| 2008年06月23日(月) |
だいじょうぶ。ここにいるよ。 |
やはり青空は嬉しいものだ。とくに朝のそれは清々しくてすいっと。
窓を開けるとお隣の屋根に雀が。ちょちょんとしているのも楽しい。
すこしばかり風と戯れていると。月曜日だということを忘れそうで。
ああ行かなくちゃって思うと。じゃあねっと風が遠くに行ってしまいそう。
そんな誤解。そんな一人合点。ほんとうはそうやって風を見失うのだった。
だから行かなくちゃじゃなくて行く。いつだってそう思える自分になりたい。
国道沿いの歩道の脇に。アガパンサスの花を見つける。とても好きな花だ。 紫君子蘭とも言うその花は。薄紫の小さな花がそれぞれに咲きひとつの花になる。
そういうところはちょっと紫陽花に似ているけれど。茎がすらっと長くて。 葉はその花を下から見守るように地面近くにある。鳥が艶やかな緑の羽根を。 そっとやすませているようにも見える。だいじょうぶここにいるよって。
そうして伸びた茎の先に。ありがとうって微笑むようにその花が咲くのだ。
そんな朝の出会いのおかげかもしれない。波風も立てず穏やかにいられた。 タイムカードを押す時。「ありがとう」って言ってくれた。それが何より。 嬉しくてならない。また明日ねって笑顔で手を振ることだって出来るのだ。
帰宅して。ほんの少し窓辺でくつろいでいる時。ふっとカレンダーを見た。 そしたら今日がとても大切な日だったのを思い出す。
母の友人であり。私の友人でもあったひとの9年目の命日だった。 毎年ふたりで思い出話をするのに。天国でどんなに寂しがっているだろう。
「おかーさん大変!」と大急ぎで電話する。母もすっかり忘れていたらしく。
そうだったねえ。梅雨の頃だったねえ。ほんとうにあっけなく逝った人だった。
今夜はいっぱい思い出そうね。愉快な人だった。いつも大きな声で笑って。
私は手のひらに形見の貝殻をのせてみる。水中写真家だったそのひとが。 おしえてくれた海のこと。広いひろい海から見上げた空がもっとひろく。
果てしなく続いていたこの世界のことを。どうして見失うことが出来よう。
だいじょぶ ここにいるよ ずっとずっと ここにいるよ
| 2008年06月21日(土) |
どうでもいいことなんだ。きっとこれって。 |
もわりんが異常繁殖してしまったようないちにち。
こんな日はもわりん物語や。もわりんの歌とかで。
抱っこしたり手をつないだりして過ごすのが良い。
たとえば。もわりんジョシツキーと決戦の巻とか。
もわチチもわララもわるラアと歌いながら踊ったり。
そうすると。もわりんの今にも泣き出しそうな顔が。
ちょっとはにかんだ照れくさそうな笑顔に変わるのだ。

お昼寝ならぬ午前寝をしてしまう。 部屋の中に洗濯物を吊るして。そこらへんをまるく掃除をして。 それから茶の間のソファに横になったまま二時間くらい寝ていた。
とてもリアルな夢も見た。ふとした拍子にぽとんと落ちてしまったのだ。 両方の手が。痛みもなく血も流れず。それはまるで部品か何かのように。
「あっ落ちた」と急いで拾った。なんだか財布に入れそこなった小銭みたい。 うっかりしていたなのだなあと思う。あわてん坊だからなあって苦笑い。
(いま思うに。いったいどうやって拾ったのだろう?)
