ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2005年09月21日(水) なつかしさ

「新しい朝が来た」それは最近よく耳にするCMの曲だった。
通勤途中のラジオから。もう少しで職場に着く頃に毎朝流れる。
ついつい続きを歌ってしまう。新しい朝が来た、希望の朝だって。

この歌って知っている。そうそう確かラジオ体操の時の歌。
子供の頃の夏休みに毎朝聞いていたから。よく覚えているのか。
懐かしいなあって思いながら。その頃はちっともいい歌だと思わなかった。
だって、まだ眠いのにしぶしぶ起きて。しょうもなく体操していたもんな。

それが今になって聞くと。やたらいい歌だなあって思う。
生きている限りずっと新しい朝が来る。それも希望の朝らしい。
ふやけてしまったこころとか。一気にピチピチしてくるありがたさ。

些細なこと。こんなちっぽけなことさえ。おとなは嬉しく思えるのかな。
年をとるのもまんざらではなく。けっこういいことだなあって思うのだ。



もうひとつ。夕方何気なく見ていたローカルニュースで。
母校の仮装行列の映像を見た。懐かしさではらはらと崩れ落ちそう。
みんなで色々考えて。それぞれが衣装やカツラを作ったりして。
街中を練り歩いたっけ。恥ずかしいなあって思いながら。それが楽しくて。
高校三年の秋。すごく多感で。なんだか私にとっては人生を左右するような。
とても重大な事があった年だった。だけど私はみんなと一緒の笑顔でいられた。

懐かしさ。それっていったい。どんな色で。どんなかたちをしているのか。

絵に出来ないもどかしさ。だけど忘れられない。一枚の絵のようなもの。



2005年09月19日(月) きのう。きょう。

昨夜まんまるの月を眺めたころは。
もう日付が今日に変っていたのだが。
少しばかり千鳥足で。きをつけをして。
ちょうどそれは私の真上に輝いていた。

満たされた夜空と同じように。満たされた一日の終わりだった。

やはりあと10年はバトを続けたい。大好きなことを忘れない。
かけがえのない仲間達を大切にしたい。みんなの成長を見守りたい。
若い仲間たちは。長男のようで長女のようで末っ子もいてくれて。
みんなみんな自分の子供のように愛しくてたまらないのだ。



今日のこと。

ずっと入院している祖母。愛ちゃんの容態が悪化しているため。
二時間半ぐらいの道のりを。会いに行く。

もういくら呼びかけても目を開けてくれなくなった。
口には大きな管が差し込まれ。喘ぐように息をし続けている。
手を握ってあけたくても。両方の手に点滴の針があり。
動かしてはいけないといわれ。もう何もしてあげられなかった。

悲しさよりも。どうしようもなく遣りきれない思い。
こんな惨い姿になっても。まだ生きなければならないのだろうか・・。

後ろ髪をひかれる思いで病室を出る。涙がとまらない。

これが愛ちゃんの最後の勇気なのだと思う。












2005年09月17日(土) ここちよさ

彼岸花が咲き始めた。あの紅はなんだか心が痛い。
朝露に濡れていたその紅に。涙のような光が見えた。


浮いて落ちて。また平穏を感じながら。
ひらべったいところにいるここちよさ。

じぶんをしるべきだ。もっとおくふかく。
てなづけてみるべきだ。とりかえしのつかなくなるまえに。

とめてみろ。



明日は。やはり行ってみようと決めた。




2005年09月16日(金) ばってんな日

うさぎさんお餅つきの準備しているかなあ。

あたりが暗くなってから。ほんのつかの間どしゃぶりの雨が降る。
ざあっと大騒ぎして通り過ぎて。その後なんだかさみしくなった。

いつものバドクラブへ行ったら。まだ誰も来てなくて。
一人で準備していたら。なんだかとてもつまらない気持ちになる。
しんどいなって思った。誰も来ないのなら帰ろうかなんて思った。

30分遅れでぼちぼち。メンバーがやっとそろう。
が。楽しさへのスイッチがイマイチで。なんだか不機嫌になる。
いけないいけない。これは私の悪い癖なのだけれど。
いじけちゃう。ほとんど拗ねている。そんな感じになるのだ。

