雨も風も激しく嵐のような一日だった。 いまはほっと静けさのなかで。少しだけぼんやりと。 なにを思うわけでもなく。ぽつねんと暮れる空を見ている。 濡れている夜風というものはなぜか心地良いものだった。
ああ。もう真っ暗になってしまった。 あたしのスピードと夜のスピードは同じなんかじゃないんだ。
でね。まあそんなことでしんこくぶることもなくてさ。 てきとうに身をまかせているのがベストなんだけどね。
書くことはすごく好きだけど。書かないのもすごく好きだなって。 最近ふと思ったりしてるんだ。まあいいや好きなようにしてるから。
あたしのきまぐれは。もっか絶好調らしい。
まっしぐらにむかうむこうにあすがあるぜ。
今朝目覚めて間もなく。まだ布団でごろごろしていた頃。 地震があった。最初はゆらゆらだったけどすぐにぐらっと来て。 とても怖かった。身構えてああどうしようと思っているまにおさまる。
揺れているとき夫君がおっきな声でサチコの名を呼んでいた。 二階ではサチコが「おとうさーん!」と泣きそうに叫んでいた。 あたしはとにかく。夫君の腕にすがりついていたのだった。
近いうちに必ず。かつての南海地震なみのおっきな地震が来るのだと言う。 確実に津波が襲ってくるから。揺れたらすぐに高台に逃げないといけない。
その時どこにいるのだろう。家族ばらばらだったらどうしたらいいのだろう。 考えれば考えるほど。それはとても恐ろしく不安なことだった・・・。
そんな朝から。また何事もなかったかのように日常が始まる。 平穏がなによりも幸せだと思える。お弁当作ってお味噌汁作って。
月曜日だった。活けられた職場の合歓の木は生きているだろうか? 気掛かりでならず。少し早目に家を出る。お遍路さん二人追い越す。
合歓の枝は。残念ながらかなり弱っていた・・・。 水を吸えないのか。もしや水に漬けたりしたらいけないのか。 ネットでも調べてみたが。合歓の木はしなやかで折れ難いとあった。 手で枝を折ろうとしてもなかなか折れない木なのだそうだ。
でも折れてしまったのだ。それは仕方なくどうしようもないことだろう。
だけど。合歓の木はちゃんとそこにあるのだ。 もはや幹だけになってしまって傷跡を痛々しく晒してはいるが。 その幹のところどころに若い枝が生えているのが見える。 なんだか合歓の木の赤ちゃんみたいだ。ようく見るとちっちゃいのに。 ちゃんと蕾が付いているではないか。よかったあ。だいじょうぶだよ。
咲いたらね。きっと写真に撮るからね。
そしてきみに。真っ先に見せてあげるよ。約束したんだもんね。
うす曇りのいちにち。時おり柔かな陽射しがこぼれる。 蒸し暑くもなくて。なんだか無性にカラダが動きたがるのだった。
思い立ち自室の模様替えをする。思い切って古い机を捨てることにした。 サチコの学習机だったのを貰っていたけど。今では乱雑に物を置くだけ。 引き出しの中には。自分なりの宝物みたいなものが押し込まれてあった。 たとえば髪が長かった頃の。ある日ばっさり切ってしまった髪の毛の束とか。 そういうのや。すごくせつなく大切に思っていたのだろう数々の品々だとか。
冷静というか。すごく醒めた気持ちでそれらを手に取り。片っぱしゴミ袋へ。 捨てた。バカみたいと我ながら思ったのだ。どうしてこんなもんをとも思った。 だけどすごく懐かしい物もあった。「ありがとう。さようなら」と言って捨てる。

午後。サチコと買い物に行く。 今日はおにいちゃんの誕生日なので。焼肉パーティーをするのだった。
夕方。ふたりがにこにこ笑顔でやって来る。ちえさん手作りのケーキだ。 五人でわいわいとお肉を焼いて。母のテンションは上がりっぱなしだった。
こんなふうにときどき。楽しいのが嬉しくて幸せだなと思う。
ふたりが帰ると。またし〜んと静かな夜が更け始めたのだった。
わたしは。いつもと変らない。早く眠くなりたいなあって思っている。
とうとう梅雨の頃になってしまったようだ。 でも本日は素晴らしく晴れて清々しさこのうえなく。 すうはあすうはあ初夏の風を浴びているのが幸せだなって思った。
ちょっとショックだったのは。今朝職場に着くなりのことだった。 昨夜の嵐のような風のせいで。庭の合歓の木がぽっきり折れてしまっていた。 どさっとそれは落ちていて。見るとたくさんの花の蕾がついているではないか。 あのなんともいえない神秘的であるような。薄桃色の鳥のような花の咲く木だ。
あああおしまいや。なんかもうおしまいの気がするとオババが嘆く。 あたしだって悲しいと思う。でもこんなこともあるのだなって思う。
生かすぜ。なんとしても花を咲かすぜとオババが血迷ったように言って。 あちこちからおっきなポリバケツとか。壊れた洗濯機とかに水を張って。 合歓の木は活けられることになった。咲くだろうか。きっと咲くだろう。
冬枯れの日の合歓の木を想う。空に向かって手を伸ばすように生きていた。 仰ぎ見てはどんなにか希望を。授けてもらったことか。時にはちょっぴり。 せつなくて。なぜかそれはどうしてかせつない姿をしている時もあったのだ。
咲けないのは悲しい。いちばん悲しいのは折れてしまった合歓の木のこころ。
だからきっと咲かせてあげたいと思う。
今日もうす曇。もわんとしてだるだるしてて。 しんどいようで気のせいのようで。ちょっと元気だった。
そして今日もホトトギス。どうしてどうして鳴くのだろう。 呼んでいるようで叫んでいるようで。応えたくてたまらない。
それから今日も姫女苑。彼女らは群れて並ぶ川辺の堤は花盛り。 グレーの水がつつと流れるのを。さりげなく彩るようにそこに。 咲く。愛しいほどの細く白い花びらの数をふと知りたいなと思う。

