ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2008年12月16日(火) やまない雨などほんとうにない

灰色の空におはよう。深呼吸をしながら一日がうごき始める。
風がうごいていく。鳥がうごいていく。見えない太陽がうごく。

そんな朝の窓辺にいてふと暦を見ると。日付もうごいてしまっていて。
もう師走も半分を過ぎってしまったらしい。こくこくとんとん急ぎ足。
私も少しは急がなくてはと先日思ったばかりなのだけれど。なんだか。
まったり癖がついてしまったらしく。一呼吸二呼吸しては歩むばかり。


今日は山里へは行かずに川仕事の潮待ちをしていた。もう大潮ではなく。
中潮になり潮が引き始めるのを待っているうちにお昼が近くなってくる。
その間ずっと自室にこもりっぱなしで。また音楽三昧の時間をいただく。
贅沢なことだとつくづく思うけれど。そんな時間をありがたく過ごした。

「もうそろそろだな」そんな彼の声を合図に。やっとうごきはじめる。
少し早目に昼食を済ませ。ふたり軽トラックに乗り船着場へと向かう。

太陽がやっと顔を見せてくれて青空が嬉しい。肌寒さも一気に薄れていく。
今日ですべての漁場に網を張り終える予定で。おっし頑張ろうと意気込む。

ところがよほど大気が不安定だったのか。にわかに雨が降り始めてしまう。
雨合羽の用意もなくて仕方なく作業を続けるしかなかった。冷たい雨だった。
けれども優しい雨でもあり。「やまない雨はないぞ」と彼が励ましてくれる。

ふふふっと心が微笑む。それはずっと私のセリフだったこと。真似してるって。
可笑しくもありながら。彼の口からそんな言葉を聞けたことに感動さえおぼえた。

ながねん連れ添っているとこんなふうになってくれるのか。とてもありがたい事だ。


いつかのリストラ。もの凄く落ち込んでいた頃の彼をふっと思い起こした。
鬱々としながら。体調もどんどん悪くなり。俺はもうすぐ死ぬんだとまで言った。

けれども亡くなった父親が残してくれた家業があってくれたことで救われる。
一度は廃業しようとしたのを。なんとか私だけでもと細々と続けてきたかいがあった。

その時。彼は私の弟子になってくれたのだ。でも今はすっかり親分になっている。
それもけっこう口うるさくて。あれやこれやと指図や命令をして私を振り回すほど。

それは少しも苦ではない。むしろそうしてふたりで精を出すのが嬉しくてならない。

「おつかれさん」「はいおつかれさん」予定通りすべての網を張り終えた瞬間。

後は自然の恵みに委ねるばかりとなった。どうか無事にどうか順調に育ちますように。


やまない雨などほんとうにない。どのような苦悩もそれが転機になり得るものだ。

転機は天気。じんせいは空とおなじように日々変化しつつうごき続けるのだと思う。



追記:川仕事の後。炬燵で眠りこけてしまい今日はお散歩に行けなかった。
   あんずに晩御飯を持って行った時。不機嫌さを気遣っていたけれど。
   あっけらかんとしたいつもの食欲にほっとする。明日は行こうと約束。

   そうしてまた例のごとく寝酒。最近やたらと酒量が多いが。許そう。
   眠くなったら即刻寝る。青春ドラマ的な夢を見るのが楽しみなこの頃。



2008年12月15日(月) あえる。あえない。あえる。

冬らしくすっきりと良く晴れる。色づいていた木々も葉を落としつつ。
最後の一葉を見つけたりすると。はらはらとせつなくもなる頃だった。

四日ぶりの山里。例の銀杏の木はもちろん道端の民家の欅の木でさえも。
この数日のあいだにすっかり裸木になっていた。けれども『冬けやき』
私はその冬の欅の木が好きでならなくて。二本並んで寄り添う姿には。
おとことおんなの情であるような。なんともいえない哀切の息を感じる。

たがいに空へと手をのばす。それはか細い骨のようでもあり指先にも似て。
だからといって絡み合えずに。ただひとつの空へと想いを馳せているばかり。

ことしもふたりにあえたのか。愛しさが鼓動の波となってはおしよせてくる。




日中はひたすら仕事。外回りの仕事もありありがたかった。営業のような事。
帰り道で幼馴染の家の前を通り。行き過ぎてはふっと思い立ち後戻りしてみた。
子供の頃に呼んでいたようにその名を呼ぶと。すぐに飛び出して来てくれて嬉しい。

