| 2007年03月18日(日) |
春告鳥よ。ほうほけきょ。 |
早朝の川辺でまたうぐいすの声を聴く。 なんだか激しくて。その美声が必死で叫んでいるかのように。 ふと感じては。いえいえそんなはずはないと気を静めつつ聴けば。
やはりそれは澄んだ音色。ほっと息をしながらつかの間聴き入っていた。
その時わたしはとんでもなく高い空を仰いでいたらしい。 それとも木の芽の起き出した空に向かう梢のてっぺんを。 声の主をひと目見たさに恋焦がれるおんなであるかのように。
「おくさん、うぐいすはそんなに高い所にはおらんのですよ」
彼が背中に笑いかけるような声でそうおしえてくれたのだった。
声はすれど姿が見えぬ。それがこの鳥の警戒心であるらしかったが。 かさこそかさっと竹薮が風がないゆえその気配をそっと知らせていて。
いました。うぐいすを見つけました。なんてまあ可愛らしい小鳥でしょう。 まるで手乗り文鳥ではないかと思うほど人懐っこくそこできょとんとしています。
そうして三度も続けて鳴くのです。頭を振り振りこくんこくんと鳴くのです。 うんうんそうかそうかと。ついついわたしも頷いて連呼しつつ応えてしまった。
そしたら今度は遠くからまた呼ぶ声が聴こえてくる。 遥かなところ。ここではなくて朝の陽射しの続くそのさきへ。
「行かねばなりませぬ」と告げる間さえ惜しむかのように。いま飛立っていく。
ぽかんとしている。なんだか貴重な映像を垣間見たあとの余韻のように。 空虚なこころのひとすみに。なにかの種がこぼれるように蒔かれたように。
「さあ、行くぞ!」その声を追い駆けるように川辺に舫った船へ向かいつつ。
彼の背中に問うてみる。「ねえ、どうしてうぐいすはあんなに鳴くのかな」
そしたら振り向いて笑いながら言った。
「春だからさ」
ああ、うん、そっか。春なんだね。
隔てども呼べばこたえる声あれば告げてもみよう空に焦がれて
彼岸に入るこの頃を『寒の別れ』と私はなづけたりもする。 冬はあがくように終いの寒さを感じさせては。その背に春を浴びつつ去っていく。 こちらの岸からあちらの岸へ。苦しみも悩みもないその道をふと垣間見るかの如く。
ひとつの節目がまたこうしておとずれるのだった。
彼。55歳の誕生日でもあった。たしか27歳だった彼だけれど。 ずいぶんと積み重ねた苦労のことなど思い出す素振りも見せずに。 まるでありがたい御仏のような安らいだ顔で。和やかな時を過ごす。
縁あってこうして旅の道づれとなったからには。背くことを選ばず。 ただひたすら寄り添って行かねばと。何度もなんども自分を戒めて。 ここまで来たように思う。はぐれてもまたその背を追い求めながら。
私は随分と赦された。突き放されもせずこの道を指し示して貰ったのだ。 それは感謝としか言い尽くせない彼の情け深さであったといえよう。

茶の間で家族揃ってゲームをする。最近のゲームはやけにリアルで楽しい。 ボーリングで対戦したりテニスで対戦したりして笑い声で満ち溢れた。
ちえさんもすっかり元気になってくれてほっと安堵と嬉しさが込みあげる。
彼はテニスで私に勝ったものだから。大喜びして得意満面の笑顔を見せる。
笑顔には笑顔を。その何倍ものあふれる笑顔を。私は彼に贈った。
| 2007年03月15日(木) |
つめたい雨に熱いなみだを |
春雨とはいえないほどの冷たい雨が。ほろほろと空からこぼれるように降る。
こんな日にいただく心あたたまることのひとつふたつ。それが思いがけない ことであるほど嬉しくてたまらないものだ。ありがたいことだとつくづく思う。
ずっと不義理を重ねてばかりの叔母からの電話に。 多感な少女時代を重ねてみれば。いつの日もそこに。 叔母の優しさがあふれているのだった。
修学旅行の前の晩には泊りがけで来てくれたっけ。 まだ暗いうちからおにぎりを作ってくれたのだった。 寝坊して遅れないようにとちゃんと起こしてくれたことなど。 どんなにか嬉しかったことだろう。ありがとうって言ったかな。 私はたぶん言わなかったと記憶している。ものすごくつっけんどんな態度で。 もしかしたら、ああ鬱陶しいなあって心の中でふっと思っていたかもしれない。
