| 2007年09月03日(月) |
低空飛行しながらあっちへ |
鶏頭が炎のように咲いている。はっとするように咲いている。
なんだか緑の鶏が一斉に空を飛びたがっている。そんなふうに。
飛べない鳥のこころは炎なのだ。きっと熱くて火傷しそうなくらいに。
わたしはちょっと飛べるけれど。すぐに手ごろな止まり木を見つけたがる。 そこでぼんやりと空を眺めているのが好きだ。雲のかたち風のかたちとか。 見て感じて。ふっとため息をついたり。さあそろそろまた行こうかなって。
どこなのかわからないところへ。またほんの少し飛んでみようかなって思う。
きょうはとても優しいひとにあった。こころがマシュマロみたいにふんわり。 そんな思いがけないひと。そのマシュマロのまんまでわたしを包んでくれる。 ふしぎなひとだ。ずっとずっと遠い昔に逢っていたように思う。懐かしいひと。
縁とはきっと。そんなふうにやわらかくて。この空のどこかで待っていてくれる。
だから行かなくちゃって思う。旋回しながら。低空飛行しながら。あっちへ。
鶏頭の炎のなかで。緑の鳥の声を聴く。かなしいのじゃない辛いのじゃないと。
泣くこともせず。愚痴ひとつ言わず。それは空にむかう空を信じて燃える鳥だ。
| 2007年09月02日(日) |
水を忘れたムツゴロウ |
朝のつかのまの涼しさ。いつもよりすこしだけの朝寝坊。
洗濯をしながらちらりちらりと女子マラソンを観る。 ああ走ってるなってそれくらいの興味だったけれど。 そのうちだんだん目が離せなくなった。苦しそうだ。 すごい苦しそうなのに。ずっと走り続けているのだ。 すごい、いま追い抜いた!三番になった。がんばれ。
もっているちからを振り絞るって。これなんだなって思った。
午後。また夏らしくとても暑くなる。
昨日遊んでしまったので。今日は川仕事に行く日。 冬の海苔漁の準備をもうしなければいけなくなって。
ちょっと駄々をこねた。来週からにしようよとか言ったけど。 ほんの2時間だ。がんばれとか励まされて。しぶしぶと行った。
海の水と川の水がちょっとしょっぱいかなのくらいのところで。 漁場に竹の杭を打つ。機械で打つので私はひたすら杭を手渡す。 ほいほいっとやっていればいいのだけど。思うようにはいかない。
水が完全に干しあがらないので。じゃぼじゃぼして足をとられる。 おまけに船に水筒を積み忘れたので。もう咽喉がカラカラになる。
ほれほれ。あと30分だ。もうちょいだがんばれとまた励まされ。 みず〜水をくれ〜と叫びながらがんばる。もうへとへとやんかよ。
帰宅してシャワーを浴びて。冷たいのをぐびぐび飲んだ。 そのまま意識不明状態になり。畳で大の字になって昼寝。
しんどい仕事やったけど。なんかこんな達成感が好きだから。
また次回もがんばろう!って思う。
今度はちゃんと水筒持っていくから。だいじょぶ!
| 2007年09月01日(土) |
迷子のコブタには卵焼きをどうぞ |
9月の声をきくなり急に涼しくなったように思う。 ずっとずっと降らなかった雨が。ついさっきからどしゃ降りの雨になった。
なにかのふたがあいた。そのなにかがそこから顔をのぞかせているみたいに。
今日は久々の映画。片道2時間半かけて高知市へ行った。 ほんとはひとりでしんみりと観たい映画やったのだけど。
ご存知のとうりかどうか。私はすごい方向音痴なもので。 いまだに単独で高知市内を走行出来ないという弱点があり。 今日も彼のお世話になる。とても機嫌よく連れて行ってもらう。
彼は元職業的にドライバーな人なので。運転はとても上手。 私と大違いで。一度走った道は何年経ってもよく憶えているから。 そういうところはすごい尊敬している。道に迷うこともまずない。 ただ欲を言えば。走るのは好きだけど寄り道をとても嫌うひとで。 何処へ行っても走り抜ける。外食も嫌い。温泉も好まないひとだ。
まあ・・そのことは今日はいい。今日は映画の日だからそれでいい。
それで。今日もイオン高知の駐車場で。クルマのなかで昼食だった。 まさか手作りではない。そこらへんで買った『かに玉風のお弁当』
その後。映画の上映まで少し時間があったので。私はお買い物に。 彼は例の如く。クルマのなかでお昼寝をすることになった。 その時ちゃんと時間を決めて。そこらへんで待つようにと言われた。
けれど。買い物していたら。自分がどっちから来たのか解らなくなった。 そういう時はすごいパニックになる。ぐるぐるひたすら歩くほど迷う。
携帯が鳴る。「もう時間だぞ!早く来い!」と言われても焦るだけ。
何処にいるんだ?と問われたら。こうこうこんなお店の前です。 「じゃあ今から先導するから言われた通りの方向へ歩け!」と言う。
すごい!私の姿が見えないはずなのに。私の居場所がわかるのだ! ほんと尊敬する。天才や!って思う。会えた時すごい嬉しかった。
