雨のち晴れ。午後つよく吹きぬける西風が心地よかった。 吹かれたくてならなくなる。雨の残り香が漂う道を歩く。
川辺には野バラが満開になり。あちらこちらに群生している。 それはほのかに優しく匂い。立ち止まらずにはいられなかった。
自分がそこに佇んでいることをふと奇蹟のように思うことがある。 歩いてきたことを忘れて。そこに舞い降りてきたかのように思う。
蝶であるわけがなく鳥でもない。羽根らしきものは何ひとつない。 けれどもふわりとしたその感覚。それはどんな言葉でも言い表せない。
川岸に続く石段に腰をおろし。しばし放心していた。波立つ川面を。 ただぼんやりと見つめていると。何か灰汁のようなものがぽとりと。
落ちた。
| 2009年04月20日(月) |
まあいいんじゃないのこんなわたしで |
二十四節気の『穀雨』夕方から静かに雨が降り出す。 田んぼの稲も。畑の里芋も。息をするように潤うことだろう。
家のすぐ近所の畑には南瓜の花が咲き始め。農家のひとが来て。 忙しそうにビニールを剥がしていた。雨を待ち望んでいたようだ。
そんな雨が降り出す前にいつものお散歩に出掛ける。 今日のあんずはとても素直で助かる。歩調を合わせてくれる。 とてもほっとした気持ちでゆっくりと歩く事が出来て良かった。
きっと私が苛立っていたのだろう。ここ数日を振り返りながら。 もうあんずと歩きたくないとふっと思ったことさえあったから。
だとすると今日の私は穏やかなのだろうか・・よくわからない。 けれどもそれをおしえてくれているように思いありがたかった。
じぶんわからないな・・ありのままがいちばんだと思いながら。 無意識に無理をしているのかもしれない。何かに拘ってみたり。 どうしてもそれをしないと落ち着けなかったり。余裕を失くす。
ばかみたいって思う時がいっぱいあって。なんとかしたくなる。 ばかでいいのに。なにもできなくっていいのにと今はそう思う。
いまのきもち忘れないでいよう。何事もなるようになるのだもの。
晩御飯は赤魚とお豆腐の煮付け。とにかく生姜をたくさん入れた。 私はとにかく生姜が大好きだから。甘辛いのも甘酢漬けも大好き。 あとはシメジのバター炒め。冷凍のシューマイ。ほうれん草のゴマ和え。 まあこんなもんだろう。あまり手の込んだものは作れなくても良いかな。
晩御飯の時にはお酒は飲まない。去年の秋くらいからそれはやめた。 ほろ酔い状態でお風呂に入るのがとても怖くてならないからだ・・。
そのぶん寝酒を楽しむ。お風呂上りのビールが美味しい季節になった。 あとは焼酎。ずっと芋ばかりだったけれど最近はまた麦もなつかしい。
そんなわけで今夜も酔って候。まあいいんじゃないのこんなわたしで。
午前中で川仕事を終え。午後からバドの大会を観戦に行く。
みんなが頑張っている姿を見たかった。応援したかった。 活気あふれるその場所で。自分を少しだけ情けなく思ったり。 半分は諦め。あとの半分はやれば出来るかもしれない望み。
継続はチカラなのだとずっと信じていたけれど。不安には。 勝てそうにない。気力だけではどうしようもない現実がある。
波があり過ぎて。浮いたり沈んだり。この海は果てしない。 もがけばもがくほど浮上できないことをもう私は知っている。
そんな自分を傍観しながら。この先をやり過ごしていくべきか。
ああ駄目だめ。こんなことを書いていたらどんどん負になる。
たくさんの活気をさずかったありがたい日ではないか。もっと。 こころから感謝出来るようになりたい。大切なことがきっとある。
みんなの笑顔。励ましのことば。仲間なんだよと認めてくれること。
たくさんのプラスをぎゅっと抱きしめて決して忘れてはいけない。
きょうもまるで初夏のよう。午後から半袖で過ごす。 そうしてすこしぼんやり。気だるさを楽しんでいた。
無気力もよいものだ。急く事は何もなくそれなりに。 庭に出れば花を愛で。ツバメの巣を仰ぎ見るばかり。
母ツバメは身じろぎもせずにずっと卵を温めている。 父ツバメは時々帰ってきては。物干し竿でひと休み。
あんずは陽だまりでまるで死んだように眠っている。 路地を行き交うひともなく。安心しきっているらしい。
なんだか時間がとまっているような昼下がりだった。
午後四時には洗濯物を取り入れて。お風呂を洗った。 晩御飯はじゃが芋のキンピラ。胡瓜と鯵の酢のもの。 あと冷凍してあったホタルイカ。酢味噌でいただく。
日本海の春だというホタルイカ。先日富山から届いた。 例のお遍路さんの奥様からで。ありがたくてならない。 あれ以来すっかり仲良しになって時々電話もしてくれる。 意気投合と言うのだろう。私達はよく気が合うようだ。
ご主人は今頃どこを歩いているのだろうと気掛かりになる。 托鉢修行のこと。野宿のこと。日々耐え難いことだろうに。
