ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2005年12月08日(木) ほんの一粒で生きている

きりりっと今日も冬。少し時雨れたが。午後は晴れ間が見える。
夕暮間近の茜雲が。なんともいえず可愛らしくて。ぽこぽこっと。
おっきなのやちっちゃいのが。生きものみたいに空に浮かんでいる。

そんな茜雲に。栴檀の黄色い実がすごく映えている。空いっぱいに。
真珠を散りばめたように見える。どきどきとしながら。少し切ない。

せつなさはどこからくるのだろう。せつなさは空の欠片だろうか・・。


わたしの実は。たわわではなかった。

一粒で。ほんの一粒で。生きている。

だからこそ。見失うわけにはいかないのだと思う。




2005年12月07日(水) わたしはそれを食べたりしない

午後からまた雪の前触れのような雲が立ち込めてくる。
家路を急ぐ。灰色の川沿いの道。鴨の群れも今日は見えず。


熱燗でまったり。そしてなんだか自分ではないような笑い声。
変なひとだなと思う。このひとってこんなにひょうきんだったかしら。
お猿さんみたいに。きゃっきゃっとはしゃいでいる。自分の可笑しさ。


家事を終えて。お風呂に入る。温泉シリーズの入浴剤が気に入っている。
ああでも。今夜はどこの温泉だったのか覚えていない。ただ気持ち良く。


そして。やっとひとりになる。

わずか三畳の部屋ではあるが。とにかくここが私のお城のようなところ。
また飲み始める。もういいかげんにしようと思いながら。いつもそうだった。

ぼんやりと。まあどうでもいいじゃないかと思うこととか。
手の平にのせてみたり。ころころ転がしてみたり。弄んでいると。
ぽとんと。それが落っこちてしまって。あらまあと笑ってしまう時もある。

くすくす。ほんとうにこのひとって。こんなふうで。少し好きだなと思う。


不満とか。ささいな欲望とか。かつてあったような気がするが。

なんだかみんな。お団子になってしまったようで。可笑しかった。

          わたしはそれを。ひろって食べたりしない。



2005年12月06日(火) そんな光になりたい

今夜。月が揺りかごのよう。揺れないゆりかご。

揺れたら。きっ落ちてしまう。いったいなにを。

のせているのだろう。それは星だけが知っている。



『1リットルの涙』を見たあとは。
感情がすごくあちらがわにいってしまって。
ここにはすぐにもどれなくなる。

言葉を失うこわさ。
伝えたいことを伝えられないかなしさ。

でも。きっと伝わるという光。

そんな光になりたいと。ふと思う・・。






2005年12月05日(月) ここはもう。雲のうえだった。

初雪が降った。強く風が吹いて。雪がころころ踊るように降った。


オババの髪は小奇麗にまとまっていて。なんだか別人のように見える。
不思議なものだ。苛立ちも小言も。すっかりきれいさっぱりになった。

そんなオババに。穏やか光線を送り続ける。彼女はまあるくそこに在る。
もっともっと思い遣ってならねばと思う。それはほんとうに鏡のように。
毎日の出来事は。ぶつかるほど跳ね返って来るものなのだ。時に痛い程。



帰宅すれば。お釈迦様が居る。このお釈迦様は晩酌が唯一の楽しみ。
いつも私の帰りを待っている。穏やかな顔でいつもにこにこしていて。
玄関の明かりを灯してくれている。台所のストーブも点けてくれている。

そうして天使たちが。つぎつぎに帰って来てくれると。まるで天国のよう。

私は。かつて。雲にのりたいと思ったことがあったが。

ここは。もう。たしかに雲のうえだった。



2005年12月04日(日) あたたかなたくさんのことに。心からありがとう。

もうすっかり冬。午後からずっと時雨れている。
南国とはいえ。山間部では雪が降り続いているらしい。

ひゅるひゅると風の声。そんな声も遠く感じるほどに。
とても穏やかなこころで。静かな夜を過ごせるありがたさ。

不思議とあの朝のことを懐かしく思える。もう36年なのか。
ずっとあの出来事を悪夢のように。感じながら生きてきたのか。
なんて愚かだったのだろう。ずっとあの日の少女を忘れられずに。



