| 2006年02月11日(土) |
枯野に名もなき花が咲く |
寒空にぽっかりと切り抜かれた絵のように春の気配。 ねこやなぎさんのことや。つくしのぼうやのことなど。 想っていられるこころには。枯野に名もなき花が咲く。
少しばかりの気忙しさをくぐり抜けて。やっと夜になった。 例の如くアルイゾンしながら。あれこれがうたた寝を始めた。
ひとつ。それはふと感じた疎外感。遠ざかる人を恨めしく思ったことなど。 兄のようでもある夫君に愚痴っぽく嘆いたりしてしまったのだけど。
彼いわく。それが年をとったということなんだって。 寂しいけど。現実とはそういうもんなんだって。 いくら気が若くても。もう若くない証拠なんだって。
そっか・・と素直に納得した私であった。疎外されて当たり前かなと。 若い人。若くない人って。どうしても別れなくちゃいけないのかなって。
しょぼん。わたしは急激にちんまりしてきた。いい意味でこじんまりと。 そしてそれが何よりも順調の証し。ちゃんと年を重ねているんだなあって。
うん。そうなんだ。だからこそ誇りを持つ。老木になっても空を仰ぐ。
大切なのは。そこに立っているということ。そこで生きているということ。
| 2006年02月08日(水) |
ただただ風の声を聴く |
強い北風に。ときおり雪が乱れ舞う。なにかが引き裂かれて。 なにかがどうしようもなく遠ざかる。そんな哀しみに似た空。
なすすべもないことをふと想う。冬がもがいている。叫んで。 そんな真っ只中にあり。芽吹き始めた木の芽の如く息をする。
ほんとうは私だって。叫びたいのだ。このしじまの誰ひとり。 耳を傾けるひとのない場所で。もがきたいだけもがきたいと。
罪のようにそんなことを考えながら。ただただ風の声を聴く。
こうして綴る言葉に対するささやかなプライド。 そのうえなる自己陶酔。それにかさなる自己愛。
今夜そうして開き直った私が。誰よりも私を赦しているのだった。
めげるなわたし。むなしさを感じた時にこそ。心で息をして書け。
雨あがり。突風が吹き荒れる。春一番ではないのだけれど。 これが南風ならと。なんだか錯覚したように春を感じる風。
身に感じる冬。こころに感じる春。今まさに季節の分かれ目に在るのか。 ぽつんと居てみようではないかと。風に吹かれながら確かめてみる自分。
それはやはり。ちっぽけな。吹き飛ばされぬように。くいしばれこころを。
帰宅すると。昨日出勤前に注文しておいたCDがもう届いていた。 あまりの早さに感激なりアマゾン。いつも利用しているのだけど。 こんなに早いのは初めてだったから。やたら嬉しくてご機嫌だった。
『ジャズで聴くモーツァルト』いやはやトルコ行進曲の素晴らしさ。 おかげさまで。とても良い方向へと。自分は歩いているやもしれず。
ナースのあおいちゃんに会ってから。寝酒の芋焼酎してるとこです。 ちょいと小腹が減ったので。十勝つぶあんパンかじってるんですけど。
ほんまにええ夜だと思います。このささやかな幸せを。
あなたにもあげたい。
| 2006年02月06日(月) |
まっすぐな雨のように |
ただただまっすぐに雨が降る。ひたむきで素直な水の精なり。 それはなんだか捉えどころのない誰かの想いのごとく落ちて。 はっとしながら見ているしか術のない私の心を。打ち続けた。
行きつ戻りつ寒が。別れ支度をし始めているのかもしれない。 あした陽が射せば。つくしの坊やたちが。梅の蕾がふくふく。
そんな春を思い浮かべていると。心がやんわりと息をし始める。
日常はといえば。ほんの少しの焦りを呑み込むようにしながら。 たんたんと過ぎゆく。とらわれないことだ。その現実にと思う。
お昼休み。久しぶりの読書。やっとそんな気分になれたのかと。 何かにとり付かれたように漢字ナンクロの空白を埋めるばかりの。 日々がずっとながいこと続いていたのだが。ふと解放されたように。 思う。不思議な心地良さで本を開く。堤中納言物語。虫愛づる姫君。
作者未詳なるものが。世に残り在り続けること。名はなくとも生きる。 ふと。そんな物語を。ひとつきりでいい。私も残したいものだと思う。
降り止まぬ雨の道を家路につく。 スキマスイッチの新曲が。なんかすごくよくて。どきどきしながら聴いた。
文章も。歌も。詩も。みんな。ひとの心に真っ直ぐに降る。雨のように。
わたしも。ただひとりのこころでいい。打ち続けて終りたいと願う。
| 2006年02月05日(日) |
あたしもうだめぶったおれちゃう |
継続こそがちからなのだと。バドをしているといつも思う。 それは自分を宥めることにも等しく。自分を褒めることにも等しい。