父が死に。26年ぶりの叔母の姿を見るなり抱きついておいおいと泣いた。 よしよしなんぼか辛かったろうと優しく背中を撫でてくれた叔母がまるで。 実の母ではないかと思うほど。会いたくて愛しくてならないひとであった。
ときは流れるのではなく積み重なるものだというけれど。 悔めばいくらでも悔む重さがずっしりと今に残っている。
その重さほどに精魂尽くす事が出来ればどんなにかいいだろうと思う。
つめたい雨に熱いなみだを。
それがぬくもりになって。ひとつ今日という日がまた重なっていった。
| 2007年03月13日(火) |
弥生の風に吹かれながら |
むかし『弥生つめたい風』という歌がとても好きだった。 その歌には桜が咲いて。桜の花、風に散らないでと歌いながら。 別れたひとのことなど想っては。はらはらと涙がこぼれたものだった。
花冷えという言葉があるように。いまがその頃と思えば寒さも愛しい。 桜はまだ固くとも。満開の桃の花。今日の道には雪柳を見つけたりもした。
それはひとつひとつのちいちゃな花が。まるで雪のように枝にふり積もって。 北風にあおられているのなど目にすると。ついつい手で支えてあげたくなる。
また久かたぶりの山里だった。峠道を越えトンネルを抜けて寄り添うふたつの 欅の裸木に「おはよう」って言って。職場が見えて来た四辻まで来た時のこと。 地図らしきものを手にして、なんだか迷っている風に見える若いお遍路さんに会った。
咄嗟にクルマを停めて駆け寄って行ったところ。やはり道がよく判らない様子。 「あちらに真っ直ぐですよ」と教えたところ「僕はあちらから来たんです」と笑う。 『逆打ち』のお遍路さんらしかった。慌てん坊の私も一緒に微笑んでしまった。
自転車での旅とのことで少しでも快適にと思い。私がいま来た道を教えて別れる。 後ではっと気付いた時にはもう遅く。国道に出てからの交通量の多さなど考えず。 かえって難儀をしたのではと心配になってしまった。どうか無事に着いていますように。
しかしこうしてささやかな朝のふれあいを頂いた日は。心がとてもあたたまるもの。 おかげで苛立つ事もひとつもなく。今日の平穏をありがたく受止めているのだった。
昨夜ネットで注文した桧木のお地蔵さんが。もう明日は届くのだという。 相談もせずに勝手なことをしてと昨夜少し夫君から小言を頂いたのだけれど。 息子夫婦にそれを授けたいと思った私の気持ちが。いつかは解って貰えるだろう。
ちいさな命はわずか3ヶ月足らずだったけれど。きらきらと精一杯輝いてくれたから。
ありがとうってこころから手をあわしたい。
そしてきっともういちど。おなじ親を選んでこの世に生まれてくれますように。
音さえもうすぼんやりと静か過ぎるほどの雨の夜となった。 小糠雨と言うのだろうか。春雨じゃ濡れて行こうの雨かしら。
いやいやこれは絹の雨。やわらかなそれにすっぽりとくるまれてみたい。
ひかくてきおだやか。どんな日もあってこんな日はとてもありがたい。 はりつめてはりつめてしては。ぷつんとそれが切れてしまったあとの。 もう手探りでそれを繋ぐ事をしない自分が。好きであっていけないはずは。
ないのだ。
ふっとこころが旅をしたがる。いまならどこにだって行けるように思う。 あの時は賑やか過ぎたから嫌だった。どうしてあんなに騒がしかったのだろう。
すみちゃんは愚痴ばっかり言うし。りっちゃんはそれに相槌ばっかり打って。 かよはまあまあって宥めてばかりで。私はずっと日本海の蒼ばかり見ていた。
早朝まだみんなが寝ているうちにそっと起き出して。足湯に浸かりに行った。 胃腸に良いというお湯を両手でほこほこさせながらゆっくりと味わっていたら。
「ああ!あそこにおった!」とすみちゃんがおっきな声で私を見つけてしまい。 一気にまた賑やかになった。すぐ近くの川からは湯気がたっているのに鯉がいる。 晩秋の朝冷えにも。ここは春の小川なのだろうと。その風情がなんとも和やかだ。
「わぉ!あの鯉煮えるぜ!」すみちゃんがそれを見るなり叫んだ。
いやいやすみちゃん。ここは春の小川。でもいい。もういいから宿へ帰ろう。
