しっとりといちにちじゅう。雨は降らなかったけれど。なんだかぜんぶ。 濡れているようにおもった。このまえ紫陽花がまた新しく咲いているのを。 見つけたばかりだったが。なんと我が家の庭の紫陽花も咲いていた。白いの。
狂い咲きだっていうひともいるけど。きっとそうじゃない。思い出している。 そんな雨の日がずっとだからだろう。思い出さずにはいられなくて咲くんだ。
気温がいっきに下がったようで。ずいぶんと過ごしやすくなった。 今夜もバドの日やって。すぐ近くの小学校の体育館で汗を流した。 暑さでからだが火照ってしんどさでふうふうするのがなくなって。 適度に汗をかくのがすごくいい気持ちだなと思う。そして楽しさ。
だけど。ちょっとマイナスに感じるのは。やはりみんなすごく若くて。 もしかしたら自分は異分子ではないのだろうかと。ふと不安になった。 気だけは若い変なおばさんって。ああもしかしたら思われているかも。
いかん。いかん。そんなこと考えてたら。どんどん駄目になっちゃう。
帰るとき。「お疲れさん」って言い合って。私よりずっと若い仲間が。 なんか今日はいまいち調子が悪かったとか。もう歳なんだろうなとか言う。
ちょいまちな。そんなこと言うたら。あたしはどうなるんだようって。
あはあは笑い合う。あたしはあと10年頑張るぜ。そしたらひとりが。
じゃあ俺はあと20年やな。じゃあ私はあと30年頑張るうって言う。
じゃあ・・僕はあと40年って。いちばん若い仲間が笑った。
| 2006年09月12日(火) |
みかちゃんの忘れもの |
午前中。ひどく大粒の雨が叩きつけるように降った。はらはらするような雨。 空は怒っているわけではない。空は悲しくて泣いているのでもない。そらは。
ただ。さからうことをしないだけなのだ。
昨夜。いっきに遠い日のことを思い出してしまって。 今日はずっと『それから』のことをたくさん思い出してしまった。
書きたい気持ちでいっぱいになって。そうしてすごく迷ったあげく。 書かないことに決めたのだった。書けばきっと満足することだろう。
後悔やら懺悔やら。どれほどのことが自分を襲って来ても。それが。 あたかもひとつの物語みたいに自分のなかで完成されていくことを。 もしかして誇りに思うのだったら。私は書くべきではないと思うのだ。
三十年という歳月は遥か遠いことのようで。それでいてこんなに近く。 私のなかで生き続けているということらしい。だからこそ歩めたのだから。
これからも歩んでいくことにしよう。
「みかちゃん、忘れ物です」 最後の荷物の中に入っていた彼の走り書きが。
どんなにか嬉しくて。どんなにか哀しかったことだろう・・・。
青空がすこしだけぼんやりと。やわらかな陽射しにつつまれていた。 黄花コスモスが咲き始めては。なんだかちっちゃな向日葵みたいだ。
それは百日紅のほのかな紅よりも鶏頭の血のような紅よりも鮮やかで。 幾日もの濡れた緑に爽やかに映える。生まれたのだという誇りのよう。
そんなふうに。ちいさな秋に。今日は出会った。
仕事をしながら。今日はいつもよりずっと忙しくて。そのことを嬉しく思った。 めまぐるしくありたい。ふうふうするくらいまっしぐらにいまはありたいのだ。
それなのに。ふっと思い出してしまったことがある。 初めて就職というのをした頃のことだ。本屋さんだった。 ふつうに書店というのじゃなくて。そこはカタログ販売というか。 百科事典とか文学全集とかいう何万円もするような本ばかりを扱う。 東京に本社がある書籍販売会社の。田舎の営業所のひとつだったのだが。
私はそこでお茶汲みやら電話番やら。とりあえず営業事務のようなことを。 それでも結構これはいいかもと思うくらい気に入って勤めていたのだった。
朝は全員でラジオ体操。その後の朝礼では所長がやたら大声で喝を入れて。 営業の人達が。まるで出陣するように一斉に出掛けて行く。最期に所長が。 じゃあ後は頼むよって出掛けると。後は殆ど夕方まで独りきりだったのだ。
