| 2009年01月19日(月) |
思いがけない花を見つけるように |
大寒を前にしてほんの少し寒気が緩み。ふっと春を感じた一日。 薄雲におおわれた空が霞んで見えて。まるで黄砂のようだった。
そんなはずはないのだけれど。春を待つ心が芽吹いてきたらしい。 固い蕾をふくっとさせながら。思いがけない花を見つけるように。
山里は今日ものどか。トンビがくるりと輪を描き空の在りかを教えてくれる。 あくせくとするのはよそう。かたのちからをぬき空の一部になってみたい。
あしたが冬でもよいではないか。氷雨だろうが雪だろうがよいではないか。

土曜の夜また不思議な出会いがあった。ひとって繋がっているのだな。 それってすごい感動。縁には糸のようなものがかならずあるのだと思う。
たぐりよせてもらっているのかな。たぐりよせているのかな。
わからないけれど。ほんとうに偶然のようにしながら。
その糸がつながる。その糸が輪になり和になる。ふしぎ。
初対面だというのに。やはり懐かしさを感じてしまった。
出会ってくれたのだと思うと。やはり感謝せずにいられない。
ふっとこれまでずっと感じていた不安がずいぶんと薄れている事に気づく。 思いがけなく嬉しいことがあり過ぎると。冥土の土産なのだと思っていた。 あした死んでしまうのかもしれないと。それが怖くてならなかったけれど。
その時がくればそれがその時だ。生きてある日々を精一杯に送りたいと思う。
そうしてもう何度も言うけれど。ひとが好きでひとを愛しく宝物におもい。 その縁を大切に忘れずにいよう。死んでしまえば記憶も死んでしまうなんて。
わたしはけっして信じない。記憶は永遠に生きてまたきっと巡り会えるものだ。
「はじめまして」が懐かしい。それがなによりの証だと信じてやまない。
| 2009年01月17日(土) |
せいいっぱいのおんがえし |
ほんの少し寒気が緩んでくれたらしくほっとしている朝だった。 風はまだ冷たいけれど。青空を仰ぎつつ心地よく洗濯物を干す。
昨日はこの冬一番の冷え込みだったらしく。雪こそはなかったが。 あたり一面霜に覆われ凍りついたような寒さだった。南国のこと。 北の地の寒さを思えばささいなこと。これも恵まれているのだろう。
そんな真冬らしい朝。約束どおり出会ってくれたひとが訪ねて来てくれる。 前日に遊んでもらったばかりだというのに。あんずが吠えて申しわけなく。 そのうえすぐ向かいの路地からやっとこさと歩いて来る姑を迎えてもくれた。
もうあと少しのところで姑が転んでしまう。すると真っ先に助け起こしてくれる。 私がそれをするといつも嫌がり。なんとしても自力で歩き出そうとする母だった。 けれどもさすがにその朝は嬉しかったのだろう。とても素直に微笑んでくれた。
玄関でお経を唱えていただき。寒さも忘れただただ清々しいぬくもりをいただく。 お布施もお弁当も快く受け取ってくださりありがたくてならない朝となった。
そのうえ思いがけないことに。金剛杖に姑の名前を書き込んでくれるという。 「一緒に歩きましょうね」と優しい言葉に。母は手を合わせて涙ぐんでいた。
何年先になるのかわからないけれど。きっとまた会いましょうと約束をしてくれ。 霜の路地で手をふって別れた。京都のかただという。今年が前厄にあたるそうで。 だからなのか三年帰って来るなと命じられたそのわけがわかるような気がした。
名は・・そうだった。肝心の名前を訊き忘れていたことに後から気づいたけれど。 もうじゅうぶんなのだとつくづく思う。出会ってくれたこの恩を忘れずにいよう。
思い起こせば。ここ数年の自分はほんとうにひとの縁に恵まれ過ぎている。 あえて過ぎていると言わずにいられないほど。身に余ることに他ならない。
たとえ一期一会であっても。生涯忘れることはないだろうありがたき縁ばかり。
いまの自分に何が出来るのだろうとふっと思い悩む。もっと尽くしたいと。 なんとしても繋ぎ止めたいと願うきもち。それこそが『こだわり』かもしれない。
なにがあってもどれほど時が流れても。決してその縁を忘れないでいること。
もうそれいがいかんがえらない。それがじぶんにできるせいいっぱいのおんがえし。
※※もしよかったら聴いてください※※
徳永英明 『ことば』
やっといつもの山道。見慣れた山並みが待っていてくれたように。 ぐんぐんと間近に迫ってきてくれると。ぎゅっと抱きよせられて。 頬ずりをしてもらっているようなくすぐったさ。愛しいきもちは。 言葉にはできない。けれども心がとても素直にそれを感じてくれる。
