ。
さずかった縁をかみ締めながら。私の日々も流れていくばかり。
ありがたい縁もあればかなしく儚い縁だってあるものだ。
どんなに大切に想っても。去る時がくれば潔く散る花のように。
ああ・・なんだかなにをつたえたいのかうまくいえない・・・。
| 2009年04月17日(金) |
耳を澄ましてきいてごらんよ |
夜明けとともにさえずるつばめ
ぴちくりぴちくりと三回ないて
そのあとずぃ〜とうなるのです
あれはなにかのサインなのかな
きみも耳を澄ましてきいてごらんよ
ぴちくりぴちくりずぃ〜てなくから
そうしてまぶしい朝がやってくる
きのうとかわらないような朝でも
どこかあたらしくどこかさわやか
わたしはぽつんとたたずみながら
確かなことも自信ひとつもなくて
けれどもそれがありのままだから
ほんのすこしうごくことを試みる
ぴちくりぴちくりなけたらいいな
そうしてずぃ〜とうなってみたい
じぶんにできる精一杯のサインを
空にはなって風のように流れたい
| 2009年04月15日(水) |
へいわだなといまをおもう。 |
昨日の雨のおかげだろうか。爽やかに緑が匂う。 風も五月の頃に似て。鯉のぼりも元気におよぐ。
土手には名も知らぬ花。その黄色が緑に映える。 息を大きく吸いながらそんな土手を仰いでいた。
心呼吸と私は名付ける。新鮮な空気で心を満たす。
藤の花ばかりではなかった。もうツツジも咲き始め。 民家の庭先などにそれを見つけると。はっと嬉しい。 あれはいつの春だったろうか。ツツジばかりの公園。 またきっと来ようねと約束をしたきり行けずにいる。 今年も行けそうにはないけれどあの日が忘れられない。
ゆうがたすこし胃痛。堪えながらまたあんずとお散歩。 苛立ちそうになりながら。それを宥めつつ川辺を歩く。 夕空に飛行機雲が見えた。光る機体はそのまま星に似る。
しばし立ち止まっていたいけれど。それをさせてくれない。 あんずも苛立っているのだろう。お腹が空いているのかも。
ふたりよく似ている。そう思うとふっと可笑しくなってくる。
そうしてきょうが暮れていく。夜風も心地よくいつもの窓辺。 あれはもしや蛙の声か。どこからともなく鳴き声が耳に届く。
へいわだなといまをおもう。胃痛を宥めつつまた酒を煽る夜。
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