ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2007年01月30日(火) ねえ、、、いま幸せなのかな?

黄昏て今日も一番星を見つけた。ちょうど犬小屋へ晩ご飯を運ぶ途中のこと。
立ち止まってにっこり空を仰いでいたら。あんずが一声「くぃん」と呼んだ。

「今日はお菓子食べなかった?」最近いつも訊くのはついつい人様から頂くようで。
散歩の途中で必ず寄りたがるお宅があるようだ。あんずを見るとお菓子をくれるらしい。
この前なんかお饅頭を5個も食べたらしくて。飼い主とはしては少々恥ずかしいのだが。

「あんよ、あんよ」っといつも声をかけてくれて呼んでくれるらしいのだ。
もうそれは殆ど日課のようになってしまって。「これ、いけません」とは言えず。
ぐいぐい引っ張られては。とうとうそのお宅の庭先まで行ってしまうとのことだ。

ずっと鎖に繋がれた毎日。しょっちゅうヒステリックに無駄吠えを繰り返しては。
ほかに何の楽しみがあろうかと思うと酷くもあり。散歩イコール甘いお菓子も。
この老犬にとって唯一の楽しみならと寛大にもなれる。虫歯だらけの犬だけれど。

どうやら甘いものは別腹らしくて。晩ご飯もすごい勢いでガツガツとよく食べる。
肥満とかあれこれ気にもなるけれど。その食べている様はやはり微笑ましいものだ。



ねえ、空とか見上げることないの?あの光ってるのが星っていうものだよ。
それからね。ほらあれがお月様。ちょっと欠けているけどまん丸にもなるよ。

ねえ、眠っている時夢とか見たりするの?その時って鎖なんかしてないよね?
海へも行くのかな?波って知ってるのかな?しょっぱい水って舐めたりしたの?


          ねえ、、、いま幸せなのかな?





2007年01月29日(月) 黄昏ては星月夜かな

これも春の兆しなのか。ずいぶんと日が長くなったことを感じる。

たとえば夕暮れ間近にふっと空を仰いだ時など。一番星見いつけたっと。
思わず童心に返ってなんだか嬉しくなって。その時はまだ夕焼けの紅い雲が。
ひと筋もふた筋も重なっていたりしては。そのくせキラキラと夜が始まる時。

落ちていくものをせつなく想いながら。その光る仕草に胸がときめくような。

そうして一日が。そうして何か言葉に出来ないものまでが黄昏ていくのだった。





昨夜寝静まった頃に突然彼が声をあげて驚く。わっと声をあげて私も目を覚ました。
西の窓の障子の向こうがやけに明るくて。なんだか誰かが明かりを照らしているかのよう。
一瞬ふたり身構えてしまう。足音が聞こえてきそうでとても不安な気持ちになった。

「月かな・・」っと彼が言う。「かもね・・」っと応えたもののとても落ち着かなくて。
「おしっこ・・」って彼が言うので。「わたしも・・」っと一緒にトイレに行った。

その間ほんの数分。部屋へ戻ると何ということだろう。障子には不気味なシルエットが。
まるで悪魔の手のような。おっきな毒蜘蛛が窓にへばりついているような恐ろしさで。
とても正視できない有り様。ぶるぶるっと身震いをしながら布団をすっぽり被った。

あれはきっと裏の柿の木。なんでもないただの柿の木を月が照らしているのだから。
そしたら時計が。よして欲しいのに時を知らせて。なんと草木も眠る丑三つ時である。

とにかくなんとしても眠らなくては。楽しいことをいっぱい思い出そうと躍起になる。
それなのに目を閉じると得体の知れない物が。ぶつかるようにして向かってくるのだ。

彼はといえばもう寝息をたてている。一緒に呼吸を整えてみたりしてみたが眠れない。
そうだ牧場の子羊達を呼ぼうと。可愛いのが柵をぴょんと乗り越える場面にしてみたり。
それも100匹ともなるとさすがに疲れて。ああもうめんどくさいって思ったりもする。

