| 2007年06月23日(土) |
海へ。忘れない海へ。 |
友人の命日だった。8年前の今日のこと。
だけど今年もお墓参りに行かなかった。行けないというのがほんとなのだと思う。 すぐ近くだというのに躊躇してしまう。待っていてくれるといつも感じるのだけれど。
いかないのだ。気掛かりでならないのにいかないのだ。
彼の奥さんがとても喜んでくれて「いつもいつもありがとうね」って。 言ってくれた。ポットにブラックコーヒーを持って煙草に火を点けては。 その火をお線香みたいにしながら。彼としばらく語り合うのが好きだった。
だけど奥さんは。そのことをいろんなところでひとに話した。 興味本位なひともいる。それをとても尋常ではないと受け取るひともいる。 悪く考えれば。それがその奥さんのモクテキなのではあるまいかとも思う。 そんなふうに考えたくはないけれど。それがとても悲しかったのは事実だ。
うちの彼。夫くんも直にそれを聴いたのだそうだ。いきつけの喫茶店で。 もちろん彼はちゃんと知っていて。私がそうすることを咎めた事などなかった。 けれど。とてもとても嫌な気分になったのだそうだ。アナタノオクサンがみたいに。
だから咄嗟に彼は。そこで否定をしたのだそうだ。それは嘘だと言わんばかりに。 帰宅してそのいきさつを話しながら「それでよかったよな・・」と私に告げたのだ。
ひとは。ときどきはそうして途惑わなければならない。 良かれと思うことでも。やはり躊躇しなければならないのだろう・・・。
8年前。友人は病魔にひどく侵されては。それは窶れ果ててこの世を去った。 危篤状態に陥いる寸前に私は会うことが出来たけれど。もう殆ど意識はなく。 「何を言ってもわからないから」と。その時そばにいた奥さんはそう言った。
だけど何度か名を呼んでいると。彼がうめくように何かを呟いてくれたのだ。 そうして痩せ細り骨のようになった手で。私の手を確かに握り返してくれた。 それはたしかに。なにもわからないのじゃない。きっときっとわかってくれたのだ。
そしてとうとう彼が亡くなり。葬儀から何日か経ったある夜。 私は眠っていて。いきなり誰かに強く手を引っ張られて目を覚ました。 夢なんかじゃない。誰かがすごい力でぐいぐいと私の体ごと吸い込もうとしていた。
咄嗟に片方の手でそれを阻止しようと試みる。必死になって暗闇に手を伸ばす。 そしたら。そこにもうひとつの手があった。私の手首をしっかりと掴んでいる手。
その手は辛くなるほどか細くて。それでも力強く。それでも確かに生きている手。
私はその折れてしまいそうな指をひとつひとつほどくようにしながら。さけんだ。 「いやぁ!」と「やめてぇ!」と首をちぎれるほど横に振り続けてもがいた。
そしたら。すぅっと。ほんとうにそれは闇の中に溶けるみたいに消えてしまい。 その細い指は。じぶんから身をひくようにしながら遠ざかっていったのだった。
あくる日。彼の息子さんから報せがあった。 遺言どおり彼の骨を海に散骨したという知らせだった。
ずっと海が荒れていて。遅くなってしまったけど。やっと無事に済んだからって。
彼は海が大好きで。海の底の話しをよくしてくれた。 花みたいなサンゴのことや。真っ白な貝殻のことや。 魚と目が合って一緒に泳いだことや。それはどこまでも深くて蒼くて。
彼のお墓は。海だったんだ・・・・。
| 2007年06月21日(木) |
おねがい。かみさま。 |
ふと懐かしさをおぼえるくらい青空だった。空を海のように思う。 風を波のように思う。じぶんがそこにいて雲みたいに蟹みたいに進んでいく。 実感があった。どこまでなのかわからないけれど行けそうな気がしたのだった。
紫陽花の色をしたアガパンサスの花や。ハイビスカスみたいなノウゼンカズラや。 違うものだけれどそうだと信じてみたくもなった。自分じゃないけれど自分だと。 勘違いでもそれはいい。そんな思い違いをもっと。それでもいいと思えるように。
なりたい。
たとえば誰かが。いまそばにいて欲しいと願っているのだとしたら。 まっさきに駆けつけて行きたくてならない。とてもとても思いあがって。 私でなければいけないような理由なんて。すこしもはっきりしていなくても。
行きたい。
なりたい。
深くて暗い森の中の木漏れ日のように。
嵐のさなかの黒と灰色と風と雨のなかで。
ひと筋の光みたいな思いがけない陽射しになりたい。
いま。いかせて。
おねがいかみさま。
| 2007年06月19日(火) |
いるいるいるいると鳴くひと |
雨がときどきひどく降ってはやみ。雷も近くなったり遠くなったりだった。 そうしてときどきホトトギスの声する。そうしてカエルも負けずに鳴いた。
梅雨らしさのなかにそうしていると。ほんの少しは気が滅入るものだけれど。 なんだか。あれこれと思い煩うのも。雨にけむるようにぼんやりとしてくる。
