| 2008年06月10日(火) |
いったい誰が鳴いているのだろう |
夕方ちかくなった頃。音もなく雨が降り始める。とても優しい雨だ。
午後7時の空はまだ明るく。川向の山に煙のような雲が漂っていたり。 お隣の屋根すれすれに。ツバメがすいっと突っ切っていくのが見える。
今日から堤防の草刈作業が始まったらしく。ちょうど私が帰宅した頃。 大橋のたもとで帰り支度をしていた。作業員の人達と幾つもの草刈機。
そのギザギザの刃が。まるで不気味な物のように見えて少し怖くなる。 今日はここまで。明日はどこまでだろう。雨だったら中止になるのか。 一気に済まそうって相談しているのかもしれない。そこらじゅう全部。
私の好きな白いふわふわさんも。まだ蕾がたくさんの姫女苑も。 だって夏草だものしょうがない。きれいさっぱりになるのだから。
ただ少しだけ感傷的になってみたい。それはほんとうに一時的なもの。 刈らなければ荒れる。刈ればまた芽生える。そのほうがほんとは好きだ。
午後7時半。もうすっかりあたりが暗くなる。雨だれの音が聴こえて。 その音に合わせて踊るような足音が聴こえる。ああ駆けているなあって。
サチコが帰ってきた。「おばあちゃんに貰ったよ」って手には玉蜀黍。 姑さんの畑から夏の贈り物だ。茹でたばかりの温かな黄色いつぶつぶ。
立ったままお行儀悪くかぶりつく。くるくるまわしながらリスみたいに。 甘くてほんとうに美味しい。子供の頃から大好きだったとうもろこしだ。
午後8時。雨だれの音がぴたりと止む。そうしてまるで秋のような虫の声。
不思議だな。鈴虫でもコオロギでもない。いったい誰が鳴いているのだろう。
| 2008年06月09日(月) |
だいじょうぶ。ちゃんといる。ここでいい。 |
少し薄日に恵まれたけれど。一日中もわりんとして蒸し暑かった。
わたしはあまり好きではない。そうしたもわりんがじわじわするのが。
むしょうに払いのけたくなる。だけどそれだってそうしたくてしている
わけではないのだ。そうかもわりんじわじわしたいのか。よしよしと。
ともに戯れるように過ごしていく。かわいいものだなんだってみんな。
今朝のこと。わたしはワープをした。すごいなと我ながら思う。 家を出て。いつもの大橋を渡り。信号待ちで朝陽がまぶしくて。
それから後の記憶がない。気がついたときには山道を走っていた。 一瞬どうしたことかと焦りつつ。ながいトンネルのことを思った。 だけどどうしてもそこを抜けた覚えがなかった。トウラナカッタノカ。
はっとしてあたりを見る。見慣れた民家。色づき始めた道端の紫陽花。 すこしほっとして胸を撫で下ろす。窓を全開にして緑の風に息をする。
だいじょうぶ。ちゃんといる。ここでいい。いつもここなのだと思う。
そうして平穏に時が過ぎ。仕事を終え買物をしていたら。今度はなんと。 タイムスリップをした。ほんとにすごい。今日のわたしは素晴らし過ぎる。
パン売り場でミキちゃんに会った。あまりの懐かしさに手を取り合い喜ぶ。 ずっと昔。かれこれ20年前だろうか。縫製工場で一緒に働いていたのだけど。
ちっとも変わっていないあの頃のミキちゃんだった。「みか〜!」って。 ちゃんとわたしの名前を呼んでくれる。目をうるうるさせて嬉しそうに。
ずっとずっと年上の先輩だった。たぶん私の母親と同じくらいの年頃で。 だけど女ばかりの職場のせいか。みんな名字ではなく名前で呼び合って。 友達みたいに仲良しだった。だからこそ助け合ってどんな仕事も頑張れた。
ほんとうに遠い日のことのようにも思う。だけど一瞬で還ることが出来る。
そんな再会がとてもありがたいものだ。「元気でね ミキちゃん」
おなじ町で暮らしているのだから。会おうと思えばいつだって会える。
もっと思い出さなければいけないことが。あるような気がしてならない。
それはなんだろう。そこはいったいどこだろうと考えながら家に帰った。
晴れるかなって思ったけど晴れなくて。雨かなって思ったけど降れなくて。 こんな日の空はそっとしておいてあげたい。見守るようにして見上げる空。
朝のうちは庭に出て花いじり。雨に朽ちた花を切ったり雑草を引いたり。 そうして玄関先のツバメを観察したりする。先日のカラスらしい襲撃から。 命を救われた子ツバメがいる。最初は二羽だと思っていたけれど一羽だった。
ずいぶんと怖い目にあったのだろう。あれ以来巣から顔を出そうとしない。 けれどちゃんと帰って来てくれた親ツバメが餌を運んでくると。ほっとして。 ちょこっとだけその姿を見せてくれる。ああ大きくなってるって嬉しい姿。
