| 2006年06月01日(木) |
ひとくぎりふたくぎり |
青空な日々が続いていたが。とうとう明日は雨らしい。
初夏らしく。ほととぎすが。トッテカケタカと鳴く声は。 なんだか心がざわざわと動くようでありながら。どこか。 どうしようもないような哀しみにとらわれてしまいそうになる。
道ゆけば姫女苑。白茅のもう綿毛に変ったふわふわにより添って。 あたしはあなたではないのよと言うようにすくっと咲き風に揺れる。
通り過ぎるわたし。立ち止まれないわたし。ひとくぎりふたくぎり。 わたしはいったい。どこにながされていくのだろうか。とおもった。

少しだけまた例のぷっつんな心境になってしまって。 書くことから遠ざかっていた。 漠然と思ったのは。もっともっと気まぐれでいたい。 吹っ切るように自由でいたい。などと思ってみたのだ。
とにかくそうなると。むしょうにカラダを動かしたくなって。 昨夜はしばらく休んでいたバドクラブへと足を運んだりした。 体力的に週2回はきつくなって。無理をすればどこか壊れる。 そんな不安を。ふと気のせいかもしれないと思ってみたのだ。
とても楽しかった。行ってよかったって思った。 だからきっと。どこか壊れるまで続けるのだろうと思う。 なあに壊れたらその時さ。なんて結構楽観的な気分でいる。
その瞬間の汗が。かけがえのないもの。いい汗をかこうではないか。
これからまた。書かない日がどんどん増えるのかもしれない。
でも。ここにいる。
好きにさせといて。
晴れのち曇り。とくに思い煩うこともなし。 苛立つ事もなく。憂鬱でもなく。あたしは。 元気なんだけど。どこか変なのではないか。
あたしでいると。すごく気が楽だなと思う。 ちょっとおちゃらけてて。不真面目だけど。
あたしらしさって。もしかしたらこんなに。 ぼよよんとしていて。つかみどころなくて。
こうなのよってかたちとか知らなくていい。 それがあたしなら。たぶん好きだなと思う。
あたしを括っているのがわたしなのかもしれない。
真結びできつくて痛くてこんがらがってなさけない。
だからさ。あたしはわたしの指でそれをときほぐすんだ。
青空がいいきもち。いっぱいの洗濯物と。燕の声。 鉢植えのキャットテールのふわふわの紅がきらり。 こころがすごくやわらかになる。息をしているのが。 じぶんなんだけどじぶんじゃないような不思議な朝。

サチコは彼と魚釣りに行く。 あたしはあたしの彼と作業場の掃除をして。 今季の家業をきちんと終えほっと安堵するばかり。 これからしばらくは余暇を楽しめることだろう。 一泊でいいから旅行に行きたいなと彼は言っている。 あたしは。うんあたしも行きたいけど。なぜかちょっと。 もしかしたら行かないかもしれないと言ったら。 彼がちょっと悲しそうな顔をした。ごめん・・。
午後。またプレステを貸してもらって『トキオ』を観る。 一昨年NHKで5週連続で放映されたドラマだったのだ。 国分太一が父親の役で。時生の役は桜井翔だったんだけど。 原作を読んだ時のあたしのイメージとぴったりだと思った。 ほぼ原作に忠実。そういうことにしておきたい。これでいいのだったが。 「トキオっ、花やしきで待ってるぞ」声をかぎりに叫んで欲しかっただけ。
全編で5時間。途中来客があり一時中断。 「こんにちわあ!」って例のふたりが来てくれたのだ。 たこ焼きを買って来てくれてゴチになる。
なんだか不思議だった。だってふたりともほんとにお客さんみたい。 食べ終わると。もう自分の部屋がないものだから。居場所がなくて。 さっさと帰ろうとするのを。引きとめようともしない母親までいて。
だってもう寂しくないのだもん。喉元過ぎればなんとやらって言うし。 縁側の廊下の窓のところで。レースのカーテン越しにふたりを見送る。
うしろ姿見ながら。夫婦なんだなあ・・ってつくづくと思った。
サチコの釣果はキス5匹。天麩羅にして塩コショウで食べる。
さんにんに慣れた。サチコがはしゃいでいる声が愛しくてならない。
ひたひたひたと。あえて言葉にするならばそんな雨だった。 忍び寄るものは。いったいなんだというのだろう。知らなくて。 それを知らなくていいのだと思える。静寂を愉しもうではないか。