営業所の壁の半分は巨大な本棚だった。子供向けの絵本や紙芝居まであった。 復刻版といって。昭和初期に発刊されたような本をそのまま復元したものや。 それは手に取るとドキドキするくらいの。なんともいえない重みがあったり。
時々配送係の『速水ちゃん』が荷物を取りに帰って来た。 とても無口なひとで。必要以上のことはしゃべらないけれど。 なんか素朴で。なんか笑うと顔がくしゃくしゃになるところが愉快で。
ついついちょっかいを出したくなるひとだった。 話し掛けると目がきょとんとなる。そして照れくさそうに応えてくれる。
そういうのが。そんなのがいつしか私の楽しみになっていたのだった。
営業の人達がすごく頑張ってくれた時は。配送がどんどん忙しくなっていく。 ある日の休日に。私は速水ちゃんの助手をすることにした。所長には内緒で。 速水ちゃんのノルマはすごくて。どうしても休日返上しないと追いつけない。
一緒に行きたいと言ったら。ああ・・うん・・まあいいかと彼は応えたのだ。
そこはクルマで3時間くらい遠いところだった。養護施設の庭で子供達がいて。 「お兄ちゃ〜ん!」とたちまち彼は子供達にかこまれてしまいすごく照れている。
私はそこで。いままでほんとうに気づこうともしなかった彼の優しさを見た。 私が好きだなって思った笑顔で。子供達の頭を撫でている。みんなみんな笑顔。
そして。とうとう。それはどうしようもなく。
私は恋に落ちていったのだ・・。
空が重くておもくて雷雨だったり。午後はゆっくりと明るくなった空。 久しぶりに夕焼けをみた。はにかんでいるような照れているような空。
懐かしくてアルフィーを聴いていたら。むしょうにギターが弾きたくなった。 じぶんにとってそれは青春で。高校時代に買えなかったのを就職してからやっと。 買えたのだった。結婚した時も持って行った。離婚した時も持って出てから。 また結婚する時ももちろん抱えて行ったのだ。育児に追われるようになってから。 それはちょと目を離した隙に。幼子の玩具になってしまったりもしたのだったが。
ときどきは弾いた。とても下手で弾けない音がたくさんあったけれど。好きで。 あの海辺の教室の。放課後の。まさ君やけんちゃんと過ごしたかけがえのない。 青春のアルバムを。そうしてめくるように懐かしんでは。ぽろんぽろんと音が。
涙みたいに流れ落ちてくるのを。いくたびもいくたびも受け止めては遠く想った。
そうして意に反するように時は加速し続けては。まるで約束していたかのように。 私のギターはいつのまにか。息子くんの部屋に立てかけられるようになっていた。 『山崎まさよし』がすごく好きらしく。よく弾いていた。声がよく似ているのだ。 そうほめると。もうすっかりなりきったようにうっとりと弾くのが。母は嬉しくて。
そしてとうとうあの日「持って行くからな」って彼は言って。とても大急ぎで。 「俺のだから」って抱えて行ってしまったのだった。ぽかんぽかんとなんだか。
それは寂しさに似た門出であったが。私の青春が彼の青春に姿をかえていたのを。
母はそのとき。すごくはっとしながら気がついたのだった。
弦が切れたら張り替える。また切れたら張り替えればいい。
私のギターは。きっとこれから。また新しい青春に出会えることだろう。
| 2006年09月09日(土) |
雨と陽と雨と陽と雨と |
空はこのうえなく不安定。雨と陽と雨と陽と雨と。
それはちょっと酒に酔ったあたしと似ていて。 笑い上戸と泣き上戸。笑いながら泣いているというところ。
とくに悲しいわけではない。嬉しいと涙出ちゃうのらしい。
さて今日は。ひさかたの肉体労働に励んだ。 冬場の家業の準備がそろそろ始まったのだった。 干潟で。有明海のムツゴロウみたいに泥にまみれて。 海苔養殖のための竹杭を打つ作業だったわけだが。 しんどいけど。これがまあまあの愉しさでもあった。
あたしというひとはすごく肉体を酷使するのが好きなようだ。 とことん追い詰めるというか。極限っぽいのがむしろ快感に思う。 いいかえれば苛めるというのか。もしかしたらそんな性癖でもあるのかも。
しれない・・・・。
