ずっとずっと雨ばかり。
だからなのか。すこうし水たまりのきもち。 ぴちぴちちゃぷちゃぷと音たてて揺れては。
跳ねるようになにかがそこから散ってゆく。 ああなんだろうって思うけれど確かめずに。
すごくぼんやりとしている。もどかしさは。 もしかしたら。じつはそこががらんどうの。
せいなのかもしれなかった。からっぽなんだ。
だから水たまりが出来たんだ。

サチコとふたりで少しずつ。おにいちゃんの部屋を片付けた。 忘れ物らしきものは何ひとつなくて。がらくたばかりなのだ。 だけど。これは思い出だねって物は箱に詰めて押入れに入れる。 古い免許証とか。サチコは捨てようとしたけど。母はそれを拾った。
カーテンも絨毯も新しくして。その部屋はサチコの部屋になる予定。 今はすっかりがらんどうの部屋で。声が響くよ不思議だねえと言って。 サチコが面白がって吠える真似をする。母さんもやってみなよとか言う。
母はだめ。だってからっぽなんだもん。にいちゃん?どこいったの?
サチコのお弁当箱洗っていたら。レタスが残っていて。 ちょうど程よく晩酌の効き目が現れていた母は口ずさむ。 「飾りじゃないのよレタスは。あっはー」 ついでに振りもつけて。そこらじゅうで踊りまわってみせる。
サチコが笑いながらお父さんを呼んでいる。
「おとーさん!お母さんねーとうとう。気が変になったよー」
お兄ちゃんがいなくなったので。さびしくて気がふれたのだと言う。
母は笑えるだけ笑った。
そしてあとでこっそりと泣いた・・・。
このところずっと梅雨のような天気ばかり。 だけど。少しも憂鬱ではなくて私はげんき。
とんとんとんと慌しくしていた。気忙しく。 動いていることにいっしょうけんめいして。
変わってゆくことにくっついていくように。 なんだかこれが決められた道なのかなって。
すすむ。いまもすすんでいる。明日も歩く。

先週末。とうとう息子君がお引越しをした。 新居に家具屋さんも来て。ヤマダデンキも来て。 ああここで暮らすんだなあって。ちょっと感動した。
ちえさんはリスみたいにせっせとうごく。 息子君はパソコンの前から動こうとしない。 とても対照的なふたり。だからいいのかもしれないけど。 どうかどうか。喧嘩しないで仲良く暮らして欲しいなあ。
日曜の夜には。身内だけでささやかに。ふたりの門出を祝った。 お祖母ちゃんがすごく嬉しそう。みんなで乾杯をして盛り上がる。 式や披露宴や。ほんとはちゃんとしなければいけないのだろうけど。
ふたりが暮らし始める。それが結婚なんだなあとつくづく思った。
その日。ちえさんが。母の日のプレゼントを持って来てくれたのだ。 それは花嫁さんのブーケみたいで。私からちえさんにあげたかったなあ。
母さんにはとてももったいなくて。でもでもすごく嬉しかったよ。

降り続くばかりの雨がやっとやんで。ほっとするような青い空だった。 雨に打たれてしょんぼりとうなだれていた『雪の下』が咲き始める。 好きなんだこの花。ちっちゃな天使みたいで。すごく可愛いなって思う。
なにかがおわりそうで。なにかをなくしそうで。それでいてなにかが。 またはじまるよかんが。ほろほろとすこしせつなく。てのひらにおちて。
くる。きせつがめぐってきたことを。そっとしらせてくれる花だった。

