ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2005年04月18日(月) ああ夜だな

夜明け前。まだぼんやりとしている頃。窓を少しだけ開けて鳥の声を聴く。
あれはツバメさん。あれは雀さん。そうして頂く活力がありがたいこの頃。

どことなく腑抜けている月曜日。またきそくただしく動き始める朝の気配。
お味噌汁や。お弁当や。新聞がコトンとポストに届く音や。朝陽の窓辺や。

いつもとおんなじ。なにもかわらない。そんなへいぼんがへいおんなのだ。


ただ刻々と流れているのは時。さっきと今は違うだろうし。昨日と今日も。
どこまで続くのやら。永遠なのかもしれないけど。少しだけ覚悟している。
だからこそ精一杯って思うけど。気がつけば。なんとなくそれなりの現実。
特に一生懸命とか。そういうことがほとんどなくて。ああ夜だなとおもう。



今日。はっとして見つけたのは。藤の花。土曜日にも通った道だったのに。
いつのまにかたくさん咲いていた。私のいちばん好きな色で。どきどきと。
せつないような。なんともいえない気持ちになった。たぶん嬉しいのかな。

よくわからない。あの色は不思議。あの色はなぜか懐かしくて。せつない。



2005年04月14日(木) とくべつ

帰宅すると。ツバメの卵が2個落ちていて。とても無惨な有り様だった。
雀が悪戯をするらしいけど。今まで一度もそんなことがなかったから。
「親が帰って来ないかもしれないな」って夫君が言うので。とても心配。

でも日が暮れてから帰って来た。いつものように母鳥は巣の中へ。
父鳥はすぐ近くのサッシ窓の上に。特に驚いた様子もなく変わりなく。
「仕方ないこと」自然界では何が起こっても。すべて受け止められるのか。
きっとそうなのだろう。人間だったら取り乱して嘆き悲しむようなことも。



今日は夕方。サチコが「バドミントンしようよ」って言って。
夕食後。ふたりで堤防に行って遊んだ。なんかこんなの初めてだった。
ふたりともちょっと酔っ払っていて。面白可笑しくはしゃぎまわる。
夕焼けが綺麗で。それから飛行機も飛んでて。機体がきらきら光ってた。

すごく特別な時間。ふれあってふれあって空を仰ぐ。保存しておきたい。
目がシャッターになって。すべて写真に撮ったような気分になった。

「またしようね!」ってサチコがぜぇぜぇしながらも言ってくれて嬉しい。
私はルンルン頷きながら帰る。肩を並べているサチコが愛しくてたまらない。

子供の頃・・こんなふうに一緒に遊んだ記憶がなかった。
 
サチコはいつのまにか大人になっていた。



2005年04月13日(水) いのち

去年たくさん咲いてくれたキャットテール。紅いちっちゃな猫のしっぽ。
みたいな花で。今年も花芽がいっぱい出てくれて嬉しい。蕾じゃなくて。
最初は5ミリくらいの緑色をしていて。それが日に日におっきくなって。
2センチくらいになったら紅くなる。それからまたおっきくなってやがて。
ふわふわと柔らかい花になる。ねこじゃらしみたいだけど。猫のしっぽ。

好きなんだ。この花が。咲くとついつい触ってみたくなる。手ざわりが。
なんともいえない。くすぐったいようで。ほのぼのとこころが和む花だ。




今日は。伯母さんの告別式だった。天寿を全うするということを。
考えずにはいられない一日。やはり悲しませてはいけないのだと思う。
だけど避けられない死もある。それがある日突然ならどんなにか。
悲しませてしまうことだろう。泣かせたいと思ったことがあったとしても。
そんなこと思ったりしてごめんねって。先に死んじゃってごめんねって。
自分も泣きながら旅立っていくことになるのだろう。とてもとても悔まれる。

精一杯生きて。精一杯愛して。最期は「ありがとう」っていっぱい感謝して。
微笑みながら逝くことにしよう。安らかな死顔で癒してあげたいなと思った。




2005年04月12日(火) とんねる

少しだけ冷たく思う雨。だけど潤ってしっとりと恵みの雨。
山道の新緑がいきいきとしていて。ついつい目を奪われてしまう。
そして満開の山つつじの。なんともいえないピンクの可愛らしさ。

