| 2008年09月22日(月) |
真っ直ぐに繋がるものへ |
朝の空気がいちだんと涼しくなり。 感じずにはいられない秋がそこにある。
まだ目覚まし時計が鳴らないうちから。 飼い犬に起こされてしまい今朝も早起き。 暗闇にひたひたと彼と老犬の足音を聞く。
朝食を食べながら昨日のことを語り合う。 お墓参りに行ったことを黙っているようにと。 念を押される。私もその方が良いと思っていた。
母の生家の墓地。大好きだったおばあちゃんや。 若くして亡くなった母の姉と弟が眠っている墓。
そのあまりにも荒れ果てたさまに愕然としてしまい。 これほどまでに打ち捨てられていたことが悲しかった。
けれどもそれは母のせいではないのだと思い知る。 道々に目を見張るほど群生する彼岸花。その道は。 かつて何度も通っているはずなのに。初めて見る。 秋のお彼岸にこの道を通ったことがない証だった。
近くの谷川から彼が何度も水を運んできてくれる。 墓石を撫でるように洗った。ごめんよごめんよって。 ひざまずき涙ぐみながら朽ちた落ち葉を拾い集める。
折りしも雷雨。「もう大丈夫、許してくれるさ」と。 彼の一言に救われたけれど。後ろ髪を引かれる思いで去る。
本当はおじいちゃんも一緒に来たがっていたのだった。 でもとても無理だとわかっていて「頼むよ」って言った。 そうしてすっかり弱った足で。エレベーターまで歩いて。 笑顔で手を振ってくれたのだった。いつだってそれが覚悟。 最後かもしれないと会うたびに思い。心が締め付けられる。
母に会わなければいけない朝。少し気重なまま仕事に行く。 報告すれば。母を責めてしまうことになるのだろうと思う。 それは恩着せがましく。いくら身内でもそれは出来なかった。
それなのに思いがけないことが待っていた。母も行ったのだ。 「誰かがお墓に花を供えてくれていてね。誰だろうね?」と。 開口一番にそう訊かれ。思わずどきっと心が焦り出してしまう。
そうしてその答えがわかるなり「ありがとうね」って微笑む。 照れくさくてならなかった。喜んでもらえるなんて思いもしない。
これが血というものかとはっとする。どんなに隔てようとしても。 それは真っ直ぐに繋がってくる。たくさんのわだかまりに苦悩し。 母を母として認めたくない時があまりにもあり過ぎたように思う。
けれども母なのだ。大好きだったおばあちゃんから生まれたこと。 その母が生んでくれたのが私なのだ。それは決して偽りではない。
つぎの秋。彼岸花の道を一緒に行けるのかもしれない。行こうと。 私が真っ直ぐにそう言えば。母はきっと満面の笑顔で微笑むことだろう。
| 2008年09月20日(土) |
どれほど季節が流れても |
海へ海へと願っていた台風が無事に通り過ぎてくれて。 昨日の午後から。すっかり夏の名残に満ちあふれている。
彼岸の入りの今日。空には入道雲。あたりには蝉しぐれ。 なんだかこれが夏の止めではあるまいかと少しせつなく。
そうしてあれやこれやが熱を帯びたまま醒め始めるのを感じた。 どうかしていたのだと思う。それはどうしようもできないことに。 似ている。もしかしたら意味があって与えられた夏だったのかも。 しれない。だとするともう少しで乗り越えられるそんな気がする。
いかなくちゃとおもう。歩み出すにはきっと今しかないのだと思う。
でもまたすぐに転んでしまうかもしれない。その時は許してあげたい。
昼間。めずらしくテレビばかり見ていて。声をあげて笑ってしまう。 笑い過ぎると涙が出ちゃう。涙腺っていったいどんな仕組みなのだろう。 不思議だけれど。笑い泣きっていうのはとても心身に良いものに思えた。
おかげでとてもいい感じのじぶんに会えた。清々しくて心地よいじぶん。
あしたは何年ぶりだろう。おばあちゃんのお墓参りに行ける事になった。 明後日がちょうど命日なので。今年はそれが叶ってほんとうに嬉しく思う。
そうして老人ホームでお世話になっているおじいちゃんにも会いに行ける。 司馬遼太郎の本をお土産に持って行くことにした。喜んでくれたらいいな。
遠いのに連れて行ってくれる彼に感謝。ガソリン満タンだぞって嬉しかった。
思い通りにいかないことばかりではない。こんなに恵まれていることを。 もっともっと感じなければと心から思う。これが『足るを知るは最上の富』
相田みつをなら『おかげさん』かな。うん・・おかげさまでこんなに幸せ。
