穏やかで平和な休日だった。
みぃとは。ダンボール箱から解放されてご機嫌。 トイレもすぐに覚えて。したくなったらちゃんとそこへ行く。
一日中。息子くんの部屋で遊んでいて。お昼寝もしたようだ。 いまは。一緒に格闘技を観ている。鳴き声ひとつ聞こえない。
静かで。私は隣りの部屋に居て。みぃとが呼んでくれるかもしれないと。 ちょっと期待して待っているのだけど。とてもとても静か過ぎるのだった。
大丈夫なのだろうと思う。飼い主が変ってもきっとすぐに懐くだろうと。 どんな環境になるのだろうと。すごく気になって心配ばかりしていたが。 私たちと過ごした数日をすぐに忘れてしまうくらい。愛されて育つと思う。
縁あって会いに来てくれた命は。ほんとうにありがたいものだ。
私のこころは。ぬくぬくと温まり。こんなにも穏やかな時を過ごしている。
なのに。どうして涙が出るのだろう。悲しくなんかないというのに。
くもり時々雨。なんだかとてもとてもせつない空気。
昨夜遅く帰宅した息子くんから。みぃとを飼ってくれる人が見つかったって。 聞く。深酒のせいか私はすごく取り乱してしまい。おろおろと泣いてしまう。 どっと押し寄せて来るなにか。寂しさだろうか。失うという辛さだろうか・・。
土曜日に連れて行くそうだ。家族みんなが猫好きだから。だいじょうぶだって。
冷静に。今日はそんな日だった。 自分のエゴのために。か弱い命を。これからの未来を。 窮屈な場所に閉じ込めてしまおうと思っていたのかもしれなかった。
私のつま先が気に入ったみぃとは。木登りするみたいによじ登って来て。 ひざまで辿り着くと。しがみつくようにして胸に甘えてくれるのだった。
あと二日。お母さんでいさせてね。みぃと君。ありがとう。
子猫は『みぃと』と呼ぶことにした。
三毛猫かなと思っていたけど。きじ猫の雄らしい。 足のところだけ白くて。靴下をはいているように見える。 可愛らしさは言うまでもないが。とても人懐っこくて。
どこかの家で生まれたけれど。貰い手がいなくて困ったのだろうか。 息子くんの職場は老人福祉施設なので。ここならって思ったのかな。 捨てられたというより。どうかよろしくお願いしますって感じがする。
猫嫌いの彼は。相変わらずご機嫌が悪い。 鳴き声が聞こえただけで。すごく嫌がって。 子猫を見ようともしない。「可愛いのは子猫の時だけだ!」とか言って。
とにかく早く貰い手を捜すようにと厳しく言われてしまう。
今日は。子猫と一緒に仕事に行った。 「お母さんがお仕事しているあいだおとなしくしててね」と言ったら。 お昼休みまでずっとクルマの中で。いい子にしていてくれたのだ。
お昼ご飯を食べさせてから。庭で少しだけ遊んであげたら。 陽だまりでごろんごろんしたり。てくてく探検したりして。 すごく気持ち良さそうで。嬉しそうな顔をしていたから。 お母さんもすごくすごく嬉しかったよ。
そうして午後も。ずっとクルマの中でおとなしくしていてくれた。 帰る時には甘えていっぱい鳴いたけれど。「お家へ帰ろうね」って 声をかけながら家路についた。そしたら鳴き声がちょっと変った。 みゃあみゃあ叫んでいたのが。みぃみぃって。か弱くて愛くるしくて。
お母さんね。みぃとを。手放すことなんて絶対に出来そうにないよ。
しばらくのあいだ。子猫を預かることになった。 いつまでなのかわからない。飼ってくれる人が見つかるまで。
息子くんが。仕事を終えて帰ろうとしたら。 クルマの下の方で。みぃみぃ鳴き声が聞こえて。 ダンボール箱の中にちっちゃな猫が入っていたそうだ。
そのままどこかへ置いとけばいいのにだとか。 俺は猫が大嫌いだとか。父親がすごく怒っているのだけど。
きっとなんとかするからと息子くんが言って。 私もサチコも。なんとかなるよお父さんと言って。
子猫は息子の部屋ですやすやと眠り始めた。 すごくお腹が空いていたのか。晩ご飯をがつがつ食べて。 それから。箱から出して欲しいのか。甘えて鳴いていたけれど。
たくさん話しかけて。あれこれ宥めていると。 私の言っていることに。頷くような仕草をしたのだ。 サチコが「今、うんってしたよね」って喜ぶ。 そうして観念したようにおとなしくなった子猫。
もう手離せないな・・と思っている。 可愛いという理由だけでは。猫は飼えないと知っている。
どうしてそれが息子のクルマの下だったのかと思うと。 他の人のクルマの下ではいけない理由があるのだろうと思う。