夕餉。兄と妹がめずらしく同じ時刻に帰宅する。 差し向かいで仲睦まじく語り合いながら食事をしているのを。 母は隣りの部屋にいて。微笑ましく耳を傾けているのだった。
にいちゃん。にいちゃんと。サチコがやたらおっきな声で話している。 聞き納めなのだろう。こんなふうにふたりがいることは最後なのだろう。 そう思うと。ふと淋しくて。母はちょっとオセンチになってしまうのだ。
どうやら食べ終ったようだ。「にいちゃん!流しまでちゃんと運んで!」 サチコがまたおっきな声で叫んでいる。にいちゃんが階段を駆け上がる。 「もう・・そんなんじゃ、ちえさんが困るやんか」しょうがないなあと。 サチコの呟く声が聞こえる。ほんにまあ。にいちゃんはいつもこんなふう。
ふたりがいなくなった台所で。ふたりの食器とお弁当箱を洗う。 ああよかった。お弁当箱はカラカラ音がするくらいきれいに食べてくれている。
にいちゃんのお弁当を作るのは。今日で最後だった。 保育園の頃からなので23年かな。母さんながいこと偉かったよね。 もうお役御免になったんだ。わあいわあい楽ちんになったなあ。
ぷしゅーっと。 母さんの気が抜けていく。
ほんとうに梅雨のようになってしまった。空は暗くて。 雨は濡らすだけ濡らして。明日も明後日も雨だと言う。
連休が終って。また当然のように日常が流れ始めたのだった。 割り切って割り切って。割り切れないことは忘れたふりをして。 好きだなって思う峠の山道を。せめて気持ち良く通い始めたのだ。
連休のあいだに。私に例の豆地蔵さんを下さったお遍路さんが。 この道を歩かれたようだ。「いまここにいます」ってメールを。 下さっていたのに。なんということだろう。そのメールを見たのが。 昨日の朝だった。「またきっと会いましょう」って約束していたのに。
ごめんなさい。とても会いたかった。豆地蔵のお礼をもう一度伝えたかった。
またきっとは。これからもきっと。だからまた約束しましょうね。
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アノヒトハイツカキットアイタイトイウ。 アワナイノニ。ワタシハアワナイトイウノニ。
いつか今生が。終わってしまうのだろう・・。
雨と風。午後ゆっくりと雨があがると。もわんとした蒸し暑い空気。 梅雨の頃に似ている。もう春ではないのかもしれないと。空を仰ぐ。
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ふたりの新居を見に行く。 家からだとクルマで10分足らず。これくらいの近さがちょうどいい。 まだ家具を据えていないので。そこはがらんとしてさびしいのだけど。 なんだかほわほわとした空気が漂っている。玄関にクマのプーさんが。 ちえさんらしいなあって微笑む。暮らし始めたふたりの姿が目に浮かんできた。
このところの晩ご飯は。息子君の好物ばかり作っている。 昨夜はハヤシライスで。今夜は和風ハンバーグだった。 ふたりで美味しそうに食べてくれる。母はそれがとても嬉しい。 「月に一度は晩飯食べに来るからな。よろしく頼むぜ」とか言って。 母をもっと喜ばせてくれるのだ。なのに母はちょっと焦っているのかも。 なんだかもう食べさせられないような。それが淋しさに似てきたりする。
母乳のませて。離乳食作って。初めてごっくんしてくれた時すごく嬉しかった。 トマトはどうかな?お魚も大丈夫かな?お父さんは梅干も食べさせたりしたよ。 お祖父ちゃんなんか。ビールも舐めさせたりしたんだからね。ぜんぶぜんぶ。 きみは味わったんだ。そしてすくすくおっきくなって。元気に育ってくれたね。
じゃこまんまとねこまんま。ちっちゃい頃そればっかりだったの覚えてる? お父さんがよく行く喫茶店にきみを連れて行ったら。きみの注文はそれだった。 おやつみたいにしてよく食べたね。ぼろぼろこぼしながらほっぺにご飯粒付けて。
母さんね。いっぱいいっぱい思い出しちゃった。
26年。きみを育てられて。母さんは幸せだなあって思う。
今朝。少しだけゆとりがあったので。ちょっとだけ歩いた。 朝の空気はとてもおいしい。朝の風はすかっといい気持ち。
川岸の木に野ばらが巻きついて。そこで咲くのが嬉しくて喜んでいるみたい。
今朝ふたりは。6時半に起きて。トーストと目玉焼き食べて。 婚姻届を出しに行った。ああほっとした。母さんはとても嬉しい。
きょうは野あざみ。きのうは気づかなかったけれど。 すくっと咲いてた。だからきょうは野あざみの日だ。
昔。あの棘の痛さに耐えながら。手折ってしまったことがあった。 あれはとてもいけないことだった。あの日私は彼女を殺した・・。
野の花は野にあってこそ生きる。水に活けようとしてはならない。
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ふたりが婚姻届を書いた。我が家のキッチンテーブルで。 肩を寄せ合って。間違えたらいかんよとか言い合いながら。 照れくさそうに笑い合って。それはついに完成したのだ。 明日の朝。市役所の守衛さんが受け取ってくれるそうだ。
こどもの日。こどもたちが夫婦になる。私はふたりのお母さん。
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サチコはちょっと寂しそう。 大好きなお兄ちゃんは。ちえさんが大好きだから仕方ない。 ちえさんとサチコは同い年だけど。サチコはちょっと幼くて。 だからね。ちえさんがお姉さんになったんだよ。うんそれがいいよね。
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わたしは。わたし的にちょっと複雑なんだけど。 けっこうまるくてね。ころころしているみたい。
ころがっていくのかな。ここからずっとむこうへ。
どこまでいけるのかな。そこはどこなんだろうか。
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