鳴き声は殆ど聴こえない。うちの彼がいうには『ひとりっ子』になって しまったからだと。我先に鳴いて餌を欲しがる必要がなくなったからだと。
なるほど・・と思う。そうして親ツバメも今まで以上に愛情を示している。 そんなふうに感じる。餌をあげた後もしばらくは巣の近くから離れないで。 食べ終わってまたちいさくうずくまるのを確かめてから。また空へと向かう。
なんとしてもこの子だけは。そんな親の気持がひしひしと伝わってくるのだ。
そんなツバメの話しをしながら。ふたりの子供に恵まれた我が家の夕食。 お兄ちゃんがもうすぐ誕生日なのを。少し早目にお祝いをすることになった。
また焼肉だけれど。お兄ちゃんの食べたい物にしようとサチコが言った。 久しぶりにワインも飲む。そうして別腹でケーキも食べた。ゆっくりと。 あれこれ話しをしながら。まあるく輪のようになって日が暮れていった。
29歳。とても信じられないけれど。それはほんとうのことらしい。
わたしたちはこの子の命のおかげで夫婦になれた。親になれたのだ。
| 2008年06月05日(木) |
ほうらね。きょうもちゃんといい日。 |
窓辺にいて。懐かしいような夕焼けをみている。淡く紅い西の空。 そよそよっと風の声も聴こえる。耳を澄ますと朝とは違う雀の声も。
ずいぶんと雨が降ったものだ。今朝は怖くなるくらいのどしゃ降りだった。 ちょうど出勤時間だったので。少し小止みになるまで待って家を出たけれど。
山道のそばを流れる小さな川が。濁流になっていて溢れそうだったり。 谷から雨水がいっぱい流れて来て。冠水している道もあったくらいだ。 はらはらドキドキ。ブレーキちゃんと効くかなって何度も踏んでみた。
だけど。職場に着くなり空が少し明るくなる。雲の切れ間に青空が見えた。 なんだかほっとする。雨は嫌いではないけれど雨のち晴れがもっと好きだ。
きもちよくすいすいと自転車でJAへ行く。その頃にはもう暑いほどの陽射。 職場の近くの民家でおじさんが庭掃除をしていた。雨に打たれた皐月の花。 たくさん落ちていたけれど。まだまだたくさん咲いているのを一緒に眺める。
皐月は。同じツツジとはいえそれが散った頃に咲き始めるらしい。 先に咲くツツジは春の陽射しをいっぱいに浴びることが出来るけれど。 皐月は。どうしても梅雨の頃になってしまう。咲き誇っても雨に打たれ。 その滴に濡れながら精一杯微笑むことが出来る花だ。ツツジさんには悪い けれど。さつきさんがちょっと好きかなと思う。健気だなあって贔屓する。
「もうそろそろ終りだよ」とおじさんは言うけど。にっこりと笑って別れた。
お昼前。トマトな贈り物。ハウス農家のお客さんが山盛りのトマトをくれる。 コンテナいっぱいのそれをそのままど〜んと。とても食べきれないトマト。
ちょうどお腹が空いていたので。ひとつだけ丸かじりして食べてみた。 甘酸っぱいけれど新鮮で美味しい。なんだか体中に沁み込む様な味だ。
そうして平穏に過ぎていくいちにち。ぐるぐるさんもいらいらさんもいない。
ほうらね。きょうもちゃんといい日になったよ。
| 2008年06月04日(水) |
なんかとてもいい日だったよ。 |
雨がやまない。なんだかどっぷりと雨のなかにいるというのに。
ふしぎとそれになじんでいる気がする。もしかしたらどこかが。
とても乾いていたのかもしれない。だとするとオアシスみたい。
仕事はぼちぼちの感じ。今週のふたりはとても仲良しさんだ。 子供の頃に嬉しかったことをたくさん思い出したりしながら。
お母さんだなって感じる。好きだったなって思い出すことが。 たくさんあって懐かしい。嫌いになんかなれるはずはないな。
あしたも仲良しさんでいよう。ずっと笑顔で一緒に仕事をしよう。
夜は。すぐ近くの体育館でバドミントン。きもちよく汗を流した。 最近お仲間さんになったばかりのKさんが面白くて気に入ってる。 すごい真面目そうな顔をしているのは。職業が警察官だからかな。 でもいざバドをやり始めると土佐弁であーだらこーだら言ったり。 今夜も私と何回かペアになって。私があんまり足をひっぱるから。 「もう!ずっと前におりや〜」とか叫ぶ。そのくせ後ろでヘタレる。
はあはあ言いながら頑張るKさん。「もうだれたちや」とか言って。 それでも右に左に走りまわる。「がんばりや〜」と私も声援を送る。
土佐弁ってほんとに懐かしい。なんだか10代の頃にかえったような。 そのせいかほんのすこしだけじぶんも若くなる。よっし頑張ろうって。 いっぱい思った。現実は厳しいけれど。やる気だけはたくさんあった。
そうして。おかげで発散していくもの。それが何だかわからないけれど。 とにかくとても清々しい気持ちになるのだ。不思議なもので充ちている。