私は小学四年生の時にこの山里へ転校して来た。そうしてわずか三年間だったけれど。
いちばん仲良くしてくれたのが彼女で。転校してからも時々手紙を交し合っていた。

そうしていつのまにかそれが途絶えたまま。ながいこと歳月が流れてしまっていた。
母の再婚。そうしてそれに引きよされるように私もまた山里の地を踏むことが出来た。

母にとっても。私にとっても。この山里はよほど縁深い土地だったのだろうと思う。

今年のお盆には同窓会があって。私のところにもその案内状を届けてくれたのだけれど。
私は行かなかった。なぜか気が進まず気が重くもあり嘘の理由を作って行かずにいた。

その時のみんなの写真を彼女が見せてくれる。ひとりひとり名前をちゃんと憶えている。
初恋のひともいた。すごくすごく好きでその頃は話し掛けることさえ出来なかったひと。

わずか三年の間だというのに。こんなにもみんなのことが懐かしくてならない自分。
決して忘れてなどいないのだとつくづく思った。会いたかった。会うべきだったと。
それは後悔になってしまい。もしかしたらもう二度と生きて会えないのかもしれない。

次はいつになるかわからないと彼女も言う。でもふたりはいつでも会えるよねと。
そうなんだ。こんなに近くにいるのだもの。私はとても大切なことを忘れていたのだろう。

手を振って見送ってくれる。涙があふれそうになる。ありがとうってこころがさけぶ。





追記:昨夜遅くプチ家出をしていたサチコが帰って来た。
   今回はなんと横浜アリーナ。DJOZMAのファイナルコンサート。
   一日は東京散策。浅草で人力車に乗ったのが楽しかったとか。
   お土産の銀座の焼き菓子がやたら美味しく。焼酎やらビールやら。
   無性に白ワインが飲みたい夜でもあった。はぁ・・ふう・・・・。
   



2008年12月13日(土) 水は変わらずきょうも流れている

下り坂の天気予報。朝のうちの陽射しも雲に包み込まれ。
日暮れが合図だったかのように細かな雨がぽつんと落ちた。

月を想う。満月の今夜。雲の上はどんなにか光に満ちていることだろう。


友人の命日だった。あのとてつもなく悲しくて辛くてならなかった日から。
もう一年が経ったことを受け止めながらも。大好きだった笑顔の彼女の声を。
ついきのうのように感じている。思い出しているのでも懐かしんでいるのでもなく。

ずっとある。うしなってしまったなどとどうしていえよう。ここにあるものを。

昨日の午後。海辺の町にある彼女の実家を訪ねたがしっかりと鍵が掛けられてあり。
玄関先に花を置いてそっと帰って来た。今日の法要に供えてくれていたらと願うばかり。

彼女にとってはゆうじんではなかったのかもしれないのだ。私は『某』でありたい。
この先もずっとそんな存在でありたいと思う。某にとって縁とはかけがえのないもの。
決して忘れはしない。またきっと巡り会いたいと念じながら私も逝く日が必ずくる。

おぼえていてくれていたらいいなとおもう。またわたしを見つけてくれたらいいな。

ワスレナイデワタシヲワスレナイデと。欲のように願ってやまないときがある。
先に逝ってしまったひと。いまありがたく繋がっていてくれるひと。忘れないで。
私が忘れないのとおなじくらい私のことを憶えていてくれたらどんなに救われるだろう。




川仕事がやはり堪えるのだろうか。今日も午後からへなちょこになってしまった。
つくづくと体力の衰えを感じる。情けなくもありそれは仕方なくもあったりで。
なんとしても乗り越えなくてはと思いつつ。誰かに弱音をぶつけたくなったりもする。