それよりも紫陽花にこころひかれたり。草原のような田んぼにこころが向かう。 牧場では牛たちが牛舎から解き放される時間だった。雨に濡れる事など少しも。 苦にはならないふうで。お母さん牛に寄り添うように子牛が満足そうに草を食む。
ふと牛になりたくもある。わたしはとても欲張りだから猫にだってなりたくて。 鳥にだってなりたくて。お花にもなりたいし。道端の石ころや雑草にもなりたい。
みんなみんな傘をささない。たとえ雨に弱くても。傘など持っていないのだから。
そういうのがなんか好きだなって思う。『持たない』ということにだけれど。 それは。もしかしたら欲しいのかもしれない。でも持てないのではなくして。 持たないところが好きなのだ。あるいみそれは『いらない』とよく似ている。
そうしてわたしはまた考える。『いらない』についてふかくふかく思ってみる。 雨にけむったぼんやりのなかで。見つけたくてたまらないアノヒトの姿みたいに。
けっきょくなんだ。それはどんなに思っても『いらない』にはなれなかった。 いるいるいるいるの。それがどんな色なのか見分けのつかない混ざり合った絵。
その絵を破ってしまうことができない。その絵を燃やす事もできないのだった。
いるいるいるいると鳴く。わたしは鳥でもなく牛でもなく猫でもなく。 鳴くことすらできない花でも石ころでも雑草でもなかった・・・・・。
わたしは『ひと』だから。いるいるいるいるといつまでも鳴いていることだろう。
天気予報は雨だったけれど。お昼前になり思いがけなく青空が見え始めた。 洗濯物がって思うとそわそわ落ち着かなくなり。仕事中に彼に電話してみる。 そしたら「もうとっくに外に干したぜ」って。それがとても嬉しくてならなかった。 主夫というのには程遠いけれど。夫が家に居てくれるというのはありがたい事だ。
昨日の父の日はちょっとしょんぼりしていた。息子君たちが来てくれなかったので。 「忘れているんだな・・」とか。「あーあ・・」とか溜息をついたりしてちょっと。 子供みたいに拗ねているふうで。彼なりに父の日という日が楽しみだったようだ。
サチコとふたりで。それはけっこう優しくしてあげて慰めてあげたのだけれど。 もうすっかり夜になってしまったものだから。もういいやと不貞腐れてしまう。
そしたらちょうどその時、電話がかかって来たのだ。「忘れてないけんね」って。 仕事でいま帰ってきたところだから。近いうちに必ず行くけんお父によろしくと。
彼はそれですっかりご機嫌になる。そうか・・やっぱ仕事か、そうだろうなあって。
私はしみじみと思う。家族というものを。ずっと四人のまあるい輪だったことを。 ひとりが離れて行く。そしてまたもうひとつの輪を作る。寂しいとそれは言えずに。 時々はその輪を繋ぎ合わせては。もっとおおきなまあるい輪を成していくものだ。
一緒に暮らしていた頃は。父の日なんてそれほど大切な日ではなかったように思う。 たとえ忘れていてもどうってことなくて。笑い合ってごまかしたりもしたのだった。
彼のさびしさが手にとるようにわかる。父親も同じなんだなって思う母親の気持ちで。
子供の成長を望まない親などいない。羽ばたいてもなお成長を願うものだと思う。 そうして目を細めるようにしながら。まぶしい我が子達に会える喜びを感じるのだ。
そうして親は老いていく。生んで育ててこの目で心でそれを確信しながら老いていく。
それが親の『しあわせ』というものではないだろうか。
| 2007年06月16日(土) |
今夜こその願いを。星の見えない夜に。 |
なんかびみょうにせつないな・・なんかおかしいなあっておもっていたら。 やっぱアレだった。おんなって不思議だ。ブルーな湖に身を投げる宿命なのか。
昨日はちょっとあって。また例の青年とケンカをした。 電話だとまたきっと泣くだろうと思ってメールで少しやりあった。 私は。私だってすごく怒りたくなる時があるからそれはしょうがない。 だけど。あまりにも身勝手な返信が届いたので。それがすごく悲しかった。
かかわらなければいい。だけどどうしても関わらずにいられない。 ほんとうに悲しかったから。「悲しい」とまた返信をしたら。もうそれきりだった。
伝えたい事が伝わらない。そこにはなにか根本的なところで厚い壁のようなものが。 もしかしたら私のほうが間違ってその壁をよじ登ろうとしているのかもしれない。
そしてそこで必死になって。知らぬ間に壁に爪痕を残してしまったのかも。 しれない。ほんとうにわたしにはわからない。なにがよくてなにがいけないのか。
わたしの爪痕が。傷になったのなら。私は深く頭をたれて。ごめんねごめんねと。 何度だって謝ろう。だけど・・いまはそれがとても嫌なのだ。どうしても嫌なのだ。
しばらくはその青年に会うのがとてもこわい。出来れば会いたくないと思う。 だけど会えないと。とてつもなく鋭いキリみたいなものが私の心を刺し始める。
どうしているだろうか?落ち込んではいないだろうか?辛くはないだろうか?