そうしていとも簡単にその片方をくっ付けた。上手いもんだなと得意顔。 でももう片方をくっ付けようとした時。とんでもない間違いに気づいた。
左手に右手がくっ付いている。親指が外側になっていてなんとも滑稽。 しばし笑い転げていたけれど。早く元通りにしないと腐っちゃうかもと。 その不恰好な左手を外そうとした。でも右手がないから引っ張れなくて。
ぶらぶらしたり口にくわえたりしてみたけど。なかなか外れてくれない。 あーあって声が出る。いつもの私ならどんなにか慌てて泣き叫んだことか。
でも夢のなかの私は素晴らしく平然としていた。まあいいかなって思って。 かつては左手だったそれを持ち上げてみる。それはやたら重かったりした。
こんなに重いのもう要らない。そこで私はあっさりとそれを放り捨ててしまう。
眠い。もっともっと眠りたい。どうでもいいことなんだきっとこれって。
目が覚めたら。胸の上にちゃんと右手があった。左手と合わせてみると。 親指と親指がちょちょんと触れ合う。両方の手の小指も立ててみたりして。
ああ良かったって。すごいすごいほっとして。よっこらしょって起き上がった。
| 2008年06月19日(木) |
こぼさないように。なくさないように。 |
梅雨らしくぽつりぽつり降っていた雨が。つかの間どしゃ降りの雨になる。 ちょうど仕事を終えての帰り道。牧場のそばの道を通過している時だった。
透明の雨合羽を着たお遍路さんが。歩道をぐんぐんと走っているのを見た。 それは駆け足というのではなく。なんというかまるでマラソン選手のように。
歩道の脇にはちゃんと屋根のある休憩所がある。なのに雨宿りするでもなく。 とにかく俺は行くんだとばかりに急いでいる。それはとても勇ましくも見え。 なんだかはらはらと気遣わずにはいられない姿でもあった。どうして? そんな声などかけられるはずもないほど。雨が地面を叩きつけていた。
複雑な心苦しさを抱えたまま。仕方なくその姿をゆっくり追い越して行く。
そうして垣間見たのは。顔かたちではなく。日焼けした逞しい足だった。 私はそれを一度も見たことがないが。カモシカのような足に違いなかった。
その足を見ただけで。ああ青年なのだなとほっとする。もしかしたら。 このひとは日頃からずっと走り込んでいるのかもしれない。雨の日も。 向かい風の強い日も。走り続けることで成し遂げている何かがあるのかも。
しれない。いやわからないけれど。勝手にそう決め付けてしまいたかった。
どしゃ降りの雨さえも清々しく感じたひと時。何かが満ち溢れてくるのを。 こぼさないようになくさないようにと思いながら。私も雨の道を帰って行った。
彼は明日も走るのかもしれない。だけど何ひとつ急ぐことはないのだろう。
| 2008年06月17日(火) |
わたし待つわいつまでも待つわ |
午後から薄日が射し始め。ほんの少し青空が見えた。
日暮れ近くなり窓辺にいると。土手をいろんな人が歩いて行くのが見える。 颯爽と足早に過ぎるひと。おしゃべりしながらの二人連れ。ゆっくりの老人。
行ったのだから帰るはず。そう決めつけて。なんとなく待ち侘びてみたり。 そのうちあたりがだんだんと薄暗くなると。いったい何処まで行ったのかと。
他人事ながら気になったりする。私も余程暇を持て余しているらしかった。 そうして今日が暮れていく。自分なりにその幕を下ろして。ふうっと息して。
次はサチコの帰りを待つ。今日は早く帰るって言ったのにまだ帰らない。 帰ったらまた漫才をしよう。そう決めただけで心が浮き立つように弾む。
だけどいまはひとり。彼が飲み会で晩御飯も要らなくて出掛けて行った。 でもちっとも寂しくはない。むしろ嬉しくなってカルボナーラを食べた。 彼は苦手だけど私が好きなもの。だから時々は留守がありがたいものだ。
「たらいま〜」階下でサチコの声がする。
「おカエルんこ〜」と階段を駆け下りる母は。無邪気な酔っ払いであった。
| 2008年06月16日(月) |
少し背伸びをしているのかもしれない |
つかの間の青空を押しやるように。昨日からまた梅雨空がかえってきた。
けれども決して憂鬱ではなく。まあこんなもんだろう。これでいいのだと。 なにかを。雨ではない何かを受け止めているような。そんな気持ちだった。
きのう。そんな雨の朝。道端の民家のそばに向日葵が咲いているのを見た。 そういえば去年の今頃。同じ場所に咲いていたのを思い出す。また会えた。 また季節が巡って来てくれたのだなあと。懐かしさと嬉しさが込み上げる。