後日談で。かよから聞いたすみちゃんのこと。 どうやら日頃の鬱憤が人並み以上に溜まっていたらしかった。 みんなに話せてずいぶんと楽になっただろうと言うことだった。
私はそんなことにも気づいてあげられず。ずっと機嫌悪くてごめんね。
またみんなで旅がしたいな。今度はどこへ行こうかな。
| 2007年03月09日(金) |
こころはさとうきびばたけ |
ふゆの朝。はるの午後。そらは冬。野原は春。
もうあふれてしまった冬に。春がそっとささやいている頃だった。
ざわわざわわと。なんだか心はさとうきびばたけ。 いつもいつも平穏だとは限らないのが世の常だけれど。 そこでいかにそれをたいらかになめらかに宥めていくかが。 この先もずっと先も。きっといちばん肝心なことなのだろう。
寝耳に水の如しのことなどあれば。しばらくはその渦の中にあり。 それをさらりと流すまではずいぶんと時がひつように思える。
時には掻き混ぜてもみたりして。そこに墨汁を垂らしてみたりもする。 うゎ・・嫌な色になっちゃった。とんでもないことをしてしまったと。 とりあえずの後悔などもしてみる。何とか元にと焦ることもしてみる。
ざわわざわわと風が吹く。ああ鳥ならば今こそ飛び立とうと思うのだった。
空はどんなにかひろいこころで私を迎えてくれることだろう。
まずは鳥ではないことにきづけ。
そうしてひとに生まれたことを思い知れ。
その風がどこから吹いてくるのかをしかと見つめよ。
| 2007年03月07日(水) |
涙が出るほど笑った日 |
きょうも少し冷たい風。だけども陽射しに恵まれていると。 不思議と寒さを感じなかった。もうすぐ桜も咲くのだそうだ。
今年の開花予想日はちょっと遅め。冬の寒さが足らなかったらしい。 『休眠打破』というのだそうだ。桜の花芽は寒さで目覚めるのだという。
なんだかふっとそれを『ひと』にも当てはめてみたくもなる。 ぬくぬくしていたら咲けないのかもしれないし。寒さ冷たさ。 それは悲哀にも似て。怖れずに身を晒すことできっと花咲く時が来る。
だからどんな時も。逃げてはならない。

川仕事に愛犬あんずを連れて行く。 今日も昨日の続きとやらで、また電気工事だったから。 作業員の人達に吠えまくるし、ひどく近所迷惑でもあった。
仕事中。ずっとおりこうさんにしていてくれて助かった。 ながいロープの届く範囲でそれなりに遊び。ウンコもしていた。
お昼は作業場でお弁当を食べる。久しぶりにお隣りのお店で買った。 ご飯が固くてイマイチだったけれど。空きっ腹には何でも良いなと思う。
あんずも鶏の唐揚げを食べた。ひじきの煮たのはどうやら嫌いらしい。 じゃあレタスは?それも見向きもしなかった。ゴマ塩のご飯はよく食べる。 ほれ次は椎茸だと彼が一切れ差し出すと。一瞬なんだこりゃの顔をした。
ひたすら匂いを嗅いでいる。食べたいけどやはり迷っているのが可笑しい。 その傍で飼い主ふたりは。最後のエビフライをすばやく口にほうりこんだ。
とうとう彼女は椎茸を食べた。生まれて初めての食感はいかがなものだろう? そうして次の期待をカラダ中で示したけれど。もうエビフライの尻尾しかない。
ほれ尻尾だ。彼が笑いながらそれを差し出すと。意外にもかなり満足な様子。 カリカリ感が気に入ったようだ。今まででこれがいちばん美味しいという顔。
家族団欒ではないけれど。なんだかそのように和やかなひと時をいただく。 こんなふうに一緒に食事をしたのは初めてだったから。ちょっと感動もした。
あんずもよほど嬉しかったのか。それからはずっとはしゃぎまわっていた。 まるで幼子が。親のたもとにしがみつくようにして。ねえねえって言いながら。 お父さん遊ぼうよ。お母さんも遊ぼうよって。ねだってばかりいるようだった。
これこれ。ほらほら。そりゃそりゃと。ふたり声ばかりあげつつ作業を続ける。
なんだか楽しくてならなかった。あんずがお父さんの足にしがみついた時など。
可笑しくてたまらなくて。涙が出るほど笑ってしまった。
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