おもいよ なんだかくるしいよ
おもいよ すこうしふあんだよ
どこかへいっちゃえって思った
でもそうしたらどこかの誰かが
おもくなるのかもしれないよね
空をみあげて悲しくなったりするの 私だけにしておいてくれませんか?
どこにもいかないでここで消えちゃえ
いっぱい涙を流したらここで消えちゃえ
| 2009年01月27日(火) |
そのなにかを信じて・・・ |
寒気が緩んでくれたおかげで久しぶりの小春日和となった。 梅の蕾も膨らみ始め。思いがけずもう咲いている木を見つける。
そんな朝の道。例の菜の花は日に日に咲いてくれて心がなごむ。 立春も近くなった。まだまだ寒い日があるだろうけれど。春が。 ゆっくりと訪れて来てくれていることをありがたく思うばかり。
寒さなければ花は咲かずというけれど。それは桜だけに限らず。 すべての命にもいえることではないかと。人である自分も思う。
咲けない人生もよし。蕾のままの人生もよし。枯れる運命もよし。 そう思うと。日々があるから季節が巡る。冬には春の希望がある。
仕事から帰宅すると一通の手紙が届いていた。見慣れない文字に。 もしや?と思った通りだった。先日のながい手紙が届いてくれて。 すぐに返事を書いてくれたのだろう。ありがたくてならない手紙。
会った事もない顔も知らない人だというのに。不思議な縁を感じた。 この言葉に出来ないこと。何かが伝わりあい何かがともにそこに在る。
その何かを信じて。これからもともに歩んでいけそうな気がしてならない。
明け方のあまりの寒さにすっかり朝寝坊。日曜日をありがたく思う。 最低気温がマイナス四度だったらしい。いちめんの霜の朝となった。
けれども青空に恵まれ。庭に陽射しがあたり始めるとほっとしてくる。 やっと外に出て洗濯物を干していた時。犬小屋のあたりから異様な音。 どうしたことだと慌てて駆けつけると。あんずがのたうち回っている。
どこか痛いのだろうか必死で暴れているふうに見えてとてもおどろく。 水入れの容器をひっくり返してしまい。そこでびしょ濡れになっていた。
「あん!あん!」っと叫びつつ声をかけると。やっと我に返った様子で。 とにかく何かを捕まえようとしていたらしい。それが犬小屋の下に居る。 いったい何がいたのだろう。その姿は見えず首を傾げるしかない不思議。
濡れたからだを拭いてあげようとしたけれど。よほど興奮していたのか。 何か怖いものを見た後のように。すっかり臆病になり小屋に篭ってしまう。
やれやれ。しかたなくそのままそっとしておくことにして水の補給をと。 その容器を手にとってはじめてその何かがわかる。たぶん氷に違いない。 水を飲もうとしたけれど凍っていて。足でそれを割ろうとしたのだろう。
そうしたらそこから氷オバケが飛び出して来た。かくかくしかじかの諸々。 本人の口からそれを聞いたわけではないが。そう思うとそれも愉快になる。
氷オバケはよほどすばしっこい奴だったらしい。硬くて冷たくてツルツル。 けれども何としても捕まえてやろうと思ったのだろう。すごいな。あんず。
お昼前には犬小屋のあたりも陽だまりになり。彼女も日向ぼっこが嬉しそう。
朝の大騒ぎが嘘のように。のほほんとしながらとても平和な顔をしていた。
小雪がちらつく寒い朝だったけれど。朝陽がとてもまぶしかった。 そうして青空が一気にひろくなる。冷たい風も心地よく空を仰ぐ。
洗濯を済ませ居間の掃除をしている時だった。ちりんちりんと鈴の音。 おや?っと窓の外をのぞいた時には。もう読経の声が響き始めていた。
急いで玄関の戸を開ける。そうして思わずその場に跪き手を合わせていた。 お布施をさせて頂いたのだけれど。そのお遍路さんはただ黙々と頭を下げ。 そのまま冷たい風の路地を去って行った。ちりんちりんと鈴の音だけが響く。
不思議なことにあんずはまったく吠えなかった。こんなこともあるのか。 なんだかキツネにつままれたような気分になりつかの間放心状態になる。
