| 2006年11月20日(月) |
篭の鳥。一羽います。 |
雨あがりの朝のこと。何処からかそれはすぐ近くのようで見つけられず。 山鳩がしきりに鳴いている声が聞こえた。誰かを呼んでいるふうであり。
ふとたまらなく。せつなさがこみあげてくるのだった。
『逢いにきたのになぜ出て逢わぬ ぼくの呼ぶ声忘れたか あなたの呼ぶ声忘れはせぬが出るに出られぬ篭の鳥』鳥取春陽
浅学菲才の身ではあるが。なぜかこのうたは知っていて。 ずいぶんと昔。おそらく母ではなかったか。いや父だったのかもしれない。 幼い子供に『逢いたさ見たさに恐さを忘れ』とはよく教えたものだと思う。
おかげで19で篭の鳥とやらになってしまったではありませんか。父よ母よ。
一度は逃げてしまったけれど。またまた今も篭の中。とくに苦しゅうはありませんゆえ。 どうか安心して下さい。私はもうじゅうぶんに恐さを知っておりますから。
ここが好きです。ここ以外の何処がわたしの住処だというのでしょう。
子供を産みました。子供を育てました。子供がおとなになりました。 彼がすこし老いました。私も負けずに老いました。母はもっと老いました。 父はとうとう死にました。
どうしようもなく遥かに。時代が流れました・・・。
| 2006年11月17日(金) |
真紅の寒木瓜が咲いたよ |
初冬らしくあり日に日に朝晩冷えるようになった。
もう菊さえも枯れ始めてしまって。あたりは雀色のいちめんになりつつある頃。 先日の真紅の山茶花についで。今日はこれも真紅の寒木瓜の花を見つけた。
そのただいちりんの健気なことこのうえなく。葉もなく枝は冬枯れているのに。 今日を選んで咲いたかのようなその微笑には。陽だまりのやわらかな光がよく似合う。
職場の庭続きにおばあちゃんが住んでいて。血の繋がりこそない義理の仲とはいえ。 母の姑であるから。やはりながねん接していると気兼ねもなくなり身内のように感じる。
89歳の高齢でもあり認知症が進んでいるようでもあるが。畑仕事が大好きな彼女であった。 しかし。身近には畑がなく。それでも毎日鍬を提げて出掛ける場所というのがあり。 そこはなんと職場に隣接する廃車置き場で。いまは枯草が夥しく広がっているばかり。
そこでほぼ一日中彼女は。その枯草をひたすら夢中のように掘り起こしているのだった。 よほどの雨でも降らない限り休むことをしない。木枯らしのなかでもびくともせずに。
何かの種を蒔くのでもない。なにかを育てるわけでもない。時には石ころも拾っては。 顔は紅く上気し薄っすらと汗をかいている時もある。その姿を気遣い終に見兼ねては。 止めるとこれがもの凄い怒った顔をして。たちまち不機嫌になってしまうのだった。 好きなようにさせてあげようではないか。とうとう皆でそう決めたのであったけれど。
今日もお昼のサイレンに気付かぬふうで。何かにとり憑かれたような姿を見つけた。 止めれば怒るからと思えば躊躇もするが。さすがに気が咎め。何よりも憐れでならず。
駆け寄って行き。もうみんなお昼しているよとおしえてあげると。ふっと顔をあげ。 彼女はやっと空を見上げた。「おうおう、おてんとさまがお昼じゃねえ」と微笑む。
そうして少しふたりで肩を並べて歩くとき。その真紅の寒木瓜の咲いているのを見た。
「寒うなったに、この子は偉いのう」「ええ子じゃ ええ子じゃ」となんと嬉しそうな顔。
そうして「お昼もわからんような、わたしゃあボケの花じゃねえ」と声をたてて笑った。
そう。ただいちりんの真紅の花。その後ろ姿が家路に向かうのを見届けながら。
なんだか胸がいっぱいになり。ほろほろと涙がこぼれそうになった・・。
老いるとは。なんとせつないことだろう。
されど。老いるとはこんなにも優しく咲くことも出来るのだ。
| 2006年11月16日(木) |
風に吹かれていたい日 |
今日はすこしだけざわざわのいちにちだった。 だけどなんとなく肝が据わっている気配もあって。 わずかに成長したなのだろうか我が心根も逞しく。
こんな日の空ほど。つつと流れていくものであり。 とり残されては駆け足で進む道は石ころだらけに見えるものだ。
とある場所へ相談がてら。ほんとは抗議も半分で押しかけたのだけれど。 低姿勢でいるべきところをついつい声を荒げてしまったりで。なんだか。 もしかしたらこれが自分の真実の姿ではないかと思うと。オソロシかった。
