ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2007年03月19日(月) おなじひとつの空の下に

川仕事の帰り道。いつもの堤防沿いの小道を通り抜けて行くと。
老夫婦と見えるふたりが土手を這うようにして。手には束ねるほどの土筆。
おたがいが見せ合うようにしながら微笑みあっているのを見た。

なんだか子供みたいな笑顔だった。あたりいちめん和やかな風に吹かれて。
「佃煮にするのかな」って私が言うと。「漬物だろうきっと」と彼が言う。

土筆の漬物とは初耳であったから。私はあくまでも佃煮を主張したのだけど。
ずっとそのことが気になってしまって。夜になりネットで検索などしてみた。

そしたら確かに土筆の漬物がありました。どんな食感なのだろう。
なんだかとても食べたくなって。ふっとウサギが前歯を可愛らしく。
ちょこんと突き出しては。つくしの坊やを食べてしまった童話のような。

そんな絵が頭に浮かんで来たのだった。「ごめんね ごめんね」って言いつつ。
とうとう野原中の土筆を食べ尽くしてしまったウサギは。満腹だったけれども。

なぜか涙があとからあとから流れてくるのでした。そこは淋しい野原でした。
なんてことをしたのだろうとウサギは悔みます。つくしの坊やは友達でした。

友達を食べてしまったからには。きっと神様に叱られてしまうにちがいない。
許して下さい。ぼくの口を目も耳もちょん切って下さい。もう足も要りません。

そうしてウサギはずっと泣き続け。とうとう真っ赤な目だけの光る玉になりました。

光る玉は。ほんのかすかな風にさえ驚くように野原を転がっていきます。
木の根にぶつかっても岩にぶつかっても。ちっとも痛さを感じませんでした。

夏が来て秋が来てとうとう雪の降る夜も。不思議と寒さを感じることもなく。
やがて懐かしいくらい暖かな風に会ったのです。おやおやいったいどうしたの?
それはお母さんの声に似ている。そっと抱き上げてくれる風の精の声でした。

いつまでも泣いているとおっきくなれませんよ。ほらほらちゃんと目をあけて。

そこは確かにいつかの野原。むらさきスミレやタンポポや。そうして誰よりも。
いちばん先に寄り添ってくれたのが。友達のつくしの坊やではありませんか。

「僕らはちっとも悲しくなんかなかったよ」「だってほらウサ君のおかげだよ」

あそこにも。ほらむこうにも。もっとあっちにも僕らがいっぱいいるんだ。


光る玉はキラキラっと震えました。そうすることで嬉しさを伝えたかったのです。

「いちぴた〜」「にぴた〜」「よっし、さんぴただ〜」つくし達が声をあげて。
まるでそれは磁石みたいないきおいで。ウサギの身体に抱きついて来ました。

ほうらね。ぴぴんと耳が出来た。口はねちょっと柔らかくしとこうね。
足はボクの頭だよ。どんなに跳ねても大丈夫だから。元気に走ろうね。


ウサギはやっぱり赤い目だったけれど。その目に青い空をいっぱいに映しながら。

おなじひとつの空の下に。こうして友達がいてくれて幸せだなあって思いました。



※※※※

はて。土筆の漬物からなにゆえこのような童話が出来るのでありましょうか。

書いた本人も不思議でなりませぬ。どうかさらりと読み流しのほどよろしく。




2007年03月18日(日) 春告鳥よ。ほうほけきょ。

早朝の川辺でまたうぐいすの声を聴く。
なんだか激しくて。その美声が必死で叫んでいるかのように。
ふと感じては。いえいえそんなはずはないと気を静めつつ聴けば。

やはりそれは澄んだ音色。ほっと息をしながらつかの間聴き入っていた。

その時わたしはとんでもなく高い空を仰いでいたらしい。
それとも木の芽の起き出した空に向かう梢のてっぺんを。
声の主をひと目見たさに恋焦がれるおんなであるかのように。