老いることはやはりどうしようもなくせつない。気力はあるのに身体が正直になり過ぎる。
けれども水辺のこと。朝陽のこと。ゆったりと舞いおりる水鳥の姿などに心が和む。

ありがたいことだ。こうして生きてある日々の暮らしと。自分を流れる血と命のこと。


夕方になれば待ってくれているあんず。歌をうたえない日もあるのだけれど。
水は変わらずきょうも流れている。夕陽に染まれなくてもそれは流れ続ける。


平穏だった。なにひとつ足りないものなどないくらい満たされていることを感じる。



追伸:入浴剤を『旅の宿』にする。今夜は信州『白骨温泉』だった。
   あしたは十和田か奥飛騨か。霧島もいいなと夢うつつにおもう。

   焼酎は『さつま白波』もう何杯目かわからないけれど心地よく酔って候。







2008年12月11日(木) 私の水はどれほどのものだろう。

晴れのち曇り。とはいえ雨の匂いは少しもせずに柔らかな午後になる。
春のように暖かなおかげで。山里はいちだんとのどかさが感じられる。

けれども日々はとんとんとんとステップを踏むように踊り始めていて。
その輪の中にどうしてもと背中を押されてしまったような自分がいる。

これが流されるということなのかもしれない。逆らうことなど出来ない。

深い川ほどゆっくりと流れるのだという。私の水はどれほどのものだろう。



今朝はかつてないほどの朝寝坊をしてしまった。いつもなら暗いうちから
起き出してあんずの散歩に行く彼が寝過ごしてしまったらしく。びっくり。
もうすっかり夜が明けていて。ふだんなら朝食が済んで寛いでいる時間だった。

彼もよほど疲れていたのだろう。私の目覚めはもう何年も彼を頼りにしている。
今でこそ勤め人ではなくなっているけれど。そうだったらどんなにか焦った事だろう。

まあいいさ。俺はバナナだし先に食べてろと言い残し。あんずと遅い散歩に出掛ける。
私だってまあいいさって思う。洗濯もちゃんとしよう。食後の珈琲もゆっくり飲もう。

けれどもさすがに山里の職場が気になり。母にメールだけはしておこうと思った。
そうしたらなんと先を越されてしまって。母からのメールがとっくに届いていた。

件名「今日はちょっと遅くなります。心配は要りません。やぼようです」
本文はもちろんなく。まったく何度教えても件名が長過ぎるところが愉快だった。

苦笑しつつも珈琲をごくごくと飲み。大急ぎで洗濯物を干してクルマに飛び乗る。


大橋を渡りながら思った。まあいいさ。どんな時もあるのだし何とかなるのだし。
そうして出来るだけいつものようにとのんびりを心がけてみる。山道のこと。
お遍路さんのこと。峠道を上り詰めたら空を見上げよう。そうしたいそうしようと。


たしかになんとかなる。けれどもそれにはなんとかしてくれるひとがいてくれる。
同僚はたったひとりで職場にいて。文句のひとつも言わず黙々と仕事をしていた。
事務所を暖めてくれている。工場にはまだ修理中のクルマが何台もあるというのに。
焦ることもなく慌てることもなく。ひとつひとつ丁寧にしっかりとそれを遣り遂げる。

この職場が在り続けられるのは彼のおかげなのだと。今朝ほど思い知った事はなかった。


甘え過ぎている。自分の体調がどうのこうのと理由をつけては私は怠け過ぎている。
いちばんに思い遣ってあげなければいけないひとが。こんなにそばにいるというのに。


明日からまた例の川仕事のため休まなくてはいけない。申し訳ないけれど仕方なく。
同僚にそれを告げても「それがどうした」という顔をしてくれてありがたく思う。


やはりわたしは少しだけ急がなくてはいけなくて。もっともっと精一杯でなくては。

いけないのだと思わずにいられない一日になった。

からだはひとつ。こころだってひとつかもしれない。

けれどもそのひとつのこころからたくさんの思い遣りを育てたいものだ・・。



2008年12月10日(水) こんなにも愛しいもの。

つい先日の雪のことを忘れてしまいそうなほどの小春日和。
山里の職場をお休みさせてもらい家業の川仕事に精を出す。

久しぶりに乗る川船はやはり心地よく。つかのまの距離であっても。
なんだかわくわくと心が躍るのを感じた。朝陽がとても間近にある。
あたりの風景は冬枯れてしまっても。水辺の葦の老いた姿さえ愛しい。