初めてDVDなるものをレンタルしてきた。 ここ数年。そういうお店に行ったことがなくて。 なんだかすごく田舎者のおばさんっぽくて。 やたら緊張していたあたしが面白かったのだ。
東野作品の新作『変身』とちょっと旧作の『時生(トキオ)』を借る。 どちらも原作がすごくよかった。最近とてもとても夢中に読んでいる。
そんでもって午後からは映画館しようと心弾ませていたけれど。 あたしの老朽化したPCでは駄目だった。どこか壊れているみたいで。 息子君に電話して聞いたら。親父のプレステで観られると教えてくれた。
しぶしぶながら。しょうがねえなあと言って親父がそれを貸してくれて。 寝室のテレビでやっと観られることになった。ごろ寝して肌布団にくるまって。 うんうん。こんな感じ。これでよいとか。原作に忠実であるかをしかと確かめ。
最高潮というか。そこは大詰めのすごくいい場面のところで。突然ぷっつん。 電源が切れた。がばっと起き上がり焦りうろたえるあたし。なんでやあって。
停電のお報せが来ていたのをすっかり忘れていたのだった。 それも3時間もや。なんでこんな雨の日の土曜の昼下がりなんやろう。
居間でテレビを観ていた親父も。忘れていたらしく喚いていたが。 どっか行って来ると言って。ぶらりと出掛けて行った。
あたしは寝た。ひたすら寝るしかない。
そしてやっと電源が入ったが。そろそろ晩ご飯の準備もしなければいけなくて。 落ち着かない気持ちのまま。続きから観るのに早送りしてると白けたりするし。
でも。まっ・・いいか。最後はほろほろと涙ぐむほど感動したし。
明日は『トキオ』を観よう!
金鶏菊という名の花を知っているだろうか? あたしはずっとその花を黄花コスモスだと思っていた。 今年もその黄色い花がいっぱい咲いてすごく嬉しくて。
たとえば国道沿いの歩道脇とか。自動車専用道路の入り口とか。 初夏の風がよく似合う。にっこりと微笑む明るくて快活な姿で。 雨だってよく似合うのだ。ともすれば沈みそうな心に咲く花は。
とてもありがたい笑顔だと思う。うつむいて雨に打たれているけれど。 なんにも悲しいことはない。それはあなたの思い違いよって言ってくれる。
今日。すごくそんな彼女の写真を撮りたくなって。 その時信号待ちしていたんだけど。衝動的にそこから歩道へ乗り上げた。 ひとが見ている。そういうのがすごく気になるのはあたしの気のせいかも。 しれないけれど。心をきっと集中させて。そのくせ大急ぎの態勢でもって。
写真を2枚撮った。
ああでも。やはり駄目だった。残念というより悔しくてならない。 こんなんじゃなかったって思った。あたしが見たのと違うんだもん。 あたしの目がそのままカメラならよかった・・・。

と。まあ。いろいろとあたしはこだわり過ぎるようだ。
しかたないこととか。しょうがないこととか。
もっとさ。もっと気楽に生きていきたいなあって思うんだ。
紫陽花は散ることをゆるされず。
椿のように落ちることもできず。
ただただ枯れる化石のような花。
そんな化石のかたわらで今年の。
紫陽花が色づき始めた。咲くと。
ひとはみなそう言ってくれるが。
薄緑から白へ。白から変る姿を。
いまはまだ。誰も知らないのだ。

昨日。例のふたりが晩ご飯を食べに来た。 実は。食べに来たかったわけではなくて。 「おまえから電話があったっていうから」 「来てやったんだぞ」ってそんな感じで。
母は5人分も作るのめんどくさいとか言って。 素直じゃないのだ。「なんでもいいから作れ」 と言われ。じゃあ作ると鰹のタタキとか頑張る。
土曜の夜にちょっと泥酔ってしまって電話したのだ。 あいつが夜勤なの知ってて。ちえさんに打ち明けた。 「母さん、なんかやたらとさみしい」なんて言った。
だからほら。ほんとうはすごい嬉しいくせに。 母は。かなり照れくさくていけなかったのだ。
息子って。なんか不思議。なんだろうこれって。
こどもなんだけど。おとなで。おとななんだけど。
おとこみたいな。あいつだった・・・。
降り続くばかりだった雨がやっとやみ。 恋焦がれていたような青空に会えた日。
きらきらと眩しかった。チガヤは白茅と書く。 その白い穂に。光が一斉に降り注ぐのを見た。
夏が始っている。もう何度目の夏なのだろう。
またここにいてもいいのか。ここからつづく。
むこうへと。背中を押されるように私は歩く。

サチコがお休みだったので。一緒に買い物に行く。 買ってあげると言うのだ。遅れたけど母の日だよって。
ジーパンとTシャツを買ってもらった。 Tシャツは黒か紺。私が選ぶのはいつもそうで。 でもサチコが。「これにしなさい」と言ってくれて。 薄い水色のやつにした。背中に53と書いてあって。 なんだかその歳まで着れるかなって可笑しくなった。
買ってもらうっていうのは。すごくとても嬉しいものだ。
ありがとねサチコ。母さんは幸せでいっぱいだったよ。
それから。「にいちゃんとこ行ってみよーか」って言うので。 行ってみた。けれどふたりとも仕事らしく留守で残念だった。 駐車場から部屋の窓を見上げて。ちょっとかなりか切なくて。 若草色のカーテンが目に沁みるように。ほろほろと想うばかり。
変わりなく平穏な日々なのだ。これ以上の安堵はあるまいと思う。
わたしは。母だった・・・。
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