紫陽花の季節にともに咲く向日葵。少し背伸びをしているのかもしれない。 片方には雨が似合い。片方には太陽が似合う。だけど競いあうのではなく。 それぞれの個性のまま。与えられた土にしっかりと根をおろしているのだ。
わたしはもちろんどちらの花でもない。けれども根のようなものがあれば。 枯れることに臆病にならないで済むのではとふと思った。さああるのかな。
よくわからない。たとえあったとしてもどんな災難が降りかかるや知れず。 その時が来れば。やはり潔くありたいものだ。まあこんなもんだろうって。
だけど少しは悔しいかもしれない。まだこれからだったのにって思うかも。 欲張りだなあわたし。いつだってもっともっとって思っている気がするし。
種を。やはり私は種を蒔くべきだろう。育つかどうかわからないけれど。 毎日少しずつでいい。蒔けない日があってもいいから。そう心がけたい。
そうしてその種を守る土になりたいなあって思う。
| 2008年06月12日(木) |
それもこれも。わたしらしさ。 |
雨と雨のあいだの青空が嬉しかった。そうして風にのり匂うのは。
くちなしの花。純白の絹のような花びらを。雨から守るのだと言って。
母がその鉢を抱きかかえるようにして運んだ。事務所の軒下にあり。
それが吐息のように匂ってくる。ふっと気が遠くなるような息だった。
そうして平穏に時が過ぎる。つい先日までの緊迫感が嘘のように思える。 これが母の言う「成るようになること」らしい。まだ続くあしたも成るだろう。
仕事を終え帰宅するなりツバメの姿をさがす。どこかなあって見上げる。 先日無事に子ツバメが巣立ったのだ。ひとりっ子と両親が電線に並んで いたのを見つけたけれど。その日からこっち見分けがつかなくなった。
あっちにもこっちにも3羽いたりする。5羽になったり7羽になったり。 ご近所にはたくさんの仲間がいる。そうしてみんなで旅をするのだなあ。
クルマからおろした買物の荷物を。よっこらしょっと声を出し家に運ぶ。 今日こそは忘れずにドックフードを買って来た。昨日は買い忘れてしまい ワンコの晩御飯はお豆腐だった。でも気に入ったらしくふがふがと食べた。 ほんとうはサバ缶が好きなのだけど。それさえも買い置きがなかったのだ。
そうして少しひと休みしてから。そろそろお風呂のスイッチを入れようと 思うだけ思って。洗濯物をたたむ。久しぶりのお日様の匂いがする嬉しさ。 テレビのCMみたいに頬ずりをする。わあ柔らかいい香りとか言いながら。
でも。お風呂のスイッチが入ってなくて。「何やってんだ」と𠮟られる。 その顔が笑っていたのでほっとした。彼もやっと私に慣れてくれたらしい。
早く忘れてしまえばいいことを忘れられない。
忘れてはいけないことをすぐに忘れる。
それもこれも。わたしらしさ。
| 2008年06月10日(火) |
いったい誰が鳴いているのだろう |
夕方ちかくなった頃。音もなく雨が降り始める。とても優しい雨だ。
午後7時の空はまだ明るく。川向の山に煙のような雲が漂っていたり。 お隣の屋根すれすれに。ツバメがすいっと突っ切っていくのが見える。
今日から堤防の草刈作業が始まったらしく。ちょうど私が帰宅した頃。 大橋のたもとで帰り支度をしていた。作業員の人達と幾つもの草刈機。
そのギザギザの刃が。まるで不気味な物のように見えて少し怖くなる。 今日はここまで。明日はどこまでだろう。雨だったら中止になるのか。 一気に済まそうって相談しているのかもしれない。そこらじゅう全部。
私の好きな白いふわふわさんも。まだ蕾がたくさんの姫女苑も。 だって夏草だものしょうがない。きれいさっぱりになるのだから。
ただ少しだけ感傷的になってみたい。それはほんとうに一時的なもの。 刈らなければ荒れる。刈ればまた芽生える。そのほうがほんとは好きだ。
午後7時半。もうすっかりあたりが暗くなる。雨だれの音が聴こえて。 その音に合わせて踊るような足音が聴こえる。ああ駆けているなあって。
サチコが帰ってきた。「おばあちゃんに貰ったよ」って手には玉蜀黍。 姑さんの畑から夏の贈り物だ。茹でたばかりの温かな黄色いつぶつぶ。
立ったままお行儀悪くかぶりつく。くるくるまわしながらリスみたいに。 甘くてほんとうに美味しい。子供の頃から大好きだったとうもろこしだ。
午後8時。雨だれの音がぴたりと止む。そうしてまるで秋のような虫の声。
不思議だな。鈴虫でもコオロギでもない。いったい誰が鳴いているのだろう。
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