ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2006年04月09日(日) ふんわりほんわか

早朝より家業の川仕事。早目に昼食を済ませ午後はのんびりをいただく。

自室にこもりぼんやりとしていた。本を読む気にもならず。ふうと溜息ばかり。

ふと思い立つ。するとむしょうにそうしたくてたまらなくなり。よし行こうと。

行ってきました。我が家からだとクルマで5分足らずの四万十いやしの里へ。


いやしの湯は思ったより空いていて。薬湯にどっぷり浸かりしばし放心する。
とても不思議な快感であった。ついさっきまで何をしていたのか何を考えていたのか。
とうとうここは何処だろうと思うくらいに。身も心も遠い存在のように感じるばかり。

海水露天風呂へと歩く時なんか。身体がふわふわして羽根が生えたみたいだった。
まるで水鳥の気分。空を仰げば木々のシルエット。うぐいすの鳴き声が聞こえる。
目を閉じてその声を聴く。ほかには何も聴こえない。そよよと風の気配がするばかり。

なんて幸せなんだろうと思う。ほかに思うことなんてきっとなかったのだと思う。

湯上りの冷たい牛乳の美味しさ。なんだかすくすくとまた育ちそうで可笑しかった。

ロビーに出ると。ちょうどそこに外人さんばかりのグループが到着していて。
私が庭を散策しているあいだに着替えたのか。浴衣姿で出て来たのでびっくり。
三人の青年達だった。初めての帯をそれぞれがお腹を突き出して見せたりして。
それはそれは愉快そうにじゃれあっていた。足を高く上げて下駄の見せっことか。
楽しそうに笑い合っている。そんな光景を見ている私も微笑まずにはいられない。

私と目が合って。彼らはちょっと恥ずかしそう。でもすぐにまたはしゃぎ出す。
声をかけたいなあって思った。ああこんな時って英語で何て言えばいいのかなあ。

私はそんな彼らがとても嬉しかったのだ。だから自然と拍手をしてしまった。
そしたら三人ともますます照れくさそうにしながら。ちょっと喜んでいる様子。

下駄をからんころんしながら。彼らが部屋へと帰るのを見送った。
とうとう言葉はかけられなくて。ばいばいって手を振るばかりの私に。
彼らはちゃんと手を振って応えてくれたのだ。胸が熱くなるほど嬉しくて。

笑顔には笑顔。ほんわかと身も心もまあるくなれた。ありがたい一日だった。









2006年04月08日(土) 海辺のふたり

黄砂にふかれてみるもよし。あのひとを懐かしく想うのもよし。
よからぬことは。ただただよからぬこころにのみ巣食うものなり。


午後3時。すごく久しぶりにりっちゃんに会った。
海辺の公園で待ち合わせて。りっちゃんのクルマを見つけて。
りっちゃんがきょろきょろ私を探している姿が。なんかやたらと嬉しかった。

友達の友達で。だから私たちはずっと友達でいられた。
あの頃の私達は。とても青くて。ちょっぴり白い色だったように思う。
青には混ざり合って。白には。決して絵の具を落とさない。
もちろん落書きもしない。その白さがそれぞれの在りかだったのだ。

それ以来。ずっとその白さを大切にしてきたのだと思う。
もう純白ではないことなど。なにひとつ咎めることもせずに。


海の見えるベンチにふたり腰掛けて。潮風をいっぱい浴びた。
「気持ちいいね」「うん最高だね」

砂浜で遊ぶ親子連れの姿や。よちよち歩きの幼子の一歩一歩が。
鮮やかな映像みたいに見えて。ふたり一緒に微笑んでいられた。


海はどこまでも青くてよし。波はどんな日も白と名付けたいものだ。



2006年04月06日(木) こころいっぱいの春

朝は少し肌寒さを感じたけれど。日中は光あふれ穏やかに時が流れる。
桜はほぼ葉桜。その花びらを敷きつめたような草の原に。タンポポが。
可愛らしく顔を覗かせている。薄紅色の衣装を身につけた微笑みのようだ。

るんるんらんらんとお散歩してみたくなる頃だった。仕事なんてとふと思う。

ちょっぴりの苛立ちがそこにあり。まあこんなもんだろうと観念しながら。
こころは野原。こころは海辺。こころはいつだって旅人になりたがるもの。



少し疲れて帰宅すると。おおと思わず声をあげるほど嬉しいことが待っていた。
昨日の燕さんが帰って来てくれていたのだ。もうお嫁さん見つかったの?って。
聞くには及ばず。そこにはちゃんと二羽がいて。せっせと巣の補修を始めている。

「おとうさ〜ん!」と彼を呼ぶ。そしたらめんどくさそうに彼は応える。
昨日まであんなに不安がっていたのになにさ。そんなこと当たり前じゃないかと。
ちっとも嬉しそうな顔をしようとしないのだ。嬉しいくせに照れていると見たぞ。

かくかくしかじか。今年も燕たちと暮らせる。巣立つまでずっと見守っていられる。

ささやかながら。それがほんとうに幸せなことだと思うのだった。

ありがたきは燕かな。こころいっぱいの春がここから生まれていくのだよ。




2006年04月05日(水) そのばしょから

清明。万物がすがすがしく明るく美しい頃とか。

雨あがりの濁りを帯びて流れる川に。春の陽が燦々と降り注ぐ午後。
眩しさに目を細めながら息をすると。水のにおいにとろけてしまいそうだ。
明日は澄む。そう誓うようにつつと流れる。南風は潮のかおり。ぽつねんと。

