晴れのち雨の日。なんだかしんみりと。それでいて清らかな雫のような雨。 山々が潤い息を。一斉に空を見上げるように雨を受け止めているのだった。 そうしてぽつんとそこにいると。その緑の一部分になったような気がした。
芽吹くにはもう少し時間が必要。また凍えて震う日もあるのだろうきっと。
まんいちその時。手遅れになろうとも悲しみやしない。嘆くこともしない。
若き新芽に光り射す時。ただ静かにそっとよりそう枯れたこの身でいたい。
地に根があることを誇りに思う。その地を伝いずっときみを守り続けよう。
やがて風にむなしく折れて。ついに腐って地の神に召され土に還るならば。
恵みの雨を受け止めて流れていこう。すべてすべてきみのもとへ届けよう。
今朝のこと新聞に。今日は平年の『梅の開花日』と書いてあった。 そっか・・もうそんな頃なのか。そうだね・・もうすぐ2月だもの。
そうしていつもの山道を通勤中。枯れ田の脇にその梅の花を見つけた。 一昨日はまだ咲いていなかった。蕾だったことにも気付かずにいたのか。 白く小さく可憐な花。山里にうぐいすの声がもうすぐ聞こえて来るのだろう。
淡々と一日が過ぎる。今日も平穏無事だった。何も苦にすることもない。 ずっと薄曇だった空が精一杯微笑んでいるような夕暮れ時。 大河を渡る大橋から見上げる空に。白い月が見えた。うさぎもちゃんと。 そのまんまるがなんだか嬉しくてたまらない。ほんわかと浮かぶ空の心みたい。
昨日は熱だった子供達。仕事は休めないからとふたりとも耐え忍んだ様子。 ぐったりして帰るのではと親の心配をよそに。食欲もまあまあで結構なり。 息子君はまだ熱があるのにゲームをして遊んでいる。 サチコも熱があるのに。さっきお風呂に入ってしまった。 まっ・・こんなもんでしょうと可笑しいような。ふたりともそれ程ひ弱ではない。
つづいてまた淡々と。ゆっくりと夜が更けている。 例のごとく焼酎のお湯割りを。もう何杯目かしらん。ちっとも酔わない。
目覚めると冷たい雨だった。静かに息を殺したように降る冬の雨。 こんな日はきっとおとなしくしているように。そういうことだろうと思う。
子供達がふたりとも熱。サチコは風邪で。息子君は知恵熱だろうか? サチコはずっと風邪気味だったのに、三夜連続で夜遊びに励んだから。 息子君は。どうやら昨夜の友人代表を遣り遂げてほっと気が緩んだせいか。 ふたりのおとなが寝床でふぅふぅしている。ほらね、やっぱり子供だった。
お昼頃雨が降り止む。そっと窓を開けてみると川向の山から白く靄が昇って。 遠い空に。いち部分切り抜かれたように青い空を見つけて嬉しかった。 雨上がりの空ってなんて新鮮なのだろう。光の天使が舞い下りて来そうだ。
午後。すっかり明るくなった部屋で本を読む。 三畳しかない私の部屋にとうとう炬燵を置くことにした。 サチコが使わないというので貰った。クルマの中で過ごすより良いかなと思う。 でもなんだかちょっと落ち着かない。自分の部屋なのになんでだろうな・・・。
そのせいか眠くもならず。気がつけば夢中になって本を読んでいた。 『ソウルメイト』に関する本で。ずいぶん前から私はそれを信じている。 袖すりあうも他生の縁だ。出会い関わりふれあうひとみんな大切な人達。 巡り逢うということ。それはほんとうにありがたいことなのだと思っている。
夕食は。子供達に『ちょっとぞうすい』ほうれん草と卵を加える。 私と夫君は。『すし太郎』おつまみは牡蠣のバター焼き。 あまりの手抜きに申し訳なく。むき海老と若布のスープを作る。
お風呂上りはお待ちかねの『義経』の時間。 牛若は・・とうとう鞍馬寺へ。
「こんにちただ今より 母は亡き者と思え」
ほんとうの愛とは。ひとがひとりでも生きていかれるちからを与えてあげる ことだと。学んだことがあるが・・
やはり母と子の別れは。辛く涙せずにはいられないことだった・・・。
大寒を過ぎたばかり。一年中でいちばん寒い時期がまさに今頃のよう。 昨日の朝は少し積雪があり、道路がおそるべし凍結状態だった。 今日はまた昨日より冷え込む。しんしんとなんだかずきずきするような寒さ。
土曜日の早退が癖になり、今日も3時で仕事を終らせてもらう。 いつもいつも土曜日は腑抜けている。やる気もなくとにかく帰りたくなる。 しばらくはこんなふうに怠けていたいなと思う。いいのだろうこれで。
今夜は息子君の親友が。めでたく結婚披露宴ということで。 帰るなり騒々しく。息子を送り出すとほっとした母であった。
そしたらすぐに走って帰って来た。みるとスーツ姿にスニーカーなのだ。 玄関先で笑い合って再び送り出す。友人代表のスピーチ、上手く言えますように。
