ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2006年01月30日(月) もしかしたら。わたしがまるい。

やわらかな絹のような雨が降る。空は泣いているのではなかった。
空は潤っていたいのだと思える。渇ききることは哀しみに似ている。

だからひとも。ときには雨に濡れてみたくなるのかもしれない。



今日の不思議。

なにも変らない。なにひとつ変らない現状でありながら。
今日という日は。まるで魔法をかけられているのではないかと思うほど。
すべてが順調で。すべてがまるくおさまっているように感じられた。

もしかしたら。わたしがまるい。だからまわりもみんなまるい。
そういうことなのかもしれないなって思って。自分を撫でてみる。

このまるさが転がって。毎日ころころ転がっているうちに。
汚れたり塵がくっ付いたりして。いつのまにかでこぼこになるのかな。

ああ私って。そんなに粘着テープらしいのかしらって。少し可笑しくなる。

きれいきれいにしてあげたいなあ。毎日せっせと磨いてあげたいなあって思う。


そのためには。一日の終わりに。かならず自分を撫でてあげるべきだろう。

そっか。今日の汚れはちょっと悲しいけど。まっいいかこんなもんさとか。
ひとりごと呟きながら。撫でて撫でてゆるしてあげたい。よしよしとか言って。


そうして明日はあしたの道をいく。どんな道でも。もうへっちゃらだよ。



2006年01月29日(日) なんとありがたいひと

朝はまだ冬。昼間はもしや春。このところずっとそんな日々が続いている。
今日は午後。にわかに雨雲が。ほんの少しだけ雨が降った。まるで春雨のよう。


今日も家業に精を出す。我ながらほんとうに活き活きと清々しい気持ち。
明日も明後日もこうしていたいなと思う。会社には行きたくないなと思う。
だけどそういうわけにもいかず。わりきってわりきってきちんと割っては。
また日々の流れの中に突入しようと思う。なんとかなっている事実があるし。



海苔の収獲をしながら。そうだ、明兄ちゃんに送ってあげようと決める。
遠くの町で飲食店を経営している従兄弟だった。明るくて気さくなひと。

父のお通夜の晩。みんなが帰ってから私はひとり葬祭場で夜を明かすことに。
その時。明兄ちゃんが駆けつけて来てくれたのだ。遅れてすまんかったと言って。
お弁当を作って持って来てくれた。卵焼きとおにぎり。すごくすごく嬉しかった。

30年。たぶんそのくらいながいこと。私たちは会っていなかった・・・。


住所がよくわからず電話をかけてみた。男の人が出たけどお店の人かなと思い。
やたら丁寧な口調で話していると。「俺、俺、なにを他人行儀なことを!」と。
笑い声が聞こえた。ほっとする。そうして懐かしい土佐弁がいっぱい出て来る。

「元気なかや?」とか。「久しぶりやにゃあ」とか。

決して他人ではない。同じ血を分かち合っているひと。なんとありがたいひと。

どうして縁を断てようかと思う。

              若き日の罪を。私は死ぬまで償いたいと思った。



2006年01月28日(土) むくむくと一日が過ぎていった

春のかすみのような空。やわらかくてやさしい陽射し。
いまにも芽吹きそうに。むくむくと一日が過ぎて行った。



今日は家業に精を出す。海苔養殖も最盛期となった。
川海苔の一種で『青さ海苔』という。緑濃い海苔だ。
手作業と力仕事。実はすごく好きなんだなあと思う。

失業中の彼が親方さま。活き活きと働く姿が頼もしい。
わたしは臨時の人夫さん。もくもくと精一杯がんばる。

日常がこんなふうに。ふと錯覚のように思ってしまう。
いまのどうしようも出来ない職場のことや。
お惣菜屋さんをしたいという夢や。みんなみんな。
そんなことどうだっていいじゃないかと思えてくるのだ。

