従兄弟のお通夜からさっき帰って来たのだけれど。 なんだか平然とし過ぎている。あっけらかんとこれはどうしたことだろう。
かと思えば切羽詰ったような気分にもなり。今夜でなければいけないように思い。 サチコを自室に呼び入れては。『もしも母が死んだらの時』のメモを見せていた。
それを書いたのもついさっきで。明日にすればとサチコが笑って言ったのだけど。 明日では不安でならなかったから。とにかくすぐに書いておきたかったのだった。
お葬式に友達がひとりも来てくれなかったら寂しいでしょう。とか言いながら。 年に一度会うか会わないかの『友達』の自宅の電話番号。知らせたらきっと皆に。 伝えてくれるはずだった。どんなに遠くてもきっと駆けつけて来てくれると思う。
それからバド仲間。クラブのことを引き受けてくれるだろう信頼出来るふたりの。 電話番号。お葬式にも来てくれるかな。来てくれたらすごい嬉しいなあって思う。
そしてあのひと。サチコにはいつも話しているひとなのでサチコにしか頼めない。 携帯電話はいつ不通になるかわからないから。念のために自宅の電話番号も記す。 いつかはきっと会えるのかな。その時わたしは生きていてはいけないように思う。 お墓に来てくれたらいいな。やっとやっと会えたねっていっぱい微笑みたいなあ。
それからネットのお友達。迷ったけれどただひとりにした。私と同じ名前のひと。 彼女なら冷静に対処してくれると思う。追悼文とか書いてくれたらすごい嬉しい。
そしてここ『エンピツ』は。そのままログイン出来るからサチコが書いてねって。 みなさん今までありがとう。母は死にました。サチコ。ってきっと書いてねって。
言ったら。サチコがもうもう堪えきれない様子で笑い転げてどうしようもない。 母さん。その前にこのPCが死んじゃうよぅ!うむ・・確かに今にも死にそう。
それでも母はまくし立てる。母さんのリブにちゃんと餌をあげてね。 まきしむ君とちゃぺす君は飼い主がもういないから面倒見てあげてね。
それからミクシィはね。ここだからねっとマウスで矢印してぱっと開いて見せて。 やっぱここにも『死んだ』って書いておいてよね。お願いだよきっとだよサチコ。
へらへらへら。サチコはちっとも真面目じゃない。洗った髪をタオルでもじゃもじゃしつつ。 母がこんなに頼んでいるのに。はいはいはいと返事を連呼するのはよくないんだぞ。
しょうがないなあもう・・・。
大切なメモは。豆地蔵さんに預けておくことにした。
そっと手を合わす。「どうかたくさん生かせてください」と。
やはりどうしても。私はそう呟いていた。
| 2006年10月29日(日) |
夕暮には「ありがとう」 |
なんだかいろんなことがあったいちにちなのだけれど。 空も風も穏やかでいて。ぐるぐると回り始めた風車が。 きゅるっと軋んだ音をさせてのち。ゆっくりと静かになった。
朝は。まだ夜も明けぬ頃で。何かに突かれたようにはっと目覚める。 デジタル時計の薄ぼんやりとした灯りは。まだ午前四時を少し過ぎた頃だった。
日曜なんだって思い。また浅い眠りにつく。そしたらまた怖いような夢を見てしまう。 それはカラダが壁に吸い込まれる夢だった。「おとうさん、おとうさん」と彼を呼ぶ。 壁がザラザラしていてとても気持ちが悪かった。ほっぺのところが痛くてたまらない。
こんな時はいつもお父さんが助けてくれる。それは幼い頃からずっとそうだった。 そのお父さんがいまでは彼で。私が声を限りに呼んでいるのも彼にほかならない。 しかし呻き声らしかった。私はちゃんと「おとうさーん」と呼んでいるのに不思議だなと思う。
そして午前5時。まだ闇の中。家の電話がけたたましく鳴り始めてまたはっとする。 それは。彼の従兄弟が亡くなった知らせだった。四時を少し過ぎた頃だったらしい。
夜明けを待てず。とにかく大急ぎで駆けつけたが。その顔はもう白い布に覆われていた。 悲しみはいうまでもない。けれども漠然と突きあたるのは。またひとが死んだという事実だった。
