しんやのるすでんのこえをききながら。なみだぐんでいるあさだったり。 どんなにかしんどいひびを。たえてたえてがんばっていることだろうと。 まけないで。まけないでと。いのりつづけている。それがいまできること。
恋などというものではなかった。
あのひとの母になれたらどんなにいいだろうかと。思う。
あの山道の白い紫陽花に。どんなにか心を惹かれていたことか。 なのに今朝は。とてもとても悲しい思いをしてしまう。
みんなに見つけてもらって。微笑んで心を和ませて欲しかったけれど。 まさか手折る人がいるなんて思ってもいなかったから。 悲しみと。怒りのようなものもあって。一気に気分が沈んだ朝だった。
しかたないことはしょうがなく。もう少しすればたくさんの紫陽花に会える。
あとは。今日もひっそりと静か。 来客の途絶えた職場には。閑古鳥じゃなくて。爽やかな鳥の声が聞こえる。 いったいどんな変化が起きているのか。まだ深刻に受け止められない。 じわじわと何かが忍び寄って来ているようだが。思い過ごしのようにも思う。
あっけらかんとしていたいものだ。じたばたと焦ることはなにもない。
帰宅したら。お休みだったサチコがぜぇぜぇしていた。 あんずのお散歩に行っていたら。リードが切れてしまって逃亡されたらしい。 一目散に走り出したあんずは。なんと川へ入って水遊びをしていたそうだ。 自由になったあんずにはいつも手をやく。とにかく絶対に言うことを聞かない。 なんだかサチコとよく似ているなって可笑しかった。
食後は。サチコが皿回しの芸をしてくれて。とても楽しい。 ほんとうに我が家の太陽みたいな娘だ。
おかげで微笑みながら眠ることが出来る。ありがとねサチコ。
黄花コスモスが咲き始めた。それは日に日にたくさんになって。 ついこの前までツツジが咲いていた国道沿いに。今度はわたしよって。 そんな朝の道の嬉しさ。鮮やかな黄色がきりりっとしていて緑に映える。 通いなれた道がとても新鮮に思えるのだ。心がすぅっといい気持ちになる。
お昼休み。いつものようにクルマの中で本を読んでいると。 すぐ近くで鳥の声がした。すごく透き通った声で鳴いている。 どこどこ?って探していたらいたいた。お腹が黄色い鳥だった。 ちーいちーいって鳴く。誰かを呼んでいるような声で鳴いている。 雄かな雌かな?わからないけれど。呼んでいる。ずっと聞いていると。 なんだかせつなくてならない。早く来てあげてって願わずにはいられない。
ああ・・だけど誰も来なくて。もう風の向こう側に飛んで行った。 あとは静寂のみが残る。その心に染むほどの静けさは。淋しさに似ていた。
ため息をつくと気が遠くなる。垣間見たものは何だったろうなんて思う。 だけど不思議と満たされた思いで。そのまましばし眠りこんでしまった。
仕事は。あまりにも重大なことに直面していて。なのになんだかもう。 なるようになってくれたらそれでいいのだと思えるのだった。 昨日を境にぷっつりと電話が鳴らない。不気味なほどの静けさのなかで。 あとは野となれ山となれと思いながら。最後の決算をしようとしている。
| 2005年05月10日(火) |
悲しい顔ではいられない |
職場の庭のやまももの木の下に。毎年咲いてくれるのが『雪の下』 今はまだ少ししょんぼりしている。紅く細い首を伸ばせるだけ伸ばし。 うなだれるようにその先っちょが俯いている。なんだか悲しそうな姿。 何かを諦めているようなひとにも見える。風が吹けば折れてしまいそう。
それが咲き始めるとどうか。まるで蛹から蝶になったように美しいのだ。 純白の羽根をひらひらとさせて。それはそれは誇らしげに風に揺れる。 あと少しもう少し。今年も会えるのだから。悲しい顔ではいられない。
さて。よりによってこんなことを話すのもなんだが・・ 月経前の情緒不安定っていうのは。なかなか面白いもんだなと思う。 血迷うというか。確かに血が迷ってしまうように思う。 とんでもないことを考えているかと思えば。ついに仕出かしてしまったり。 いつもは静かにおさまっているものが。急に暴れたりするものだ。 女性ホルモンが脳に悪影響を及ぼすのか。そこらへんがとても微妙だ。 私のような更年期の者だって。これは尋常ではないぞと自覚するくらい。 めちゃめちゃ女の本能らしいのが現れてくるし。制御できなくなる時がある。 不思議なものだ。専門家になって研究してみたいと月に一度思ったりする。
冷静になれない時などあって。あとですごく後悔したりするのだが。 今朝それを思いっきりしたとたん。そのものが始まったりしたから。 ああ、やはりそうだったかと思った。そして正常に血が流れるありがたさ。
いつだったか。あのひとにすごく迷惑をかけたとき。 あのひとが「まだまだおんななんだからよかったね」と言ってくれた。 その時の優しさを思い出しては。はらはらと涙ぐんでしまった。
少しだけうなだれている夜。 あと少し。もう少しと。咲ける日のことを思っている。わたしだった。
