ひきつづきの蒸し暑さ。空はぼんやり。風は熱っぽくちょっと悪戯。
職場のやまももの実が食べ頃になり。今日はたくさんお客さんが来てくれる。 毎年楽しみにしてくれている人がいてくれるのが。ほんとうに嬉しい限りだ。 となり町の居酒屋さんのご主人。それから和菓子屋さんのご主人も大喜びで。 宝物のような笑顔。今年が見納めだとは思いたくないから。来年もきっとね。
夕暮れて。めったに鳴らない家の電話がめずらしく鳴って。 夫君の同僚からだった。携帯に何度かけても出てくれないとか言う。 なんだかすごく話したくないふうだったから。気になってしょうがない。
送別会をしてくれると言うのを。ずっと断り続けていたらしい。 だから皆がよけいに気遣ってくれて。かわるがわる電話してくれていたらしい。 あんまり鳴るから。携帯の着信を無視し続けていたと言うのだ。
ちょっといじけている彼。どうして自分ひとりがリストラなんだと。 すごく悔しがっている彼。なだめてなだめて。やっと落ち着いたところ。 だけど、どんなにか情けない思いに苛まれていることだろうと。 思うと苦しかった。「大丈夫!なんとかなるよ」って言いながら不安ばかり。
これくらいのことを不幸に思わず。これがあるから前に進めるとしよう。 もう炎天下で作業しなくてもいいよ。この夏は今までの疲れを癒そうよね。 身体がくたくただったんだ。もう限界だったんだから。これでよかったよ。
ほらほら。いつまでいじけてるの。男でしょ。しゃきっとしなさい。
彼は。やっと同僚の言葉に素直に頷いてくれた。 親身になって最後まで気遣ってくれるお仲間に。心から感謝したいと思う。
ほんとうにありがとうございます。
真夏のような暑さ。風もあまり吹かず。身はなんだか熱をおびたようなさま。
午前中は少し動く。また日曜市へ行ったりしてアーケード街を歩いた。 夏野菜が盛りたくさん。海のものもある。ムール貝に似た『しい』という貝。 それからジャコ天屋さん。お魚のすり身を揚げて熱々のを売っている。
ゆるやかに。のんびりとひとがながれている。ほのぼのとしてなんとものどか。 人恋しい時なら。ここがいいなと思う。笑顔がいっぱいあふれている場所だ。
午後はまた本を読みながらごろ寝。眠くなれば寝ちゃうのがよろしい。 なにも考えることをしない。誰かを想うわけでもなく。とろんとろんと。 どこか別の世界に行ってしまうような。ありがたい時間だなあと感じる。
帰ってくれば。少しの気だるさと仲良くするように。また動き始める。 茄子を焼いて。お素麺を茹でたり。冷蔵庫の冷たいのをごくごくしたり。
つくづく。ここって平和だなあって思う。
朝いちの。アガパンサスの花。
アガパンサスの花が咲き始めて。それは紫陽花の色のようでもあり。 ちいさな花がたくさん集まって。ひとつの花の姿になるのも似ている。
川向の国道沿いに花ばかりの『良心市』があって。 良心市ってわかるかな?無人のお店でお金を入れる貯金箱みたいなのが。 備え付けてあるから。欲しいのがあればそこにお金を入れて買うのだけど。
そこは。春だなあって思う頃から開店して秋の終わりごろまである。 一番最初は青い麦なのだ。それからだんだん花盛りになるのがならわし。 マーガレットだった頃が終わり。今はアガパンサスの頃になった。
今朝のこと。少し早目に家を出て寄り道。朝一番に採られたらしいのを買う。 すくっとした茎と可憐な薄紫がなんともいえない。清々しい感じの花束だった。 5本で百円。ほんとにこれだけでいいのかなと良心が咎められるような値段。
職場に着き事務所に活ける。つぼみがたくさんだからこれからが楽しみだ。 なによりも。出勤してきたオババが歓声をあげて喜んでくれたのが嬉しかった。
仕事は順調。なんだか嘘みたいにすべてがまるくおさまっているよう。 諦めてはいけなかったのだと思う。成るように成っているのが今だから。
帰宅して。ポストに冊子小包が。その筆跡をみただけで誰からかわかる。 『コイノカオリ』という本を届けてくれた。ページの中に手紙もあった。
しばらく音沙汰がなかったから。もしやと気にかけていたとうりのことが。 なんだすごく寂しく不安になるようなことが書かれてあった・・。
病気で「もうながくは生きられないかもしれない」と。 ただそれは心が弱っているからだと続けてあった。
生かさねばと思う。なんとしても生きてもらおうと思う。 恩返しがしたい。まだまだひとつもそれをせずに甘えてばかりいたから。
そして自分を恥じた。思い過ごしでも自分の命を儚く感じたことを。 明日死ぬわけにはいかないのだ。そんなことは決して許しはしない。
気が湧き立つように流れ始める。ぐるぐるではなく。さらさらと。 なんだか自分は川のよう。ならば大切な友は。きっと海なのだろう。
やまももの実が日ごとに紅く色づくこの頃。 甘酸っぱくて。食べるときりりっとした顔になる。 ひとも鳥も待っている食べ頃は。今週末くらいかなと思う。
私は。食べるのよりその実だくさんを眺めているのが好きで。 わあわあ言いながら実を採っている人を見ているのが好きだ。