いつもいじょうの深呼吸。水と空と光をいっぺんにいただくありがたさ。


秋の日に漁場に張った海苔網は。すべて5枚重ねにして生育を待っていた。
今度はそれを1枚ずつに分けて張りなおし。またそれが育ってくれるのを待つ。
例年だと11月中にそれをするのだけれど。今年はずいぶんと遅くなってしまう。
育ちきらないものを無理に分けてしまうと。海苔が死んでしまうからだった。

川は畑のようなもの。海苔は野菜のようなもの。自然の成すままに任せるしかない。
水は冷たいほどよく。太陽の恵みもひつよう。あとは見守るひとがひつよう。

どうか無事にと願わずにいられない。生きているのだ緑色の海苔のささやかな命が。

初日の今日は25枚が精一杯だった。あとまだ100枚ちょっとある。次回も頑張ろう。


久しぶりに肉体労働をしたせいか。午後はすっかりへなちょこになってしまった。
今朝の新聞の占いを思い出す。最初は辛いがあとは順調。ずばり当たっているようだ。
今年ほど体力の衰えを感じたことはなかった。あとは順調っていうところが嬉しい。

時々は弱音を吐こう。しんどい時はそれなりに。無理をしなくても成るようになる。


午後少しだけうたた寝をしているうちに。またいつもの夕暮れがせまって来た。
身体が重くてよっこらしょの気分のまま。待っていてくれるあんずに励まされる。
「しあわせは歩いてこない だから歩いていくんだよ」と歌いながら散歩に行く。

お大師堂へと続く土手の石段をひとつひとつゆっくりと下りる。するとあんずも。
なんだかよっこらしょの足取りになってくれて愉快だった。日に日に飼い主化している。
そのうち目尻にシワが増えて。寝酒に焼酎を飲みたがるようになるかもしれない。


銀杏の落ち葉の中にあんずを繋ぎ。しばし独りでお大師堂にこもり手を合わす。
いつかの菊の花はまだ枯れずにいてくれて。誰かが駄菓子を供えてくれている。

その時おもてから鈴の音が聴こえた。もしや?と思ったけれど振り向かずにいた。
そうしてゆっくりと立ち上がりその扉を開けたところ。白装束のお遍路さんが。
それはなんともあたたかな微笑をたずさえ。そこに佇み待っていてくれたのだった。


紅に染まる川面を見つめながらささやかにふたり語り合う。17日目の夜だそうだ。
遠く新潟から来たそうで。四国霊場巡りは二度目だけれどここは初めてだと言う。
テントと寝袋で野宿が多いけれど。屋根があり扉があるのがありがたいことだと。

60歳前後の男性であったが。とても健康的で溌剌としていて何よりも満面の笑顔。
ほんわかとあたたかな空気に包まれながら。穏やかさをいただいたひと時であった。

明日もどうかご無事にと別れを告げ立ち去る。

夕暮れ時のささやかな出会いだった。ひとが愛しくてならないとつくづくと思う。





2008年12月09日(火) ここがわたしの在りかなのだから

真夜中に雨の音を聴いた気がする。朝の窓辺でその名残の雫を仰いだ。
やがて雀色の土手が薄っすらと紅く染まり始める。それは思いがけなく。
雨雲があまりにも優しかったせいだろう。太陽がほっと微笑んだ瞬間だった。


まいあさの卵焼きを作る。一切れだけ自分のお弁当に入れてあとはラップ。
彼の朝食がバナナだけになって二ヶ月が過ぎた。成果は一キロ痩せただけ。
けれども大晦日まで頑張るのだという。おかげで私の朝は随分と楽になる。

そのうえ時計を見なくなったものだから。気忙しさから縁遠くなってしまい。
出勤前のつかのまの時さえも。もうじゅうぶんなほどに寛ぐことが出来る。
許されているおかげだと思いつつ。こんなふうに自分を許すのも良いと思う。

かといって仕事はそれなりにこなす。きちんきちんとは性分だから精一杯にやる。
愛想笑いだってするし。同僚に冗談を言いつつふざけあうことだって出来る。

まあこんなもんだろう。これでよしとしよう。あとは成るようになるのだから。


仕事を終えての買物もなんだか楽しみでならず。顔馴染みになった店員さんに。
すっかり懐いたふうで話しかけるのが日課になった。その時の笑顔がまた嬉しい。
「ねえ夕べのおかず何だった?」って訊くと「カレー!」って応えてくれたり。
ビールや焼酎を買った時には「今夜は酒盛りやね」ってレジで笑い合ったりする。