遅い昼食のあと。また何かにとり憑かれたように本を読んだ。 私は学もなくそれほどの識もなく。書評めいたことはずっと避けてきたが。 これだけは薦めたいと思う一冊に出会った。久々の『文学』に溺れたというか。 自分の身を満たした血潮のようなものを。自分以外のひとに浴びせてあげたい。 そんな気持ちでいっぱいになってしまったので。書き記しておきたいと思うのだ。
大原富枝『婉という女・正妻』(講談社文庫)である。
土佐藩家老、野中兼山の娘。わずか四歳の幼子が父の失脚のため罪囚の身に。 その幽獄はなんと40年もの長きに渡った。
生きるということ。ひとは生きるために生きなければいけないと強く思った・・。
| 2006年09月08日(金) |
誰も咎めはしないであろう |
ときどきは薄陽がさしたり。ときどきはどしゃ降りの雨だったり。 なんだか空は自由気ままで。その時々を愉しんでいるように映る。
そんな空と一緒に流れてゆくのもいいものだ。泣きたければ泣き。 ここらでちょいと笑ってみるかと。にっこりと微笑んでみるのが。
今日はっとしたのは。川辺の道の茅のみち。あの斬ってしまいそうな。 緑の草の刃から。これが真実の姿なのよと。花の穂が優しげに伸びて。 濁流を宥めるかのようにそれが。そよよと。風になびくのに出会った。
わたしのなかの刻々としたものが。もはやもうとどまれずにいるのを。 溜息やら歓喜やらわけもわからず。身を任せるように動くのを感じた。
このように巡るもののさなかにあり。どのようにあろうとどのように。 生きようと。わたしが空ならば誰も。咎めはしないだろうと思うのだ。
今日はっとしたのは。男たちの汗の肉の光る。ああどうすればいいのだ。 と。思わず目を潰したくなるつかのまのことに。途惑ってしまうほどの。 頬の熱く胸のいいようもない動悸と。そこに在るらしい己の性の痛みと。
とくとくと血が迸るのを堪えて。もう堪えきれない瀬戸際のところにあり。 冷静というものをさがしながら。その在りかに迷い狂っていくのを感じる。
男たちは。どうしてあのように惜しげもなく裸の肉を晒そうとするのであろう。 膨らみのない胸というものが誇らしいとでもいうのだろうか。私にはただ痛い。
だから私はいつだって逃げなければいけない・・・。
今日もどんよりと曇り日。せめてせめてと風のように過ごしてみるのがよい。 時々は遠雷。胸騒ぎをおぼえながらも。確かめるような平穏をありがたく思う。
やはり。あの少年は自らの命を絶っていた。 そのことを察していたせいか。ひどく悲痛な思いが胸を刺している。 もはや真実は誰にも解らないというのに。『犯人』という言葉ほど。 悲しくきこえることばはない。罪を憎むならいくらでも憎めばいいのだ。
わたしは彼の死が。とても悲しかった・・・。
嗚呼イケナイ。今こそ陽を呼ぼう。
昨日。オーラ診断っていうのをちょっとやってみた。 てっきり『紫』だと信じていたのに『黄色』だった。
なんか信じられないけど。ついつい自己暗示をかけてみたくなる。 適職が『お笑い芸人』っていうのがめっちゃ気に入ったのだ。
確かにひとを笑わせるのが好きだ。その笑顔が何よりも嬉しいと思う。 そうしてその笑い声に救われるように自分自身が元気になっていける。
実のところ陽気の『陽』が好きなんだなあって思った。うん!そうしよう!
気というものは不思議なもので。その気になるっていうのがすごく大切かな。
なんていま思い込んでいる。もっともっと思い込んでみるべきなのだろうな。
おっし!っていま思ったんだ。けどまあ・・そうきばらんでもええかもね。
さて。もひとつ。明るいニュースしとこうか。
今夜は。息子君たちが沖縄旅行から帰って来たので。ちょっとどんちゃんしてた。 まっすぐアパートに帰らず。我が家に帰って来てくれたのがすごく嬉しかった。
泡盛とパイナップルワインで。ごらんのとうりのハイなテンションであります。
サチコがぽつんと呟いた。「お兄ちゃんなんだけど・・なんかちがうよね」
うん・・・。母のつぶやきは。うん・・・と。ねっ・・だった。
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