| 2006年01月12日(木) |
微笑んでしまったのでした |
雨が近づいているらしい。寒気が緩みぽかぽかと暖かい日中だった。 冬枯れた草たちが。柔かな藁のようにまるく重なって息をしている。 そこで眠っているだろう小さな命たちに。雨は潤いの糧を与えるのだろう。
今日も微笑んでみる。
微笑んでみなければいけないのではなく。
微笑んでしまうのがいい。
お風呂で。久しぶりに鼻歌を歌う。
歌おうとしてそうするのではなくて。
いつのまにか歌い始めているのがいい。
『夢をあきらめないで』
なぜかいつもこの歌になる。
ふふふっと可笑しくなって。
お湯をちゃぽちゃぽさせながら。
微笑んでしまったのでした。
| 2006年01月11日(水) |
太陽に手をあわせてごらんなさい |
とても冷え込んだ朝のこと。まるで粉雪のように霜がおりる。 きりりっとした澄んだ空気は。真っ青な空からの贈り物のようだった。
いつもの川沿いの道を行けば。川舟が一艘ぐんぐんと水を掻き分けるように。 進んでいる。なんだか競い合うかのように私も前へ前へとクルマを走らした。 そしたら。おっきな太陽がそれはそれは眩しくて。負けちゃいそうになったのだ。
目の前が真っ白になる。ほんとうはオレンジにミルクを流したような川面が。 それは夢かもしれないと思うほど。私をどこか遠いところに流してしまいそうに。
光に。光につつまれると。ひとはそんなふうに思ってしまうものかもしれない。
もしかしたら。それが光の一部分になった証なのかもしれないのだった。
そんなはずはないと思うことがあるとしてみよう。 邪念や。我が身を貶めるあれこれなどが。どれほど自分を束縛していることか。
なのに光というものは。どうしてこうも赦してくれるものなのだろう。 どんなに醜くても。どんなに愚かでも。光はそこに在るものに降り注ぐものなのだ。
だとすると。赦されていることを。もっと感じて。もっと感謝してみるべきだろう。
みんなみんな太陽に手をあわせてごらんなさい。
| 2006年01月10日(火) |
ほんの些細なことから |
とんとんとんと。また日常が平穏に流れ始めている。
ときどきふっと。空を仰いでは。その順調を確かめている。 順調とは。どんな空模様であっても。それが空だという事実だ。
仕事を終えて帰り道。また例の小川沿いの細道を行く。 今日は。栴檀の実を拾った。道一杯に落ちているそれを。 なんだか子供みたいに夢中になって。拾い集めていた。
この前少しだけ拾って帰ったのを。姑さんの霜焼けの治療に使ってみた。 煎じた苦味のある汁を患部に湿布すると。一晩で腫れが引いていたのだ。 紫色に腫れあがって指も曲げられないと嘆いていたのが。すごく楽に。
そうして役に立てたことがすごく嬉しかった。試してみて本当によかった。
ほんの些細なこと。それがどんな結果になるのかまったく分からなくても。 何かを思い立って。そうしてあげたいと心からそう思い。行動することで。 思いがけず感謝されたり。思いがけず人の役に立てることは幸せなことだと思う。
時にはおせっかいで。時にはありがた迷惑になり兼ねないこともあったりして。 それは本当に悲しい結果なのだが。それを恐れていたら何ひとつしてあげられない。
そう肝に命じて。これからもそんなふうに。ひとと接していきたいと思う。
ただ。そうしないほうがそのひとの役に立てると確信した場合は。 そうしないことが。そうしてあげることに等しいことを忘れてはならない。
| 2006年01月07日(土) |
ひとやすみ。ひとやすみ。 |
午後からまたつかの間の雪。少し早目に帰宅する。 鏡餅を割って七草おじやを作る。それと熱燗をちびちび。 からだの芯から温まり。この上なく満足な今宵であった。
仕事始めの日からわずか4日。なのになんだかもっと長くて。 どっと疲れを感じたりしている。家事を終えてひとりになると。 やたらため息がこぼれる。ほっと一息という感じのため息だから。 特にどうということはないのだけれど。気分がいまいち花丸ではない。
よく笑って。よくしゃべった4日間だった。 お顔とお口がお疲れさんになっているらしかった。
こころは。ちょっとひとやすみ状態。だらりんと不貞寝しているよう。 もう少しあっけらかんと。そんなことおかまいなしでゴロ寝の気分に。 なれたらいいなあって思う。なろうとすればなれるのかもしれないな。
