| 2009年01月08日(木) |
こころ穏やかに平安な日々を |
つかの間の青空。午後からすっかり曇りやがて静かな雨となる。 ずっと空気が乾燥していたせいか。雨の匂いを心地よく感じる。
お昼休みのクルマのなかは。午前中の陽だまりが温もりを残し。 ありがたくまた文庫本を開いた。日常らしさをやっと取り戻す。
かと思えば事務所に来客があり。慌ててクルマを飛び出していく。 自動車保険の説明をし終えて。しばらく世間話のお付き合いをした。 娘さんが入籍をしたのだそうだ。もう孫も出来てしまったと嬉しそう。 そんな笑顔と会っていると自分も嬉しく。お昼休みがなくってもとか。 まあこんな日もあってよしとか。後からため息をつくことさえなかった。
そのくせまだ20分あるって喜ぶ。そうしてまた急いでクルマにこもる。 そうしたら今度は携帯電話が。私の好きなメロディーを奏でてくれて。
大晦日にお大師堂で出会った例の『愚安さん』からでびっくりしてしまう。 休憩中にメールを送信したけれど。アドレスをどこか間違えていたらしくて。 「返ってきた〜送れない」とぼやいていた。「そっちから送ってや〜」って。 なんだかずっと昔からの友人みたいな口調で。ほんとうにそう感じるくらい。
今日は南予(愛媛県)の遍路道を歩いているそうだ。枯野の小道の写真に。 『越し方も末行く身をも定まらず唯一心に南無阿弥陀仏』と歌を添えてくれた。
微笑みつつも返信が出来ないまま午後からの仕事がもう始まってしまった。 そうして日が暮れた頃またメールが届く。「テントの準備出来ました」と。
愚安さん。よほど寂しがり屋さんらしくついつい微笑まずにいられないひと。 ありがたい縁をいただいたのだもの。尽くせる限り尽くしてあげたいひとだ。
おかげで私も歩ける。ともに歩いているような日々を過ごせるのだと思う。
出会ってくれた旅人。昨日メールを届けてくれた彼も無事に家に帰り着いた事だろう。
そうしてまた遍路道を歩き始める日がきっと来てくれる。会うことが叶う。 そう信じられる縁をさずかったことに。心から感謝しながら私はわたしの。
日々を全うしたいと思う。こころに希望を。こころ穏やかに平安な日々を。
| 2009年01月07日(水) |
出会ってくれた旅人へ |
のんびりと歩き始めたつもりだったけれど。無意識のうちに。 駆け足になっていたのかもしれない。ほんの少しお疲れさん。
朝の道を駆け抜けないように心がけ。ゆっくりと山道を行く。 民家の庭先にたくさんの大根が干してあるのを見つけたりして。 美味しい沢庵が出来そうだなって思ったりしては心を和ます。
のろのろ運転の軽トラックには紅葉マーク。無理に追い越さず。 スピードを落としひたすら後を付いて行く。のどかな朝だこと。
冬けやきを仰ぐ。今朝は曇り空だけれどそのしなやかな枝先が。 何ひとつ求めずにいるように感じてはっとするくらい凜と映る。
そんな存在。そんなふうに佇んでいたいものだとつくづく思う。
職場は今日も大繁盛。後から後から来客が絶えず嬉しい悲鳴をあげた。 外回りの仕事もあり村外に出たついでにコンビニで好きな豆大福を買う。 最近無性に小豆物が食べたくてならない。もうすっかり餡子姫になった。
お昼休み。文庫本を開いたものの集中出来ずにぼんやりとクルマにこもる。 かといって眠くもならず曇り空を見上げてばかりいたところメールが届く。
ずっと気になっていた例のお遍路さんからだった。今は松山にいるという。 今朝は道後温泉に浸かれたそうでとてもとてもほっとする。旅のあいだは。 野宿続きでお風呂どころではなかったことだろう。どんなにか心地よくて。 疲れた身体を癒すことが出来たことだろう。安堵と嬉しさでいっぱいになった。
ふっと過ぎ去った夏の日のJさんを想った。Jさんも旅人だったのだなって。 今は何も伝えられない。とても大きな壁があって向こう側にそっといるひと。 けれどもかけがえのない縁のあるひと。私はその縁をなんとしても繋ぎ止めたい。
偶然は必然なのだ。そうでなければ出会えない縁というのもが必ずあるのだと。 信じている。負けないで、どうか今を乗り越えてきっと光を見つけてと祈っている。