そして相変わらず。ちょっと変みたいなあたし。 もしかしたら心境の変化とかいうものかもしれない。 いいことなのか。いけないことなのかちっともわからない。
たぶん。ああもしかしたら。これが歩んでいるってことなのかな。
やっぱりあたしは。いかなくちゃいけないのかな・・。
鳴いているのは誰だろう? 咲いているのは誰だろう?
午後7時。いま沈もうとしている太陽があまりに紅くて。 きゅんきゅんとしてくる。どきどきとしてくる。急いで。 行かなくちゃって思って。おもてに走り出してしまった。
ちがうんだあの頃じゃない。ちっともあたしは絵にならない。 こういうのを現実っていう。そんなこと解りきっているのに。
だからそれを『のにのに病』と名付けてみれば。ははと笑える。
笑えば。ちょっと愉しい。気が付けば千鳥足。飲み過ぎたかなの今宵なり。

さてと。月曜日だったんだ。 なんか最近。月曜病とかそういうのからけっこう解き放されている感じ。 きっとすごく拘っていたことがあったのだろう。嫌で嫌でたまらなくて。 観念したのかな。よくわからないけど。まあいいかって思っているようだ。
仕事だけじゃなくて日常も。まあこんなもんだろうと思いながら。 とくに悩むこともなく。たんたんと悪くいえばずるずると毎日が過ぎる。
そのずるずるかげんが。良く言えばけっこう潔くて。すぱっと擦り抜ける。 たとえば。しないといけないこととかあっても。ええいと無視したりして。 そのせいで良心が咎められるとか。そんなことあたしの知ったことじゃないと。
思っているのかな。これもよくわからないけど。すごくすっきりと心地良いのだ。 変なの・・ってちょっと思う。だけどさ。そこで拘ってどうすんのさって思える。
なのに。なのになんなのさ。
ふう・・・やっぱ飲み過ぎてるらしいや・・。
薄く曇った空のした。今日は久しぶりに海の道を通った。 真っ青じゃなくて。なんというか薄絹を纏ったような海。
曇り日の海が好きだった。遠い日の記憶がさらさらと波にとける。 あの日誰を想って。あの日何をそれほどに思い詰めていたのかと。
問うことを躊躇ってしまうほど。それはとても儚くて脆い過ぎし日。

『海猿』を観に行った。片道2時間半もかかる道のりを二人で。 昔からあった映画館とかそういうところがみんな閉館になってしまって。 今はとあるショッピングセンター内のシネマホールでしか観られなくなった。 田舎者のおんちゃんとおばちゃんには。ちときついではないかと思われる場所。 案の定。ふたりはそのおっきなイオン高知の店内で迷った。あっちだこっちだ。
でもそういうのがちょっと楽しくて。やっと辿り着いた時には笑い合って。 おまけに夫婦割引というのがあって。どちらかが50歳過ぎてると半額なんだ。 おんちゃんが得意顔で免許証を見せる。私は夫婦ってお得だなって嬉しかった。
でもしかし。次の上映まで2時間近くあった。 そんでちょっと早いけど昼食にして。レストラン街で天ざるセットを食べる。 それから。すごくこれは私的に素敵な時間を頂くことになったんだけど。 とにかくすべてのお店をゆっくりと見たいと言ったら。おんちゃんはお手上げで。 俺はクルマで寝る!と言ってくれたのだ。うんそうしなよそれがいいと妻は言う。
何を買うでもなく。手にとってみたり。ほんとうにいろんなものを眺めた。 こんなにゆっくりウィンドショッピングしたのは初めてではないかと思う。
そしてやっと『海猿』それはそれでとてもよかった。 となりにおんちゃんが座っていることを忘れるくらいよかった。
観終って。おんちゃんの50センチ後ろを歩きながら思う。 肩並べて歩こうとしないおばちゃんを許してねとか思った。
一緒なんだけど一緒じゃない。
すごくそれは言葉に出来ない。きみょうな違和感がそこにあった。
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