「新しい朝が来た」それは最近よく耳にするCMの曲だった。 通勤途中のラジオから。もう少しで職場に着く頃に毎朝流れる。 ついつい続きを歌ってしまう。新しい朝が来た、希望の朝だって。
この歌って知っている。そうそう確かラジオ体操の時の歌。 子供の頃の夏休みに毎朝聞いていたから。よく覚えているのか。 懐かしいなあって思いながら。その頃はちっともいい歌だと思わなかった。 だって、まだ眠いのにしぶしぶ起きて。しょうもなく体操していたもんな。
それが今になって聞くと。やたらいい歌だなあって思う。 生きている限りずっと新しい朝が来る。それも希望の朝らしい。 ふやけてしまったこころとか。一気にピチピチしてくるありがたさ。
些細なこと。こんなちっぽけなことさえ。おとなは嬉しく思えるのかな。 年をとるのもまんざらではなく。けっこういいことだなあって思うのだ。
もうひとつ。夕方何気なく見ていたローカルニュースで。 母校の仮装行列の映像を見た。懐かしさではらはらと崩れ落ちそう。 みんなで色々考えて。それぞれが衣装やカツラを作ったりして。 街中を練り歩いたっけ。恥ずかしいなあって思いながら。それが楽しくて。 高校三年の秋。すごく多感で。なんだか私にとっては人生を左右するような。 とても重大な事があった年だった。だけど私はみんなと一緒の笑顔でいられた。
懐かしさ。それっていったい。どんな色で。どんなかたちをしているのか。
絵に出来ないもどかしさ。だけど忘れられない。一枚の絵のようなもの。
昨夜まんまるの月を眺めたころは。 もう日付が今日に変っていたのだが。 少しばかり千鳥足で。きをつけをして。 ちょうどそれは私の真上に輝いていた。
満たされた夜空と同じように。満たされた一日の終わりだった。
やはりあと10年はバトを続けたい。大好きなことを忘れない。 かけがえのない仲間達を大切にしたい。みんなの成長を見守りたい。 若い仲間たちは。長男のようで長女のようで末っ子もいてくれて。 みんなみんな自分の子供のように愛しくてたまらないのだ。
今日のこと。
ずっと入院している祖母。愛ちゃんの容態が悪化しているため。 二時間半ぐらいの道のりを。会いに行く。
もういくら呼びかけても目を開けてくれなくなった。 口には大きな管が差し込まれ。喘ぐように息をし続けている。 手を握ってあけたくても。両方の手に点滴の針があり。 動かしてはいけないといわれ。もう何もしてあげられなかった。
悲しさよりも。どうしようもなく遣りきれない思い。 こんな惨い姿になっても。まだ生きなければならないのだろうか・・。
後ろ髪をひかれる思いで病室を出る。涙がとまらない。
これが愛ちゃんの最後の勇気なのだと思う。
彼岸花が咲き始めた。あの紅はなんだか心が痛い。 朝露に濡れていたその紅に。涙のような光が見えた。
浮いて落ちて。また平穏を感じながら。 ひらべったいところにいるここちよさ。
じぶんをしるべきだ。もっとおくふかく。 てなづけてみるべきだ。とりかえしのつかなくなるまえに。
とめてみろ。
明日は。やはり行ってみようと決めた。
うさぎさんお餅つきの準備しているかなあ。
あたりが暗くなってから。ほんのつかの間どしゃぶりの雨が降る。 ざあっと大騒ぎして通り過ぎて。その後なんだかさみしくなった。
いつものバドクラブへ行ったら。まだ誰も来てなくて。 一人で準備していたら。なんだかとてもつまらない気持ちになる。 しんどいなって思った。誰も来ないのなら帰ろうかなんて思った。
30分遅れでぼちぼち。メンバーがやっとそろう。 が。楽しさへのスイッチがイマイチで。なんだか不機嫌になる。 いけないいけない。これは私の悪い癖なのだけれど。 いじけちゃう。ほとんど拗ねている。そんな感じになるのだ。