春夏秋冬。どれほど季節が流れても。この気持ちだけは大切にしたいなと思う。
それが巡ってきてくれる。その真っ只中で生きていられることぐらい
ありがたいことはない。
台風がゆっくりと近づいているけれど。 いまは風もなく。ただしとしと雨の夜。
こころの中はすっかり台風になっていて。 明日は仕事に行けないな。行かないよと。 もう決めていてくつろいでいたのだけれど。
天気図を見たら。少し海よりのコースに変わっていた。 直撃はなさそうでほっとしながら。仕事は嫌だなと思う。
今朝もまた自転車のお遍路さんに会った。 昨日は雨に濡れながら国道を走っていて。 今日はちゃんと雨合羽を着ていてほっとする。 ちょうど峠道に差し掛かる山道でのことだった。
おなじお遍路さんに二度会えるのは嬉しいなと思う。 昨日は足摺岬を目指していたのだろう。そうして。 今朝はずいぶんと暗いうちから宿を出たのだと思う。
明日もそうして順調に旅立たせてあげたいものだ。 うん。だからなのだ。台風は海へ海へ行ってほしい。
そんなふうに願っていたら。ああじぶんいけないなあって。 たかが仕事ぐらいでぐずぐず言っていたらバチが当たりそう。
ふっと。私もいちどお遍路の旅に出てみたらどうだろうと思う。 きっとすぐにくたばるだろう。甘っちょろく弱音ばかり吐いて。 もう駄目。もう死にそうとか嘆いて。助けを呼んだりするかも。
おもしろいじゃないか。そういう目にとことんあわせてあげよう。
背中に重い荷物を括り付けてあげよう。携帯電話は取り上げよう。
わずかばかりのお金は持たせてあげても良いが。足らなくなったら。
どこででも野宿して。草を食べて歩いていくがいい。さあ行くのだ。
そうすれば。きっと見つかる。じぶんさがしの旅だったと気づくだろう。
いまは。いろんなことに迷い続けている。 信念のように思っていた事さえも揺らぎ続け。 自問自答の渦の中にどっぷりと浸かっているように思う。
わたしはもっともっとじぶんを知りたくてならない・・・。
雑草のような強さ。その根を包み込む土のあたたかさ。
そんなふうに生きたいと願っても願いきれないほどの日々がそこにある。
雨が降ったりやんだりなんとなくしゅんと 沈みそうなこころを。そっとそのままにして。
みていた。みられているなと感じるのだろう。 ものすごく悔しそうなかたちをしているけれど。 だからといってはむかってなどこない。じっと。
がまんしている。そこは逃げられない場所なのだ。
哀しいのでもない辛いのでもないというのに。 ないてしまいたい時がある。ないてしまえば。
どんなにからくになれるだろう。赤子みたいに。 お腹が空いたと泣き。お母さんどこ?と泣けば。 そうして生まれた時に泣いたことを思い出せば。
その瞬間から生きることを始められるのだと思う。
なんどだって言おう。哀しくなどない辛くもない。
ただ螺旋が巻けない。壊さないようにそっとおく。
そうしてやがて理解する。じぶんの在りかを確かめ。 信じたいのではなく。信じるのだという意志を思う。
このままでいいのだ。わたし以外の誰に私を止められようか・・・。
曇りのち。思いがけず青空にあえる。
昨日からの雨でしっとりと潤った山道を行く。 山肌からは羊歯が。まるで鳥か何かのように。 それはとても大群の姿で迫って来るのだった。
その迫力が好きだなと思う。追い詰められて。 しまいたいとさえ思う。どきどきと胸が鳴る。
ふたつ目の集落を過ぎると。道端に広がる稲田。 雀色であるはずのその田んぼに青々と萌える稲。 切り株から育った新芽が。まるで初夏のように。 そのしなやかさで伸び揺れているのが心地よい。
はっとする紅い花。もうそんな頃になったのか。 緑に寄り添う姿をはじめて見たような気がする。
死んだおばあちゃんがおしえてくれた毒のこと。 決して手折ってはいけないと真剣な目で言った。 もうすぐお彼岸だということに気づいた朝だった。
おばあちゃん会いにいくよ。今年こそ行くよって。 そうしたら。空にぽっかりと笑顔が浮かんでくる。
薄情な孫は。それでも情深くありたくて日々にあり。 授かった縁にしがみつくように生きようとしている。 愚かなのかもしれない。でもそれを失うことが怖く。 どんなにか細くなっても。それを手繰ることをする。
おばあちゃん。こんな私の生き方は間違っていますか?