そしていつもとかわらぬふうにあって夜が明ける。 お通夜は明日で。従兄弟はまだ仏さんではなく病人と同じなのだと皆そう言って。 それぞれが肩を落としつつそれぞれの家へと帰って来たのだった。
少し遅い朝食。食後のコーヒーは変らず。いつもと同じに洗濯機をまわす。 今日は甥っ子がバドミントンの大会に出るので。応援に行く約束をしていた。 毎回欠かさず私も参加している大会だったが。今回はなんとなく躊躇してしまい。 やはりやめておいてよかったのだなと思う。だけどとにかく約束は果たしたいものだ。
そうして出掛けようとしていた矢先のこと。また思いがけない知らせが入る。 甥っ子とペアを組んでいる子が急病で出られなくなったのだという。 このままでは棄権するしかなく。とても楽しみにしていた甥っ子が可哀相でならない。
私が行かなくちゃっと思った。その時大会本部からも助っ人求むの電話が入る。 大急ぎだった。スポーツバックをクルマに放り込んでぐんぐんと走って行った。
甥っ子は中学生なのだけれど。地元の中学校には通ってはいなかった。 不登校の子供達だけの学校があって。この春からずっとそこで勉強をしている。 おとなしく消極的で友達もいなかったのが。今ではその学校の人気者になっているらしい。
自信をつけさせてあげたかった。まだどうみても子供なのが大人ばかりの大会に出る。 初心者クラスとはいえ。対戦相手は地元の専門学校生ばかりで三試合を頑張った。 自分よりもずっと背の高い相手に。甥っ子は怖気もせずバシバシ打ち込んでいく。 全敗だったけれど。なんとも心地良い負け方で。えらいぞっていっぱい褒めてあげた。
夕暮れて。甥っ子が。玄関の戸を開けるでもなく庭先から声がして。
「おばちゃん 今日はありがとう」っておっきな声で叫ぶように言って。
照れくさそうに路地を走って帰って行った。
おばちゃんも「ありがとう」だよ。今日ってなんかすごくいい日になったんだよ。
今朝のこと。峠道にさしかかるすこし手前の山里で。一軒の民家に立ち寄る。 県道脇にクルマを停めて坂道をよいしょよいしょと。「おはようございまーす」 と。我ながら元気な声が出る。「ほーい」と応える声がトイレらしきところから。 聞こえてきて。そのドアの前でしばらく待っていた。なんだかくすくすと愉快な朝。
おじさんがズボンのチャックを上げながら慌てて出て来たので。朝からすみません。 どうもどうもと謝りながらいて。私のくすくすは止まらずそれが微笑みになった。
仕事がらみの用事を済まし。おっとっととつんのめりそうになりながら坂道を下る。
その坂を下りた所に『伊平さんの墓』と立て札があり。その草の中に古いお墓があった。 いつもは止まることもなく見過ごしてしまいそうな場所で。すぐ横の小さな祠は。 以前から気になってはいたのだけど。そこでクルマから降り立つ事などなかった。
伊平さんは。ずっと昔に巡礼の途中。この山里で病に倒れ亡くなった人のようだ。 その尊い亡骸を村人が手厚く葬り。ずっと今でも供養をしているとのことだった。
苔むして少し傾きかけてはいるけれど。そのお墓の周りは雑草が生い茂りもせず。 つい最近刈ったと思われる茅などが奥の竹やぶに横たわっているのなどを見ると。 やはりほっとする。なんぼか故郷へ帰りたかったであろうけれど。伊平さんはここで。 一生を終えたことを悔みはしないだろうとさえ思える。志しなかばではあるけれど。
死とは。もうこれが運命だともいえて。この山里で心安らかに眠る事が今は幸せだと思う。
私はただただ手を合わすことしか出来なかった。
しゃりん。しゃりんと。その時鈴の音が間近に聞こえ。はっとして振り向いてみると。 すぐ下の道を歩いてくるお遍路さんがいた。それはすごく不思議で。どうしてって。 それはこの道を通って来た私だから。途中で出会って追い越しているはずなのに。 いくら記憶を辿っても。今朝はまだひとりも出会ってはいないはずだったから。