おかげで穏やかに一日を始められる。この道はほんにありがたき道。
静かで平和な一日だった。閑古鳥も白鷺に見えてしまうくらい美しい。 のほほんと仕事をしながら。前歯のない母の笑顔と向かい合っていた。 同僚も暖をとりつつ手持ち無沙汰のようで。私の漫才の相方を務める。
相方のくせにお腹をかかえて笑ってばかり。その笑い声が嬉しくて。 もっともっと笑わせてやりたくなる。明日のネタも考えておきたい。
今日のギャラはなんとお米だった。ちょこっとで良いのに重くって。 「ありがとさんでごぜえますだ」と頭を下げつつタイムカードを押す。 諭吉さんのことなんてもう忘れてしまった。あれは過去の恋だった。
ご機嫌で帰宅して玄関で叫ぶ。「おとっつぁん今日は米をもらっただよ」 「おお!そうかそれはでかしたのぅ!」嬉しいね。たんと白まんま食べよ。
スキップしながらあんずとお散歩。なんとナイスな夕陽だね。眩しいね。 そのまんまの勢いでお大師堂の扉を勢いよく開けたところびっくりした。 入り口に靴がないというのに。なかにはお遍路さんがひとり佇んでいた。
正面からではなく横の庭のほうから入ったのだそうだ。慌てて挨拶をする。 気を遣わせてしまったのだろう。すぐに外に出てくれてあんずと遊んでくれた。
その声を微笑ましく聴きながら。無事に今日のお参りを済ませることが出来た。 じぶんが今日もここに存在していることのありがたさ。ただただ合掌するのみ。
そうして夕陽に染まりながらしばし語り合う。「三年間帰ってくるな」と。 そのひとは師に命じられ修行の旅に出たのだそうだ。托鉢をするようにと。 最低限の所持金と自炊の道具。家族に髪を削ぎ落としてもらい丸坊主になり。
けれども五日目でもう野宿に耐えられず。とうとう民宿に泊まったそうだ。 その時。温かなお風呂で頭を洗いながら。送り出してくれた家族を想った。 なんと申し訳ないことをしているのだろうと涙が止まらなくなったそうだ。
それ以来ずっと野宿を続け年を越し。今日でもう50日目だと言う・・・。
別れ際に明日の朝の約束をする。お大師堂を出立したその足で我が家へ。 今日いただいたお米でおにぎりを作りたい。卵焼きも作りたいとおもう。
彼もサチコも大賛成してくれて。姑さんもそのひとに会いたがっている。
もしも今日。靴を見つけていたら会えないままで終わってしまっただろう。 そう思うと。縁とはほんとうに儚くもあり。これほど尊い糸はないと思う。
| 2009年01月14日(水) |
いつだってひとが恋しいくせに・・・。 |
久しぶりに雀たちの歌声を聴いた気がする朝のこと。 どんなに冷え込んでいても青空は嬉しくてならない。
朝陽が土手に射し始め。いちめんの霜が輝いてくれる。 まさに雀色に薄絹をまとい誇らしげに微笑む姿のよう。
四日ぶりの仕事だった。雪のおかげとはいえもう充分。 寛ぎすぎて怠けすぎた気がして。職場が恋しくもなる。 お弁当を作り洗濯物を干したらすぐに出掛けるつもり。 だったけれどまた母から電話がありしばし待機となる。
いつもの山道は危ないので西回りの国道を走るように。 朝はとても苦手な道だった。信号待ちや通勤ラッシュ。 一気に気が重くなってしまったけれど勇気を出して行く。 そのぶん緊張がひどく。無事に職場に着くと力が抜けた。
しゅわっとなったまま久しぶりに母や同僚と会えると。 いつものひょうきんな自分になりおどけて笑いあえる。 母の前歯は見事に抜けていた。なんだか死んだ祖母に。 そっくりな顔になっていた。ふっとせつなくなる笑顔。
今日も歯医者さんには行かないと言う。明日こそはと。 言っても行かないという。大丈夫だと言ってきかない。 気遣っているつもりだけれど。うまく伝えられなかった。
仕事は先週よりずっと暇で。ずいぶんと楽だったけれど。 話し好きの常連さんが来てくれて世間話のお相手をする。 ここ数日あまりにも静かに過ごしていたせいなのだろう。 相槌をうったり愛想笑いをしているとひどく疲れてしまう。
ひとが好きだというくせに矛盾しているけれど。疲れた・・。 穴を掘って独りぼっちで膝小僧を抱いていたい気分になった。
わたしくらい身勝手なひとはいないなと・・少し反省をする。
人恋しいくせに。いつだってひとが恋しいくせに・・。