そうは言っても。なりたい自分になるのって。けっこう難しいよね。
ひとやすみ。ひとやすみ。
月曜日もお休みだから。すごく嬉しいよ。
| 2006年01月06日(金) |
明日も会えるといいな |
午後。少しだけ雪が舞っていたが。夕方には晴れ間が見える。 いつもの県道を下りながら。脇道の小川沿いの道を通ってみた。 クルマ一台がやっと通れるくらいの細い道だが。時々ふっと。 なんとなくそこを行けばいいことがありそうな気がしたりする。
今日は虹だった。それはもちろん県道からも国道からだって。 見える空だったが。その細道の続くところにだけある空のようで。 誰も気付いていないのではと思うくらい。わくわくと嬉しかった。 真冬の虹。その七色は小川に注がれてどこに流れて行くのだろう。
今日はいい日。そんな心のままで夕食の買い物などしていると。 いつものおじさんに会った。年の頃は私のお父ちゃんくらいで。 どこの誰なのかもまったく知らないけれど。すっかり顔なじみ。 毎日同じ時間帯に買い物をしている。いつも同じお店で。ただ。 それだけの縁なのだけど。ちょっと愛嬌があって愉快な人だった。
たとえば。私が鮮魚売場にいると側へ寄って来て何を買う?って。 野菜売場へ行こうとすると後をついて来て。ほうれん草高いなとか。 最初は変なおじさんだなあって思ってちょっと警戒していたけど。 最近は。見かけないと心配になるし。見つけたら笑顔がこぼれる。
今日はね。そのおじさんが食料品を買ってから。ホームセンター側へ。 そこで暖かそうな絨毯を買ったのだ。桜の色みたいな絨毯だった。
「寒いけんね」って。なんだか照れくさそうに微笑んでいたのが。 ほのぼのと嬉しくて。今夜から少しでも暖かな部屋で過ごせるなあって。
もしかしたら独り暮らしなのかもしれなかった。
そう思うと。やはりどうしても。お父ちゃんとかさなる。
明日も会えるといいな。
また明日の夜から雪かもしれないと天気予報。 それも仕方なく。冬だから仕方なく。怖がったり。 不安がったりは。もうよそうと思う。降るのならば。
仕方ないといえば。今日は職場で。『無い袖は振れない』と。 オババと語り合った。無いものをいくら欲しがっても。無い。 そんな現実を嘆いてばかりいた自分を。ふと思い浮かべてみる。
在るものを欲しがるのは当然のことだろう。 目の前にそれがあれば。誰だって期待して。 当たり前のようにして。受け取ってしまうのだろう。
だけど。無いものは。つかみようのない空気のようなものだった。 ひとは愚か。そのないものをどうにかしてかたちにしようとする。 それさえあればと懇願するように。手で掻き集めるようにもがくものなのだ。
無いのだよ。ああ、うんわかった。無いんだね。 そんなふうにあっさりと現実を受け止められたら。どんなに楽だろう。
辛くても我慢するべきだった。我慢とは。己を満たす力なのかもしれない。 だとすると。少しでも不満があれば。我慢していることにはならない。
じゃあどうすればいいのか。やはりそれは結局のところ『感謝』なのかな。 これでじゅうぶん。これ以上は無いのだから。これだけでありがとうと。
いつも思える自分でありたいものだ。
| 2006年01月04日(水) |
とにかく歩いて行くのであります |
仕事始め。前途多難、前途不安でありますが。 犬も歩けば棒にあたるのでありますから。 その棒が望やもしれず。とにかく歩いて行くのであります。
また。笑う角には福来るとも申しますゆえ。 いらいらがみがみするまえに。とにかく笑って過ごしましょうぞ。 世間の風は冷たいが。春が来れば夏もきっと来ますゆえ。
そのいちにちの平穏は宝であります。今日をありがとうございました。
さて。午後からまた雪の前兆のような雲が空いちめんに立ちこめ。 ひゅるひゅると冬将軍が得意げに口笛を吹いている今宵であります。
わたくしはといえば。相変わらず熱燗やら新生3やら焼酎やらで。 おかげでこのように。いたって元気。明朗陽気この上なく上機嫌。
ある意味。ぷっつんとしているのでありますが。特に思い煩うこともなく。
めでたく幸せであります。
苦しゅうはないぞ。みなのもの。そばへよるがよい。
|