「おくさん、うぐいすはそんなに高い所にはおらんのですよ」

彼が背中に笑いかけるような声でそうおしえてくれたのだった。


声はすれど姿が見えぬ。それがこの鳥の警戒心であるらしかったが。
かさこそかさっと竹薮が風がないゆえその気配をそっと知らせていて。

いました。うぐいすを見つけました。なんてまあ可愛らしい小鳥でしょう。
まるで手乗り文鳥ではないかと思うほど人懐っこくそこできょとんとしています。

そうして三度も続けて鳴くのです。頭を振り振りこくんこくんと鳴くのです。
うんうんそうかそうかと。ついついわたしも頷いて連呼しつつ応えてしまった。

そしたら今度は遠くからまた呼ぶ声が聴こえてくる。
遥かなところ。ここではなくて朝の陽射しの続くそのさきへ。

「行かねばなりませぬ」と告げる間さえ惜しむかのように。いま飛立っていく。


ぽかんとしている。なんだか貴重な映像を垣間見たあとの余韻のように。
空虚なこころのひとすみに。なにかの種がこぼれるように蒔かれたように。


「さあ、行くぞ!」その声を追い駆けるように川辺に舫った船へ向かいつつ。

彼の背中に問うてみる。「ねえ、どうしてうぐいすはあんなに鳴くのかな」

そしたら振り向いて笑いながら言った。

「春だからさ」

    
           ああ、うん、そっか。春なんだね。



    隔てども呼べばこたえる声あれば告げてもみよう空に焦がれて



2007年03月17日(土) あふれる笑顔

彼岸に入るこの頃を『寒の別れ』と私はなづけたりもする。
冬はあがくように終いの寒さを感じさせては。その背に春を浴びつつ去っていく。
こちらの岸からあちらの岸へ。苦しみも悩みもないその道をふと垣間見るかの如く。

ひとつの節目がまたこうしておとずれるのだった。




彼。55歳の誕生日でもあった。たしか27歳だった彼だけれど。
ずいぶんと積み重ねた苦労のことなど思い出す素振りも見せずに。
まるでありがたい御仏のような安らいだ顔で。和やかな時を過ごす。

縁あってこうして旅の道づれとなったからには。背くことを選ばず。
ただひたすら寄り添って行かねばと。何度もなんども自分を戒めて。
ここまで来たように思う。はぐれてもまたその背を追い求めながら。

私は随分と赦された。突き放されもせずこの道を指し示して貰ったのだ。
それは感謝としか言い尽くせない彼の情け深さであったといえよう。





茶の間で家族揃ってゲームをする。最近のゲームはやけにリアルで楽しい。
ボーリングで対戦したりテニスで対戦したりして笑い声で満ち溢れた。

ちえさんもすっかり元気になってくれてほっと安堵と嬉しさが込みあげる。

彼はテニスで私に勝ったものだから。大喜びして得意満面の笑顔を見せる。


笑顔には笑顔を。その何倍ものあふれる笑顔を。私は彼に贈った。



2007年03月15日(木) つめたい雨に熱いなみだを

春雨とはいえないほどの冷たい雨が。ほろほろと空からこぼれるように降る。

こんな日にいただく心あたたまることのひとつふたつ。それが思いがけない
ことであるほど嬉しくてたまらないものだ。ありがたいことだとつくづく思う。


ずっと不義理を重ねてばかりの叔母からの電話に。
多感な少女時代を重ねてみれば。いつの日もそこに。
叔母の優しさがあふれているのだった。

修学旅行の前の晩には泊りがけで来てくれたっけ。
まだ暗いうちからおにぎりを作ってくれたのだった。
寝坊して遅れないようにとちゃんと起こしてくれたことなど。
どんなにか嬉しかったことだろう。ありがとうって言ったかな。
私はたぶん言わなかったと記憶している。ものすごくつっけんどんな態度で。
もしかしたら、ああ鬱陶しいなあって心の中でふっと思っていたかもしれない。


父が死に。26年ぶりの叔母の姿を見るなり抱きついておいおいと泣いた。
よしよしなんぼか辛かったろうと優しく背中を撫でてくれた叔母がまるで。
実の母ではないかと思うほど。会いたくて愛しくてならないひとであった。


ときは流れるのではなく積み重なるものだというけれど。
悔めばいくらでも悔む重さがずっしりと今に残っている。

その重さほどに精魂尽くす事が出来ればどんなにかいいだろうと思う。


つめたい雨に熱いなみだを。

それがぬくもりになって。ひとつ今日という日がまた重なっていった。



2007年03月13日(火) 弥生の風に吹かれながら

むかし『弥生つめたい風』という歌がとても好きだった。
その歌には桜が咲いて。桜の花、風に散らないでと歌いながら。
別れたひとのことなど想っては。はらはらと涙がこぼれたものだった。


花冷えという言葉があるように。いまがその頃と思えば寒さも愛しい。
桜はまだ固くとも。満開の桃の花。今日の道には雪柳を見つけたりもした。

それはひとつひとつのちいちゃな花が。まるで雪のように枝にふり積もって。
北風にあおられているのなど目にすると。ついつい手で支えてあげたくなる。



また久かたぶりの山里だった。峠道を越えトンネルを抜けて寄り添うふたつの
欅の裸木に「おはよう」って言って。職場が見えて来た四辻まで来た時のこと。
地図らしきものを手にして、なんだか迷っている風に見える若いお遍路さんに会った。