帰宅して「ただいま」と声をかけると「おかえり」と彼が応えてくれる。 「今日のお駄賃は朝採れのブロッコリーだよ」「そうかそれはよかった」
「じゃあ行ってくるね」「おぅ!」例のごとくあんずと夕暮れのお散歩。
今日はちょっと反省です。でもおかげさまで無事に一日を終えました。
ありがとうございます。いまはとても穏やかな夕暮れです。
お大師堂には夕陽が差し込み。みかん色の光が満ちあふれていた。
明け方からみぞれが雪に変わりしばらく降り続く。 夜明けの窓辺から見る川向の山はすっかり雪化粧。
にわか雪のこと道路凍結はないだろうと思いつつ。 少し不安になりしばし自宅待機をしていたところ。 母から電話があり山里はかなりの雪だと言うこと。 無理に来ないようにと言われ。急遽お休みを頂く。
思いがけない四連休になり。少し気が抜けた気分。 気遣っていた歯も。抜けたものはしょうがないと。 電話の向こうで笑ってくれ。ほっと気が楽になる。
手伝えるのもあと少し。家業が忙しくなってしまうと。 今の私の体調ではとても掛け持ちは無理だろうと思う。 なんとかなるのだろうかと。やはり心配になってしまう。
お昼前。姑さんの仲良しさん達の新年会があるということ。 手押し車を押して誘いに来てくれたお仲間さんと路地で会う。 けれども姑は行っても皆に迷惑をかけてしまうからと言って。 少し迷っているふうだった。不自由な足が寒さで固まっている。
ちょうど私が休みで家に居られてほんとうに良かったと思う。 迷いがふっきれた様子の笑顔がとても嬉しくてならなかった。 すぐ近所だったけれど送って行くと。皆が大歓迎をしてくれる。
私にはふたりの母がいてくれる。それはとてもありがたい事だ。
夕方その母を迎えに行き。楽しかった様子にほっと安堵しては。 待ちかねている様子のあんずと。またいつもの散歩に出掛ける。 ほんの少し日が長くなったようだ。向かい風は冷たいけれども。 明日の青空を約束するかのようにお陽さまがゆっくりとしずむ。
お大師堂につかの間こもっては。いちにちの平穏に感謝をする。 ひとは信心だとかご利益だとか言うけれど。私はそんなことを。 一度だって思ったことはない。ただそうしていると心が落ち着く。
どんな日もあるのがあたりまえで。ざわざわと渦巻く日だってある。 その渦に気づき。その時の心の在りかに気づけるじぶんでありたい。
気づくと楽になる。ありのままの自分が好きになる。
ありがとうってこころから言える。そんな日々が愛しいのだった。
朝から雪が降ったりやんだりでとても寒い一日となった。 けれどもその晴れ間の陽射しのなんと眩しいことだろう。
自室にこもり何度も窓をあけてはそれをたしかめていた。 雪と風と光る空。自然の織り成すドラマを観ているよう。
ぽつねんといる。なにひとつ思い煩うことのない平穏さ。 そうしてゆっくりと時を織る。透明な糸のありがたさよ。
夕方には雪もやみ。昨日は行けずにいた散歩に出掛ける。 あんずが嬉しそうにはしゃぎ。ぐんぐんと私を引っ張る。 とても老犬には思えず。このところ元気を頂くばかりだ。
私は駆けるつもりはない。一緒にはしゃぐ気力もないと。 リードをぐいっと強く引き寄せると。つまんないなあと。 私の顔を恨めしそうに見上げるけれど。すぐに素直になる。
あとは歩調を合わせてくれるのだ。とぼとぼとふたりで歩く。 今日の夕陽はいちだんと眩しく。風は肌を刺すように冷たい。
お大師堂の日捲り暦は10日のままだった。あらまあと一枚捲る。 帰宅してから今日がもう12日だということに気づき頭を掻いた。 まあいいか。毎朝お参りに行っているひとが沢山いるのだもの。 もしもそのままだったら。私がまた捲ればいい。それでいいさ。 そうして暦に拘っている自分に気づき。ふっと可笑しくなった。
暦がなくても陽は昇り沈むのだもの。今日が終われば明日がくるさ。
晩御飯は昨夜の残り物。大根と厚揚げの煮たのがまだたくさんあった。 サチコにはもう3日目のハヤシライス。せめてもう一品とフライドポテト。 彼の酒の肴に冷凍室にあったイカを解凍し。甘辛くささっと照り焼き。
食に関して彼は何ひとつ文句を言わない。あるものでいいさと言ってくれる。 おかげでとても楽をさせてもらっている。ありがたいことだとつくづく思う。