そうなると。今度は疎外感みたいなのに苛まれるわけね。
誰とも親しくしようとしないのは自分なのに。
誰も親しくしてくれないと思い込むようになる。
いつもの笑顔。それだけでおっけいなのに。なんせいじけてるし。
ばってんなんだ。そんなことわかりきっているのに。わたしのバカ。

一時間経過。まあまあの状態にやっとなったところで。少し楽しい。
みんなみんないつもと変らない。変っているのはきっと自分なんだ。

うまくまあるく出来ない苛立ち。まあそんな時もあるもんだ。


練習が終わり帰り支度をしていると。うちの息子君と同じ年の仲間が。
日曜日にダチ練するから来れたら是非にと言ってくれた。
母ちゃん的にそれはすごく嬉しかったもんだから。涙出そうだった。
ありがとう、ありがとうって言いながら。とても申し訳ない気持ちになる。

引く時は引かないと。帰りながら思う。

だけど。そうしたらもう二度と声をかけてもらえないかも。
帰宅してお風呂のなかで。すごく悩んでみたのだった。

また今度ね。そう言ってしまったらもう最後なのが。
年老いてしまうことなのかもしれない。

最後がくれば。もうお終いなんだと思うと。すごくすごくさみしいのだ。



2005年09月15日(木) まあるくまあるく

午後八時この静けさはなんだろうただただ鳴く虫ありがたきかな。


ぽつねんとぼんやりしている。

なんか今日はやたら疲れたなあとか思いながら。

けど。それなりに終えられてよかったなあって。

愚痴とか苛立ちとか手のひらで転がしてみては。

まあるくまあるく。ああもうみんな過ぎたこと。

波立つこともあってよし。それはきっと風のせい。

風のおかげで雲が流れる。ほらほら見てごらんよ。

月はね星だって。あの雲のせいだなんて言わない。

光ることを忘れずに。じっと時を待っている。





2005年09月14日(水) スイッチ

月明かり鳴く蝉あした死んじゃうの?


餡子がたっぷりのドラ焼きみたいな月が。
なにかとてつもなくおっきな夢でふくらんでいるように。
きらきらとまぶしすぎる今宵だった。

わたくしは。また夕暮れ時から愉しくてたまらない。
とてもとても高い場所へと跳びはねているように思う。
はしゃいでいる。飼い主に遊んでもらっている犬みたいに。

それは決して良くないことではないと思うのだ。
むしろ。ごく自然体。在りのままで良しとしておきたい。


スイッチを。今までどうして。なんのために。切り替えていたのか。
ふと考え込んでしまいそうになるが。まあそれも良かったのだろう。

あれこれ。それが自分の歩んで来た道というもの。

憂いなき道はない。ただ憂いに自ら落ちることもあるまい。

と。今は思っている。

書くということは。けっこうむつかしい・・・。




2005年09月12日(月) よしよし

焼酎のお湯割り飲むにはちと早い。


夕暮れてから。なんだかとてもテンションが高い。
特に喜びとか。有頂天になるような事もないのだが。
いつになくへらへらとしていて。我ながら愉快である。
今ならきっと。鉛筆が転がっても大笑いしてしまうであろう。

そしてぼけぼけ。『海猿』の最終回見なくちゃって。
さっき跳びはねながら茶の間に走ったのだけど。
始まらなくて。チャンネルあちこちしながら首を傾げてしまう。
そっか。昨日日曜日だった。じゃあ今日は月曜日なんだ。
くすくす。そんな自分が可笑しくてたまらなくて。笑う。


さてそれならばまた漢字ナンクロ。まだ飽きなくてよろしい。
四字熟語って奥が深いね。ふむふむなるほどと頷くばかり。

『会者定離』とか胸にずきんとくる。
会う者は必ず離れる運命にあるということらしい。
そっか。運命か。ならしかたあるまい。

だからきみ。いつまでも嘆くでないよ。

よしよし。とても悲しかったね。




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