観念しないさいと言わんばかりに。相手は自信に溢れていて。愚かにも私は。 同情を期待していたらしく。情け容赦ない様子にすっかり負けてしまったようだ。
もうすっかり決まっていることを覆そうとするのは。ほとんどこれがあがきでもある。 それでも勇気を振り絞り立ち向かって行ったけれど。法律は強し。人情は儚しだった。
私だって観念はする。反省もする。感謝だってちゃんとする。
「ありがとうございました」と深々と頭を下げると。その人がふっと呟くように。
「僕だって明日のことはわかりませんよ・・」と言った。
なるようになるのだから。いまがそのいちぶだとすればこれもなっているのだし。 すべてをじゅんちょうとなづけるのがよいなら。それがあるから進むことも出来る。
おもてに出ると。優しくはない風がひゅるひゅると声をあげて吹き荒れているのが。
なぜか心地良く。わたしはもっともっと風に吹かれていたいなと思った・・・。
| 2006年11月15日(水) |
希望だとすればまだ前途がある |
とうとうと冬枯れていく景色のなかにいて。空はくるしいほどに青く澄む。 薄茶の草原に草を食む子牛たちのいちばんちいさいのは真っ黒な牛であり。 耳に付けられた黄色の札にいく末を儚みつつも。そのあどけなさに心が和む。
国道へと向かう道筋の小川の流れる小高いところが私の帰り道で。例の栴檀や。 すっかり裸木の桜並木や。川辺のすすきは老いても風になびくことを忘れずにいて。
今日などは真紅の椿かと見間違うほど紅い山茶花を見つけた。毎年のことが。 なぜかどうしてかこの頃は心に沁みてならない。ひしひしと何かが迫るような。 この心もとなさを何と名付ければよいものか。とにかく何処だかに行かねばと思う。
歳を重ねるということは。もしや不安なのか。希望だとすれば前途がまだある。

父の命日だった。もう丸三年を経てしまったようだ。
あの日夕暮れて午後6時30分だったことを記憶している。 ふと父に電話してみようかなと思い時計を見たというのに。 まあ今日でなくてもいいかと。ついついそのまま明くる日になってしまった。
ほぼまるいちにち。父は誰にも見つけてもらえずに息絶えていたのだが。 死亡推定時刻は前日の夕刻。午後6時過ぎ頃と聞かされ。ただただ愕然とした。 それはひたすらの後悔であり。間際に父が私の名を呼んでくれた証に他ならなかった。
思い立つとき。それがふっとなにげなくであってもあやふやにしてはならない。 ひとは一瞬で失うものがあまりにも多く。その大切さを忘れてはならないと思う。
こうして時を経て今では。坂本龍馬の誕生日と命日と同じで。それが父らしくもあり。 サチコなどは。おじいちゃんってかっこいいねと言ってくれるくらいの父であった。
ひとのために身を滅ぼし。それでもひとを救うことを最後まで諦めずにいた父を。
わたしは尊敬してやまない。
信念をもって。つらぬくひとになりたいと強く思い続けている。
| 2006年11月14日(火) |
ちくたくちくたくぼーんぼーん |
天気予報は雨のち曇りだったけれど。その雨は天気雨だった。 ここいらでは日和雨ともいう。そういえば狐の嫁入りともいうらしい。
恵みの雨というわけにはいかず。ささやかな雨の雫は風に飛ばされては。 夕暮にはやけに紅い太陽がもうさようならのふうで。夜がまた駆け足で。 やって来た。さいきんはあっけない。なんだか物足りなくも思うのだが。
終えれば平穏で。苛立つことも特になく。ぽつねんとそこに佇んでいるのだった。
差し向かいで夕餉のひと時など。このところの心を痛めるばかりの世の中のことを。 彼と話すことが多くなった。とても根本的なところで何かが歪み始めていると。 いくらふたりで討論をしても。世の中を変えられるはずなどないのが悲しいと思う。 救えるものなら救いたい。ふたりともいきつくところはつねに同じ思いなのだが・・。
嬉しいことはいつも思いがけずあり。さっきサチコが上機嫌で帰って来たのだが。 地元の情報誌に写真が載っていて大喜びだった。次はテレビやねついにデビューやと。 すぐに調子に乗るところは誰かさんとよく似ている。くすくすと笑いながらも。 太陽のような我が娘を愛しく思う。母はすごい親ばかだけれど。親ってそうでなくちゃ。
笑い合ったあとの静けさ。これもつねで。また自室にこもっては独りをたのしむ。 ラベンダーのお香をたき部屋中がそれで満たされるのを。その微かなけむりがまるで。 生き物のように漂っているのが。安堵に似ていて。心地よく時がちくたくと進み出す。