映画は『天国で君にあえたら』実話だけあって感動もひとしお。 あちらこちらですすり泣いているひとがいた。私もかなり泣いた。
エンディングに流れる桑田さんの曲がまた涙を誘って。大いなる感動。
彼は決して泣かない。彼もきっと感動したはずなんだけどな・・。
帰り道。思いがけず寄り道をしてくれた。 須崎という町の『卵焼き』を食べたくてならなかったから。
「買って来いよ!」ってクルマ停めてくれたからすごい嬉しかった。
「やっぱ美味いなあ!これはうまいなあ!」って。ふたりで食べた。
| 2007年08月29日(水) |
それが私と風の『かんけい』 |
夕暮が少しずつ急ぎはじめている。そのことを待っていたかのように。 川風が起きだす。風も知っているのかな。その風を待っているひとを。
そうして窓辺の夜がはじまる。そこには孤独好きのおんながひとりいて。 そのおんなのことを。ほんとうは持て余しているのだけれど風は優しく。
微笑んだりしてみせるのだ。おんなはそういうことに疎くて。そのうえ。 疑うということに慣れていないから。しんそこそれを頼りにしてしまう。
そんなふうになっている。それがわたしと風の『かんけい』
今夜もせみがナキヤマズ。今夜も鈴虫がウタイハジメテ。
それいがいはみんな押し黙るようにじっと静かにしている。
風だってなにもいわない。なにかひとこと言ってくれてもいいのに。
けれどあまり望んではいない。望んではいけないように思ってしまう。 ときどきふっとこわくなる。望めば望むほどそれは壊れてしまいそうだ。
だからわたしも何もいわない。待っていたそぶりも見せずに待っている。
すると不思議なことがある。風がいつもいじょうに優しく寄り添ってくる。
そんなふうになっている。それが私と風の『かんけい』
| 2007年08月27日(月) |
けれどうまくせつめいができない |
あたりはもうすっかり暗くなってしまったのだけど。 あぶら蝉が。とてもとても必死になって鳴いている。
その声を宥めようとするかのように秋の虫たちが歌い始めた。
逝かなくてはいけないもの。生きなければいけないもの。 その声の真っ只中にいま居る。なんだかひどくもの哀しく在る。
けれどうまくせつめいができない。なにがかなしいのかわからない。
たとえば蝉のように。二週間しか生きられないのだとしても。 いったいわたしに何が出来るのだろう。とても漠然としている。
途惑うよりも何よりも。私だって鳴くことを選ぶだろうと思うのだ。
いや。そうじゃない。選ぶのではない。与えられるのだ。鳴くことを。
そんなふうに生きたい。たとえば書きながら・・・最期まで書きながら。
こと切れるまで書くことを与えられて。
そんなふうに終れたらどんなにいいだろうか・・と思う。
あなたも鳴きますか?
あしたあなたも飛びますか?
花火をみに行く。ふうふうしながら夜道を走る。
川風の心地良い遊歩道のところで欄干にもたれて花火をみた。
花火はすこし遠い空にみえたけれど。どどんどどんとその音が。
なんだか心臓にずしんずしんと。痛いのじゃないなんというか。
それはほんとうに快い響きだった。和太鼓の音みたいに打って。
打ち止まぬ。これでもかこれでもかとなにかを伝えたがっている。
うけとめるってことは。もしかしたらこんなことかもしれない。
まっすぐなのだ。うたがうべくもなく。それはまっすぐなのだ。
夏はもうすぐいくのだなって。すこしせつなくも思った・・・。
けれど潔くあれ。もっと。あっけないほどに振り向かずにいけ。
| 2007年08月23日(木) |
わたしはゆっくりといま。しりぞいている。 |
二十四節気のひとつ『処暑』夏の暑さが峠を越えて退いていくのだという。
退く。その言葉のもつ意味をふと思う。退く。なんだか身を引くのに似ている。
きょうも夕暮。窓の外はせつなすぎるほどに茜色に染まっている。 いちにちを思う。昨夜からずっとこだわり続けていたことがあって。 どうしてそんなにこだわらなくてはいけないのだろうって。哀しい。
たとえば。嬉しいことが三つあっても。ひとつの悲しみが育っていく。 育てたくなどないのにそれが成長していく。つかみどころがないくらい。 ほんとうにそれは些細なことなのに違いない。けれど重い。けれど悲しい。
きっとまたなにかを求めている。いったい何を求めているのかわからない。
もうじゅうぶんなのに。いったいどうしてしまったのだろう。すこし悔しい。
だけどだいじょうぶ。きっとわたしはだいじょうぶ。
どんなときもある。さらりさらりとながれていこう。
しりぞく。わたしはゆっくりといま。しりぞいている。
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