咄嗟にクルマを停めて駆け寄って行ったところ。やはり道がよく判らない様子。
「あちらに真っ直ぐですよ」と教えたところ「僕はあちらから来たんです」と笑う。
『逆打ち』のお遍路さんらしかった。慌てん坊の私も一緒に微笑んでしまった。

自転車での旅とのことで少しでも快適にと思い。私がいま来た道を教えて別れる。
後ではっと気付いた時にはもう遅く。国道に出てからの交通量の多さなど考えず。
かえって難儀をしたのではと心配になってしまった。どうか無事に着いていますように。


しかしこうしてささやかな朝のふれあいを頂いた日は。心がとてもあたたまるもの。
おかげで苛立つ事もひとつもなく。今日の平穏をありがたく受止めているのだった。



昨夜ネットで注文した桧木のお地蔵さんが。もう明日は届くのだという。
相談もせずに勝手なことをしてと昨夜少し夫君から小言を頂いたのだけれど。
息子夫婦にそれを授けたいと思った私の気持ちが。いつかは解って貰えるだろう。

ちいさな命はわずか3ヶ月足らずだったけれど。きらきらと精一杯輝いてくれたから。

ありがとうってこころから手をあわしたい。

そしてきっともういちど。おなじ親を選んでこの世に生まれてくれますように。







2007年03月10日(土) 絹の雨に濡れもせず

音さえもうすぼんやりと静か過ぎるほどの雨の夜となった。
小糠雨と言うのだろうか。春雨じゃ濡れて行こうの雨かしら。

いやいやこれは絹の雨。やわらかなそれにすっぽりとくるまれてみたい。



ひかくてきおだやか。どんな日もあってこんな日はとてもありがたい。
はりつめてはりつめてしては。ぷつんとそれが切れてしまったあとの。
もう手探りでそれを繋ぐ事をしない自分が。好きであっていけないはずは。

ないのだ。



ふっとこころが旅をしたがる。いまならどこにだって行けるように思う。
あの時は賑やか過ぎたから嫌だった。どうしてあんなに騒がしかったのだろう。

すみちゃんは愚痴ばっかり言うし。りっちゃんはそれに相槌ばっかり打って。
かよはまあまあって宥めてばかりで。私はずっと日本海の蒼ばかり見ていた。

早朝まだみんなが寝ているうちにそっと起き出して。足湯に浸かりに行った。
胃腸に良いというお湯を両手でほこほこさせながらゆっくりと味わっていたら。

「ああ!あそこにおった!」とすみちゃんがおっきな声で私を見つけてしまい。
一気にまた賑やかになった。すぐ近くの川からは湯気がたっているのに鯉がいる。
晩秋の朝冷えにも。ここは春の小川なのだろうと。その風情がなんとも和やかだ。

「わぉ!あの鯉煮えるぜ!」すみちゃんがそれを見るなり叫んだ。

いやいやすみちゃん。ここは春の小川。でもいい。もういいから宿へ帰ろう。


後日談で。かよから聞いたすみちゃんのこと。
どうやら日頃の鬱憤が人並み以上に溜まっていたらしかった。
みんなに話せてずいぶんと楽になっただろうと言うことだった。

私はそんなことにも気づいてあげられず。ずっと機嫌悪くてごめんね。

またみんなで旅がしたいな。今度はどこへ行こうかな。



2007年03月09日(金) こころはさとうきびばたけ

ふゆの朝。はるの午後。そらは冬。野原は春。

もうあふれてしまった冬に。春がそっとささやいている頃だった。




ざわわざわわと。なんだか心はさとうきびばたけ。
いつもいつも平穏だとは限らないのが世の常だけれど。
そこでいかにそれをたいらかになめらかに宥めていくかが。
この先もずっと先も。きっといちばん肝心なことなのだろう。



寝耳に水の如しのことなどあれば。しばらくはその渦の中にあり。
それをさらりと流すまではずいぶんと時がひつように思える。

時には掻き混ぜてもみたりして。そこに墨汁を垂らしてみたりもする。
うゎ・・嫌な色になっちゃった。とんでもないことをしてしまったと。
とりあえずの後悔などもしてみる。何とか元にと焦ることもしてみる。


ざわわざわわと風が吹く。ああ鳥ならば今こそ飛び立とうと思うのだった。

空はどんなにかひろいこころで私を迎えてくれることだろう。


まずは鳥ではないことにきづけ。

そうしてひとに生まれたことを思い知れ。


その風がどこから吹いてくるのかをしかと見つめよ。


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