救えるものなら。わたしのことをどんなに憎んだっていい。
憎んでくれたほうが。きっと楽だ・・・・。わたしをとことん嫌ってみなさい。
そしたらきみは。きっとこの先。自分のチカラだけを頼りに逞しく生きていける。
嫌いなさい。はやく。いまずぐに私を憎む事です。
| 2007年06月14日(木) |
元気にしていますか? |
やはりちゃんときてくれた梅雨。その声に自信がついたのか空はほっと雨模様。
グレイの世界もいいものだ。それはなんだか哀しみとせつなさの混ざり合った。 なんというかそれは。お別れの日の乾杯のあのカクテルのような味がするのだ。
仕事を終えて帰り道。ラジオから平井堅の『キャッチボール』が流れてきた。 それは父の日にそえてということだったけれど。父ではないひとの事を想った。
元気にしていますか?げんきですか?それは何度も・・きっとこれからだって。 わたしが投げられるただひとつのボールなのかもしれない。そのボールのことを。 それをこうしてぎゅっと握り締めていることを。わたしは忘れてはいけないのだ。
なんか・・これいじょう。今夜はもう。
もう。なにも言えない。
雨のにおいがする。夕方すこしだけぽろぽろとこぼれた。 今年は梅雨っていうのがないのかもしれないと思っていたけれど。 やはりそれはちゃんとあったほうがいい。いつもと違うのは不安だもの。
今日は萩の花が咲いているのを見つけた。たぶん山萩というのだろう。 緑ばかりが濃い山肌から。紫でもなく紅でもなくその中間の萩色が見えた。
それはずっと秋の色だと信じていたから。ふとそれがあやまちのように思った。 だけど確かに咲いていた。きっと夏に咲き始め秋までずっと山を彩ることだろう。
昨日。微笑みの練習をした。上手く出来るかどうか自信はまるでなかったけれど。 やらなくちゃってかなり思いつめていたから。とにかくそうしようと決めたのだ。
本格的に仕事に復帰してみると。どうしても拒絶反応みたいなのが生じてくる。 だから私はすごく不機嫌だったらしい。自覚はないけれど影響を敏感に感じる。
微笑まないひとには。誰も微笑もうとしないのだ。 苛立ってばかりのひとには。もっとするどい矢のようなモノが当たる。 痛い痛いと嘆いていると。こんどは身体にまで打撃がおそってくる。 私の場合は胃痛だった。それは家に帰るとすぐに治まる不思議な胃痛だった。
だから彼が。ちょっと同情もしてくれる彼が。昨日は魔の月曜日やねって。 なだめてもくれたのだけど。その魔の姿もカタチも私にはよくわからなかった。
とにかく魔がそこにいる。もしくは在るのだけれど。逃げるのは卑怯だと思う。 私は魔法使いではない。すこしは小悪魔だけれども。決して魔女ではない。
だからそこが。ほんとうは怖くてならない場所なのだ。
微笑みの練習は。ちょっとぎこちない。目元も口元も傷口が乾き始めたような。 無理をしなければもう少しでその傷口も治るのだろうに。だけどもしかしたら。
もともと傷などなかったのかもしれないでしょ。
もっとよく見て。これはとてもたいせつなことよ。
わたしのまわりには。傷ついたひとたちがいた。
みんな。みんな悲しそうな顔ばかりしていた。
それは私が毎日。がむしゃらに矢を射っていたからだ。
今日は。微笑みの本番だった。もう練習する必要などこれっぽっちもない。
明日も。これからだって。私は心から微笑むことがきっとできる。
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