| 2008年10月25日(土) |
のんびりと元気でいよう |
うすい雲がベールのように空にあり。やわらかな陽のにおいがした。 つい先日まで響いていた海鳴りが聴こえず。凪いだ海のことを想う。
わたしはいったいどこにいっていたのだろうと。 じぶんのことがよくわからないまま帰ってきた。
ずいぶんと迷路だったような気がするのだけれど。 もしかしたら私らしく方向音痴だったのかもしれない。
だいじょうぶ。完璧でなくてはならない理由などない。 歩いていればどんな道だってあるのだから。ここから。 またいけばいい。そういきあったりばったりでいこう。
昨日はなんとなく。案ずるより産むが易しの一日だった。 なるようになるだろうと少し開き直るくらいがよかった。
そう。中学の時、陸上部だったのにハードルが跳べなかったみたいに。 体育祭のクラブ対抗リレーで。ハードルを屈んで抜けて走ったように。
母は上機嫌で朝市で買物をして来たと喜び。新鮮なお魚と共に遅刻して来る。 午後は日課の喫茶店に出掛け。これも営業のうちだからと一時間も帰らなかった。
そういうのがほっとする。これでいいこういうのがいいのだと心から思った。
自動車保険の精算日でもあって。毎週来てくれる保険会社のお兄さんが。 実はもう10年来パニックとつき合っていることを知り驚いてしまった。 「来るなら来い!」の気持ちで。そうして腹式呼吸の仕方を教えてもらう。
帰り道。それがとても励みになり。さっそくその呼吸法に助けられたのだった。 信号待ちが怖くない。自動車専用道路もぐんとアクセルを踏んで無事に抜ける。
そうして夜はすっかり勇気が出てきて。大好きなバドにも行くことが出来た。 一気に無理をしないよう軽く体を動かしただけでも。気持ちよく汗が流れる。 なによりも仲間達とふれあえる時間が。嬉しくてならない夜になった。
こんなふうにぼちぼち。焦らずゆっくりのんびりと元気でいたいなと思う。
今日は『ウィンタークローバー』という花の苗を買ってきて植えた。 ちいさな苗だけれど。どんどん根を張りひろがって見事に咲くらしい。 その名の通り冬の寒さにも強く。冬の陽射しが大好きな花だということ。
ピンクの可愛らしい花がいっぱい咲く。そんな冬が待ち遠しくなった。
| 2008年10月23日(木) |
駄目もとでいいのだから |
朝は柔らかで優しい雨。午後からは少し暴れん坊の雨。
いろんな姿の雲が流れてきては。山にぶつかっているみたい。 それはこつんとさりげなくであったり。ええいっとまっしぐらに 体当たりしてみたり。その時々の雲の気持ちなど誰にもわからない。
けれども。濡れるひと。潤える植物。濁り始める川の水などがある。
そんな空のした今日も頑張らないひとを演じ続けていたような一日。 母からメールが届く。「だいじょうぶですかしんぱいしています」 つい先日携帯を新しくしたばかりで。慣れないメールを練習していた。 そんな姿を思い浮かべると。さすがに心苦しく複雑な心境になってしまう。
情はある。こんなふうになっている私にだって。情は確かにあるのだった。 ただひどくもがいているのだと思う。反抗か反発かよくわからないけれど。
そうして反省だってもちろんする。まだ充分に尽くしきれてはいない。 これまで以上の親孝行だと割り切れば。いくらだってまだ精を尽くせる。 お給料も要らない。何も求めずに助けてあげられたらどんなに良いだろう。
そうしてあげなければいけないのではなく。そうしたいと思う気持ちが大切。 わかっている。そうわかっているのに葛藤に苦しんでばかりいるらしかった。
心配ないよとメールを返信せずにいて。しばらく悩みつつ電話をかけてみた。 きっと責められるだろう。我侭だと叱られるだろうと胸が締め付けられた。 けれども母はあまりにもあっけらかんとしていて。それを笑いとばしてくれる。 あげくには「もうしばらく来なくていい。気が済むまで休めばいい」と言う。
うむ・・そう来たかと。それを素直に喜べない自分を感じずにいられなかった。 彼女は私の性格を知りすぎているらしい。とにかく先を読むのがとても巧みだった。
おまけに「私は何でも自分で出来る。あんたなんか頼りにしない」とまで言う。
参りましたわ・・母上様。そこまで言われてどうして私はサボれましょうか。
70歳の母上様がこんなにしっかりしているというのに。まったく私ときたら。 情けないったらありゃしない。つよくなれ勇気出せ。不安に負けるんじゃない。
今夜はこんなふうに吠えている。駄目もとでいいのだからとにかく歩み出そう。
もうじゅうぶんに休ませてもらった。またあの峠道を越え山里に行きたいなと思う。
| 2008年10月22日(水) |
こんな日があってよかった |
くもり時々晴れて日が暮れると静かな雨になる。 おんな心と秋の空というけれど。そんな感じだ。