そうなんです。毎晩酒盛りなんです。今も芋焼酎のお湯割三杯目でテンション高めだし。

ふう・・毎晩よく書けるもんだなって。ちょっと呆れながらこれを書いているところ。

だからなのか脱線もあり。故障もありで。そうそう美しい文章など書けはしないのだ。

こういうのを『ありのまま』っていうの。わたしの一番好きなスタイルである。

許しちゃうよ。とことん好きなようにやっちゃえ。なんならもう一杯やりますかい?


はぁ・・馬鹿みたいなわたしが好きだ。自分に惚れなくちゃ生まれたかいがない。



ゆうがた。これも日課の散歩に行って。川面に漂う銀杏の葉にしばし心を奪われる。
もう潮が満ちて退き始めた頃だったのだろうか。その葉は海に行きたがっている。

けれども行けないのが運命みたいに。川岸に繋がれた船に寄り添うことを選んだのか。

ひとところに囚われた罪人のようにそこから先に行けない。流れているというのに。
川が海へと惹き込まれているというのに。イケナイことがこの世にはあるのだろう。

私もいかない。すすんでいるけれど流れているけれど。いかないことをひとつだけ。

えらぶ・・・・。     ここがわたしの在りかなのだから・・・・。







2008年12月08日(月) 会えるかもしれないことへ

きりりっと冷たく冬らしい朝だった。空気がとても澄んでいる。
そのおいしいところをいただきますと。今朝も深呼吸をしてみた。

天気予報は晴れのち雨だというけれど。信じられないくらいの青空。
いつもの大橋を渡りながら見渡す川面は。鏡のようにその青を映す。
そうして河口沿いの道に向かうと。光の天使達が水鳥のように舞う。

見せてあげたいといつも思う。もうなんねんも叶わぬことを願いながら。
このまま老いていくのだろう。それが自分の存在を意味づけるかのように。

朝いちばんに読んだJさんの日記に「おおきな愛になりたい」と書いてあった。
そうだった。私もそうだったのだと。今朝ほど心がふるえたことはなかった。
不確かで心細くありながらもずっとそう願い祈り続けてきたように思う。

ながいこと時が流れた。けれどもすすむ。わたしはそこに向かって今も歩んでいる。


やがて河口が見えなくなると国道は山に囲まれ。全長1.6キロの『伊豆田トンネル』
トンネルの真ん中あたりで。四万十市から土佐清水市に変わるほどの長さだった。

排気ガスが充満しているであろうその暗い歩道を。ひたすら出口を目指して歩く。
お遍路さんの姿にはいつも勇気をいただく。トンネル恐怖症の我が身を忘れるくらい。

それでも少しは臆病者なのだろう。トンネルを抜けるとすごくほっとするのだった。
そうしていつもの県道へと右に折れる。あとはくねくね道の峠を目指すだけだった。


ひとり。ふたり。青い目をしたお遍路さんに会えそうな気がしてならなくて。
追い越すたびにスピードを緩め。ただただ会釈を繰り返しつつ先へと進む。

五人目だったと思う。ひときわ背高のっぽのお遍路さんの後姿を見つけた。
ちょうど峠道に差し掛かったあたり。杉の木が生い茂る道をひたすら歩いている。

笠を被らずに背中にそれを背負っていてくれたおかげで。しっかりと確かめられた。
スキンヘッドでなかなかのイケメン。30歳前後の若い青年で青い目をしていた。

こころがきゃ〜と歓声をあげる。やったぁ!会えたんだ。我ながらすごい感動だった。
こころを込めて会釈をする。ささやかなこと伝わってくれたら良いなって願いながら。

けれども追い越していかなければいけない。後ろ髪を引かれるような想いのままで。

どうしたことだろうこの胸の熱さは・・なぜか涙がほろほろとこぼれてしまう。
じぶんで自分のことがわからなくなってしまって。宥めようにもその仕方が見つからない。


会えたのだ・・会えるかもしれないと思っていたひとにちゃんと会えたのだ・・。

ほんとうにささやかなこと。誰も知らない私だけが知っている出会いだった。





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