そうしてうとうとしながら夢をみていた。何処だろうここは何処だろうと思っていたら。
もう朝だった。かったるくて頭はずしんと重いけれども。さすがに朝は嬉しいものだ。


ふたりで朝食をとりながら「ねえ・・あれ見た?」って恐る恐る訊いてみる。
「柿の木だろ」「月がちょっと動いたからさ」「だから朝が来るんだろうが」

ああうんやっぱそうか。だよねってすごくほっとしたのもつかも間。

満月はいつ?っとついつい調べてしまった私だった。
満月まであと4日あるらしい。だとすると今夜も柿の木お化けが出そうでならない。


月はおぼろで春とする。ならばまだまだ冬らしさかな・・・。



2007年01月27日(土) いのちという名の実

金柑の実のたわわなのを見つけると。むしょうに千切って食べたくなる。
小粒だけれどふっくらしているのを。ビーバーみたいにして齧るのが好きだ。

それから。その実をお砂糖たっぷりで煮詰めたのもいい。
母さんの味がする。風邪ひかないようにねとか言っては。
子供の頃が懐かしい。甘くてちょっときゅんとするあの味。

ポテトチップスもポッキーもなかったあの頃。母親はそうしていつも。
丹念に心を込めておやつを作ってくれたものだ。金柑やさつま芋や。
時には奮発してドーナツやホットケーキや。お好み焼の時もあった。

子供心には。それは当たり前のことのように思い。母親は居て当然だと。
何ひとつ疑うこともなかったのだけれど。ある日突然という不運なことも。

人生には少なからずあるものなのだ。


面影ばかりを追い求め。時には恨みもし時には赦す素振りもしてみせては。
とうとう我が身も老いの兆しを感じ始めたこの頃。いまこうして在ることに。
やっと母を敬う心が芽生えて来たように思う。多感な少女だった私に対して。
母の与えてくれた試練は。他人には成せない価値あるものだったのだと思う。

おかげで成長し。おかげで羽ばたきもし。何事にもつよく強く立ち向っては。
これが自分の人生だと誇りのように思える時を。いまこそそれをしかと受けて。

まだまだこの人生を歩んでいかねばならない。


わたしの紅い血は。わたしの実ではないだろうか。

母がいて父がいて。わたしは命という大切な実をさずけてもらったのだ。



2007年01月26日(金) 虚ろな時の悪戯のように

曇っていて晴れて。また雲ってしまってとうとう雨が降る。
そうして雨がやんだ夜には。風がひゅるひゅると騒がしい。

私はといえば。どこ吹く風やらの心持で。いまはひたすらぽつねんとしていて。
ほどほどにすれば良いものを。また酒をあおりつつ。虚ろな時を愉しんでいる。


階下から聞こえるのは彼の鼾。とてもリズミカルである。風よりも心地良い音。
すこし動物のよう。少なからず愛しいもの。ただただ居ることに安堵するばかり。


そのくせ孤独。なんだか自分自身をわし掴みにしてしまいたいようなこれは衝動。
抑えておさえて宥めてなだめて。最後にはぎゅうっと抱きしめてあげたいものだ。


ここに座る。座ってはじっと見つめているのは。真っ白な何かなのだけれど。
絵を描けない私でも筆は持てるし。絵具を搾り出すことだって出来るようだ。

そうそう中学の時の美術の宿題みたいに。画用紙を半分に折ってしまっては。
そのあてもない色の対象を傑作だと笑えばいいのだ。呆れている先生の顔とか。
思い出しては。あの時はあれで許されたのだもの。私もまんざらではないぞと。

搾り出してみる。好きな色を選ぼう。白には青を。白には赤を。白には緑色を。
そして白には黒を。折ればきっと混ざる。折れば溶ける。折れば重なるものだ。


今宵はとにかく折れてみるのがいい。

そうして広げた自分は、きっと傑作に違いない。






2007年01月25日(木) だからわたしは

冬らしく霜の朝。きりりっとした空気を心地良く胸にしては。
気だるさを吹っ切ってみる。ぐるぐるの思考を空に投げてみる。


こだわっていること。そのことがすごくいやできにいらなくて。
どうしてもっとあっさりと。からりとうけとめられないのだろうと。
くよくよおもいつめたりしては。なだめてみたりくびをふってみたり。