くもってしまうと誰かを憂鬱にさせはしまいか。 いまここで笑えば。みんなが楽しんでくれるのか。 そうして雨になれば。誰かを泣かせてしまうかも。
思い煩うことなかれ。もっともっと自由でいよう。
そうしてきょうは頑張らない日。一気に怠け者になってみた。 けれども小心者なのだろう。そうきっぱりと告げられもせず。 彼に頼んで職場に電話をかけてもらう。とても気が咎めては。 それでいて。楽になろうとしている自分の狡さを強く感じた。
頼られていること。そばにいてあげられること。尽くすこと。 何度も葛藤を繰り返しては。自分にはそれが出来ると信じていた。
けれども。心が悲鳴をあげる。限界だと身体が教えてくれたのだ。 そうして襲ってくる不調を。認めてあげたくてならなくなってしまう。 いま許してあげなかったら壊れてしまう。壊れるわけにはいかないのだ。
決して逃げているのじゃない。これは解放なのだろうと思ってやまない。 そうして少しずつ希望を育てていく。勇気を生み出すような心を育てたい。
だいじょうぶまだ負けてはいない。だいじょうぶちゃんと生きている。
昼下がり。お隣の海辺の町でひとに会う。ひとりよりふたりでいたくて。 ひとつ返事で駆けつけて来てくれるひとがいてくれるのがありがたかった。
波音を聴きながらシフォンケーキと紅茶。そのあとハーブの庭で語り合う。 『カレープラント』はほんとうにカレーの匂いがして嬉しくなってしまう。 『ラベンダー』はもう枯れかけていたけれど。私のいちばん好きな香りだ。 『ローズマリー』は小さな白い花を咲かせ。思わず頬ずりをしてしまった。
もうじゅうぶん。なんだか満たされすぎているほどのひと時をいただいた。
弱音吐くやつ。情けないやつ。愚かなやつ。それでじょうとうじゃないか。
「こんな日があってよかった」って心から思えるようなそんなお休みをしよう。
日中は気温が上昇し夏日となった。
空には綿菓子のような雲が浮かぶ。
ぽかんぽかんとそんな空を仰ぎたい。
手を伸ばしてその甘い雲を食べたい。
そうすれば天使の羽根が生えてくる。
そんな伝説をきょうはつくってみた。
月曜日。思うように動き出せずにいる情けなさ。 そうだ。メダカの水をまた汲んでこようと決め。 お弁当を作れば。あとはもう行くしかない気持。
そのくせ身体が言うことをきいてくれなくて困り果てる。 不調を並べたらきりがない。もういい加減にしたまえよ。
気を取り直していつもの山道を行く。お遍路さんひとり。 ふたりさんにんと数えているうちに。今日は七人も出会えた。 みんなそれぞれ独りきりで歩いている。一心に前へと歩く姿。
こんな日はラッキーって思う。なんだか良い事がありそうで。 そうしてとても勇気が湧いてくる。へっちゃらだいって思う。
峠道の例の谷川でまたメダカの水を頂く。冷たくて心地よい水。 そうしてそこでツワ蕗の花を見つけた。その黄色がとても鮮やか。 ちいさな向日葵みたいな花で。山の中の光みたいに咲く花だった。 こんなに心が和むことはない。今日のラッキーはこれだなと思う。
そうしてその気持ちをぎゅっと抱く。決して手放してはいけないと。 いつだって何度だってそう思ってきた。自然の恵みはこんなにも尊い。
けれども思うようにいかない。自分でもどうしてなのかわからない。 時間差でいろんなことが襲ってくる。挙句には闘う勇気さえなくなる。 気の持ちようだとわかっているのだけれど。その気がとても頼りない。
だいじょぶだからしっかりしろよ。聞く耳を持っているなら耳を澄ませ。 見る目があるなら見失うな。戒めればそうするほど泣き出してしまいそう。
帰り道。空を仰げば朝とよく似た綿菓子を見つける。
手を伸ばしたつもりだったけれど。届いてはいないのか。
食べたつもりだったけれど。口に入れてはいなかったのか。
天使の羽根はどこだろう。この背中はどうして重いのだろう。
じぶんはじぶんを見守っているつもりだけれど。
それいじょうに見守ってくれている空のことを想った・・・。
| 2008年10月19日(日) |
わたしの胸を打ちながら |
曇り日。風の強い一日。地区の秋祭りがあり自転車で出掛けて行った。 小高い山の神社からお神輿が里に運ばれ。集会所の広場で神事がある。
のぼり旗が風に煽られ勢いよく音を響かせるなか。競うほどの太鼓の音。 青年達や少年達が太刀踊りを披露してくれ。地区民もそぞろ集い合った。
数年前まではうちの息子君も参加していて。それ見たさの親心だったけれど。 今年は甥っ子が参加していて。久しぶりに心が浮き立つような叔母心だった。
昨夜のこと「絶対に見に来るな」と甥っ子は家族に言ったのだそうだ。 思春期の難しい年頃で反抗期の真っ盛りらしく。それを真に受けたのか。 甥っ子の家族は。誰一人としてその場所に姿を見せようとはしなかった。
見に来るなは照れくさいと同じなのだと私なりに感じる。こっそりでいい。 どうして見に来てあげないのだろうと。いらぬ口をつく訳にもいかなかった。
