ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2004年06月29日(火) ほぅほぅほぅ・・

洗った髪を。夕涼みで乾かそうと思って。
手櫛で頭を「よしよし」するみたいにして。

今夜は月が雲に隠れて。見えたかと思えばまた隠れてしまう。
お大師堂のあたりから。「ほぅほぅほぅ」とふくろうの声が聴こえた。
なんだか心細くなるような声で。真夜中みたいに怖くなる。

だから。髪が乾かないうちにとっとと帰って来た。
家の灯りを見るとほっとする夜。


サチコが夜のバイトに行く日だった。
最近・・彼らしきひとが出来て、いつもクルマで送ってくれている。
ついこの前まで「まだ彼じゃないもん」って言っていたのに。
「出来ちゃった」って言うので。「やっぱね〜」って言ったら。
「どうしてわかったの?」って訊くから可笑しかった。

情というものは。つかみどころがなくて。
友情やら愛情やら。どこでどう『くべつ』すればよいのか。
時々わからなくなる時がある。

でも。特にそれを区別することもあるまいとも思う。
好きならばそれが真実だろうし。

ただ・・恋愛には『欲』がつきものだな・・と思ったりする。

アイタイ。フレタイ。ヒトリジメシタイ。ウシナイタクナイ。



2004年06月28日(月) きみにあげたい

なんか・・『ドラ焼き』みたいな月だなって。
今夜はお風呂上りにちょっと夕涼みに行った。

家の中はむんむんと蒸し暑いのに。堤防にあがるとすごく涼しくて。
川に向かって。石段に腰をおろして。ふぁ・・・としていた。

遠く街明かりを眺めたり。橋を渡るクルマのライトが。
それは人工的だけど。なんだか神秘的に見えるのが不思議。

秋ではないけれど。鈴虫みたいな鳴き声がする。
自然の奏でる風鈴みたいに。それが心をりんりんとさせてくれて。


今朝のことを思う。思いがけないことがあって嬉しかった。
こんなふうに胸が熱くなることなど。かつてなかったと思うほど。
救われている我が身を思う。

ひとは誰かを支えたいと思ったとき。同時に支えられるものだろうか・・?

川風をいっぱい深呼吸する。これがぜんぶ私のチカラ。

         すべてすべて。きみにあげたい。




2004年06月27日(日) がんばれ自分

古い日記を。こちらへ移す作業。
コピーして貼り付けて。一日ずつ日付をさかのぼって。
ついつい読んでしまう。あんな時やこんな時やあれこれ。

ほんとうにこれは自分の記録やって思う。
けっこうくだらないこともいっぱい書いているけど・・
許してあげたくなって。今思えばそれは滑稽で。

葛藤もあれば。真面目に誓ったこともある。
その誓いをおぬし忘れてはおるまいな?と自分に問うてみたりして。
信念とかえらそうなことをほざいておったくせにとか。
あらためて。喝!を入れてみたりする。

さかのぼればさかのぼるほど。読み手に甘えようとしている自分がいた。
時に悲劇ぶってみたり。同情して欲しくてたまらない文面。
期待して待ち望んでいるのがみえみえだったり。

今思えばそれは。ほんとうに往復ビンタもんである。

そんなに弱いのか?そんなに淋しいのか?
なにが欲しかったというのだ?

そう問えば。いまは・・そこではないところまで。
自分は歩んで来れたんだなと思う。

まだまだ歩む。はるか遠くまで歩む。

がんばれ自分!わたしがついているぞ!