なにげなく目にする夏が。今年ほど愛しく思えることがなく。 ついつい思い過ぎてしまうのは。今年が最後の夏かもしれん。 いやいやまさか。まだ30回くらいはあるだろうと思い直す。 おかしなもんだ。年を重ねると。とてつもなく儚さを感じる。
だから当然と言っていいのか。みんなみんな愛しいものだから。 儚さを抱きしめては。ぎゅっとして抱きしめてばかりの日々だ。
10代の頃。二度、死のうとしたことがあったが。 ほんとうに死にたかったのか。いま思えばあまりにも遠い記憶となった。 自ら命をなくしても。そこからは何も生まれない・・そんなふうに思う。
そうして。こんなにながいこと。もっともっとながくなるかもしれず。 少し枯れたかなと思う身体は。土にしがみつくように生きようとして。 時には花みたいな笑顔をふりまいては。光をあびていい気持ちになって。
実をつけたり種をつくったりしながら。生きた証を残そうとしている。
梅雨らしく。今日もぼんやりとした空模様だった。 不安定な空が。時々通りすがりのように雨を降らす。
今年になって3回目だろうか。またバドの大会があり出掛ける。 手首の調子もまあまあで。無理しない程度にと思ったのだったが。
やはり。私は「ひと」が好きなんだなあと思う。 試合うんぬんよりも。たくさんの仲間に会えることが嬉しかった。 ついつい駆け寄って行っておしゃべりをしてしまう。 また反対に。手をあげて駆け寄って来てくれるひともいる。 顔見知りイコール仲間であり、みんなバドが大好きな人達ばかりだ。
結局のところ。この体がついにバドを断念する時が来るのが。 たまらなく怖いのだ。失いたくないと思うささやかな欲でもって。 継続しているにほかならないと。全身疲労の身体と不安な心でそう思った。
休憩時間に。体育館の外に出て。湿っぽい風さえも心地良く思いながら。 あたりの風景をぼんやり眺めていた。はあはあしている息や汗の感触や。
あの桃色の花は。百日紅(さるすべり)だろうか。 すぐ近くの畑には。とうもろこしの花が整列しているように咲いている。 それから。その横にぽつんと向日葵の花がふたつ並んでなんて愛らしい。
また夏が。こんなふうにさりげなく巡って来てくれたのだ。
ワタシモメグッテイルノカ。イッタイドコニイクノダロウカ・・・。
ぼんやりと曇り空。こんな日は。気だるさを愉しみながら過ごすのがいい。 ぷっつんと何かの断片を。弄ぶようにしながら。ため息を重ねたりするのも。
職場の駐車場を出ようとしたら。フロントガラスに薄紅色の可愛いものが。 舞い下りて来てくれたのだ。そんな頃になったのかとやたらと嬉しくなった。
見上げると。やはりそのよう。ねむの木の花がもう咲き始めていた。 昨日のことも一昨日のことも記憶になくて。私はきっと俯いていたのだろう。 待っていたこともあったのに。待つことさえも忘れていたのかもしれない。
風もなく。こんな静かな日に。ひらひらとして語り掛けてくれたのか。 幾年だろう。もう随分ながいこと。ともに生きてきたように思う。ねむの木。
帰りながら。想うひとがいる。 見上げても。どんなに見上げても。その姿を見つけられなくて。 萎れて枯れそうになっているのなら。雨になって会いに行きたいと。
想うばかりで。込みあげてくるのはただ涙ばかりだった。
地にしっかりと根をはって。生きていて欲しい。 どんな境遇に晒されても。強く勇気を持ち続けて欲しい。 くじけないで。負けないで。どうか空を仰ぐことを。忘れないでいてね。
夜のあいだに雨が降っていたらしい。目覚めるとしっとりと水の匂いが。 どんよりとした空に逆らうこともせず。ひとつため息。またひとつの朝。
『赤い疑惑』は懐かしさもあったが。新鮮さも感じられてとても良かった。 28年も経ったらしいが。純粋さを見失いそうな今の世に。伝えるなにか。 きっとあるのではと思う。たんなる老婆心かもしれないが。感じて欲しい。
少し頭だか心だかがぼんやりと気分が優れず。出勤前にビタミン剤を服用。 水を多めに飲んでから。その瓶をふと何気なく見たら、なんと風邪薬だった。 まあいいかと思えるまで半日かかる。おかげで頭痛が治まって良かったかも。
仕事は。時々トラブルがある。手のひらを返される的なものばかりで。 「ひとがわかって面白いね」とオババが言うので。私も頷き開き直る。 沈むのも時間のモンダイだと思っていたけれど。毎日よく浮かんでいる。 「笑う角には福来たる」苦笑いの時もあるけど。基本的には笑顔なのだ。
いつものスーパーで夕食の買い物。店に入るなり昔の同僚に会った。 それがもうひとり居て。そこで三人が再会というすごい偶然なこと。
ひとりが「ダンナが会わせてくれたのかも・・」と言う。 明日。亡くなったご主人の納骨をするのだそうだ。 しばし涙ぐみながら語り合った。「もう大丈夫や」と微笑むから。
「元気でね。また会おうね」と微笑みながら別れたのだった。
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