少年期の晴れ姿。せめて写真をと思い近づいて行くと。甥っ子が私に気づく。 そうしてにっこりと微笑んで踊りながらピースサインをしてくれたのだった。
生まれつき心臓が弱かった甥っ子。小学生から不登校を繰り返していた甥っ子。 泣き虫でひ弱だった子が。今ではすっかり体格も立派になりこんなに逞しくなった。
午前中は叔母ちゃんの私。午後からは叔父ちゃんの彼がその姿を見に行った。 そうして夕方には「ちょっと家においで」と呼んで祝儀のお小遣いをあげる。 「すごいかっこよかったよ」ってほめると。頭をかきながら満面の笑顔だった。
親心について思う。甥っ子の両親も見に行きたくてたまらなかったのだろう。 見つからないようにこっそりと。それは可能だったはずだと思うのだけれど。
それをしなかったのには。私達には踏み込めない複雑な事情があるのかもしれない。
なにはともあれ。きょうはとてもよい一日だった。どんどこどんどこと。
いつまでも太鼓の音が鳴り響きやまない。夜更けてそれが鼓動のように。
わたしの胸を打ちながら。ゆっくりと静まって眠っていくことだろう・・。
| 2008年10月17日(金) |
朝まりも。ふんわり浮上する。 |
朝のうち少し雨が降る。一雨ごとに秋が深まるのだろう。 こころには秋風が吹き抜けているようでせつなくもあり。
それをみとめたくはなくて。今日は朝まりもに出会った。
やわらかそうに見えて。実は硬く触れると痛いものらしい。 けれどもながめているだけで心が和むそんな朝まりもだった。
きもちよくて。それは快感という類のものではないのだけれど。 なんとなくなのだ。好きなように浮かんでいられる心地のよさ。
川仕事のある日だったから。山里の職場をお休みさせてもらう。 母のしょんぼりとした声を聴くと。やはり申し訳なく思うけれど。 また来週から助けられる限り尽くしてあげようと思う。もがかず。 苦にせず。頼りにされていることを心から喜べるようになりたい。
雨合羽を羽織り海苔網を張る作業をした。今は種ひとつ見えない。 その網がゆっくりと緑色に変わるのを目に浮かべ。ただ願うばかり。 そのためには寒さが必要だった。厳しいくらいの冬を待ち望んでいる。
「昼からはゆっくり休めよ」と彼に言ってもらってのんびりと過ごす。 体調は自分でもよくわからない。ただ不安を抑える薬を服用している。 それも家にいる時は必要ないように思う。でも飲まないと不安になる。 ほんとにわけがわからない。でも気長に見守ってあげようと思っている。
今夜はバド練のある日だったけれど。体育館が使えなくてお休みになった。 先週来ていなかったお仲間さんに連絡のメールをする。一斉にではなくて。 ひとり一人にそれをしていると。それぞれの顔が目に浮かんできて心和む。
そうしたら思いがけずに返信が届く。ひとりふたりさんにんよにんと。 中には最近行けないけど元気ですか?と気遣ってくれる仲間もいてくれる。
歳のせいか。うんきっとそうなのだろう。ついつい涙ぐんでしまうのだった。
ここ数日引退も考えた。続けるとしてもクラブの運営は無理かもしれない。 かといって誰に頼ろう。快く後を引き継いでくれる人がいてくれるだろうか。
そんなことを思いながらも。やはりどうしても好きなことを諦められない。 最後の限界になるまでなんとしても続けたいなと思わずにいられなくなる。
バドよりも何よりもみんなのことが大好きでならない。 辞めてしまったらもうみんなに会えない。それが何より辛い事だった。
一週間後の夜には。きっと元気一杯の笑顔で勇ましく出掛けて行くだろう。
| 2008年10月16日(木) |
朝きりりに出会った日 |
今朝はこの秋いちばんの冷え込みらしく。 起きるなり薄手のカーディガンを羽織った。
そうして朝きりりという名のいきものにあう。
そのすくっとした姿に憧れずにはいられずに。
身も心もとらわれてしまいたい衝動にかられた。
朝きりりのたましいとひとつになりたいと思う。
けれどもそれは簡単なことのようでむつかしく。
わたしのふたふたはざわざわになり渦になった。
これはどこからくるのだろう。どうしてだろう。
不可解でならないことを。認めたくはなかった。
ありのままがいちばんだと口癖のように言って。
認めればらくになるのだと何度だって言い続け。
なんとか抜け出そうとあがけば苦しさがつのる。
そんなふうにできている。それがありのままか。
もういい。もうたくさんだと投げ遣りにもなる。
今日はたくさんのことに耳を傾け頷いた一日だった。 誰だって落ちる時は落ちる。そうして這い上がって。 空を仰ぐことが出来るのだと思う。諦めてはいけない。
くじけてもいいのだから。ゆっくりと前へ歩んでいこう。
朝きりりに出会った日は。せめて手をつないで歩きたいものだと思う。
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