大相撲を観ながらふたりで早目の夕食をしている時に。『善根宿』の話しをした。 ずっと昔のこと。彼がまだ幼い頃の事。祖父母と同居していた時期があった。 古い家の片隅に『ちんまい部屋』というのがあって。その小さな部屋こそが。 歩き遍路さんの一夜の宿だったのだそうだ。五右衛門風呂とせんべい布団。 畳三畳ほどのちいさな部屋があったことを。嫁いだ頃の私も記憶している。 その古い家を取り壊してもう16年。その場所はちょうど今の台所のあたり。
「俺たちが年老いたらまた善根宿をするか」それはとても思いがけない言葉だった。 私が言い出せずにいたことを。彼は察してくれていたのだとわかりとても嬉しかった。
例の愚安さんからメールが届く。昨夜は卯之町という所で一夜の宿に恵まれたらしい。 今夜は八幡浜の手前まで辿り着き公園で野宿をするのだという報せがあった。
伊予路も今日は小雪が舞いとても寒かったらしい。今夜もどんなにか冷える事だろう。
私は暖房の効いた部屋でぬくぬくと寝酒を飲みつつ。これを書いているというのに・・。
透明な糸よ。そのままでいい。けれどもふるえられるかぎりふるえてみなさい。
| 2009年01月10日(土) |
ひまわりおばさんと青い鳥 |
早朝には晴れていた空がにわかに時雨れだす。冷たいみぞれ。 午後には西風が強くなり青空を垣間見ながら小雪が舞う一日。
仕事始めの日からずっと忙しかった職場を気にしながらいて。 じぶん一人身勝手に三連休をいただく。行こうと思えば行ける。 それをあえてしないでいると。後ろめたくもあり解放感もある。
猫のように炬燵で丸くなり。そのまま起き上がれずにとろとろ過ごす。 メールの着信にはっとすると。母からの例のごとく件名だけのメール。 山里も朝から雪が降ったりやんだりでとても寒いらしく今日も忙しい。 おまけに昨夜、前・・長過ぎた件名のせいかそこで途切れているのだ。
昨夜何かあったのだろうかとすぐに電話をしてみようかと思ったけれど。 声を聴いてしまうとよけいに後ろめたくなりそうで。ちまちまとメール。 「母上様。本日は大変申し訳なく思っております云々」とそれを送った。
しばらくして今度はちゃんと本文ありのメールが届いて。ヤレバデキル。 なんと昨夜。前歯が6本もポロリと落ちてしまったのだそうだ。大丈夫。 「自然現象でトレマシタ。ハプニングです」ええっ!っとそれを想像する。 いったいどんなふうになっているのだろう。笑っている顔を思い浮かべる。
私まで笑ってはいけないけれど。ついつい笑いが込み上げてきてしまっては。 とにかく来週には歯医者さんに行かせてあげなくてはいけないなと気遣った。 御飯もろくに食べられないことだろう。どんなにか不自由なことだろうと思う。
無理をしてでも仕事に行くべきだった。さぼってしまいほんとうにごめんなさい。
このところ母とメールのやりとりをするようになって。ふっと懐かしく思い出す。 少女時代に出会った『ひまわりおばさん』のことを。ひまわりおばさんは。 病気でながいこと療養生活をしていたのだった。いつもラジオを聴いていた。
私はその頃『青い鳥』という名で。ほぼ毎週のように地元の放送局に通っていて。 もちろんリクエスト葉書も出し。目の前でその葉書を読んでもらうのがすごく嬉しく。 ある日その生放送の真っ最中に。思いがけず飛び入りでマイクの前に座れたのだった。
ひまわりおばさんもその時の私の声を聴いてくれていたのだろうと思う。 その日から毎週のように私宛てにと葉書を送ってくれるようになった。 「この曲を青い鳥さんに贈ります」って。私の好みの曲もよく知っていた。
お母さん?ぜったいにそうに違いない。日に日にそう信じずにいられなかった。 「ひまわりおばさんへ」私も葉書を書いた。母に呼びかけ母に曲を贈り続けた。
生き別れて7年目。私はもう20歳になっていたけれど。やっと母と再会出来た。
けれどもいまだに「ひまわりおばさん」が母だったのかと訊ねたことはない。 確かなことは母がながいこと療養生活をしていたという過去の事実だけだった。
ずいぶんと歳月は流れ。母の仕事を手伝うようになりもう20年が過ぎてしまった。 その間どんなにか反発を繰り返し。嫌悪感を募らせ自ずから渦に飛び込んだ事だろう。
ひまわりおばさんはこんなにもちかくにいてくれる。
青い鳥は彷徨い続けたあげく。やっと母に気づいたのかもしれない。
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