2004年06月26日(土) 時を知る

きがつけば・・もう紫陽花の頃が終る。

時を知り枯れることを想う。

潔く散れない花は。なんて憐れだろうと思う。

これが自分という花なんだと。

誰に言われなくても。それを思い知る。

痛くもなく。紫陽花は変わり果てる。

やがて化石のような花になる。

目を反らさずに私を見てと。

言ってしまいたい。

だけど・・言わない。

少しだけ悔しい。

桜ならよかったのにと思う。

雨がふる 風が吹く 揺れて うなだれて

枯れて 朽ちて 腐り いつか

誰も私を探さなくなったとしても

懐かしいとは決して言わせないから

どうか憶えておきなさいね・・・。



2004年06月25日(金) お日和とんぼ

職場の庭には。ねむの木とヤマモモの木が隣り合わせにあって。
ねむの木は。ピンクの可愛らしい花を。
ヤマモモは。ちょっと酸っぱい赤い実を。

この季節がとても好き。梅雨空でもなんて晴れやかな二つの木。

仕事中に。すごく息苦しくなったり、睡魔に負けそうになった時。
ほんの少しのあいだだけ。私は外に出て深呼吸する。
この二つの木の下に立っているだけで。生き返ったような気分になる。

今日は。はっとして立ち竦んでしまった。
赤いとんぼがいっぱい飛んでいた。
いくつもいくつも。二つの木に群がるようにそれが丸く輪を描くように。

事務所に帰って。オババという名の母に報告すると。
それは『お日和とんぼ』だと言って。
雨が・・雨がいっぱい降る知らせだと言う。

どうして?お日和って?晴れるんじゃないの?

ずっと昔に亡くなった曾祖母ちゃんが教えてくれたそうだ。
だから間違いないと。母は子供みたいにそれを信じて言い張る。

午後・・今にも雨が降りそうだった空から。薄っすらと柔かな陽射しが。
あれれ?って可笑しくなる。雨どころか少し青空が見え始めた。

そんなはずはない。曾祖母ちゃんが言ったんだから。
ちょっと自信が崩れそうになるオババ。

明日ね。明日はきっと大雨だね。私は笑いながらそう言った。

そんな午後。お日和とんぼは。あんなにいっぱい飛んでいたのに。
どこにも姿が見えなくなって。

ねむの木とヤマモモの木は。思いがけない光のなかで。
その花とその実を精一杯に。風に身を任せ揺れながら。

雨ならば雨でもいいじゃないか・・と言っているようだった。



2004年06月24日(木) 許しておくれ

今日は仕事が面白いくらい忙しかった。
生あくびしている暇もないくらいが。ちょうどいい感じ。

少し残業してから。さあ帰ろうとしていたら。
サチコからメールが来た。
なんだ・・今日は仕事休みだったのか・・知らなかった。
メールは「煙草買ってきて」だった。

ちょっとむっとする。休みならなぜ昨夜そう言ってくれないんだと。
今朝お弁当作っておいたでしょ。「遅れないように起きなさいね」って。
ちゃんと声を掛けてから出かけたでしょ。

ぷんぷんぷん。なんだかとてもご機嫌が悪くなった。
そして帰り道。クルマを飛ばしながらゆっくりと反省する。

お休みなら一緒にお炊事しようねとか思って。
今夜は楽ちんだね。ありがとーーサチコとか。

でも帰るなり怒ってしまう。「どうしてちゃんと言わないの!」

ごめん・・なんだか母は疲れているみたい。
そっか・・お昼にちゃんとお弁当食べてくれたんだ。

ビールの肴に小海老を塩茹でした。
私も好きなんだけど。殻を剥くのがめんどくさくて。
あまり食べないことが多い。

そしたらサチコが殻を剥く。「あ〜ん」と私の口へ運ぶ。

ありがとねサチコ。母さん怒ってしまってごめんね。



2004年06月23日(水) また明日ね

『こわい』ものは・・やはりあった。

それは。ぷっつりと何かが切れてしまう時だ・・・。

たとえば。「また明日ね」って言えなくなった時。


でも。冷静に思うに。
それがこわいもの見たさならどうだろう?
望んではいないくせに。ついつい見てしまうその『こわさ』

それならば。見なければ良いのではないか?
見てみぬふりをするのか?それはいつだって自分次第ではないのか?

でも・・見てしまう。

いま一度冷静になろう。

どう?こわい?どうして?

いったい何が切れた?

そうして手繰り寄せて確かめてみるがいい。

それがどれほど大切だったかを思い知るがいい。

大切ならば・・切らなければいい。

言えばいいではないか・・・。

「また明日ね」

そうすれば・・もうこわくなんかないんだ。





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