目標まであと10年なのだ。体力は日に日に落ちているこの頃であるが。 もう伸びる時ではないことを。つくづくと私は知っている。だからこそ。
続けなければいけないのだと思う。いつかきっとなどと言っている時が。 自分にはもう残されてはいないのだから。出来る時にやれるだけ頑張る。
中途半端だったかもしれないこれまでを思う。もっと向上心があればと。 もっと強くなり。もっとレベルをあげられていたかもしれないなどと。
そんなことを今更悔むべきではなかった。20年続けて来たのだから。 大切なのは。あと10年を。なんとしても続けようとする意志だと思う。
老体にムチ打った結果。もはやほどよい疲れどころではなく。
あたしもうだめぶったおれちゃうの。今宵でありまする。
『功名ヶ辻』を見たら。即刻寝ますから。みなさんおやすみなさい。
| 2006年02月04日(土) |
ありがとね。いつもほんとにありがとう。 |
冷えきった夜空に満天の星の輝き。月はにっこり微笑みのくちびる。 風はかたこと。窓を遠慮がちに叩いては。またそっと遠のいていく。
わたしは。しじま。押し黙り揺らぐ。きみだって。しじまなのかも。 しれない。ただ見えない。ただきけない。もう何も言うまいと思う。
さて。もういい。そんなことはどうだって。
そろそろ今日を記すとしよう。
今日は家業に精を出す日だった。緑の海苔をせっせと摘む。 潮が春の潮らしくなった。引き始めたらすごい勢いで引くのだ。 追われるような作業。でもその気忙しさがむしろ好きだと思う。
ふと顔をあげると。カメラマンが数人いて写真を撮られていた。 私はすごく変身しているので。そんな時はとても照れてしまう。 せめて一言、許可を得てから撮るべきだと夫君はいつも怒るけど。 風物詩のひとつ。自分たちはみんなそのひとつなのだと思うと。 撮っていただけることはありがたいことである。絵になるのなら。
収獲を終えて陸に上がると。そのひとりのカメラマンが駆け寄って来た。 あれこれ質問をされて。それに応えている夫君の誇らしげな顔といったら。 彼もまんざらではなさそうだった。そう、私達はこの仕事に誇りを持っている。
となりの愛媛県から来たアマチュア写真家のひと達だったようだ。
「はぁ・・週末にはカメラを提げていろんなとこ行ける身分になりたいな・・」って。 私が言うと。彼がすごくその気持ちを受け止めてくれたように言ってくれた。
いちめんの秋桜も行ったなあ。山いっぱいの紅葉も行ったなあ。 今年は瀬戸内にも行こうぜ。橋を渡れば倉敷にも行けるぞって。
ありがとね。いつもほんとにありがとう。またいっぱい写真撮るからね。
作業場での仕事を終えて帰宅。寒かったので少し早目に熱燗をちびちび。 そのまま炬燵でうたた寝となった。夕食の支度もすっかり疎かだったけど。 なにひとつ咎められることもなくして。わたしはのほほんと幸せであった。
サチコが帰宅。豆まきセットはもう売っていなかったことを告げる。 「気にせんでもええよ。来年すればええじゃん」って。はははと笑う。
わたしはもう。すっきりとだいじょうぶ。家族とは本当にありがたいものだ。
明日は。バドのオープン戦がある。
おっし。老体にムチ打って。やれるだけ頑張ってみるけんね。ぶいぶい!
| 2006年02月03日(金) |
おにはそっと。おやすみなさい。 |
一日中冷たい風が吹き荒れる。そんな日に見つけた菜の花。 ちいさな春。なんだかとても嬉しかった。ほっとする黄色。
季節の分かれ目には邪鬼が来るらしく。だから節分には豆まきを。 邪鬼とはたたりのようなものか。もしくは怨霊なのかもしれない。 とにかくあまり良くないことが起こると言い伝えられているらしい。
でも。今朝のラジオで聞いたのは。 「あなたの心の邪鬼を追い払って下さいね」って。 それは。うんうんとすごく頷ける一言だったのだ。
悪意を抱く。ときどきは。いけないと思いながらそれを考える。 ああなんてことを考えてしまったのだろうと。胸で十字架を切る時が。 私にもあったりするのだ。考えるだけでそれは大変な罪だと思う。
なのに。忘れた。今日買い物していて何か忘れているなあって思ったのに。 豆まきセットを買うのを思い出せずに。そのまま帰宅してしまったのだ。
「別に明日でもいいじゃん」ってサチコが言うので。うん、じゃあ明日。
それでも。なんかすごくいけないことのように。くよくよ思っては。
鬼はそと鬼はそとと。心のなかをまさぐるようにしながら。
なにかを。かたちのないもやもやとしたなにかを。つかんで投げて。
つかんで投げながら。気をやすめて。ぐっすりと眠りたい夜だった。
鬼はそっと。おやすみなさい。
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