奥様はとてもあっけらかんとしたひとで。なるようになる。 「泣きたかったら泣いたらいい」と告げているのだそうだ。
さずかった縁をかみ締めながら。私の日々も流れていくばかり。
ありがたい縁もあればかなしく儚い縁だってあるものだ。
どんなに大切に想っても。去る時がくれば潔く散る花のように。
ああ・・なんだかなにをつたえたいのかうまくいえない・・・。
| 2009年04月17日(金) |
耳を澄ましてきいてごらんよ |
夜明けとともにさえずるつばめ
ぴちくりぴちくりと三回ないて
そのあとずぃ〜とうなるのです
あれはなにかのサインなのかな
きみも耳を澄ましてきいてごらんよ
ぴちくりぴちくりずぃ〜てなくから
そうしてまぶしい朝がやってくる
きのうとかわらないような朝でも
どこかあたらしくどこかさわやか
わたしはぽつんとたたずみながら
確かなことも自信ひとつもなくて
けれどもそれがありのままだから
ほんのすこしうごくことを試みる
ぴちくりぴちくりなけたらいいな
そうしてずぃ〜とうなってみたい
じぶんにできる精一杯のサインを
空にはなって風のように流れたい
| 2009年04月15日(水) |
へいわだなといまをおもう。 |
昨日の雨のおかげだろうか。爽やかに緑が匂う。 風も五月の頃に似て。鯉のぼりも元気におよぐ。
土手には名も知らぬ花。その黄色が緑に映える。 息を大きく吸いながらそんな土手を仰いでいた。
心呼吸と私は名付ける。新鮮な空気で心を満たす。
藤の花ばかりではなかった。もうツツジも咲き始め。 民家の庭先などにそれを見つけると。はっと嬉しい。 あれはいつの春だったろうか。ツツジばかりの公園。 またきっと来ようねと約束をしたきり行けずにいる。 今年も行けそうにはないけれどあの日が忘れられない。
ゆうがたすこし胃痛。堪えながらまたあんずとお散歩。 苛立ちそうになりながら。それを宥めつつ川辺を歩く。 夕空に飛行機雲が見えた。光る機体はそのまま星に似る。
しばし立ち止まっていたいけれど。それをさせてくれない。 あんずも苛立っているのだろう。お腹が空いているのかも。
ふたりよく似ている。そう思うとふっと可笑しくなってくる。
そうしてきょうが暮れていく。夜風も心地よくいつもの窓辺。 あれはもしや蛙の声か。どこからともなく鳴き声が耳に届く。
へいわだなといまをおもう。胃痛を宥めつつまた酒を煽る夜。
| 2009年04月14日(火) |
身ひとつのそれは透明のこころ |
久しぶりの雨。朝のうちはどしゃ降りになり嵐のようだった。
なんだか胸までも打つようにそれが降る。痛さよりもむしろ。 心地よさを感じ。纏ったものをすべて脱ぎ捨てて裸になりたい。 そんな衝動さえ感じる。そうして綺麗さっぱりと水に流したい。
それはいったいなんだろう。目には見えないその衣について考える。 もしかしたら紙のようなもので。いとも容易く破れ溶けるものかも。
しれないのだけれど。わからない。だからまた考えることが出来る。
川仕事が中止になったおかげで。12日ぶりだろうか山里へ出掛ける。 大雨の中をひたすら歩き続けているお遍路さんを何人か追い越した。 とても心苦しくなるものだ。同時にその苦労を思うと頭が下がるばかり。
雨に打たれたいと言ったところで。水に流したいといったところで。 いったい自分に何が出来るというのだろう。ナニモデキハシナイのだ。
それでもその日あたえられたことをする。それ以外に何が出来ようか。 晴れならば晴れた日のことを。雨ならば雨の日のことをするほかない。
溜まった仕事をこなしながら。堰を切ったように話し掛ける母の相手。 よほど話し相手が欲しかったのだろう。いつもなら苛立つような事も。 不思議と苦にならずにこやかに相槌を打った。穏やかさというものは。 そのまんま自分にかえってくるものらしい。母の笑顔を嬉しく思った。
午後には雨もやみ薄日も射す。帰宅して食後まだ外が明るいのを幸いに。 行かないつもりだった散歩を思い立つ。今日は一人で行ってみたかった。 最近のあんずはあまりにも勝手気まま過ぎて。歩きながら𠮟ってばかり。 私が甘やかすのがいけないのだと彼は言うけれど。上手く躾けられない。
ひとりで歩きたかった。私だって勝手気ままに好きなように歩いてみたい。 けれどもあんずの顔を見ると。その甘えた声を聴くと吹っ切る事が出来ず。 結局ふたりで駆け足になり家を出て行く。ぜえぜえ息をしつついつもの道。
向かい風がとても強くて。なんだかその風に立ち向かうようなこころだった。 苦労があるわけではない。困難があるわけでもない。ただ風に吹かれる。
吹かれているとなにかがとんでいく。ああこれは何だろうとまた考える。
そんな紙のようなものに今日を記す。身ひとつのそれは透明のこころで。
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