| 2005年12月17日(土) |
あれはいったいどこで生まれて。どうやって死んだのだろうか。 |
午後から。また少し雪が降る。すっかり臆病になり早目に帰宅。 雪は嫌いではなかったが。雪は怖いと思っているらしかった。
ひゅるひゅると冷たい風が窓を叩いている夜。 とてもぼんやりとしていて。なんだか気が抜けたよう。
湯たんぽを入れてあるお布団にもぐりこんだら。 どんなにか心地良くて。ぬくぬくと眠りにつけることだろう。 だけどまだそんな時間にならなくて。だからぼんやりが似合う。
最近。不思議と人恋しさがなかった。 以前はよく。泥酔状態で誰かにメールしてみたり。 返事を待って。来なければ泣きながら眠ったりしたものだ。
ぷっつりと。決して切れてはいないのだけど。 途絶えていることを。今はむしろ心地良く感じている。
躊躇することがよくある。それはある意味。理性かもしれず。 いくら泥酔状態でもあっても。崩れないものがあるのだろう。
おっし!これは成長のひとつであると。ほんの今、自分をほめた。
寂しいという。淋しいという感情が。気がつけばなかった。 あれはいったいどこで生まれて。どうやって死んだのだろうか。
さあ。また眠くなるまで漢字ナンクロしよう。 目がトロトロになって、字が見えなくなるまで頑張ろう。
目覚めたら。雪が積もっているかもしれない。
そしたら。『これあたし』の足跡をつけに行こう!
| 2005年12月15日(木) |
それはとても。ゆっくりでいいのだから。 |
寒気が一時的に緩んだらしく。冬の陽射しに恵まれた一日。
お昼休み。クルマに積んである毛布が。ほかほかになっていた。 膝に掛けて。また何かにとり付かれたよう漢字ナンクロに励む。 読もうと買った本もそのままで。いつまでたっても読み出せない。 気がつけばいつも寝ている。シャープペンを握ったままうたた寝。
まあいいじゃないかと思うが。何につけても踏ん切りが今ひとつだった。 とくに夢中でもないことなのに。これでお終いと決められない性格かも。
それを言い換えれば。ずるずる。もっときっぱりと潔くなりたいものだ。
師も走る頃らしかったが。私は今のところ。のらりくらりと歩いている。 言い換えれば。のんびり中としておこう。急ぐことは何もあるまいと思う。
時々ふっと。頭の中が真っ白になる時がある。 それはある意味。リセット状態かもしれなかった。 考えて考えて思い悩むようなことさえも。忽然と姿を消してしまうような。
そんな自分をほめてあげたいと思う。真っ白だから。大切なことを思い出す。
そしてまた。初心にかえることが出来るのだ。
真っ白に。ちいさな目印をつけよう。
真っ白に。自分の在りかを見つけよう。
それはとても。ゆっくりでいいのだから。
目覚めると雪が降っていた。
とうとう。従兄弟のお葬式に出席出来ずに。一日が終ろうとしている。 雪のせいにしてしまう。遠く離れた場所で。手を合わせ冥福を祈った。
弟から。たくさんのひとに見送られて旅立ったと聞く。少しほっとする。 「心配することないよ」と弟が宥めるように言ってくれて。救われる思い。
いつだったか読んだ本に書いてあったことを思い出した。 誰の何という本だったのか。今はよく憶えていないのだけど。
自分が死んだ時。その葬儀の場面を目に浮かべてみなさい。 そうすれば。どれだけ自分が愛されていたかが。きっとわかる。 だからこそ。命ある限り。まわりのひとを愛して生きていきなさい。 思い遣り感謝して。縁あったこそ出会った大切な人達ばかりです。
その言葉に出会ってから。幾度か。それはとても数え切れないくらい。 わたしは私のお葬式を見て来たように思う。紫のりんどうの花がいっぱい。 わたしはお棺の中にいて。頬に花を髪に花をかざして微笑んでいるのだった。
みんなが声を掛けてくれる。家族はもちろん。大切な人たちがみんな。 わたしは。とても心強くて。わたしはとても幸せで。すごく安らいでいた。
たとえば不慮の事故。たとえば闘病の末。もしくはある朝突然に息が止まり。 そして恵まれたなら長寿を全うしたその時に。わたしはきっと死ぬのだ。
不安があるとすれば。それがいったい何時なのかわからないことだ。 明日かもしれないし。まだ40年先かもしれないのだから。
だからこそ。精一杯生きて。みんなを愛したいと思う。
死んでからのありがとうじゃなく。生きてありがとう。
時おり小雪が舞う寒い一日だった。
いつもの熱燗。いつものお風呂。今日も平穏無事で何よりだと思う。
さいごに帰宅したサチコに上げ膳据え膳をして。またお猿さんみたいに。 きゃっきゃっとはしゃいでしまう愉快な母であった。