そうなんだ・・ほんとうに。もうそんな年頃になってしまった。 母の姿が見えないと泣いて泣きじゃくって。何処に連れて行っても必ず。 私の手を握り締めていたっけ。手がダメな時はエプロンだって握り締めた。
子供はどんなにおとなになっても。やはり子供なのだといつも思う。 近い将来結婚して家を出て行っても。きっといつまでも子供なのだと思う。
育て育てられて。こうして歳月が流れて来た。 私はほんとうに未熟な母親だったかもしれない。
泣いたり笑ったりする我が子といつも一緒に。母も泣いたり笑ったりした。
子は親のもとから離れていく。そうしてまた別の場所で成長し続ける。 そうして親も。子を思い。老いゆきながらもともに成長するのだろう。
こゆきが舞って。それはそれははらはらと。 ほんのつかの間のことだったが。散りながら舞う姿に心を奪われてしまう。
17歳の頃だったか、『NSP』ってフォークグループの大ファンで。 『雨は似合わない』って歌がとても好きだった。
ふゆ〜ふゆだから雨は似合わない。 ふゆ〜ふゆだからきみを思い出す。
その、ふゆ〜ってところをハモるんだけど。 そこのところがやたらと気に入っていたっけ。
そして最後に。ふゆ〜ふゆだからきみはもういない。
あっ・・うん・・そうやね。ほんとにもういないんだね。 なんて涙ぐんだりするのが。そのせつなさが。実は好きだったのかも。 そうしてまたうなずく。フユダカラモウイナイ。春を待つ精一杯のこころで。
こゆきの舞う日は悲しみの似合う日。悲しみたくてたまらない日。 だけど。決して未練がましくし思わない日でもあった。
だって散るものはしょうがない。空だってすごく冷たくてたまらないから。 泣けば泣くほど雪になるのだろう。泣きながら舞えるなんてすごく素敵かも。
肩を濡らすこともなく。頬を濡らすこともなく。 手のひらに舞い降りることもしないで。
こゆきが舞った。それはそれははらはらと。 散っていった・・。
少しだけ寒気が緩む。風に吹かれるのではなく太陽の光を浴びる。 ゆるやかにちいさな『しこり』が融けていくような不思議な午後だった。
いつもいつも気がつけば張り詰めていたように思う。 切羽詰りたいなんて思ってはいないのに。どうしてだかいつもそんな『気』 惑わされていたのかもしれない。誰に?って・・それはきっと自分自身だ。
毎朝こつこつと。ただひたすら続けていることがあった。 そのことですごく気が滅入る結果があって。その結果が許せなかった。 自己満足に過ぎないのなら。どうしてそれを止めてしまわないのかと思った。
報われたい・・という強い思い。だから報われないのだと何度も言い聞かした。 ひとの『欲』とはどうしてこうも強情に出来ているのか。 なだめても何度なだめても。時間差攻撃のように襲ってくる。
ほんとうは。もうとっくに報われているのかもしれない。 なのに「もっと・・もっと」っていつも思っているから。気づかないだけ。
あの日も。あの時だって。あんなに嬉しくて涙さえ溢れたというのに。 いったい何が足らないと言うの?どうしてもっと感謝しないの?
光り溢れる冬の午後。まるで春のようにまぶしい空。
ちいさな『しこり』に羽根が生えて。ふんわりふんわり飛んでいった。
冷たい北風がひゅるひゅると吹く。されど青空ありがたき太陽。 洗濯物をいっぱい干してほっと一息。こんな日曜日が好きだなと思う。
お昼。息子くんのおごりでピザを食べる。ジャーマンポテトが美味しい。 照り焼きチキンのも好きだ。早いもん勝ちだぞってあらあら言いながら食べた。
午後は例のごとく庭に停めてあるクルマの中で過ごす。 まるで温室のごとき密室。この空間がいちばん寛ぐ。すごくお気に入り。
読みかけの本を30分くらい読んで。そのままうたた寝してしまう。 何も考えない。何も想わない。どこか遠い世界にすぅっと消えるみたいに。
還って来れば。どうしようもなく気だるくかったるい午後4時だけれど。 ふわふわとぼんやりしているそんな時も好きだ。ゆっくりと動き始める。
近くのお店で夕食の買い物。ご飯が少なかったのでチャンポン麺にした。 それからカツオのたたき。イカの塩辛も買った。ビールも焼酎も買った。
午後5時。レンジでチンして熱燗。飲みながら食事の支度をする。 『笑点』が始まる頃になると。もうすっかり居酒屋さんみたいな我が家。 ほのぼのと酔っている。笑い声もする。誰ひとり不機嫌な者もなく。
午後8時。『義経』を見る。我が子と生きて別れる母の悲しさ・・。 次週はとうとう。牛若とも別れねばならないのか・・。
午後9時。風が強く窓を叩いている。誰か?誰か?と声を掛けるように。
私は応えもせず。ただひたすら眠くなるまで。待つことも望むこともしない。
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