それが。動物と人間のあいだにもある『縁』なのではないだろうか。
祖母、愛ちゃんの35日忌の法要のため。 2時間ほど列車に揺られて行った。
ほんとうは家族みんなで行く予定だったのが。 急遽、夫君が行けなくなり。相次いで子供達も行けなくなった。 ので。長距離運転が苦手な私は。ひとり列車に乗ることになったのだ。
駅のホームで列車を待っているあいだ。ふと不安になってしまう。 自分は。もしかしたらどうしても列車に乗らなければいけない理由が。 あるのではないだろうか。だからみんなが行けなくなってしまったのかも。 しれないと。今思えばすごく馬鹿げているけれど。その時はすごく不安だった。
また例の悪いくせ。死んでしまうのかもしれないが・・襲って来たのだ。 空は抜けるように青くて。心地良い風が吹き抜けているホームで。ぽつんと。 在りたいと願う。私はまだ在りたいのだと祈る。いやだいやだ死にたくない。
海の見える側の座席に座り。ずっと窓の外を眺めていた。 朝陽が射した海の。なんときらきらと眩しいことか。 海も生きている。波は海の鼓動。空を映して真っ青な素顔。
私の不安は。生きたいという欲なのだろうと思う。 だから。些細なことでも不安に変えてしまうのだろう。
その不安から解き放たれるためには。 生きたいとは思ってはいけない。生きると決めるべきだと思った。
実母の生まれ故郷。私が子供の頃そこはみかん畑だったところに。 愛ちゃんの遺骨は納められた。桜の木がたくさんあるから春が来れば。 お花見が出来るよ愛ちゃん。よかったね。ここが愛ちゃんのお家だよ。
帰りの列車に乗る時は。なんだかすくっと胸を張ってホームに居た。
生きるために。私は生きると。もう決めていた。
せいたかあわだち草とすすきとコスモスと。絵のように咲く道をいく。 うす紫の野菊も咲き始めた。それは控えめでありながらも可憐な姿で。
ブタクサとも言われて。今の季節ちょっと嫌われ者のせいたかのっぽさん。 一生懸命繁殖し続けてきたというのに。嫌われてしまったことについて。 彼女は何のコメントも出来ないでいるのだが。どうか許してあげて欲しい。
野にあって。それぞれの精霊が。肩を寄せ合って生きているのだがら。 どの花がとか。この花はとか。ひとにそう言う権利があるのだろうか。
と思いつつも。こんなことを言ったら。我が家のハクション大魔王が怒るだけ。
きれい事って。自分ではそんなんじゃないって思っていても。 どれだけまっすぐに。自分の信念みたいなものが相手に伝わるのか。 わからなくて。時々すごく不安になったり。自己嫌悪したりする時がある。
相手のためにはならなかった。むしろ迷惑だったかもしれないと。 すごく悲しい気持ちになりそうで。必死になって否定しようとする自分。
よしよしだいじょうぶ。もういいよ。もう考えるのはお終いにしようね。
そう言ってくれるのも自分だから。寸前のところでいつも救われている。
たとえば私が。せいたかあわだち草だとしてみよう。
嫌われる原因が自分にあるのだから。それは仕方ない。 それでも生き続けるのが。私の命というものではないか。
ススキと並んで絵のようだねって。ほめてくれる人がいた。
わたしはとても幸せだよ。
出勤前に急いで洗濯物を干すのが日課。 きりりっとした朝の空気。ぴんとしてくるこころ。 私も靴下になって。一日中風に吹かれていたいなと思う。
どこからか鈴の音が聞こえて。仕舞い忘れた風鈴かなと思った。 でも。夏の間だって聞こえたことがなかったのになあって不思議。
その時だ。見上げた堤防の道を。颯爽と歩いているお遍路さんが。 鈴の音が高鳴ってきて。あっと見とれている間に。すぐ遠くなる。 りんりんが。じんじんと胸に響いては。風のように去って行った。
いい朝だなあって思う。清々しくて。とても新鮮な気持ちになった。
そしてすぐに私は追いついた。ちょうど大橋の真ん中あたりで。 また鈴の音を聞くことができたのだ。その時のなんとも言えない気持ち。 追いついて追い越すことが。なんだかいけないことのように思えた。 どうしてそんなふうに感じたのか。よくわからないのだけど・・・。
もしかしたら。私も歩きたいのかもしれない。 鈴の音を追って。ずっと後を追って行きたいのかもしれなかった。
きっとよくあること。だけどなんだか。今日は特別な朝なのかなと思った。
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