そのふくふくっとしたのをぎゅうっと抱いて。ぐっすり眠ろうとおもう。
おやすみきょう。なんかとてもいい日だったよ。わたし生きているよね。
※解説※「もうだれたちや」は「もう疲れたよ」の土佐弁。
| 2008年06月03日(火) |
さっきはありがとう。るみちゃん。 |
雨のち晴れの天気予報だったけれど。午後少しだけ薄日が射したきり。 またどんよりと雨雲が空を覆う。湿った空気がひたひたと語りかける。
その声に応えるように。じぶんも濡れた草のきもちになってぽたぽたりん。 滴をいっぱい身にまとい。それが恵みだと思えるようになりたいものだ。
さっき家の電話がけたたましく鳴って。めったに鳴らない電話のせいか。 受話器を取るなり職場の会社名を言いそうになった。おっといけないと。 言ってしまわずに済んだけれど。最近は会えないでいる友人からの電話。
自動車保険の事で教えて欲しいことがあるというので。説明しているうち。 なんだかとても苛々してしまう。そうしてついつい不機嫌な声になった。 久しぶりに話すのに微笑むことが出来ない。またゆっくり会おうねって。 言ってくれたのに。適当にうなずいて電話を切ってしまった。ああ反省。
なんだかとても落ち込む。もっと優しく接してあげればよかった・・・。
そうしてふうっとため息をついていたら。今度は携帯にメールが届く。 「さっきはありがとう」ってハートマーク付きの嬉しいひと言だった。
一気に救われたようなきもちで。ぴこぴこ返信する。「ごめんよね」 とても感のするどい彼女だから。きっと私の不機嫌が伝わったのだろう。 顔は見えなくても手に取るように感じたのに違いない。ほんとにごめん。
もし電話したのが自分だったら。ものすごく嫌な気分になったろうと思う。 そうしてもう気軽に電話なんかしたらいけないかもって。気に病むだろう。 なによりか「ありがとう」のメールをする勇気もなくしてしまいそうだ。
むかし。もう10年以上になるのかな。ふたりほんとうに仲良しだった。 バドクラブで知り合って意気投合して。家に何度も遊びに来てくれたり。 一緒に夜の街を徘徊したり。そうしていろんなことを語り合ったりした。
そんな彼女も今は四人の子供のお母さん。仕事と子育てに追われる日々。 もしかしたらとても疲れている夜だったのかもしれない。
そんな夜に電話してくれたこと。私なら大丈夫と頼ってきてくれたこと。
「さっきはごめんね」ではなく「さっきはありがとう」って伝えたかった。
るみちゃん。きっとまた会えるよね。会おうよねるみちゃん。
いつのまにかもう六月。雨の季節だけれど今日の雨はとても冷たく。 おまけに風が強くて。なんだか春先の嵐のような激しさを感じた。
吹き飛ばし流すだけ流す。冬のこと。もはや春さえも遠のいていった。
通勤途中の国道の長いトンネルを抜けると。ぽつぽつと雨が降り出す。 そうして右に曲がり。今度は左に曲がり山道にと進んでいくのだけれど。
田んぼの稲がずいぶんと伸びたなって思ったり。雨雲が急いでいる空を。 少し不安げに見上げたりしながら。スピードを落としゆっくりと進む道。
そして三人のお遍路さんに会う。それぞれが旅の道連れといったふうで。 山肌を背に荷物を解き。レインコートを着ているところだった。赤。青。 黄色。まるで信号機みたいなそれぞれの色を。それほど大急ぎでもなく。 何かを語り合いながら。そして微笑みながら。雨の支度をしているふう。
勝手に解釈するところ「おお雨ですなあ。ここらで合羽を着ますかな」 「そうですね。ついでにちょいと休みましょうや」「はい。ご一緒に」
そんな声が聴こえる。雨は覚悟の旅とはいえ。どんなにしんどいことか。 そっと会釈をおくりその道を通り過ぎた。緑が一段と濃くなる峠の道へ。
なにかを伝えたい気持。じぶんにだってそれができるかもしれないと思う。
きもち。いつだって不確かで。それが何になるのだろうと不安な時がある。
たとえば日々こうして。とてもつまらないことなのだろうと思えることを。
あてもなく書き綴ってみたり。だけどそれをしないと自分が消滅しそうな。
おそろしいことも考えたり。あげくのはてに求めすぎてひどく愚かになる。
だけど。このままでいたい。それがいちばん自然な自分ではないかと思う。
雨が振り出せば雨の支度。わたしは緑のレイコートを着よう。
そうしてひと休みしたら。また峠を目指そう。俯いたり顔を上げたり。
この道は確かに。空に向かう道なのだから。
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