そうしてどっと涙があふれてくる。自分でもよくわからない不思議な涙だった。 また私の欲を貰っていただいた。父の遺影に手を合わし嗚咽が止まらなくなる。
これはほんとうにありがたいことなのだ。欲深き者はこうして救われるのだと思う。
午後。少し気だるくもありとろとろと怠惰に過ごす。いつのまに届いたのか。 ポストに郵便物が差し込まれてあった。もしや?と思いそれを慌てて手にする。 先日メールで住所を訊ねてきてくれたのだった。初詣の日に出会ったお遍路さん。
あの日もとてもありがたい日だった。あの日だったからこそ出会えたひとがいる。 私に出会ってくれたこと。そうしてつかの間でもともに過ごしてくれたこと。
初対面だというのになんだか懐かしさを感じる。それこそが縁なのだと信じている。 少しも緊張感がない。そばにいるとほっとする何かがそこに満ち溢れていた。
心のこもった手紙と。あの日の野宿の写真。荷物にぶら下げてあった靴下。 その靴下がそこにそろえて干されているのが。なんだか嬉しくてならなかった。
ほんとうは私も手紙を書きたくてならなかったけれど。届きましたとメールをする。 日常の事を何も知らないのだ。もしかしたら手紙はいけないような気がふっとした。
いつになるかわからないけれどきっとまた会える。それが私の励みにもなって。 なんとしても長生きをしようと思う。くよくよ思い詰めている場合ではないと。
ありがたいことがこんなにたくさん。もうじゅうぶんに恵まれているからこそ。 生きて恩返しをしたいと心から思う。それをし尽くすまでは死ぬわけにいかない。
もしも生きていられなくても。私は土になり道になり足音をずっと憶えているだろう。
| 2009年01月22日(木) |
いっぱいのありがとう |
ささやかに雨が降り続く。冷えもせずやわらかで優しい雨だった。 植物にとっては恵みの雨になったことだろう。枯れ草のあいだから。 よもぎの緑を見つけられる日も近いのかもしれない。散歩が楽しみ。
午後から市内の損保会社で研修があったため。山里へは行かずにいた。 サチコが昨夜から熱があり心配していたけれど。お昼前には起きれて。 熱々のおうどんを美味しいと言って食べてくれた。熱も下がっていて。 ほっとする。私が家に居られた日でよかった。ホットケーキもつくる。
無理をさせたくはないけれど。明日はどうしても休めないとのこと。 去年の病院通いを思い出すと。ふっと不安がよぎるけれど仕方がない。
研修はとても大切な内容だった。集中していたせいか少し眩暈がする。 もうすぐ家業が忙しくなるというのに。このままではとても対処できない。 掛け持ちをする自信も今年はなくって。どうすれば良いのだろうと気が重い。
いちかばちかと意を決し相談をしてみて救われる。我が家で業務が出来る方法。 インターネットが出来る環境さえあれば。それが可能だとわかりとてもほっとする。 いわば職場の出張所のようなもの。もうひとつのIDを頂ける事になった。 これでなんとかなるだろう。家で仕事が出来るなんて願ってもないことだった。
帰宅した頃には雨がやんでいたけれど。今日のお散歩はお休みにする。 昨日も帰りが遅くなり行けなかったけれど。まあどんな日もあってよし。 窓からそっと犬小屋をのぞくと。あんずもうたた寝をしているようだった。 私も少し横になろうと。そのまま炬燵にもぐりこみ少しだけうとうととした。
すっかり薄暗くなったころ郵便が届く。東京のめいさん。友人の咲月さん。 東京は遠いけれどめいさんの個展を見に行けたらどんなにいいだろうかと思う。 神田の手書きの地図があたたかく。めいさん独特の筆跡がとても愛しかった。
咲月さんは。なんと去年の暮から入院していたという。元旦には年賀状も届き。 ずっと元気に日々頑張っているものと思っていただけに。ひどく驚いてしまった。 今は自宅療養しているので遊びに来てねと書いてくれていた。近いうちに会おう。