その証拠に。この鈴の音。こんなに響く鈴の音はかつて聞いたことがないと思う。
しゃりんしゃりんと。ああなんとしても声をかけたいと強くつよく思ったけれど。 またもや小心者に成り下がり。情けないことにクルマに飛び乗り。先へ先へと。
その時。確かに彼を追い越してしまった・・・。
峠の空は今日は曇り空。ぼんやりとした心にだけは鈴の音がずっと響き渡っていた。
か細く。今にも消えてしまいそうな声で。鈴虫が鳴いている。 あちらからこちらからではなく。ただ独りの声は少しせつなく。
三日月の夜だから。そっとしておいてあげたくなるのだ。呼んでいる。 彼は誰かを待っている。今夜限りの声ならばどうか見つけてあげてよ。
私には夜風が似合う。少しひりりと。もう痛くなったこの風のことが。 私は好きで。少し窓を開けてみては招き入れている。きりりっとして。 なんだか澄み渡る。心のどこか一部分の。私の汚れが風になるのがいい。
今朝。思いがけず。それはそれは嬉しいメールが届いていた。 私はいつも不確かだったから。いつだって不安だったけれど。
書いていてよかったんだなと。このままで大丈夫なんだなって思った。 誰かを傷つける。誰かの気に障る。それがもっとも悲しいことだったから。
誰かがほっと微笑んでくれる。誰かがほんの少しでも元気になってくれる。 それが私の喜びであり。幸せなことだった。こんな私でも誰かの役に立てたら。 この上ない事のように思う。それがどんなに思い上がりでも。私は私の信念を。
折ってはいけないのだと思う。だから立つ。もう老い始めてもう枯れ始めて。 いるのかもしれないことに。誰よりも気付いているのが。わたしなのだから。
みじめな姿を晒すわけにはいかない。私はもっともっと精一杯生きていきたい。
若いひとは。懐かしくって。なんだかとても恋しくて愛しい我が子のようだった。 ああ。このひとは。私がかつて殺した子供。生きていればと死んだ子の歳を思う。
どうしたの?なにがあったの?私は無性に抱きしめたくなるのだったけれど・・。 それが私の身勝手だと充分過ぎるくらいわかっているから。執着しつつも距離を。 おかなければいけないことが。すごくすごく辛くてたまらないのだった。
書く。きっと読んでくれる。確信は時々揺らぐけれど。書く。
ねえ。一緒に空を見上げようよ。ほら。今日の夕陽はすごいすごい紅いね。
猫じゃらしのゆらゆらしているとこ。薄の穂の優しさ。野菊の愛らしさ。
みんなみんな。きみにあげたい。きみに見せてあげたいんだよ。
だから。書くね。死ぬまで書かせてね。
今朝もいつもの峠道。もうその頃なのか山茶花の花を見つけたのだった。 誰かが植えたというのではなくて。雑木林のあいだから白くやわらかく。 そっと静かに顔を覗かせていては。健気で愛らしく心がほっと和むのだった。
たしかめるようにうなずくように。また巡り来た季節を受止めていく。道は。 天へ天へと昇るように高く。登りつめた峠にはただただ真っ青な空が広がる。
まぶしい朝だった。ついさっきのこと川辺の道で光に満ちた川面に見たそれが。 今度は杉木立の雄大な山を照らしている。少しも不思議な事ではないはずなのに。 なぜか不思議に思えて。こんなふうに感動しては始まる朝がありがたいと思った。
ふっと。この道がなければ生きていけないようにさえ思える時がある。 朝の渋滞。信号待ち。自動車専用道路を時速90キロで突っ走ることなど。 わたしの朝にはふさわしくないのだと思う。もしずっとそんな道ならば。 たとえ道端に野菊が咲いていたとしても。私は気づかずに行ってしまうだろう。
だから。ほんとうにありがたい道だと思っている。
気分が。本日も良好でなにより。どうかどうかこのままそっと在りたいものだ。
| 2006年10月23日(月) |
心がけだよおっかさん |
目覚めるとかすかに雨の音。ひたりひたりと何かを忍ぶような水のおと。 私は薄っすらと寝汗をかいていたらしく。その身が欲しがるように窓を。 そっと開けて見ては。まだ夜の明けぬほの暗い庭の草花が濡れているのを。
