| 2005年11月30日(水) |
あなたはきっと生きていますね |
毎朝見ていた銀杏の木が。とうとう裸んぼうになってしまう。 でも。少しも辛そうにはなくて。朝の光にきりりっと立っていた。 それはきっと。何も終ってはいなくて。ずっと続いている命の在りか。
昨夜『1リットルの涙』を見ながら。見終わってからもずっと。 ほんとうの優しさとは。と。胸が痛くなるほど考えてしまった。
ある女性のことを想い出した。それはとても複雑な感情でもって。 私は彼女から逃げたのだ。その事実にぶつかって心が張り裂けそうになる。
「助けられないのなら。もう優しくしないで」って。彼女は言った・・。 「私の苦しさがわかる?わかったようなこと言わないで」とも言った。
そして最後には。「あなたにはわからないのよ」って彼女は言ったのだ。
私は泣きながら謝った。彼女は決して怒ってはいなかった。 必死で私を赦そうとしているように感じた。わからないのが当然。 同じじゃないからわからなくて当たり前なんだよって言っているように。
だけど。私は苦しかったのだ。同じではないことがとても辛かった・・。 そして何よりも。彼女に光を見せてあげられなかったことが悲しかった。
「明日死ぬから」って。メールが届く。
その頃の私は。光とは優しくしてあげることだと思っていたのだと思う。
これは。もう三年前のことだった。
彼女のHPが消えてしまってから。二度、携帯に着信があったが。
私は。彼女に電話することをためらっていた。
いや。電話しなかったのだ。そうして私は彼女から逃げた・・・。
今なら光を。きっと見せてあげられると思う。
彼女のことは一生忘れない。あなたはきっと生きていますね。
空が少しぼんやりとしていた。霞がかった山々は。まるで春のよう。 変ろうとしている季節の真っ只中にいて。ふと錯覚のように想うあれこれ。 終われないこと。諦めきれないことが。私にもあるのだと。ふとそう思う。
昨夜。深夜だったが。久々の激しい頭痛に襲われる。 深酒のせいだろう。自業自得だと思いながら。とても怖かった。 何もかも割れて砕けて粉々になってしまうのではと。とても不安になる。
ある日突然というのが。今はいちばん怖いことなのだ。 生きたいのじゃない。生きるのだと思ってはいるけれど。 時おりこんなふうに。恐怖心でいっぱいになる時がある。
痛み止めの薬がよく効いて。目覚めた頃にはすっきりといい感じ。 今日もまあるく。何事も穏やかに受け止めていこうと心に誓った。
喜怒哀楽の。怒のない一日というのは。ほんとうにありがたいものだ。
だが。そのぶん哀があふれだす。悲しいのじゃない哀というものの本質を。
私は知ろうともせず。また酒に頼っては。楽になろうとしているのだった。
| 2005年11月27日(日) |
悲しみの色に薄くルージュを |
ひゅるひゅると少し冷たい風。ああ。もう冬なのに違いない。 陽だまりをさがしている猫の。ような気持ちになる冬らしさ。
午後。先日から気掛かりでならなかったある女性に会いに行く。 ご主人を亡くされたばかりで。どんなにか気を落とされていることか。 お葬式にも参列出来なかったことを詫びて。お供にと和菓子を心ばかり。
彼女は化粧品店を営んでいる。もう何十年も。いつも明るい看板娘のように。 「自分への投資を忘れたらいかんよね」とか言ってくれて。ついつい買って。 私もかれこれ25年以上も。ずっとそのお店の常連さんになっていたのだった。
ぽつんと彼女は座っていた。カウンターのところで俯いて。なんだかまるくて。 自動ドアが開くのがもどかしいくらいに。私は駆け込むように飛び込んで行った。 「おーい、おーい」と声を掛ける。「はーい、はーい」と立ち上がった彼女は。 胸が熱くなるくらい健気で。悲しみの色に薄くルージュを塗った姿のようだった。
とにかく日常を。お店に出ていつものように笑顔で。それだけで救われるそうだ。 「めし、めし」って。お昼になるとお客さんが居てもそう言って急かすご主人が。