わたしは恵まれているのだなと思う。足るを知るは最上の富だ・・。
| 2006年11月13日(月) |
こぼれるままにこうしていよう |
まだ葉を残した仰ぎ見るほどの梢の天に近いその場所で。 栴檀の実が色づき始めた。粒々の黄の数珠のような花のような。
懐かしさは。幼い頃だったのだろうか。いいえ違う。あの頃は。 こんなふうに見上げたことなどなかった。無邪気に走り回っていたのだろう。
この木が好きだなって思ったのは。ついほんの数年前のおとなの私だったから。 懐かしさは。また巡ってきてくれた季節への感謝と。いまここに在る身の確か。 なのかもしれない。空が高く青く澄むほど。こころにいっぱいの実があふれる。
こぼれるままにこうしていよう。落ちればひとつふたつだけ手のひらにのせよう。

いちむじんのファーストアルバムを買った。
気が遥かへと遠くなる。とても目をみひらいたままでは聴いていられない。 そうして閉じたまぶたのすぐ間近に草原が果てしなく広がっているように思う。 走ってなどいない。歩いてもいなくて。ただただ立ち尽くしているような時だ。
どうしようもなく重かった肩の荷を。ふっと降ろしてみると心が涙するほどに。 かるくかるくふわりっとしてくるのだった。こんな安堵がこんなやすらぎの時を。
欲しがることから。すこしわたしは逃げていたのかもしれなかった・・・。
きみにきかせてあげたい。いま。つよくつよくそうおもっている。
| 2006年11月11日(土) |
わたしはぎゅっと抱きしめられた |
ひさかたに雨が。心もとないふうにはらはらっとか細く降った。 おのおのの畑では。ほうれん草や白菜や。ブロッコリーなどが。 からからに乾ききった土に根をして。空を仰ぎ雨の恵みを待っている。
思いどうりにはいかないものだ。願うならばほんのいちにちでよい。 絶え間なく降り止まぬ雨というのを。さずけてあげて欲しいものだ。
夕暮れてまた西風が強くなる。かたかたと窓を震わしている夜が来て。 熱燗とおでんとお風呂と。私にはもうこれでじゅうぶんとさえ思える。 足りないことばかりを思っていた頃など。なんだかとても遠い昔のようだ。
私は。もっともっとのひとだったらしい。ひとつでは足りないからもうひとつ。 そのもうひとつでも足りなくてもっとたくさん。今思えばなんとも愚かなこと。
結婚というのをしてみて25年が過ぎ。やっと安住の地にいることに気づいた。 幾度も逃れたがっていて。幾度も死にたがり。どれほどひとを傷つけたことか。 懺悔なくしてこの先を生きるべきではないくらい。今はこの身で償うしかない。
今日ふと。あの日のことを思い出した。
あの日も死んでしまいそうだったから。電話ボックスの中で崩れ落ちるように。 彼を呼んだのだ。いますぐ来て。どうしても来て。あいたいよいまあいたいよ。
だけど彼はとても厳しい口ぶりで。いまは駄目だ。どうしても行けないと言った。 もうそれいじょうの絶望はなかった。もうこれですべてが終ったんだと思った・・。
目の前が真っ暗になった。ただただ涙だけは生きていて溢れてくるばかりで。 独りの部屋へと帰ったけれど。玄関からもう歩けずそこから身動き出来なくなった。
天井が落ちてくる。壁が今にも崩れ落ちると思った。私はこの部屋に押し潰される。 その恐ろしさが。それは寂しさだったのかもしれないけれど。ほとんど恐怖だったのだ。
いったいどれくらいそうしていただろう。路地の向こうから足音が聞こえて来た。 そのひとはとても急いでいてとても駆け足だった。たったったっと近づいて来る。 そしてコンクリートの階段を上がってくる。もうすぐそこまで。ああ誰なんだろう。
その時ドアが。鍵をかけ忘れたドアがとても乱暴な音で突然に開いたのだった。
わたしはぎゅっと抱きしめられた。その時たしかにそこで。私は救われたのだ。
おでんの玉子がちょっとしくじってしまって。殻が上手に剥けなかったのを。 やけにちっこいなと彼が笑って。玉子好きだから何個入っているんだ?とか。 気にしながら。8個だよと言うと。じゃあ3個俺だなとか言って嬉しそうにして。
わたしは玉子ほどではないけれど。明日こそ美味しい蒟蒻みたいにありたく思い。 お鍋のなかでひたひたっといろんな思いに浸っているのが。もっかの幸せであった。
あの日救われたことを。今日。思い出せてほんとうによかった。
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