その時電話が鳴る。先日会ったばかりの弟からだった。 父方の従兄弟が急死した報せに。しばし言葉を失ってしまう。 信じられない気持ちが大きく。悲しみというよりも。なんだか。 ひとはある日突然に死ぬという事実に。強く胸を刺されたように思う。
幼馴染でもある従兄弟だった。私よりひとつ年上だったけど。よく遊んだ。 年頃になると。ちょっと意識して。ふたりとも無口になったりしたけれど。 叔母の家に泊まりに行くと。一緒にご飯を食べたりするのがすごく嬉しくて。
不義理をずっと重ねて来たこれまでを思う。 叔母のお葬式にも行かなかった。いちばん私を可愛がってくれたひとなのに。 父方と縁を断たねばと思っていた頃があったことを。どれほど悔やんだことだろう。
情けない。ほんとうに情けないと。思っている。
「お父ちゃん・・かずし兄ちゃんが死んだ・・」父の遺影に手を合わすと。
涙があふれた・・・・。
穏やかで平和な休日だった。ありがたいことだと思う。
お昼。いつものお好み焼屋さんに電話をしておいて。焼けた頃取りに行く。 お店の入り口に張り紙がしてあり。そこには今年いっぱいで閉店とあった。 とても美味しくて評判のお店だったので。すごく残念でありショックに思う。 おばちゃんは年が明けたら68歳になるらしい。元気なうちに辞めたいと言う。 限界まで頑張ったとしても。ある日突然店を閉めるようなことになり兼ねない。 それよりも元気なうちに。ちゃんとご挨拶をしてけじめをつけたいのだそうだ。
おばちゃんは。私の母と同じ年だった。母を想い。少し複雑な気持ちになった。
午後。また例の化粧品店へ行く。約束したから。今日は口紅を買おうと。 よかった。この前よりもずっと元気そうで安心。79歳のべっぴんさん。 朝からずっと暇だったそうだ。なのに私が行くとすぐにお客さんが二人。 「みかさんって福の神ね」と言って喜んでくれた。ちょっと照れました。
そのお客さんのひとりは高校生だった。眉毛を整えてもらいに来たそうだ。 お祖母ちゃんがお孫さんの眉を。そんな感じがして。なんだか微笑ましい。
ひとに会った日は。すごくこころが温まる。こころの底から湯気がほかほか。
お好み焼屋のおばちゃんの。きりりっとした笑顔が好きだった。 化粧品店のおくさんの。やわらかで優しい笑顔が大好きだった。
そして夜。『義経』の最期を見届ける。 あまりにも悲運で。どうしてここまで実の兄に追い詰められねばいけないのかと。 嘆き痛ましく思うばかりだったが。見終わってから。なんとも言葉に出来ない。 ぬくもりのようなものを感じることが出来た。それは不思議な光のような。
頼朝は。そして。泣いたのだ・・・・。
情を殺して生きることほど。辛いことはないだろうと思った。
| 2005年12月10日(土) |
めでたし。めでたし。 |
しんみりと静かな夜。すっかり古くなったパソコンの唸り声だけが。 ちいさな部屋中にいっぱいになって。それが少しだけ耳障りに思う。
振り払っている。もっと潔くと思うけれど。くよくよと考え込んで。 しまう時がある。それはいつもどうしようもないこと。だからこそ。 どうにかしようと思わなければいいものを。ついつい囚われてしまう。
そう。昔から苦手だった。気分転換とかが上手く出来ないものだから。 とりあえず。どっぷりと。それに浸ってしまってから。泳ぎだす性格。
焦らずもがかず。ゆっくりと肩の力を抜く。その肩を心の一部分だと。 思うことにしよう。すうはあすうはあ息をして水に浮かぶようにして。
そうそう。さっきお風呂に入ったんだけど。今夜はちゃんと確かめた。 和倉温泉って書いてあった。湯船のなかで。ああこれってどこだろう?
さっそくネットで調べてみたら。石川県の七尾市っていうところだった。 能登半島か。ああいいなあ。一度は行ってみたいとずっと思っていたっけ。 老舗のホテルをクリックしてみる。食い意地張ってるもんで夕食が気になる。 うむ。これはビールより日本酒だなと決めると。わくわくと嬉しくてたまらない。
旅はいいです。温泉は最高であります。
気がつけば。すっきりすっかりいい気分でありました。
めでたし。めでたし。
冬枯れていく景色のあれこれ。たとえばすすき野。たとえば欅の。
老いてうなだれているように見えるが。すすきは風になびく姿が。
なんともいえない哀愁を感じさせてくれるものだ。欅はもう一葉。
風に落として。まるで振り落とすように潔く。枝先を空に伸ばす。
まあるく伸びるのだ。か細い指先で空をなぞるように伸びていく。
そんな季節のまっただなかに。ぽつんといられることが。ささやかな。
わたしの幸せだと思う。
そうではないあれこれのために。心を犠牲にするのはよそう。
そうではないあれこれのために。自分を見失ってはいけない。
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