重かった雲が。いつのまにか風に連れられて流れていく。
職場の庭には。紅く染まらぬ白い彼岸花がもう咲いていた。
しずくのような雨がここちよくふる。
雨音にこだまするように濡れた心で。
遠い日のことをずいぶんと思い出す。
記憶はいつか消えてなくなるなんて。
どうして信じることなどできようか。
日がな一日。そんな雨をありがたくうけとめて過ごす。 たしかに自分なのだけれど。じぶんではないような私。
やわらかなものがあふれるようにそこらじゅうに満ちている。 それがどんなにか求め過ぎたこころを救ってくれたことだろう。
じゅうぶんなのだと私は思う。身に余ることだとさえ思うのだった。
さあいこう。ここからまた歩もう。いけるところまでいこう。
いまはばくぜんとしながらそんなじぶんと向き合っている夜だった。
| 2008年09月14日(日) |
さあ静まれ。そうよしよし。 |
曇り日。午後からすこし薄日が射し蒸し暑さを感じる。
命の限りと蝉が鳴く。そんな夏の名残の声が愛しくもあった。
予定通り午前中は川仕事。漁場の準備がやっと終りほっとする。 今度は11月頃になるだろう。海苔網を張り真冬の寒さを待つばかり。
心地よい達成感と脱力。午後はまた読書をしながらのお昼寝予定だった。
開け放した窓から吹き抜けてくれるであろう風の囁きを願いつつ。 どうしたわけか。些細な物音に神経がぴりぴりと敏感になっていけない。
裏のお家の赤ちゃんの泣き声。お向かいの奥さんの甲高い話し声とか。 いつもはあまり気にならないことが。無性に気に障っていけなかった。
どうどうと馬を宥めているような気持ち。さあ静まれ。そうよしよし。
結局本も読めず眠ることも出来なくて。茶の間で寛いでいる彼に愚痴る。 そうしたら。「いちばんうるさいのはおまえだ!」と叱られてしまった。
一気にしゅんとして。しかたなく一緒にテレビを見る。つまらない番組。 でもちらちらと見ていたら。けっこう面白いのじゃないのになるから不思議。
私ってじぶんかってなんだなあってつくづく思う。 赤ちゃんごめんなさい。お向かいの奥さんごめんなさい。彼にもごめんなさい。
買物にも行かず。冷蔵庫にあるもので献立を考える。鶏肉と茄子があった。 どちらも油で揚げて。玉葱をたっぷりのせて南蛮漬けみたいにしてみた。
でもご飯が一人分しかなくて。もう今から炊けないやってパスタを湯がく。 チルド室に明太子があって良かった。サチコも私もパスタ大好きだもんな。
いまはサチコの帰りを待っている。その前に『篤姫』が始まっちゃうなあ。
窓の外。救急車がピーポーしている。裏の赤ちゃんが猫みたいな声で泣いてる。
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