撫でるように眺めていた。ゼラニウム。初雪かずら。レモンバーム。薔薇。 優しい雨というものはありがたいものだった。みんなみんな嬉しそうな朝。
そうしてまたゆっくりと日常が始まる。厚焼き卵とお味噌汁と大根菜の浅漬け。 軽く冗談も言い言いしては。彼がぷっと笑い出すのがたまらなく嬉しいのだった。
始めよければ終わりよしと。この頃は特にそう心がけているらしく。とにかく。 朝から愚痴など言わないことだ。しかめっ面をしないことだ。たとえ二日酔いでも。 イテテイテテ〜ヨと歌えるくらいに陽気であるのが。私の良いところだと思う。
一日は早いようで。実のところいろいろあったりするのが当たり前の事だった。 だからそうなんだ。当たり前のことにとやかく拘らないでいるのがとてもいい。 さらっとさらりと。この頃は私も成長したのだろうか。そのさらさらが上手くなった。
だけどちょっと猫かぶりもしてみる。どこかに穴を掘って大声で叫びたい時など。 にゃんともしょうない顔をしてすましているのだけれど。それもなかなか上手いのだ。
まあすこうしは自信過剰。自尊心などは多大なほどで。この先も生きると思う。
見過ごしてはなりませぬぞ。これは自分探しの永いながい旅であります!
いつもと同じ時刻に目覚めては。布団の中にいてNHKだったのだろうか。 落語をやっていて。虚ろな目と耳でなんともなしに聴いていると思いのほか。 それが面白く。早朝から大声で笑い転げてしまった。そんな日曜もよいもので。
夢見が悪く。どうしてあんな夢をみたのだろうと不安だったのも嘘のように思えた。
とうの昔に亡くなった叔父が。どうしても話しておきたいことがあると言って。 差し向かっているところに紙を広げ。漢詩のようなものを書き綴って見せたのだった。 意味がよく解らず。それはどんな詩なの?と問い返す間もなく。フラッシュして。 今度は数年前に亡くなった知人の息子さんと手に手を取って逃げ回っている場面だった。
ふたりはなぜか裸で。いったい何に追われているのか。なんだか薄暗い屋敷の中で。 とうとう追い詰められてしまって。そこは布団部屋のようなところだったけれど。 その彼が。「ここで待っていて。必ず迎えに来るから」と言い残し私の髪を撫でた。
だけど独りはすごく心細く怖くて。私は裸のままおもてに飛び出して行ったのだった。 そこは真昼で陽の光が眩しく。私は胸元を庇うようにしながら草むらに蹲っている。 そしたら左側から。なんと花魁行列がやって来た。鮮やかな着物の柄が次々と過ぎる。
私は叫んだ。どんな襤褸でもいい。何か着る物を分けて下さい。お願いですどうか。 そしてまたフラッシュ。私は誰かに捕まってしまったのだろうか。布団に寝かされ。 とうとう金縛りになった。まわりにたくさん誰かがいるけどその誰の顔も見えない。
枕もとに湯のみがおいてあるらしく誰かが水を注ぎ始めた。ひぃ!と叫び声を上げる。 その水の音は何とも言えず不気味で。一瞬頭をよぎったのは『死に水』という言葉だった。
やっとやっと目覚めて朝が来る。夢だとはわかっていたけれどあまりにもリアルで。 一晩中逃げ回っていたような疲れは免れようもなかったのだけれど・・・・。
朝の落語はとてもありがたかった。笑えるということは生きている証しのようだ。 気を取り直す事はいくらでも出来る。きっかけというものだってちゃんと在り得る。
日中はどこに出掛けるのも億劫で。ずっと家に引きこもっていたのだったが。 息子君から電話があった。「焼肉しようよ!」と。お肉も買って来てくれるそうだ。
おかげで今夜は家族5人となり。ビールはあっという間に4リットルもすすむ。 母のテンションはすっかりいつもと同じふうで。みんなを笑わせては喜ぶばかり。
もうだいじょうぶ。今夜はきっとぐっすり眠れる。
ありがとう。ありがとうね。
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