ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2006年03月30日(木) いまを生きるって

今日も花冷えの頃。北風が強くてひゅるひゅると鳴いている声。
桜はゆれて。揺さぶられるようにゆれている。だけど散らない。
くちびるをきゅっと結んで耐えているかのように咲く花だった。

散る時は見事に散ってみせる。あっけないほど潔くこの季にけじめをつける花。

そんなふうに生きたいものだ。今生のけじめをつけるために咲いて終りたいと思う。



夕暮れて日常。こころとはうらはらに。とんとんと平穏の住処に居る。
笑顔はいつも笑顔に会える。それはほんとうにありがたいひと時である。

ひとり遅れて帰宅した息子君が。「おい!いま帰ったぞ!」って言う。
洗濯物を畳みながらその声をきき。思わずぷっと吹き出してしまった。



ある日突然。なにもかも失ってしまうのではないかと。ふと不安になる。
避けられないことが今にも襲って来そうで怖くなることが。ありませんか?

わたしはあります。だからといってすすむことを止められないのが時です。


『いまを生きる』って。けっこうむつかしいことなんだなと思う・・・。




2006年03月29日(水) 花冷えの頃

朝の陽射しにほっとしたのもつかのま。黒雲が立ち込めてきて時雨れてしまう。
冷たい雨だった。冬があがいているような。とうとう最後だと知らせに来たような。

だけど春なのにちがいない。今日を花冷えの頃と記しておくことにしよう。



わたしは。少しずつあることから吹っ切れている。
もしかしたら。もうとらわれてはいないのかも。
しれないのだ。よくわからないけどそう感じられる。


むかし書いたことがある。「その後ろ指を折ってあげる」と。
あの頃は若かったのだろう。はむかうことなどなんでもなかった。
あたしはあたしなんだと胸をはって。どうどうと生きていられた。

希望も夢もいっぱいあった。いつか世に出てやろうという欲さえもあった。
毎日書いて書いて満たされていたし。誰にも書けない『わたし』だと信じてもいた。


いつかきっと。そう思っていた。まだまだこれからだと思っていたのだ。


なのに。とうとうわたしは老いてしまったらしい。

歩めば歩むほど時が重い。その重さに押し潰されそうになってしまう。


それでもわたしは歩みたい。目標は。ただただ存在するということのみ。

     書かなければ。『わたし』は死んでしまうのだから。





2006年03月28日(火) だからぎゅっと

桜は満開の頃となる。昨日は地震。昨夜は春雷。今日は午後から寒波。
自然がとてつもなくおっきな力で。動いている活きているのが。怖い。
不安な気持ちになってしまったりするのだが。桜はとても優しかった。


こころが和む。確かに和んでいるはずなのに。どこか変だなと思う自分。
ゆらゆらとしながら落ちつかない。びしっとしたいのに出来ない苛立ち。

ひとに指摘されたことがすごく気になる。そんなんじゃないって思うのに。
そうなのかもしれないと思う。傷ついてなどいないはずなのに痛さを感じる。

もっと堂々としていようと思うのだけど。してはいけないのじゃないかと悩む。
あまりにもちっぽけなのだ。でもその存在を否定するわけにはいかないと思う。


日常とかけ離れたところで。そんな自分に何度も会ってしまうのだけど。
こころというものは。やっかいなものらしく。逃げることさえ出来ないらしい。


だからぎゅっと抱きしめてあげるしかない。



2006年03月25日(土) いつかの春のこと

桜は七分咲きくらい。雲ひとつない青空で太陽がきらきら眩しかった。
ああ春なんだなあって。こころがほこほこしてくる。いい気持ちだなあって。



彼と家業の手作業をしながら。ふと懐かしむようにいつかの春のことを話した。
息子君がすごく駄々をこねて。どうしても行きたいと泣き止まなかったことを。
お山の公園へ行きたいのだと言う。ちいさな動物園があってお猿さんのところへ。

何かを買って欲しいとか。どこかへ連れて行って欲しいとか。言ったことがない。
そんな子が初めて見せた泣き顔だったから。なんとかしてあげたいと思う親心だった。

「そうね。お花見に行こう!お猿さんにも会えるよ」そう言って急いでお弁当を作った。

まだ赤ちゃんだったサチコをおんぶして家族四人でお山の公園に行く。
桜が満開でとても綺麗だった。息子君はよほど嬉しかったのかずっとはしゃいで。
おにぎりを頬ばる笑顔。おどけて加藤茶の真似をしたりして笑わせてくれたり。


なんだか昨日のことのようね。語り合っていると目頭がふっと熱くなるのだった。

いくつもの春が。それから何度巡って来たのだろう。それぞれの春を遥かに想った。



作業を終えて帰宅すると。お休みで家に居るはずの息子君が出掛けていた。
いつもゲームばかりしているのに珍しいなって。ちょっと不思議に思っていたところ。

「今日は花見だったんだ!」と帰って来たのでびっくり。でも私は咄嗟に応える。
「やっぱりね。お花見に違いないと思ってたんだよ」言いながらすごく可笑しくなって。
昼間。ふと懐かしく思い出したことが。偶然ではなかったような気がしたのだ。