縁というものはほんとうにありがたいものだ。何度だって言うけれど。 その日その時その瞬間でなければ出会えない縁が。私の『宝物』なのだから。
ひとが好きです。誰になんと言われようと。私はひとが好きでならない。
| 2009年01月05日(月) |
始まったから・・また歩きましょうか。 |
もう明けて五日などと数えるのはよそう。あたりまえのように日常が。 おはようと声をかけてくれる。無理に微笑み返すことをしないでいても。 不思議なくらいにふふっとなれる。ほんの少しのえくぼを見つけたあさ。
きのう下った峠の道を今朝は上る。昨日は気づかずにいたのだろうか。 こんなにも冬枯れていたのかと山里の風景を眺めた。けれどもひと際。 緑一面の畑が見える。ブロッコリーの苗がずいぶんと育ってくれては。 人影も見えてもう収穫を始めているらしかった。寒い朝の仕事を思う。
職場に着くなり窓から母の姿を見つける。背中を丸めてちいちゃくて。 いったい何をしているのだろうと気になりながらドアをそっと開けた。 「よいお年をとりましたかね?」と声をかけても振り向きもしないで。
「めだかちゃんどこ?どこにいるの?」と水槽を覗き込んでいる最中だった。
「ああ、いたいた寒いから隠れていたのかね」ってやっと私を見てくれた。
なんと穏やかな仕事始めだろう。ずっとずっとこんなふうでいたいなと思う。
同僚も揃いお神酒は『やぶ隠し』盃にちょこっとずつ注ぎ皆で乾杯をして陽気に仕事を始めた。
ありがたいことにすぐに仕事の電話が入る。バッテリー上がりが二件続き。 オイル交換のお客さんも来てくれる。わざわざお年始に来てくれた常連さんも。
負けないように頑張れよと声をかけて頂く。過ぎた年はほんとうにどん底だった。 けれどもこうして今年も営業が出来る。お客さんのおかげだと感謝するばかり。 船は荒波にもまれながらもまだ沈まずにいる。燃料はもうない。とにかく漕ごう。
午後。役場の駐車場でとても人懐こい犬と会った。住民課の人が写真を撮っていた。 どうしたのかな?と訊ねてみると。迷い犬らしく飼い主が見つからないのだそうだ。 村の有線放送でも流してみて。何軒か心当たりの家にも電話をしてみたらしい。
今日が御用始では・・と思ったけれど。よけいな口を挟むことも出来なかった。 もうすぐに保険所へ連れて行くのだと言う。せめてもう2.3日それも言えない。
僕らも辛いんですよ・・その言葉を聴くともう何も言うことは出来なかった。
栗毛の犬は尻尾をふって甘えている。お腹も空いているだろう・・可哀想に・・。
保険所でのリミットは一週間だという。飼い主さんどうか必死で捜してあげて下さい。
仕事を終えて帰宅する。あんずの栗毛をいっぱい撫でてあげたくてならない。
ふたりてくてくと夕陽の道を歩く。あんずは幸せなのだろうか恵まれているのだろうか。
今年初めてのお大師堂だった。例の『愚安さん』は昨日の朝。旅立ったらしい。 お大師ノートでその事を知る。ほんとに愉快なひとだった。きっとまた会えるだろう。
きのう出会った青年は。「今日は快調」とメールを届けてくれほっとする。 無事に足摺岬に着いただろうか。今夜の野宿もぐっすりと眠れたらいいな。
そうして目覚めたらお湯を沸かして好きな珈琲を美味しく飲んで欲しいな。
| 2009年01月04日(日) |
ひとはあたたかいひとはこんなにも尊い。 |
明けて四日。穏やかな晴天に恵まれつかのまのひとり旅。 ほんの隣町だというのに旅のようにおもうありがたき時。
そうだお弁当も持って行こうと途中でおにぎりを二個買う。 遠足のようでもあり心が弾む。独りぼっちがやはり好きだ。
思った通りお寺は人影も少なくひっそりと静かでとても落ち着く。 本堂にお参りをしておみくじを引いたらなんと『大吉』をいただく。 そんなもったいないことをと感謝をしつつ目頭が熱くなる年頃なのか。
水子地蔵さん。あのこは今年34歳になります。ひと目会いたいです・・。 眼洗い地蔵さん。去年洗った彼の眼を今も守ってくれてありがとう。 今年は私ひとりで来ました。彼のことを忘れないでいてあげて下さい。
そうして奥の院へと歩く。お寺から田畑の続く野道を少し歩いて行くと。 小川が流れていて小さな橋がある。山に囲まれたところにその祠がある。 小川には鷺がいた。はっとしながらその姿を目で追っているちょうどその時。