そうして時を同じくして。例の愚安さんから一週間ぶりのメールが届く。 いまは松山にいるとのこと。二十日ぶりのお風呂は道後温泉だったらしい。 どんなにか心地よく寛げたことだろう。明日も托鉢修行頑張ってください。
わたしはきょうも恵まれて。ぬくぬくとしているばかりだった。
なんだかもったいなくて。いっぱい手をあわせてきょうもありがとう。
| 2009年01月21日(水) |
耳を澄ませば春の足音 |
今にも雨が降り出しそうな空を仰ぎつつ。いつもの峠道を行く。 山里の民家が見え始めた途端。ぽつりぽつりと雨粒が窓を濡らす。
いつもは畑に見える人影も見えず。対向車にさえも出会えずにいると。 なんだか山里がすっぽりと眠りの底に沈んでしまったのではないかと。 ふっと心細さをおぼえた。あの道端に繋がれていた犬はどうしたのだろう。 やはり死んでしまったのかもしれないと思うと。寂しさがよけいにつのる。
空はまるでもう暮れ始めたかのように薄暗く。あたりは静寂に包まれていた。 とにかく吹っ切って行こうとスピードをぐんとあげたちょうどその時だった。 道端にあるちいさな畑に。菜の花がひとつふたつ咲いているのを見つける。
昨日の朝は気づかなかったけれど。小春日和のおかげで咲いてくれたのだろう。 げんきんなもので一気にこころが明るくなって。思わず歓声をあげてしまった。
ゆっくりとほんとうにのんびりとしながらも。春の足音が聴こえてきている。 日々そのことを忘れずにいて。耳を澄ましていたいものだとつくづく思った。
また週末には寒波が襲ってくるという。けれども負けないでいてね菜の花さん。
仕事が暇だったおかげで。昼休みも利用しながらながい手紙を書く事が出来た。 昨日手紙を届けてくれたお遍路さんのご実家へ。奥様宛にそれを綴り終える。 奥様がそれを電話で読んで。しっかりとご主人に伝えてくれるのだそうだ。
やがて春がきてまた夏がくる。そうして秋になりまた冬が巡ってくる。 けれども家には帰れない。また春をまち三度目の冬を待つしかないのか。
『たんぽぽ』という名の美容室へ。その手紙を送った・・・。
二十四節気のひとつ『大寒』一年で最も寒さが厳しい頃というけれど。 昨日からの暖かさをそのままに。思いがけないほどの小春日和となる。
ありがたきぬくもり。こんな日はずっと日向ぼっこをしていたいものだ。 そうして芽をだすようにむくむくっと空を仰いで。深呼吸をしたいと思う。
早目に帰宅できたおかげで。庭先の花達に水をやることが出来た。 すると突然バッタが跳び出してきてびっくり。冬篭りしていたのか。 我が家で冬を越してくれているのかと思うと。小さな命も愛しくて。 まだまだ寒いよ春になるまでおやすみねとパンジーのお布団に放つ。
そうしてふっとポストを見ると。青空と白い雲の模様の封筒があった。 『愛』という字の切手が貼ってある。一瞬どきっとして目が星になる。
「大師堂でお会いした遍路より」なんと思いがけないことだろう。 つい先日の朝。我が家を訪ねて来てくれたお遍路さんからだった。 台所の床に正座してそれを読む。あたたかい言葉に感極まり涙が。 あとからあとからあふれ出す。出会えたことに感謝しているのは。 私のほうだというのに。出会えてほんとうに良かったと言ってくれ。 ささやかな縁がこんなにも尊いものだと。胸がたまらなく熱くなる。
名も知らぬひとだったというのに。その名を知ることも出来た。 そうして姑の名が書かれた金剛杖の写真。遍路姿の『影』の写真。 その『影』を見ながら。ときどきわたしを思い出してくださいと。
ときどきだなんてそんなことありえない。いつだって忘れはしない。 やがて巡りくる春。そうして夏がきて秋がきて。また寒い冬がくる。 そうして三度目の冬が来るまで。家に帰れないというひとのことを。 どうして想わずにいられようか。旅の無事を祈り続けていたいと思う。
大寒の頃にとどいたぬくもりは春の希望の影法師なり
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