そう思うと。家業がほんとうにありがたく思える。


桜の花びらが川面に。緑の海苔の上にひらひらと。

そんな春に。わたしはすくっと立っていることだろう。




2006年01月27日(金) ワタシハヨッテイルノカナ・・

白い朝。いいえそれは雪ではなくて。
朝の光。川面に射すいちめんの光だ。

見せてあげたいといつも思う。あのひとに。

ただひとつきりの太陽を。あのひとにあげたい。


音信不通になってから9ヶ月。無事を祈り続けた日々が。
決して無意味ではないと。私の確信は。あのひとの存在。

あのひとは消えない。決して消えないひとなのだから。




ふぅ・・時々はこんなふうに。おさえきれない感情に。

         ワタシハヨッテイルノカナ・・・。


わたしがわたしをゆるしている。つかのまのひとときであった。












2006年01月26日(木) さあ。いくらでもかかって来なさい。

今日もありがとうのお日様が沈む頃。それはとてもとても紅すぎて。
落ちて行くのを。ああ待ってよと。せつなく呟いてしまいそうな紅。

それは決して止められない。だからそれが。あしたのためだから。




今日の記。

ふと不愉快に思った時。それを顔に出さないでいるのは難しいなと思う。
そんなつもりじゃなくて。別に気にしていないつもりでも。顔って正直。
なのかな。どんなに微笑んでいても。顔はどうして歪んでしまうのだろう。

なんだか仮面。穏やかなふり。優しいふり。そんなのほんとうは嫌だよ。

じゃあ不愉快だと思わないでいたい。ああでも。それも難しいと思わない?


今夜は反省をしている。その本心こそが。まわりを不愉快にさせることを。
だから棘と棘みたいになってしまうのだ。そんな時こそ折れないといけない。
相手を刺せない丸い棘だったかもしれないものにならなければいけないのだ。

あは・・なんだか綿棒みたいなものね。そっか・・私は綿棒になるべきかな。
それっていいかも。さきっちょは綿だもの。ふわふわしてて柔らかいもんね。

そうして。どんなものでも。ちょちょちょいと吸ってあげましょう。

      さあ。いくらでもかかって来なさい。








2006年01月25日(水) とりあえず肩の力抜いてさぁ。

本日も晴天なり。風の冷たさに負けない太陽のぬくもりが嬉しい。
なによりの明るさ。その光を浴びて。ぽつんとそこにいられること。

些細なことで苛立ちそうな心を。ほらほらと宥めてくれるものがある。
そこに行ってしまいそうな心は。はっと気付き。穏やかな場所へと歩き始める。

それでいいのだ。そんなふうにいつも気付ける自分でありたいと思う。

ああ、たぶん。出口とはそんなふうなところなのだろう。
いつだってすぐそこにあるのだろう出口を。見つけるのは自分次第なのだ。

だからこそ。自分を見失ってはいけない。いつだって真っ直ぐに自分を見る。
どんなに嫌な自分でも目を反らさないことだ。見て感じて悩んでごらんさい。

そうしないと。決して前へは進めない。



・・・・と思う。


ふう・・まあ・・とりあえず肩のちから抜いてさぁ。

なんとなくめでたいので。今宵もおひとつおふたつも。

ゆっくり飲み明かそうではないですか。














2006年01月24日(火) あっけらかんと。そう生きる。

ほっこりと陽だまり。あれこれをまあるくしてみながら。
雲ひとつない澄んだ空を眺める。ちっぽけな自分だとしても。
なにひとつ咎めることもしないで。空はいつもそこにいてくれるのだ。


つかのま。ほんのつかのまであるらしかった。
こころの余裕というものが。その時はあるように感じるのだけれど。
気がつけば。ついつい焦っている自分がいて。嘆きそうになってしまう。


きっと。なにか大切なことを。忘れているのだろうと思った。
なんだろうそれは。どうして思い出せないのだろうとまた焦る。

自問自答を繰り返しては。なんだか迷路の中を彷徨っているような。
出口ばかりをさがしている。ぐるぐるぐるぐる同じ道ばかりに思える。

なんとかなるものなのに。なんとかしようと思うからいけないのかな。


もっと。もっと。あっけらかんと生きたいものだ。

いやちがう。生きたいのじゃなくて。そう生きる。


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