恵ちゃんからメールが届く。津波注意報が出ているよ大丈夫?って言って。 音信不通で良いのに。メールなんかしてこなくてもいいのにしてくれたんだ。 奥の院のすぐ手前の畦道に座り込んで。ずっとしないでいた電話をかける。 ほんとうに久しぶりに笑い声を聴いた。少し鼻声だったけれど元気そうで。 「今年もガッツだぜ!」と言って「ありがとう!」って言ってそれが切れた。
涙がほろほろと溢れ出す。苦しかったふたりとても苦しくて辛かったけれど。 乗り越えられたような気がする。もう救われているような気がしてならない。
奥の院の冷え込む祠にしばしこもり手を合わす。読経の声が祠にこだまする。
さあ裏山に登ろう。深呼吸をして山道を歩き始める。ゆっくりと進もう。 今年こそはなんとしても八十八体の石仏に手を合わせなくてはならない。 誰も待たせてはいないことがこんなにもありがたいことだったのだろうか。 おかげでお賽銭は余らずに済んだ。このうえない達成感でほっとして山を下りる。
ゆっくりだったとはいえよほど空腹だったのか。よろよろと境内を歩いていた。 お遍路さんが独りベンチで昼食をとっていて。目が合いにっこりと挨拶をかわす。
その瞬間。なんだかいつものピピっとしたものを感じ。一緒にお昼を食べたくなる。 クルマに置いてあったおにぎりを急いで取りに行ったのは言うまでもなく。 さりげなく近くのベンチに腰を下ろし。ぺこぺこのお腹におにぎりを頬ばる。
話し掛けたかったのだ・・なんだかそうせずにはいられない何かがあって。 そうしてみてほんとうに良かったと思う。そのお遍路さんは足を痛めていた。 歩き通しているとどんなアクシデントだってあり得る。もう少しなのに。 思うように歩けないもどかしさ。這ってでも辿り着きたい場所があること。
話しているうちにすっかり意気投合してしまい。遍路地図も見せていただく。 クルマでの『お接待』だとそのひとは言ってくれたけれど。私はいつだって。 『おせっかい』なひと。とにかく少しでも目的地近くまで連れていってあげたい。
逆打ちの遍路地をつかの間ともに行くことに決め。『真念庵』を目指した。 その道は私がいつも毎朝通る山里経由の道だった。今日は峠を下って進む。
ほんとうに思いがけない出会いがあるものだと。今日の一期一会を想う。
無事に大分の家に帰りついたら真っ先に知らせてくれるという。 なんとありがたいことだろう。ひとはあたたかいひとはこんなにも尊い。
| 2009年01月03日(土) |
月の砂漠をはるばると・・行くか・・。 |
あけて三日。なんだか気が抜けたようにだらだらと過ごす。 今年の抱負とかそういうのもなく。ただただ心穏やかにと。 頂いたお休みをありがたく広げてみては触れているようだ。
思い悩むこともないわけではない。心配事だってあるけれど。 じぶんがあまりにもちっぽけなものだから。それをみとめる。
みとめると楽だ。ラクダのこぶのようにぽっこりと丸くなる。 これなら月の砂漠をはるばると。ながい旅が出来そうに思う。
暮の29日の仕事帰りに食料品を買い溜めして以来人混みを避けていた。 けれどもとうとう食料が尽きる。卵も牛乳も納豆も食パンもなくって。 無性にインスタントラーメンも食べたくなり。意を決して買物に行った。
よかった。予想外にお店が空いていてゆっくりと買い物が出来てほっとする。 とりあえず明日の分もとあれこれ買い込む。今夜は定番の野菜炒めにした。 姑さんから金柑の煮たのと白菜のお漬物を頂く。それがやたら美味しかった。
明日はなんとしても初詣に行こうと思う。八十八個のお賽銭を提げて行く。 毎年どうしたわけか十個余る。今年こそはしっかりとそれを納めたいと思う。
独りでゆっくりと行って来いよと彼が言ってくれ。それがありがたくてならない。 毎年クルマの中にいて待ってくれていた。だからなのかついつい急いでしまう。
明日は急がなくていい。心ゆくまで八十八体の仏像に手を合わせられそうだ。
霊場の裏山の『ミニ八十八ヶ所』を独りで歩く。
「歩く座禅もあるんやからな」と言ってくれた『愚安』さんの言葉を胸に抱いて。
※月の砂漠・・なんかとても懐かしく聴きました。