風が薫るというのはこんなのだなと思った今日。 爽やかさに吹かれていると。あれこれはみんな些細なこと。 思い悩むほどではなかったが。気がかりなことなどあると。 それさえも薫るように仕向けられていくように思うのだった。
風のように生きられたらどんなにいいだろう。 だけどひとは。そんな風に吹かれながら生きる。 立ち向かうことは出来るが。風を静めることは出来ない。 身を任せば空だって飛べるのかもしれないなと思ったりもする。
ひとらしく。ひとらしくあるのが。やはりそれがいいのだろう。
さて今夜の出来事。 残業で遅くなり帰宅した息子君と。しばし話し込んでいると。 今年中に家を出たいと言い出した。彼女と暮らすことにしたいと。 覚悟はしていたし。もっともなことだと思うのだけど。少し戸惑う。 父親に言う前に私に言ってくれたのだから。なんとかそうさせてあげたい。
巣立つのかこの子が。なんだかとてもそれは言葉に出来ないことだった。
やわらかな陽射しとそよ風。のほほんと空を仰ぐ。 時間が止まっているように。思える時があるのが。 なによりも至福の時なのだろう。穏やかな空気が。 静止している自分のまわりで。漂っているような。
日常のほんのいちぶぶん。だからとてもありがたい。
先日生まれたらしいツバメの赤ちゃんだったが。 いっこうに姿が見えず。親ツバメの様子も変で。 もしかしたら孵化できずに。卵のまま死んでしまったのでは。 ないかと心配していた。親ツバメが巣から離れてばかりいて。 時々母ツバメらしいのが。巣の中を覗き込んでいるだけだった。 生まれているにしてはあまりにも静かな気配がするばかり。
なあにまた卵を産むさと言われても。なんだか納得出来ない。 そんなもんかなって思えない。どうして?って疑問符しちゃう。
夕方近く。洗濯物を入れ終った縁側で。またぼんやりと巣を眺めていた。 そしたらちょうど母ツバメらしのが帰って来たところだった。 餌みたいなものを咥えているのだ。あっ!っと思って目を凝らす。
ああ、なんてか弱い。それはそれは小さな生きるものが見えたのだ。 まだ首が座っていない人間の子供と同じように。支えてあげないと。 今にも折れてしまいそうだ。それなのに必死になって頭を上げている。
ひとつ。ふたつ。みっつ見えた。まだ鳴くことも出来ない小さな命たち。 ほらほらおっきく口を開けて。見ているとはらはらするような光景だった。
やったね。きみがお兄ちゃんだ。そんなひとつがお母さんから餌を貰う。 ぼくもぼくもだよ。一生懸命口を開けたら。お母さんが餌をくれたんだ。
くにゃくにゃっとなって。ぼく駄目だよって。みっつめはまだ口を開けない。 可哀相でならないけれど。母ツバメは振り切るように。また空へ飛んだ。
母さんはね。ほんとは優しいけど。厳しいんだ。 みんな強い子になって欲しいんだよ。だってそうでないと一緒に旅が出来ない。 いっぱい食べさせてあげたいんだよ。だから一生懸命口を開けて欲しいよ。
夕暮れて。やっと母さんが巣に帰ってくると。 みんなみんな抱っこして眠るんだ。 お兄ちゃんも弟も。おなかが空いてる末っ子も。みんなみんな抱っこだよ。
朝は風がとても強くて肌寒く思ったが。午後はまた初夏の陽気。 いつもは気だるい土曜日なのに。今日はなんとなく活き活きと過ごす。
朝のこと。いつもの山道を通りながら。確か次のカーブを曲がったらと。 このところ気にかけている紫陽花のことを思った。もう咲き始めている。 民家のそばでもない場所に。山道の生い茂った草むらに。ぽつんとある。 見つけた時は真っ白だったから。たぶん日に日に色づくのだろうなどど。 昨日よりも今日のことを楽しみにしていたのだった。
そしてカーブを曲がったら。そこにぽつんと座っているお遍路さんが居た。 紫陽花の花に寄り添うようにして。疲れた足を撫でているようだった。 それはすごくほっとする光景で。なんだか一枚の絵のように見えた。
見つけてくれたんだと思う。あっ・・こんなところに咲いてるって。 そう思うとすごく感激してしまって。やたら目頭が熱くなったりした。
そうしていただいた穏やかな朝を大切に思う。ささやかな贈り物みたいに。
まあるいこころ。時には転がらずにいられない時もあるが。 そうして見失ってしまいそうになる時もあるのだが。 感じたことをずっと忘れずにいたいものだと思う。
ころがっていけば。また見つけることがいっぱいあるのだろう。 泥だらけでもいいじゃないか。動けなくなってそこに在り続けるのも。 それが過去というものならば。いつだっておさらばできるのだから。
感じたことはずっと生き続ける。それが未来というものかもしれない。 ひとつひとつ大切に。育てることも出来る。だから生きるのは愉しい。
みんなみんな。ぽつんとそこにある。
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