土曜日の母は。どうしても仕事をしたいと言って。やっと今日。
髪をきれいにしてもらい。すっきりと気持ち良くなってくれたらしく。
近くまで来ているから「お茶でも飲まない?」と電話をしてくれた。
弟夫婦も用事があって。遠方からはるばる来ているから一緒にねと。

私はすごく照れていた。素直に「うん」と言えないくらい照れていた。
今思えば後悔になるのだが。あれこれ理由をつけて。ありがとうだけで。
会いに行かなかった。でもそんな後悔より以上に。満たされた心が残る。

それからしばらくして。思いがけず弟たちが訪ねて来てくれた。
「ちょっと、あんずの顔見たかったから」とか言って。
我が家の愛犬は。弟の家で生まれた仔犬だったから。

ながいこと会っていないから。もとの飼い主のことなど忘れているだろうと。
思ったのだけど。弟があんずに声をかけて撫でていると。すぐに甘えだして。
弟の手をペロペロ舐めていた。それはとても微笑ましい光景だった。

ほんのつかの間。庭先で立ち話をしただけで帰らなくてはいけなくて。
私がちゃんと出掛けて行けば。ゆっくり会えて話しも出来たろうに・・。

あんずと一緒に見送る。そしたら運転席に座った弟が。思い出したふりで。
「あっ・・姉ちゃん、今日誕生日やね」と言ってくれたのだ。

姉ちゃんは。またまた大いに照れまくり。ほろりと胸が熱くなってしまう。



あの朝。弟の手をひいて。ふたりは泣くことも出来ずに歩いた。
いったい何が起こったのか。目の前が真っ暗で何も見えなかったけれど。

とにかく歩いた。そんな寒い冬の朝さえも。今はとても懐かしい思い出。                



あたたかなたくさんのことにほっこりとつつまれた。

きょうほど。ありがたいいちにちはなかった。



2005年12月02日(金) 私のお母さん

冷たい雨が。静かにずっと降り続いていた。
言葉を失った空の。ためいきのような雨だった。


職場の前の小道を。お遍路さんが通る。
それはとても鮮やかな色の雨合羽を着ていて。
私にはそれがすごくあたたかな陽のように見えた。



オババの髪の毛がボサボサで。なんだかしょぼくれていて。
明日美容院へ行くように勧める。仕事は大丈夫だからと言って。
すっきりするよ。髪が綺麗になるとすごくいい気持ちだよって。
そしたら素直に「うん、、」と言う。なんだかほっと嬉しかった。

それからトイレに行った私は。ふっと母のことを想った。
嫌いだって思う気持ちがずっと付き纏っていたのに違いない。
尊敬できないと。もしかしたらそう決め付けているだけかもしれないと。


母を頼って。母に会いたくて。元夫から逃げ出して来た私を。
駅まで迎えに来てくれた母は。涙ひとつ見せずに。きりりっと立っていた。

20歳になったばかりだった私を。そうして母はまた育ててくれたのだ。
その恩を。どうして私は忘れてしまっていたのだろうか・・。


恨んでいたのは13歳の私だった。だってあの朝は私の誕生日だったから。
目が覚めたら母はもうどこにもいなかった。あの時の悲しみが恨みだった。

赦してあげなくてはいけない。そんな恨みを抱いた13歳の私のことを。
それができたら。きっと母を。心から愛することが出来るだろう。


オババ。いいえ。私のお母さん。

明日は。すっきりといい気持ちになってね。そしたら私もすごく嬉しいよ。



2005年12月01日(木) むぎゅっとしてあげよう

今日はなんだか色んなことがあって。

すごくすごくそれが溢れるほどいっぱい。

だけど決してめまぐるしいとかじゃなく。

ひとつひとつかみしめるようなことばかり。


嬉々とした感情に酔っているわたしは。

たんなる酔っ払いに他ならないけれど。

その酔っているさまが安らぎに似ている。

だからむぎゅっとしてあげたくなるのだ。




ひとつひとつありがたいと思っただけで。

ひとはこんなにも満たされるものらしい。


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