| 2009年01月02日(金) |
裸の心にあたらしき衣を |
明けてふつか。静かな時をありがたく三日月の夜空を仰ぐ。 平穏であることはやわらかな絹に似て裸の心にそれを纏う。
それはいつだって新しき衣に成り得る。汚れていても破れていても。 とにかく裸になるのがよい。そうして直にその感触を憶えておこう。
元旦は思いがけずに雪の朝となった。湿り気をおびた雪がどかどかと。 みる見る間に川向の山が真っ白になる。予期せぬこともあってよしと。 そんな雪を受け止めて。朝陽を待ちわびるように空を仰ぎ見るばかり。
つかのまの雪のこと。雪雲を押しやるように新しい朝の光が微かに届く。 足摺岬のかのひとを想った。やっと辿り着いたのだもの。ささやかな陽も。 彼にとってはどんなにか新鮮に輝かしく映ったことだろうと。私は信じる。
日中は元旦恒例の身内の宴会。毎年昼の部から夜の部へと続くのだけれど。 今年は夫である彼の配慮のおかげで。昼から夕方までで終える事が出来た。 甥っ子にお年玉もあげて皆が解散すると。どっと肩の荷が下りた気がする。 なんと私も姑さんからお年玉を頂く。もったいなくて神棚にお供えをした。 長いこと長男の嫁をしているとこんなありがたいこともある。嬉しい事だ。
大晦日から帰って来ていた息子君も。独り暮らしの部屋へと早々と去っていく。 サチコも今日が『初売り』だと仕事に出掛ける。もうすっかり日常が戻ってきた。
私もいつも通りにあんずと夕暮れ散歩に出掛ける。お大師堂から少しその先まで。 お大師堂には大晦日から滞在している歩き遍路さんが居て。どうやらもうひとり。 お仲間のお遍路さんが来てくれたようだ。ふたつの靴が仲良く並んでいて心が和む。
実は大晦日の夕暮れ時に。すっかり意気投合して話し込んでしまったのだった。 俳句を詠む粋なお遍路さんで。もう八回目の遍路旅なのだそうだ。名は『愚安』さん。 己の愚かさに平安を授けるという思いが込められているらしくて自慢の名だと言う。
なんと穏やかな笑顔の男性で。いちねんの終りにほんとうにありがたい縁を頂く。
愚安さん。私もとても愚かです。欲深くいつまでたってもぐるぐるしています。
けれどもこうして生かせてもらえる。それだけでじゅうぶんなのだと思います。
裸のこころにこうして纏える衣があること。 このあたらしき衣を肌身離さず愛おしみたいものだ・・。
木の実のきもち
石ころなんだと思い込んでいた頃があった
けれども木の実ならどんなにいいだろうと
空を好きになり風に心ゆれる日々もあった
そうしていつか花が咲くのかもしれないと
かたい蕾に吐息の雫をふくませ春をまった
いくどもいくども春がくるおなじようでいて ちがう春だというのに桜は咲いて散っていく
わたしの蕾はどこにいってしまったのだろう 心細くなりながらもおそるおそる触れてみる
それは化石のようなものそのままのかたちで いまも転がりつづけているらしい道の端から
水を求めて空を仰いでただ息だけは失わずに ずいぶんと遠いところまできてしまったらしい
それが哀しいことだろうか嘆かわしいことだろうか せつないことだろうか苦しいことだなんていわない
いびつにゆがんだそのかたちへこんだままの傷あと そんなかたちのなかで命を暖めていられるじぶんに
愛しているよこんなにも愛しているよとつたえたい
もう一歩も転がれなくなったその日にこそ土になる 縁あったひとたちがその土の上を元気に歩いてくれ 時にはふっと立ち止まって腰を下ろしてくれたなら
どんなに嬉しいことだろうどんなに幸せなことだろう そうして緑の小さな芽を見つけてくれるかもしれない
その日のためにもいかなくちゃ前へ前へいかなくちゃ
※出会ってくれてありがとう。このいちねんの感謝をこめてここに記します。
追記:
一昨日出会ったお遍路さんの青年に昨日の朝再び会うことが叶った。 「ちょっとずつ先に進みます」と笑顔で応えてくれてとても嬉しかった。
そうして仕事に向かう私に手まで振ってくれてなんとありがたいことやら。 胸がいっぱいになった朝のことでした。
太陽さん。どうか新しい朝の光をいっぱい届けてあげてください。
ひとつきりの太陽がすべての命へ希望と勇気をくださいますように。
|