あの公園は今のままじゃいけないな。手すりも殆どないし、車椅子も押せない。
福祉車両の駐車場もないんだぜ。あんまりだ市長に抗議してやらんといかんな。

ぶつぶつ怒りながらビールをあおっている。今日のお花見は仕事だったのだ。
自分はお休みの日なのに。同僚達の手助けに行っていたらしいのだ・・。


父さんも。母さんも。きみに脱帽です。

あの日泣きじゃくっていたきみは。こんなにおとなになったんだね。



2006年03月22日(水) それぞれのいのち

しなやかに桜雨。つとほとばしる想いは。いつかの春かと思うほど。


催花雨というらしい。花よ早く咲きなさいと急きたてるように降るそうな。
咲かずにはいられない。のんびりと膨らみつつあった蕾も。咲きたくなってしまう。


いまはその頃。ひとだってもしかしたら。そんな雨を欲しがっているのかもしれない。



昨夜から気になってしかたない花かたばみの三つ葉は。
よかった。どうやら『かわりばんこ』しているようなのだ。
一葉で眠っていたのが。今夜はしっかりふたつに重なっているのを見た。
みんな公平に。そんな約束事があるのかしら。植物ってすごいなって思う。

それから。その鉢の主であるサンセベリアにもすごく敬意を抱いてしまうのだ。
最初は百円ショップで買った10センチほどの植物だった。それがどんどん育ち。
今では50センチ位になって。窓際から外の陽射しへと背伸びしているみたい。
おっきな鉢に植え替えた時に。庭の土を使ったので。その時に花かたばみの種が。

いつだったか。一度ぜんぶ引いてしまったこともあった。
サンセベリアの為にならないと勝手に決め込んでいたように思う。

でも今年。それはきらきらと眩しい光景を見てから。もう引かないと決めたのだ。
ブラインドからやわらかな陽射しが差し込んで来ていて。その時の花かたばみの。
緑のハートが嬉しそうに息づいているのを目の当たりにした。綺麗だなあって思った。

そして当のサンセベリアは。そうして一緒に生きていくのが当たり前みたいに。
まるでこれは私の子供達よって言っているお母さんみたいで。凛々と素敵だった。

花かたばみが目覚める時って。重なりあっていたのがむくむくっとする時って。
思っただけでわくわくしてしまう。でもそれはほんとうにいつの間にかの朝だった。

ただひとりサンセベリア。お母さんは毎朝きっと見ているんだなあ。
もし寝坊した時でも。なんだか足元がくすぐったいなって微笑みながら。


いちにち。いちにち。それぞれの命。それぞれの春のひとときだった。








2006年03月21日(火) いまは春

そよそよと優しい風。かすみの空。おだやかに一日が過ぎていった。
気がつけばつくしん坊の。せいくらべするように立ち並ぶ姿とかが。
すごく愛しくてならない。見渡せば山桜。名も知らぬ鳥がちちちち。

いつかの春がいまは春。めぐりめぐるまっただなかに自分というものが。
こうして佇んで居られること。それが何よりも幸せなことだと思ったりする。

最期は春だといいなあとふと思う。それはいつかくる春。その時に今を知ろう。



窓際にずっと置いてあるサンセベリアの鉢に。今年も花かたばみが萌える。
クローバーに似た緑のハート型が。なんともいえず可愛らしい葉姿なのだ。
雑草の類なのかもしれない。でも夏頃になったら小さなピンクの花が咲く。

その三つ葉の眠る姿を。今まで気にもとめなかったのに。今夜初めて見た。
葉と葉を重ねるようにぴったりとくっついている。ちゃんとハート型になって。
でも三つ葉だからしかたなく。一枚の葉だけは重なる相手がいないのだった。
どんなふうにその一枚が決められるのかなって気になった。もしかしたら夜毎。
話し合ってみたり。じゃんけんしてみたり。もしくは早いもの勝ちとかあるのかな。

一葉はいつも。いつもその葉と。決められて生まれて来たのなら可哀相だな・・。





2006年03月20日(月) わたしのかたち

桜つぼみの道を行く。ひとつふたつ咲いているのを見つけた。
こころがふくふくっと動き始める。すすめなくてかなしくて。
どうしようかなと今にも壊れてしまいそうな。かすかな傷跡。



石ころなのだから蹴られてもいいのだ。そしたらどこまでも。
転がっていけそうな気がした。おもいっきり投げてくれたら。
水の中にだって私は棲める。流されてゆっくりと海にだって。

いつか砂。さらさらとあなたの手のひらから零れ落ちてみよう。
わたしのかたちをあなたはしらない。掬って弄んで嘆きながら。
あなたは私を踏んでしまえばいいのだ。あとは波。そう波の声。



桜つぼみの道に在る。空になりたくて鳥になりたくて独りきり。
仰ぎ見る薄紅の頬を。どんなにか恋しくて。どんなにか夢みて。
わたしは私のかたちを抱きしめる。花びらに埋れて眠る時まで。

だからそのときにこそわたしをみつけなさい。

そしてありったけのちからでわたしを投げてごらんさい。



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