それからお遍路さんのレインコート。鮮やかな色の背中がてくてく。
雨にも負けず精一杯歩いている峠道。すごく晴れやかな勇気を頂く。

しょぼしょぼと思いつめること。今はそれさえもなくなってしまった。
わたしはたぶんとんねるをでたのかもしれない。ただ目の前に道がある。
そんな感じの日々が。なによりもありがたいと思う。明るくてまぶしい。

目的はない。ここが何処とか標識もない。矢印もなければ地図もない。
だけど。息をして。たまにはあはあしても。休めばまた歩き出せるから。



今日。近所に住んでいる夫君の伯母さんが亡くなった。
90歳で。大往生というのか。誰も悲しんでいないように思う死だった。
安らかで。微笑んでいる顔。何よりも90歳には思えないくらい綺麗で。
伯父さんが舟で迎えに来たのかな。だから笑顔で旅立ったのかなと思う。


私は。わたしは・・その時どうするのだろう。笑顔で舟に乗るのかな。
お父ちゃん?もしかしてお母ちゃん?夫君だったら乗らないよ嫌だよ。
私は。夫君を迎えに行くほうがいい。だって・・なんとなくそうしたい。

だけど・・よくわからない。夫君が「乗れ!」って言ったらどうしよう。


はぁ・・こういうの考えるの。なんか・・ばからしいのかもしれんね。


ある日。ぽっくりと逝きたいのだ。惜しまれて惜しまれて泣かせたい。



2005年04月11日(月) うす曇の空よりも

まだか細くて。それでいて風に揺れる水田の苗を。心強く思う。
明日あたり植えるのか。苗床のまま水田の隅っこに。きっちり。
並んでいる緑も。心地良く思う。赤や青の田植機も空に映えて。

葉桜のさびしさ。どこに吹かれていったのか。花びらの行方を。
昨日までは知っていたように思うが。今日はもう知らなかった。


集金に行ったお宅に。猫が5匹くらい。庭中にたむろしていて。
思わず笑みがこぼれる。「にぁあよ みぃよ」とか呼んでみる。
どの子も警戒するようにとび逃げた。つつじの木の陰から顔を。
そっと覗かせている。真紅のはっとするような紅の陰から猫が。
にゃごぅにゃごぅと鳴く。懐いてくれるまでずっと居たい場所。

帰り道。少し遠回りをしたおかげで。枝垂れ咲く桜を見つけた。
神社の境内に。それは見事に咲き誇って。思わずクルマを停め。
歩み寄る。木の真下に立って仰げば。なんだかこの世ではない。
と思うくらい。空から桜が舞い降りる。桃色の八重の可憐な姿。

さびしさやはかなさやわかれや。あるのが世の常。だけれども。
こうして思いがけずに出会える。だから生きていたいとおもう。


うす曇の空よりも。ずっと晴れた気持ちで。ゆっくりと帰った。



2005年04月09日(土) さよならさくら

   はらはらと桜吹雪と。思いがけない初夏の陽射し。
   なんだか間違っているみたい。急がないで欲しい。
   だけどほんと。だからこそ流されたくないけれど。

   こんな春もあった。こんな自分も。こんな時もあった。



            ありがとうさくら





           
             またあおうね





2005年04月07日(木) 花ぐもりの頃に

さくら雨。のち花ぐもり。ゆうがた近くちょっぴりの青空。


たまに後悔する時があって。たとえば。ずっと音信不通だったひとから。
やっと電話があって。久しぶりに聞く声とかすごく懐かしかったりして。
じゃあね。またねとか言って。ぷつんと切れてしまってもすごく嬉しく。
しばらくはほかほかした気分でいたり。なんだか夢みたいとか思ったり。

していたのに。気がつけば。なんだか自分のことばかり話したような。
いっぱい訊きたいことがあったのに。聞いてあげたかったことが・・。
あったはずなのに。これっぽっちも思い遣れなかった。なんて愚かな。

そんな時。もう手遅れだけど。とてもとても後悔する・・。
だからまた。知らないことがいっぱいのまま。時が流れる。



             花ぐもりの頃に




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