いない。いなくて。すごく寂しいよって言って・・・・。
私は。買いだめをしないことに決めた。もう少しでなくなるものは。 なくなってから買いに来るからと約束をした。そうしたらたくさん会える。
今日はじめて彼女の年齢を聞いてとても驚く。それは感動と同じくらいに。 79歳なのだそうだ。私はずっと自分の母親くらいで60代かなと思っていた。
漠然と思う。私はこれから。もっともっと彼女に会わなければいけない。
| 2005年11月26日(土) |
ころころ。ころりん。 |
銀杏の葉が。もう散り始めた。はらはらと少しせつなく。 その黄金色の向こうは。今日も青く遥かな空が続いていた。
そして穏やかないちにち。なんだかまあるいこころでずっといられた。 あの憂鬱は何だったんだろうと思う。悪い夢を見ていたのかもしれない。
笑顔には笑顔が返って来るものなのだ。だとするとすべてのことは。 鏡のように出来ているということなのだろう。 映されたくないのなら。それを見せないことだ。 たとえば不機嫌。たとえば苛立ち。悪口雑言のたぐい。
でも。日々いろんなことに振り回されそうになるのが現実。 いつもにこにこしている人にだって。葛藤がないはずはない。
ありのままの心で。どれだけひとを思い遣れるか。 きっとそれがとても大切なことなのだろうと思った。
仕事を終えて帰宅した頃には。もう薄暗くなっていた。 買い物の袋を提げて。よっこらしょっと玄関に立てば。 ドアにクリスマスのリースが飾ってあって。笑顔がこぼれる。
「たっだいまぁ!」っと元気な声が自然と出て来る。
わたしのこころはまあるいまんまんまで。ころりんと帰って来た。
瀬戸内寂聴のドラマをみていた。
幾重にも幾重にも重なる重みに涙する。
傷つけてしまったひとを自ら捨ててしまったひとを
想った
私も生きながら死ねるのだろうか
道は遠い
遠いから歩こう
時々冷たい風と。やわらかな陽射し。 なんだかふわふわとしてくる。そんな心地良さ。
降り注ぐ光は。まるで天のミルクのようだ。 無防備になって。ただ抱かれるままになって。 わたしもきみも。天のミルクを飲んでみよう。
お布団を干して。取り入れる時の。なんともいえない幸せ。 少し切羽詰まっていたかもしれないこととか。忘れてしまう。
きっと。なんとかしようとしてもがいていたのだろう。
なるようになるものなのに。そんなふうに流れているものなのに。
| 2005年11月22日(火) |
急いではいけないこと。焦ってはいけないこと。 |
ひとは。そうそうかんたんには変われないものだと思う。
空は晴れたり曇ったり。風は吹いたりはたとやんだり。 それは彼らの意志?いいえそれは決してそうではない。
いろんなことが動いている。そのなかにいて影響を受けずに。 自分の意志だけで。自由自在に変ることなんて。すごく困難。
ふとそう思う。急いではいけないこと。焦ってはいけないこと。
小石の気持ちは。今日も少し乱れては。沈黙のなかで戸惑っていた。
銀色さんの『つれづれノート14』本日読了。
夏には出版されていたものを。どうして今回だけすぐに買わなかったのか。 あの読み始めた時の。少しの違和感。その意味がやっと理解できたと思う。
最後だったのだ。だからこんなにも正直に。まるでとどめを射すように。 書きたいことを。じゅうぶんに書いた。じゅうぶんすぎるぐらいに書いたと。 言って。だからそれを全部ぜんぶ。私は今日受け止めることが出来たのだった。
最後だって言われたら。ほんとうに淋しかった。けれど。 なんて心地良い風が吹いているんだろうって。ほっと救われる思いがした。
潔いものは。哀しみよりも。愛しさのほうがずっとずっと似合う。
彼女の最後のノートを。私の『ありがとうの場所』にそっと置いた。
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