なんだかちょっとつかれちゃった・・・。

楽しいこと。嬉しいこといっぱいあるのに。私はきっとすごい欲深いのに。
ちがいない。もうじゅうぶんなのになぜだろう。このうえ何が欲しいのだろう。

欲しいのはあげないからかな。もっともっとあげなくちゃ『大切なもの』を。

そしたらきっとわたしは。こころから満たされるのにちがいない。






そのいち。買物をしていて嬉しいのは。納豆がたくさんあること。
もうあっちこっち走りまわらなくても。いつものお店にちゃんとあること。

そのに。今夜は『拝啓、父上様』があること。二宮和也君がすごくいいのだ。
声がたまらない。声聴いただけでうっとりとしてしまう。かなり惚れてしまった。

そのさん。芋焼酎がとても美味しい。グルメ通販ので『他言無用』というやつ。
ほんのり甘いお芋さんの香りを味わいつつ。とろんとろんと酔うのが心地良い。


ほうらね。だからわたしはすごい幸せなんだ。 




2007年01月22日(月) 再会

朝の寒さもほんのつかの間。日中はほんに春かと思うほどの暖かさであった。

今朝は白き梅花一輪を見つける。ほくほくっと心にもその花が咲いたように思う。
そうしてあたためてぬくぬくとした心のまま。いつもそれを抱いていられたらと。

おもって落として。またひろってはすぐに落としてばかりいるのだけれど・・・。






昼下がり。職場に友人が訪ねて来てくれた。田舎のちいさな職場だからこそで。
こんなふうな思いがけない再会もある。気軽く立ち寄ってくれてありがたいことだ。

昨年生まれた赤ちゃんをさっそく抱かしてもらう。ずっしりともう重くなって。
それはそれは丈夫そうな男の子だった。いろいろあってとても苦労して産んだ子供。
察するところがあるだけに。そのことに触れるのは憚りつつ。ただただ「偉かった」ね。
あとはその命の重みに頬摺りをするほど。それは彼女の愛しい分身に他ならなかった。

「お母さんのお友達よ」って。そのつぶらな瞳に彼女が私のことをそう言ってくれて。
その一言がとても思いがけなくて嬉しかった。「ともだち」なんてあたたかな響き。


ずっと思っていた。どんなに安否を気遣ったところで。伝わりはしないだろうと。
にわかにほんとうににわかに。彼女の人生の通りすがりの顔見知りに過ぎないのでは。

ともだちの片想いだってあるのだもの。まして歳の差。それがいちばん辛かったこと。

踏み込んではいけない『線』親身になり過ぎてはいけない『線』その線上にあって。
呼んでみたくもあり。祈りたくもあり。歳月ばかりが泡のように流れてばかりだった。


今日は。ほんとうにありがたい一日だったと思う。



2007年01月20日(土) 愛しいものたち

日中は弥生の頃かと思うほどの暖かさ。ふと海を恋しく思った。




だけども腑抜けてしまったわたくしは。ただただものぐささが似合っている。
ぐるぐると慌しいのは愚かな思考のみ。投げれば返るそれはいったい何処に。

ぶち当たっているのであろうか・・・。



庭の陽だまりのクルマのなかで。本を読んでいるうちにまた眠ってしまった。
飼い犬の「ワワン」と吠える声に目覚めてみれば。そこにはヨチヨチ歩きの。
空君という名の幼子が居て。「わんわ、わんわ」って言って。あどけない姿。

おばあちゃんと堤防にお散歩に行く途中らしかった。わんわんすごい好きだって。
そういえばアンズの吠え方が微妙で。彼女は彼女なりに空君を呼んでいる声だった。

尻尾をふりふり応えているのがよくわかる。ひとの言葉が話せなくてもどかしい。
けれど。好かれているのが嬉しくてならないのだ。ワワンは「おいで」なのかも。


空君がよっちよっち。何度も振り返ってきょとんと。つぶらな瞳でバイバイって。
堤防への路地を遠ざかっていくのを。私も手を振りながらしばしそこに立っていた。

するとどうしたことだろう。ほんの一瞬。その姿が我が子の幼い頃に重なってしまう。
急いだら転んじゃうよ。ゆっくりだよ。ほうらほうら。おいちにおいちにって。


歩き始めた頃のあの誇らしげな笑顔。転んで泣いてはまたすくっと歩いてくれた。
そうしてやがて走り始めてしまうと。路地の向こうに見失ってしまいそうだった。


どれほどの時がと。どんなにそれをかぞえようとしても。
そのかずなどいまは。いっしゅんにして抱きしめられる。


わたしは我が子に育ててもらったのだと。いまはおもう。


ワワン。ワワンと。今夜はとても子供達が愛しくてならない。






 < 過去  INDEX  未来 >


anzu10 [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加