またあたしはそこにいて。そのばしょをしるすようにして。そこからあるく。



「今年は燕が来てくれないなあ」とさびしそうに彼がいう。
なにか良くないことがあるのかもしれないと不安がっている。
去年の二番子たちが卵のまま死んでしまったことを思い出した。
悪さをする他の鳥に巣を荒らされたのかもしれなかった・・・。

だからもっか安全確認中なのではないかなと彼に告げてみる。
そのうちきっと帰って来るよ。だって古巣がふたつもあるんだもん。

そしたら今朝。玄関のあたりで燕の鳴き声が聞こえたのだった。
窓辺からそっと覗いてみると。ああよかった一羽が巣に留まっている。
一羽だけというのが少し気になった。なんだかちょっと物件探しなのか。
巣のなかを覗き込んで見たりして。ちょっと首を傾げたりしているのだ。
まあここでもいいかと思ってくれたのならいいな。補修してみようかなと。

そうしてすぐにどこかへ飛んで行った。それっきり鳴き声さえも聞こえない。
やはり我が家は駄目なのかもしれない。毎年それは沢山の燕が巣立ってくれたのに。
私もちょっと不安になってきた。そうしてすごくさびしい気持ちになった。

彼いわく。「嫁さんだな。まずは嫁さんを探しに行ったに違いないぞ」
微笑んで私。「そうよね。ひとりじゃ卵も出来ないし、まだ巣は早いよね」

いっけんらくちゃく。あとは燕の恋まかせかな。





2006年04月04日(火) 道のうた

桜はまだ散ってしまわずにいて。薄曇る空に似て佇んでいるように見える。
なんだかとてもほっとする。何かを待つというのでもなく。その時が来れば。
身を任そうと決心している姿のようで。凛として美しいものに安堵するばかり。


いちめんの菜の花畑が。ある朝すべてを耕されていたのを見たのはいつだったか。
その数日後。そこにはもう水が張られていて。いちめんの田んぼに変わっていた。
そして昨日の朝には。いつのまに植えたのか。若い苗たちが列をなして並ぶ姿を見た。


うごいている。どうしようもできないくらいにうごいている。
生き生きと活き活きと。負けてしまいそうなこわさのなかを。
ただひたすら進もうとしている我が身のありかに。はたと途惑う。

行ってみないとわからないところに行くということが。
とてつもなく不安に思えてしまうのだ。だからといって。
行くしか術がない。後戻り出来たらどんなにいいだろう。
あの時ああしていれば。あの時別の道を選んでいたらと。
嘆くことはとても容易かった。泣いたって帰れない道を。

振り返ると。遠くかすんでしまいそうなその果ての丘に。
いっぽんの木がそびえているのが見える。あああれはと。
懐かしく思い出す。あの時は背比べするほど幼かった木。

いくつもの季節が巡って来た。嵐の日も冷たい雪の日も。
私の足跡などというものは。とっくに消え失せているのに。

道は残る。草は萌える。花だって咲いて。その木は育った。







2006年04月02日(日) 春の誓い

桜流しの雨が降る。午後雨はやみ風が強く吹き始めた。

そしてとうとうはらはらと。桜吹雪の頃となりにけり。


そんな雨のおかげと言っていいのか。今日は家業も休みとなり。
ほんとうに久しぶりに休日をさせてもらった。心身共にりらっくす。


昨夜から読み始めた本を一気に読み終える。
飯田史彦先生の新刊『ツインソウル』だった。
昨年暮。脳内出血のため生きながら死にかけた先生の。
ありのままの記録であり。その臨死体験を私達に伝えて下さったもの。

「ついにやってくれたな」と思った。こんなセリフは失礼なのかもしれないけれど。
そんなふうに気軽く声をかけたくなるほど。私の信頼度は絶大なのであります。

実は。倒れられたことを先生のHPで知った時。なぜか少しも心配だと思わなかった。
死ぬはずはないと強く信じていたせいかもしれないが。むしろ予定通りの事態であるかのように。
漠然と思ってしまったのだった。これはきっと何かの理由があるのに違いないと。

その答えが。まさにこの記録そのものだったのです。
命がけで臨んで下さったこと。そしてあらためて真理を伝えて下さったこと。
ほんとうに感謝の気持ちでいっぱいになりました。

時に石ころである私も。同志であることを誇りに思い。これからも共に歩みたい。

学び。愛し。使命を果たすために。最期まで生きることをここに誓います。



2006年03月31日(金) 活力

帰り道は桜道。小川沿いにたくさんの桜の木があって。大好きな道。

今日はお花見をしている人達がいて。バーベキューをしていた。
すぐ近くの建設会社の人達みたいで。仕事を早目に切り上げたのかな。
わきあいあいと楽しそうにビールを飲んでいた。笑顔につられて私も微笑む。

いい気持ち。うん。今日はなんだかやたらといい気持ちだったんだ。
なにかを悩んでいたみたい。どうしようもなくくよくよしていたみたい。
悪いほうへとばかり考えて。いいことをすっかり忘れていたのかもしれない。

それはあれ。例のあれであったらしくて。もしかしたらと思っていたけど。
やっぱりあれだった。だから今日は嘘みたいに朗らかで気分が高揚していたのだ。



夜は例のバドクラブ。気分が良すぎてはしゃぎ過ぎたほどだった。
ふと気がつけば。私だけではなかった。みんながはしゃいでいるのがわかる。
よかったあ。みんなも楽しいのだなって思うと。すごく嬉しくてたまらない。

活力をいただく。年長者の私にとって。仲間たちはほんとうにありがたい存在。
この活力を無駄にするわけにはいかない。元気だけがとりえの私でありたいと思う。


今日はほんとにいい日だった。みんなみんなありがとう。


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