そうなると。今度は疎外感みたいなのに苛まれるわけね。 誰とも親しくしようとしないのは自分なのに。 誰も親しくしてくれないと思い込むようになる。 いつもの笑顔。それだけでおっけいなのに。なんせいじけてるし。 ばってんなんだ。そんなことわかりきっているのに。わたしのバカ。
一時間経過。まあまあの状態にやっとなったところで。少し楽しい。 みんなみんないつもと変らない。変っているのはきっと自分なんだ。
うまくまあるく出来ない苛立ち。まあそんな時もあるもんだ。
練習が終わり帰り支度をしていると。うちの息子君と同じ年の仲間が。 日曜日にダチ練するから来れたら是非にと言ってくれた。 母ちゃん的にそれはすごく嬉しかったもんだから。涙出そうだった。 ありがとう、ありがとうって言いながら。とても申し訳ない気持ちになる。
引く時は引かないと。帰りながら思う。
だけど。そうしたらもう二度と声をかけてもらえないかも。 帰宅してお風呂のなかで。すごく悩んでみたのだった。
また今度ね。そう言ってしまったらもう最後なのが。 年老いてしまうことなのかもしれない。
最後がくれば。もうお終いなんだと思うと。すごくすごくさみしいのだ。
午後八時この静けさはなんだろうただただ鳴く虫ありがたきかな。
ぽつねんとぼんやりしている。
なんか今日はやたら疲れたなあとか思いながら。
けど。それなりに終えられてよかったなあって。
愚痴とか苛立ちとか手のひらで転がしてみては。
まあるくまあるく。ああもうみんな過ぎたこと。
波立つこともあってよし。それはきっと風のせい。
風のおかげで雲が流れる。ほらほら見てごらんよ。
月はね星だって。あの雲のせいだなんて言わない。
光ることを忘れずに。じっと時を待っている。
月明かり鳴く蝉あした死んじゃうの?
餡子がたっぷりのドラ焼きみたいな月が。 なにかとてつもなくおっきな夢でふくらんでいるように。 きらきらとまぶしすぎる今宵だった。
わたくしは。また夕暮れ時から愉しくてたまらない。 とてもとても高い場所へと跳びはねているように思う。 はしゃいでいる。飼い主に遊んでもらっている犬みたいに。
それは決して良くないことではないと思うのだ。 むしろ。ごく自然体。在りのままで良しとしておきたい。
スイッチを。今までどうして。なんのために。切り替えていたのか。 ふと考え込んでしまいそうになるが。まあそれも良かったのだろう。
あれこれ。それが自分の歩んで来た道というもの。
憂いなき道はない。ただ憂いに自ら落ちることもあるまい。
と。今は思っている。
書くということは。けっこうむつかしい・・・。
焼酎のお湯割り飲むにはちと早い。
夕暮れてから。なんだかとてもテンションが高い。 特に喜びとか。有頂天になるような事もないのだが。 いつになくへらへらとしていて。我ながら愉快である。 今ならきっと。鉛筆が転がっても大笑いしてしまうであろう。
そしてぼけぼけ。『海猿』の最終回見なくちゃって。 さっき跳びはねながら茶の間に走ったのだけど。 始まらなくて。チャンネルあちこちしながら首を傾げてしまう。 そっか。昨日日曜日だった。じゃあ今日は月曜日なんだ。 くすくす。そんな自分が可笑しくてたまらなくて。笑う。
さてそれならばまた漢字ナンクロ。まだ飽きなくてよろしい。 四字熟語って奥が深いね。ふむふむなるほどと頷くばかり。
『会者定離』とか胸にずきんとくる。 会う者は必ず離れる運命にあるということらしい。 そっか。運命か。ならしかたあるまい。
だからきみ。いつまでも嘆くでないよ。
よしよし。とても悲しかったね。
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